第76話 無属性魔石の可能性

「エトさん、今ある魔法具って、起動した後に強さや威力を調整できないんじゃないですか?」

「ああ、確かにそうじゃが……」

「ですよね。そこでこの魔法陣ですよ! コイツは起動させた後に、この二つの無属性魔石に触れることで魔力量を調整して、明るさを変える事が出来るんです!」

 鼻息荒く興奮気味に説明をする勇。


「灯りの魔法具だったら、作業する時は明るく、眠る時は暗くする事が出来れば便利ですよね? あと、製品化した魔法コンロも、これでやっと火力調整できますよ!」

「確かに……。これまでは調整できないのが当たり前じゃったが、それが調整できるようになったら、これまでの魔法具は全部旧型扱いじゃな……」

 腕組みをしたエトが、その影響の大きさに気が付く。

「はい。不要な魔力も抑えられますから、燃費も良くなります。多少価格が高くなっても数年で元が取れるなら、買い替えも進むと思いますよ」


「そうなると、今まで属性魔石を売っていたところは影響が出てきますね」

 アンネマリーがその先に起きるであろうことを思い浮かべて言う。

「ええ。売上数は落ちていく事になると思います。替わりに、無属性の魔石は一気に高騰するでしょうね。なにせ、代替品が無いんですから」

「……これまで属性魔石の代用品でしか無かった無属性魔石が、逆に替えがきかないものになるなんて……」

 突然訪れた無属性魔石の大転換期に、言葉を詰まらせるアンネマリー。

 これまでのクズ魔石屋と陰口を叩かれていた日々を考えれば、仕方が無いだろう。


「まぁ、これを組み込むには読める機能陣が必須なので、今のところはそれほど沢山の種類は作れませんけどっ……っ?!!!」

「あ、ありがとう、ござい、ますっ!!!ホントに、本当に……っ」

 はははー、と軽く自虐していたところへアンネマリーが急に勢いよく抱き着いてきてパニックに陥る勇。

「ちょっ! アンネマリーさんっ!? あの、えっと!? …………」

 慌てて引き剝がそうとして、その手を止めた。


「ぐすっ、ほん、と、に、良かった……これ、で、やっと皆に、恩返し、でき……ぐすっ」

 言葉を詰まらせ、しがみついて泣きじゃくるアンネマリーの頭をぽんぽんと優しく撫でる。

 しばらくそうして落ち着くのを待っていると、泣き止んだはずのアンネマリーが顔を埋めたまま再び小刻みに震え出した。


「…………っ」

「あーーっと……? アンネマリーさん?」

「っっっ!!??」

 ずっとこのままという訳にもいかず勇が声を掛けると、盛大に肩が飛び跳ねる。

 そして……


「す、すすすす、すみませんっっっ!!!!!」

 勢いよく勇から離れて、頭がもげないか心配になる勢いで繰り返し頭を下げ始めるアンネマリーは、耳の先から首まで真っ赤だ。

「あ、ああ、あまりに嬉しくて、つつ、つ、ついっっっ!!!」

 なおも平謝りなアンネマリーに、勇は苦笑しつつ優しく声を掛けた。


「アンネマリーさん、研究所が出来た日に、エトさんと三人で話したことを覚えてますか? 魔法ランタンの起動陣を改良した時のことです。あの時あなたは『クズ魔石屋の汚名を返上して、領地を豊かにしたい』と言いました。その時私はなんて領民思いの優しい人なんだろうと、尊敬の念を覚えました。

それに私も、その優しさに救われたんです。こっちに来てすぐ、使えないスキルだと押し付けられた私を、ありのまま受け入れてくれた」

 当時の事を思い出しながら語る勇の言葉に、じっと耳を傾けるアンネマリー。


「だから私は、あの時から少しでもその力になれるようにやって来ました。その糸口が、これでようやく見えてきたんです。それもこれも、アンネマリーさんをはじめとした皆さんが、私を信じて好き勝手やらせてくれたお陰です。感謝しているのは私も同じですよ。ありがとうございます」

