第75話 遺跡探索 二日目(2)

 念のため入り口の外から、女性騎士のマルセラが中を覗き込み安全の確認をする。今日はリディルと交代でマルセラが探索に参加していた。

 外側のように外光が差し込むことも無く、ほぼ暗闇だが、動くものの気配は特に感じられない。


「生き物がいるような感じはしませんね。暗いので、カンテラで照らしてもう少し見てみます」

 一度振り返ってそう言うと、魔法カンテラを点灯させて再度中の確認をする。

 1辺が10メートルほどだろうか、正方形の部屋のようだ。天井もそこそこ高い。

 目立った障害物等もなく、がらんとしている。


「危なそうなものは見当たりませんので、入ってみても大丈夫だと思います」

 しばらく部屋の四隅や天井も確認し、問題無いと判断したマルセラが報告する。

「ありがとう。じゃあ、そのままマルセラを先頭に、私とイサムさん、エト、アンネでまずは調べてみましょうか。皆カンテラを使ってね」

 ニコレットはそう言うと、自らも魔法カンテラを起動させる。

 勇たちもそれに倣い、カンテラを灯して部屋の中へと入っていった。


 殺風景な部屋、と言うのが勇の第一印象だった。

 暗いので全体を見渡すことはできないが、カンテラの光を遮るようなものも無く、奥の壁がカンテラの光に照らされる。

 何も無いのかと思い床を照らしながら奥へ進んでいくと、部屋の中央に何かが山状になっているのが目に入った。


「エトさん、あれ……」

 隣を歩くエトに声を掛け指をさす。

「む、何やら山になっとるの……。板が積み重なっとるようじゃ」

 種族の特徴で、人より夜目の利くノームのエトが目を細める。

 他の3人も気付いたようで、皆で部屋の中央へと向かった。

 そこには、同じような大きさの板が、何百枚と積み上げられていた。


「なんの板だろ?」

 勇は一番上の一枚をひょいと手に取り、カンテラで照らす。20センチよりやや大きい程度の正方形で厚さは5ミリ程度だろうか。かなり軽量である。

 そして裏側を照らした瞬間息を飲む。

「っ!!! これ、魔法陣ですよっ!!」

「なんじゃとっ!?」

 勇の声に慌てて全員が板を手に取り眺める。それは確かに魔法陣だった。


 その間にも勇は魔法陣に素早く目を通していく。

「暗くて分かりにくいですが、これ、多分読めます!!」

「「「「えっ!?」」」」

 勇以外4人の声が重なった。

「んー全部同じような魔法陣に見えるけど……。これ、全部持ち帰るのは無理ですよねぇ?」

「ちょっと量が多すぎるわね。それに、山のように魔法陣を抱えて帰ってきたら、衛兵がすぐ気づいて伯爵に話が伝わるから面倒な事になるわよ?」

 勇の問いかけに、小さく首を振ってニコレットが答える。


「ですよねぇ……。じゃあ、一旦これ外に出してざっくり選別していいですか? 同じかどうかだけ確認したくて……」

「それなら問題無いわね。一人外に残して、皆で運んじゃいましょう」

 山となった魔法陣を皆で手分けして、部屋の中と外を往復して運び出していく。


 半分ほど運び出して分かったのは、2種類の基板が混ざっていた事だ。最初に見つけた基板の下から、1/4ほどの大きさしかない小さな基盤が出てきたのだ。

 そしてもう一つ、壁や床、それにおそらく天井にまで、焦げ跡のようなものが一面についていたことも分かった。


