第74話 遺跡探索 二日目
「ほぅ、そこまで起動に魔力が必要というのは珍しいの……」
「やっぱりそうですか」
勇から、限定領域にあった魔法具についての話を聞いたエトが感想を漏らす。
「うむ。もっとも、お前さんと会う前は、数値としてどれくらい必要かなんぞ分からんかったから感覚的なものだがの。小魔石か中魔石か大魔石か……、後は精々長持ちするかどうかくらいじゃ。実物は見たこと無いが、王城の城壁強化に使っとる魔法具の起動陣に大魔石が必要じゃと聞いておるが、それくらいの規模の魔法具ということなのか……?」
エトが腕組みをしながら小さく首を傾げる。
「しかし小魔石の30倍とは大きく出たもんじゃな。中魔石は念のため幾つか持ってきとるが、流石に大魔石は持ってきとらんぞ?」
腕組みをしたまま、チラリと勇を流し目に見る。
「以前、起動陣を研究し始めた頃に言ってた事を覚えてますか?GO TO文を見つけた時です」
「ごーつーぶん? ……ああ! あれか!! あの大騒ぎしてた!」
勇の問いにしばし斜め上を見て考えていたエトが、思い出してポンと膝を叩く。
「何じゃったか……、確か出力の小さい魔石でも使えるようになるとか何とか……?」
「そうそう、それです! アレ以降それ含めて起動陣の研究はしてませんでしたが、あの考え方が正しければ、多少基板は大きくなりますが小魔石だけでもいけるかもしれません」
エトの答えに何度か頷く勇。
GOTO文を発見した時に勇が考えていたのは、魔力を一時的にストックしておける“魔力変数”と、魔法陣内の好きな場所に処理の流れを飛ばす事が出来るGOTO文、そして数値を比較して処理を分岐させられるIF文を使った、コンデンサのように一時的に高出力の魔力をチャージする機構だった。
魔石の魔力には、一度に取り出せる魔力の強さである出力と、合計でどれだけ魔力を取り出せるかの総量がある事が、勇たちの研究で分かっている。
基本的に魔石の大きさに全て比例する上、小魔石以外を起動陣で使う事はほとんど無いため、普段はあまり気にされないのだが、今回のようなケースではかなり重要になってくる。
「まずは、小魔石の出力と総量の把握と、魔力変数にどれだけ魔力が蓄えられるかの確認からです」
手元の紙に、これからやろうとしている事を書きながら、勇が説明を始める。
理屈は単純で、複数の小さな水瓶から、手桶で水を汲み、別の大きな水瓶に貯めていくようなものだ。
この際の複数の小さな瓶が魔石、手桶が魔力の出力、大きな瓶が魔力変数だと思えば良い。
魔力を魔石から出力分取り出したら、それを魔力変数に格納、まだ必要な魔力量に達していなければ再び魔力を取り出す。後はこれの繰り返しだ。
その際問題になるのが、魔力変数にどこまで魔力を蓄えられるかだ。
起動に必要な魔力量まで蓄えられれば良いのだが、そうでは無かった場合複数の変数を組み合わせる必要が出てくる。
100リットルの水が必要だが、瓶の上限が50リットルだった場合、瓶が2つ必要なのだ。
「無限に魔力を蓄えられる訳が無いと思いません? それが出来たら、大きい魔石の意味があまり無くなりますし……」
「まぁのぅ。ノーリスクで便利に使えるなら、もっと使われとるじゃろな」
「ええ。それと問題なのは、容量限界を超えたらどうなるか、なんですよねぇ……」
そう言いながら勇が眉根を寄せる。
「どういう事じゃ?」
「例えば、瓶に水を入れていって、限界が来たらどうなります?」
「そりゃ溢れるわな。……なるほど、そういう事か。水なら溢れても拭けばいいし、溢れることが分かっていれば外でやりゃあいい。そもそも容量を見ながら作業すりゃあ溢れることもないわな」
「はい。しかし今回は困ったことに、瓶の大きさも溢れたらどうなるかも分からないんですよね……。爆発したりしないですかね?」
勇が情けない顔で尋ねる。