 そう言ってペコリと頭を下げる。

「それに、これはまだ第一歩ですよ? 遺跡の一番上で見つかったものなんかで満足してたら駄目です。これからもっともっと、世界をひっくり返すような魔法具を作りますから! ね、エトさん、ヴィレムさん?」

 勇は少し離れた所で様子を見守っていた二人へと声を掛ける。

 

「もちろんじゃ。いずれは自分の手で、オリジナルの魔法具を作るのがワシの長年の夢なんじゃ。コピーだけで満足なんぞしちゃおれんわい!」

 がっはっは、と豪快に笑うエト。


「ええ。魔法陣と遺跡の謎を解き明かせば、きっと旧文明より優れた魔法陣や魔法具が作れるはずだからね。遺物採掘者アーティファクトハンターとしての腕が鳴るね」

 くくく、と不敵な笑みを浮かべるヴィレム。


「ふふっ、そうですね。まだ始まったばかりですもんね! ありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いします!!」

 まだ赤みの残る顔でペコリと頭を下げるアンネマリー。ふわりと起こしたその顔には、勇がこれまで見た中でも一番の笑顔が浮かんでいた。



 翌朝は、ザンブロッタ商会ではなく子爵夫妻が泊まっている宿のバンケットに、メンバーが集まっていた。

 昨夜のうちに、護衛の騎士を呼んで貴族用の宿に戻ったアンネマリーに、手に入れた魔法陣の概要と、そこから導き出された勇たちの仮説を両親に共有してもらった。

 その上で、今日からの方針を朝一で話し合いたいと伝えてもらっていたのだ。


「これで何度目の驚きか分からないけれど、イサム殿には驚かされっぱなしだね……。そして、無属性魔石の価値を大きく上げられる発見、本当にありがとう。感謝してもしきれないよ」

 そう言って深々と頭を下げるセルファース。隣ではニコレットも一緒に深々と頭を下げている。

「いやいやいや、顔を上げてください!! たまたま見つかったものがそうだっただけですから! それに、調節機能を実装できる魔法具の種類がまだまだ少ないですから、まだ大きな影響はありません。

あと、無属性の魔石の価値が上がるだけだったら良いんですが、他の魔石の価値が下がると国全体でみたらマイナスですからね。やっかみや言いがかりも増えます。このまま魔法具の数が変わらなければ、近い将来そういう状況になるのが目に見えています……。という事で、やっぱり魔法具の数、正確には種類と普及台数ともにどんどん増やす必要があるんですよ」

 慌てて顔を上げてもらいながら、気付いた問題点を話す勇。


「まぁ確かにどんな優れた技術であっても、活用できなければ無いのと変わらんわな……。で、どうするんじゃ? そうなると、やっぱり新しく読める魔法陣を探すしか無い気がするんじゃが?」

 エトが小さく頷きながら、技術屋の目線で語る。

「そう思います。ひとまず残りの三日でやれるだけやってみて、また日を改めて本格的に探索してみたいですね」

 勇もエトと同意見だ。


「そうだね。次は泊まりで本格的に探索できるよう準備をしてこよう。むしろ、専門のパーティーを組んだほうが良さそうだね。そうなると、ここに拠点も設けたほうが良さそうだ。遺跡で見つけた戦利品を使った実験は、関係者以外には見せられないし、いつまでもザンブロッタ商会の工房を人払いする訳にもいかないからね。ニコ、後で不動産屋を回ろうか。安全性を考えたら、貴族専用の物件の方が良い気がしないかい?」

「そうね。少なくとも身元が分かってる人しかいないし、警らもしてるから、平民向けより安全なのは確かね。今のうちに見繕っておきましょう」

 セルファースもニコレットも、新しい魔法具の開発、ひいては遺跡の更なる探索には積極的なようだ。

 今後実施するさらに本格的な探索の為の準備をすることが決まると、三日目の探索が始まった。


「今日は地下1階からですね」

 子爵夫妻が不動産屋に行っているため、今日の探索隊長は副団長のフェリクスが務めていた。

 フェリクスの言う通り、地上部分はこの二日で探索を終えたので、今日からは地下へ降りての探索となる。

「ええ。どんな感じになっているのか……。楽しみですけど、ちょっと怖いですね」

 そんな話をしながら、階段のあった奥へとどんどん進んでいく。最早慣れたものだ。

 途中休憩を挟みながら魔物を蹴散らしつつ2時間ほど歩いて階段まで辿り着く。

 