 10分ほどかけて運び出すと、勇が確認作業に入る。

 ざっと目を通していくと、大きい方の魔法陣は2種類あることが分かった。いずれも光の魔石を使うもののようだ。

 小さい方の魔法陣も2種類あるが、こちらは残念ながらどちらも読む事が出来なかった。

 そして小さいほうは、どうやら基板が割れたり欠けたり、魔法陣が擦れたりしたものばかりのようだ。


「どんな内容かは、帰ってからゆっくり確認しますね。大きい方も小さい方も2種類ずつなので、なるべく綺麗そうなやつを10枚ずつくらい持って帰っていいですか?」

「それくらいなら鞄に入れても目立たないから、全然大丈夫だと思うわよ」

「ありがとうございます!」

 OKが出たので、綺麗そうなものを鞄へと詰めていく。詰めながら、ふと隣を見ると、エトが腕組みをして小さい方の魔法陣を凝視して首を傾げていた。


「あれ? どうしたんですかエトさん。難しい顔をして」

「ん? あ、ああ。この小さい方の魔法陣じゃが、どっかで見たことがある気がしてな……」

「へぇ。エトさんが言うんだったら間違いなさそうですね。私なんかとはキャリアが違いますから」

 勇は能力スキルでたまたま読める魔法陣があるだけの素人なので、長い間読めないながら魔法具に携わってきたエトの見る目には敵うはずもない。


「エトさんもいくつか持って帰ったらどうですか? 一緒にゆっくり検証しましょうよ」

「うむ。そうじゃな、わしもいくつか持って帰るとしよう」

「あ、ヴィレムさんにもお土産として渡したら喜ぶな」

 そんな事を言いながら、二人で仲良く鞄に詰め込むと、残ったものは部屋の中に戻す。

 扉が閉まったのを確認してから、魔力供給に使った魔法陣を回収し、再び岩拳ロックフィストでカモフラージュをする。


 先程の部屋を後にした一行は、まだ時間があるためもう少し奥へと進んでいく。

 相変わらずの散発な魔物の襲撃をそつなく倒して2時間ほど進むと、下へと降りる階段を発見した。

 まだ道が先へ続いていたため一旦保留して進むが、10分も進まないうちに行き止まりに突き当り、すぐに引き返す。


「さて、地下1階に降りてみたいところだけど、時間が足りないわね。残念だけど、今日はここまでにしましょう」

 外から入る光がだいぶ西に傾きオレンジ色になってきていたため、ニコレットが帰還の判断を下す。

「それでも、たった二日で読める魔法陣が二つも増えたのは大収穫ね」

「ええ。あの部屋の魔法具が生きてて良かったですよ。合言葉が安易なものだったのも運が良かったですね」

 そんな話をしながら来た道を引き返し、満足いく戦利品と共に無事二日目の探索を終えた。


 セルファースへの探索報告はニコレットに任せて、勇とエトは戦利品の検証の為再びザンブロッタ商会の工房に引き籠る。

 昨日は参加できずに拗ねていたらしいアンネマリーも工房へと押しかけており、ヴィレムも含めて4人でワイワイと検証を始めていた。

 その様子を見て、勇は(なんか、学園祭の直前みたいな感じだなぁ)と懐かしさに目を細めていた。


「なるほど、これはどっちも灯りの魔法具に使う機能陣っぽいですね」

「すごい、両方とも解読できたんですね!?」

 2時間ほど解読作業を続けていた勇が、手を止めて目頭を揉みながら話し始める。

 