「では、何が出るか分からないので、私とミゼロイが先行します」

 注意深く階段の様子を確認しながらフェリクスが言う。

「分かりました。あ、この新型の魔法カンテラを試してみてください。昨日手に入れた魔法陣を使って、明るさの調整が出来るようになっているのと、エトさんとヴィレムさんと考えた光る範囲を変更させる機構を組み込んでます」

 そう言って勇が試作品の新型魔法カンテラを手渡す。

 昨夜アンネマリーが帰ってからも、勇とエトとヴィレムの三人で、探索に使いやすいカンテラにならないか試していたのだ。

 そして出来たのが、薄い金属のプレートを使って光の範囲を絞れるカンテラだ。周り全体を照らしたり、指向性を持たせて前方だけを照らすことも出来る。


 手渡されたカンテラをかざして、まずはフェリクスとミゼロイが慎重に階段を下りていく。

 途中で折り返す構造のようで、踊り場からこちらに向かってカンテラが振られた。問題無しの合図なので、勇たちも後に続く。

 その後も、同じことを繰り返しながら三回の折り返しを経て地下1階へと到達した。

 

 降り立った先は、材質自体は同じであるものの、少々趣の異なるフロアだった。

 1階では、広めの間隔で設けられていた自動ドアと思われるスリットが、このフロアでは随分と狭い間隔で設けられていた。

 また、スリットで囲まれている範囲も随分とサイズが小さくなっている。


「なんでしょう? 先程の階層と似てなくもないですが、別の用途で使われていた気がしますね……」

 その違いにアンネマリーが感想を述べる。

「ええ。私もそう思います。ここは、居住スペース、もしくは宿泊スペースかもしれませんね」

 勇の脳裏に真っ先に思い浮かんだのは、ワンルームマンションもしくはビジネスホテルだった。

 整然と等間隔で扉が並ぶその様は、勇にはそうとしか見えなかったのだ。


「私のいた世界の王都のような所には、こんな感じの集合住宅や巨大な宿が沢山あったんです。限られた土地に人が集中していたので、効率を求めた結果なんでしょうね。ただ、ここにはまだまだ土地がありますから、ここまで詰め込む必要があったのか疑問ではありますが……」

 勇のそんな話を聞きながら探索を再開する。

 このフロアの扉にも、1階と同じようなセキュリティが実装されていた。

 半分以上は、以前に探索した者の手によって壊されていたが、流石に全てを試すのに飽きたのか、手付かずのままのものも残っていた。


「こっちのも、基本的には上と同じ仕組みっぽいですね。起動に必要な魔力はこっちの方が少ないですが」

 コンソールボックスと思しき扉を開けて、例によって読めた起動陣を確認しながら勇が言う。

 おそらく必要になるだろうと持って来ていた、チャージする魔力を空白にした基板を取り出し必要な数値をその場で追記して魔法陣を完成させる。


「見事なものですな……。初めて見ましたが、本当にオリジナルの魔法陣を作る事が出来るのですね」

 織姫神推しのミゼロイが、その手際を見ながらしみじみと言う。

 勇が魔法陣を作れることは、今となっては騎士たち全員が知るところではあるが、実際に作っている所を見たことがある者はほとんどいない。


 そうして組み上がった魔法陣でセキュリティを起動させる。文字盤が浮かび上がってくるところまで一緒だ。

「う~~ん、やっぱりこっちはそう簡単なパスワードになって無いよなぁ……」

 三度目のパスワードを間違えてロックされた文字盤を見て、勇が嘆息する。

 1階のゴミ捨て場(仮)のように、分かりやすく文字盤が汚れたりはしていなかったのだ。


「イサムさん、やっぱりとはどう言うことでしょうか?」

 勇の発言を不思議に思ったアンネマリーが尋ねる。

「上のはゴミ捨て場だったじゃないですか? ぶっちゃけパスワード、合言葉が漏れてもあまり問題は無いので、管理も杜撰になります。しかしこのフロアは、私の勘が正しければプライベートな部屋なんです。他人に入られたら大変ですからね、ちゃんとパスワードの管理がされていたんじゃないかと」