「はい。片方はかなり単純に光らせるだけのもの、もう一つの方は多分明るさの調整が出来るタイプだと思います」

「ふむ、単純に光らせるだけか……。魔法カンテラみたいなも、の……。そうかっ!! 魔法カンテラかっ!!!」

 勇の説明を聞いていたエトが、何かに気付いたようで突然大声をあげる。

 そして、おもむろに今日の探索に持って行った魔法カンテラを分解し始めた。


「エ、エトさん、どうしたんです急に?」

「今日どっかで見たことあると言ったじゃろ? それが何なのか思い出したんじゃよ!! っと取れたぞ。どれどれ……」

 分解して取り出した機能陣と、遺跡から持ち帰った読めない方の機能陣を並べてみる。


「やはり同じか! どうりで見たことがあるわけじゃ。大きさがだいぶ違ったのが盲点じゃったな……」

 エトの言う通り、遺跡で発見した機能陣の方が二回りほど小さいが、描いてある魔法陣はそっくりだった。

「すごいっ! 流石エトさん、良く気付きましたね」

「伊達に何年も作ってはおらんからな。しかしそうなるとコイツを動かしてみたくなるの……」

 本当に同じなのかは、動かしてみるのが一番手っ取り早い。

 ただ、持ち帰った魔法陣は綺麗なものを選んだとは言え、どこかが欠けたりしているものばかりだ。


「書き写してみましょうか。幸いヒビが入ってはいますが、魔法陣自体はちゃんと読めますし。私は起動陣のサイズ調整をしますね」

「分かった。機能陣の方は任せろ」

 二人で手分けしながら、手際よく進めていく。

 ベテランのエトはもちろん、勇もここ数ヶ月で結構な数の魔法具を作って慣れてきたため、魔法陣を描く速度が上がっている。

 30分も経たないうちに、魔法陣の複製が完了した。


「魔石の位置まで同じなんだね……」

 出来上がった魔法陣に魔石をセットしながらヴィレムが言う。

「そうですね。ほんとにただ小さいだけで、そっくりなんですね」

 アンネマリーも興味深そうに眺めながら相槌をうつ。


「準備OKだよ」

「よし、動かしてみるか」

 組み上がった基盤を早速起動させると、魔法カンテラと同じように機能陣が光を放った。

 検証の為、隣に筐体から外した魔法カンテラも光らせるが、明るさにも違いがあるようには見えない。


「小さくても、明るさは同じですね……」

「そうじゃな。不思議な気もするが、使っとる魔石が同じだからかもしれんの…」

 ジッと二つを見比べながら勇とエトが感想を述べあう。


「こちらの読めるほうも、魔法カンテラと同じように光るんですよね?」

 アンネマリーが、先ほど勇が言っていたことを思い出す。

「ええ。あ、こっちも動かしてみて、明るさが同じか比べてみましょうか?」

「そうじゃな。一緒に置いてあったんじゃ、なんか関係あるかもしれん」

 読める方の魔法陣は、特に破損していないため、そのまま魔石をセットし、魔法カンテラと同じ起動陣を繋げて起動させる。


「あれっ!?」

「どうした? 早う起動させんか」

「いや、起動させてるんですが、機能陣が立ち上がらないんですよ……。なんでだろ? ほら、起動陣は光ってるんですが、機能陣側へ魔力が渡って無いのか??」

 勇の言う通り、機能陣の回路がどういう訳かウンともスンとも言わないのだ。


「ん~~、んん?? これ、ひょっとして魔石粉が混ざっていないタダの偽銀じゃないかい? 微妙に色が薄いと言うか……?」

 ヴィレムが、その微妙な違いに気が付く。

「確かに!! さすがに魔法陣の専門家ですね。私は言われてもほとんど分からないくらいですよ……」

「ははは、たまにはね。ただ、ちょっとおかしいんだよ。偽銀液だけで書いても、こんな風に綺麗に定着しないんだ。魔石粉を混ぜて書いて魔力で定着させないと、こんなにムラの無い魔法回路は書けない……」

 

 魔法陣を書くための魔法インクは、偽銀を溶かしたものに魔石粉を混ぜて作られている。

 常温では固まってしまう偽銀が、魔石粉を混ぜることで液体のままになるためだ。

 そしてもう一つの特徴が、魔法インクに魔力を流すと綺麗にそれが定着する事だ。

 ただ偽銀を溶かしたものだと、書いているそばから温度が下がって硬化してしまうため、絶対にムラになる。

 しかし目の前のそれは、どういう訳か魔法インクで書かれたものと同じように綺麗に定着している。

 勇がそのまま動くと思ってしまう程には、通常の魔法陣と遜色が無かった。


「ひとまず、これもまず丸写ししちゃいますね。それで動けば、魔法陣の内容自体には問題無い事になるので」

 まずはひとつずつ疑問を消していこう、という事で、この読める機能陣の機能が、魔法カンテラのものと同じなのかを調べる事にする。

 サクサクと15分ほどで書き上げると、早速起動させてみる。


「……光ったの」

「……光ったね」

「……光りましたね」

「……光った、という事はやっぱり魔法陣の内容には問題無い、と。そして明るさも多分全く同じですよね、コレ?」

 3つ並んで光っている魔法カンテラ、遺跡から持ち帰った読めない機能陣、同じく読める機能陣を複製した機能陣とを見比べて勇がそう零す。

 そして、一見動きそうで動かなかった魔法陣へと目をやる。


「……仮に、ですけど。魔法インクで魔法陣を書いて定着させた後に、魔石粉だけを取り出せたら、この状態になりませんかね??」

 顎に手をやりながら勇がヴィレムに尋ねる。

「……やった事が無いから断言できないけど、おそらくこの状態になりそうだね」

 少し思案してからヴィレムが答える。


「なぜか魔石粉が抜けた魔法陣。それと全く同じ効果でサイズの小さい壊れた読めない魔法陣。それが一か所に大量に置かれていた」

 見てきたり分かった状況を、一つずつ指を立てながら挙げていく勇。

「杜撰なセキュリティ。何もない部屋。焦げた床と壁…………」

 さらに条件を追加し瞑目する。


「……あの部屋、要らないものを破棄するゴミ捨て場、兼それを焼却する焼却場だったんじゃないですかね??」

 そして一つの結論に辿り着く。

「あと、どうやってるのかまでは分かりませんが、読める魔法陣を加工して読めない魔法陣が作れるんじゃ無いでしょうか? 例えば魔法陣の内容は魔石粉に保存されているから、それを別の基板に転写できる、とか……?」

「「「!!!」」」

 勇の仮説を聞いて息を飲む3人。


「そうすると辻褄が合うんですよね。あそこが、昔魔法具を作っていたところであれば、役目を終えて動かなくなった魔法陣もひび割れた魔法陣も商品にならないゴミです。あんな風にまとめて捨ててあっても違和感がありません。で、全く同じ機能を持つ、読める魔法陣と読めない魔法陣が一緒に捨ててあることも、同じ工程で使うものなんで当たり前です。

そしてあの合言葉……。確かに面倒がって最初のままにすることも多いですが、それがゴミ捨て場のものだったのなら、そんなにナーバスにならなくてもおかしくないんです」

 勇が立てた指を今度は握りながら仮説を説明していく。


「……なるほど。それにあの部屋は広いわりに家具のようなものは一切ありませんでしたし、床や壁が焦げていましたね……。ある程度ごみを溜めてから、まとめて焼却処分していたと考えると自然です。相当壁も分厚かったので、旧魔法の火魔法を放っても大丈夫そうでした」

 現場を思い返しながらアンネマリーも仮説に納得していく。


「はい。まぁ、あの部屋が何なのか分かった所で、何かが変わる訳では無いかもしれませんが……」

 一通り仮説を立てながら苦笑する勇。

「そうとも限らんぞ? どういう性質をもった場所だったのか分かっていれば、今後の探索のヒントになる事も多いはずじゃ」

「そうだね。例えばイサムさんの言う通りあそこが大規模な魔法具の工房だったとしたら、ゴミ捨て場のあるあの階には、アーティファクトが無い可能性が高いはず。それが予想出来れば、無駄な探索をしないで済むね」

 エトとヴィレムは、無駄では無いと勇の仮説を支持する。


「確かにそういう見方も出来ますね……。じゃあ、明日はこの仮説を共有して、その前提で遺跡を探索しましょうか?」

「そうじゃな」

「そうだね」

「そうですね」

 勇の問いかけに、3人とも頷きながら答える。


「ああ、そうだ。仮説検証のためにも、もう一つの魔法陣も動かしちゃいましょう」

「おぉ、もう一組あったのを忘れとったな。コイツも、両方とも同じ動きをするはずじゃな」

「ええ。それにこの魔法陣、画期的な機能かもしれません。もしそうだとすると、無属性の魔石の価値が跳ね上がる可能性があります」

 勇がニヤリとしながら可能性を語る。


「ほ、本当ですかっっ!?」

 その言葉に思わず声が大きくなるアンネマリー。

「はい。これ、起動後の魔法具に対して、外部から干渉して魔力調整できる仕組みがあるっぽいんですよ。で、その機能を付けるには、無属性の魔石が必要なんです」

 そう言って再び、勇がニヤリと口角を上げた。

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