「なるほど……、言われてみれば確かにそうですね」

 勇の説明に納得したのか、アンネマリーを含めた面々がしきりに頷いている。


「しかし、このセキュリティの魔法具、恐ろしく高度な技術ですよね……。ぱっと考えつくだけで、文字盤を光らせて押せるようにする機能、パスワードを管理する機能、それを使って扉を開閉する機能……。それに多分、非接触型の鍵を認識する機能なんかも盛り込まれてるはずです。とんでもないですよ。いくつの属性を組み合わせているのか見当もつきません。ただそれだけに、もの凄く違和感があるんですよね……」

 歩きながら勇が首をひねる。

「違和感とはどういうことじゃ?」

 隣を歩きながらエトが尋ねる。


「いや、こんな複雑な魔法具が使われている施設なのに、そこで見つけた魔法陣の機能が、それと比較してシンプル過ぎると思いませんか? だって、光らせるだけのヤツですよ??」

「なるほどのぅ。確かに技術や機能に差があり過ぎるか……」

「ええ。まぁだからと言って、その答えがある訳では無いですけどね」

 頭をポリポリと掻きながら勇が言う。

「ふふ、何もかも見通せる訳はありませんからね。また解き明かしていけばいいんですよ!」

 そんな勇に、嬉しそうにアンネマリーが語りかけた。


 そしてこの日は結局、地下2階へ向かう階段まで辿り着いたものの、開ける扉も無く収穫無しとなった。


 迎えた翌日。今日は地下2階の探索がメインとなる。地下2階も地下1階と同じ構造で、居住区のようだった。

 流石にここまで同じものが並んでいるので、壊されている部分は見当たらない。

 道すがら、ランダムでコンソールを立ち上げてはパスワードを入力してみるが、当然開く扉は無かった。


 何も見つからないまま、さらに地下3階へ下りる階段へ辿り着く。

 今日はここまでで切り上げようと話を始めた所で、夜目の利くエトが一つ下の踊り場の壁に何かを見つけた。


「これも何らかの機能をもったコンソールボックスっぽいなぁ……」

 見つけたものを見ながら勇が呟く。

 見つめる先には、60センチ四方程度のボックスが壁に取り付けられていた。そして脇には、これまで散々見てきた蓋がある。


「ひとまず、こっちの蓋の中を調べてみますね」

 蓋を開けた中は、これまでと同じように読める起動陣と読めない機能陣で構成されていた。

 またか、と小さくため息を漏らしながらも起動させる。

 しかし今回は、蓋に文字盤が浮かび上がる事は無く、その代わりに壁に取り付けられたボックスの右側が、淡く青色に光った。


「これまでの経験じゃと、青色は開く合図じゃが……」

 それを見たエトが、首を傾げながら青くなったボックスの右側に触れる。

 すると、フォンという小さな音を立てて、ボックスの扉が左へスライドして開いた。

「ななな、なんじゃ!? 本当に開きおったっ!!!」

 本当に開いて目を丸くするエト。


「っ!!!!! こっ、これは……!!」

 そして勇も、開いた扉の中を見て驚愕に目を丸くする。

「イサムさん、どうされまっ!!!!」

 そんな勇の様子を見て同じくボックスの中を見たアンネマリーも絶句する。

 その後も、ボックスの中を見た全員が絶句した。


 皆が呆然と見つめるボックスの中央には、大魔石と呼ばれる魔石の三倍はありそうな、巨大な無属性の魔石が埋まっていたのだった。

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