「そんな話は聞いたことも無いが……。何にせよやらんと分からんのだ、やるしかないじゃろ? 精々、起動させたらなるべく離れるくらいかの」
エトはかっかっか、と笑いながら勇の背中をバシバシと叩いた。
そして実験が始まる。
一度に多くの魔力を入れることはせず、少量ずつ取り出しては魔力変数に入れ、流入を止める閾値を少しずつ増やしていくのを繰り返していると、日が変わる頃、ついに変数に入れられる限界量が判明した。
「ふーーー、爆発しなくて良かったですね……」
苦笑しながら勇がペタリと床にへたり込む。
「こんな緊張感は久々じゃわい」
同じく床に座ったエトと軽く拳をぶつけ合う。
爆発こそしなかったが、限界量を超えた途端魔法陣全体が強い光を放った。
確認してみると、魔法回路全体が変色しており、二度と魔力が流れない状態になっていた。
溢れた魔力のせいでショートしたような状態なのだろう、と一旦結論付ける。
魔力変数に保存できるのは16進数で7ff、10進数だと2,000ちょい程度だった。
あの遺跡にあった魔法具の起動用魔力が10進数で12,000強なので、7つの魔力変数が必要な事になる。
地球で使われる16進数は、多くの場合バイト単位(16進数の2桁単位)で考えることが多いため、奇数桁に違和感を覚える勇だったが、別にコンピューターがあるわけでは無いから当たり前かと思いなおした。
続いて、1個の小魔石でどれくらいの魔力総量なのかを計測していった結果、個体差はあるが10進数で5,000~5,500程度である事が判明した。
もっともこれは、最大に近い出力で取り出した場合の総量なので、小さい出力で取り出した場合とは異なるだろうと勇は考えていた。
単純計算では、小魔石が3個あれば足りる計算だが、複数の魔石から上手く吸い出せるか実験している時間が無い。
なので今回は確実性を上げるため、中途半端に残る魔力は切り捨てて、小魔石1個で魔力変数2つまでとし、合計4つの小魔石を使う事にした。
あとは、それぞれの変数に蓄えた魔力を、一気に遺跡の魔法具の起動陣に渡してやれば、おそらく起動するはずだ。
ちなみに基本的に魔法陣の処理は順次処理と言って、前の処理が終わってから次の処理へ進むという1本道だ。
しかし魔力の抽出と放出系の処理は、例外的に並列処理が可能だ。
このお陰で、今回のようなケースでも複数の魔力変数から同時に魔力を放出する事が可能になる。
こうして明け方まで徹夜で起動用の魔法陣を開発し、スペア含めて5つの魔法陣を作り上げた。
最後の魔力受け渡し部分は、現地の起動陣と最終調整する必要があるため、空白にしておいた。
徹夜明けながら晴れ晴れとした表情で二日目の集合場所に現れた勇とエトを見て、他のメンバーが全員苦笑する。
「その顔は上手くいったようね?」
セルファースの代わりに二日目の遺跡探索に参加するニコレットが苦笑したまま話かける。
「ええ、現時点でやれることは全部やりました!」
「そう。流石イサムさんね。じゃあ、早速行きましょうか。イサムさんとエトは、少しの時間だけど馬車の中では寝て行きなさいね」
「はい、そうさせてもらいます」
随行する騎士も少々入れ替えた探索チーム一行は、こうして早朝から二日目の遺跡探索へと向かっていった。
昨日と同じく1時間ちょっとかけて限定領域へと辿り着く。
その間、勇とエトは泥のように眠っていた。織姫は、そんな勇を守るように、眠る勇の膝の上にずっと座っていた。
現場までは、すでに見るべきものが無い事は分かっているため、散発で襲ってくる魔物を片付けながら奥へと進んでいく。
昨日の半分くらいの時間で現場に辿り着くと、再カモフラージュしていた岩を取り除く。
「あの後、他の誰かに調べられた形跡はありませんね」
副団長のフェリクスが、岩を退かしながら確認をする。
「なるほど、これを開けるための魔法陣を作ってたのね」
昨日はいなかったニコレットが興味深そうにスリットや脇の窪みを見て言う。
「ええ。まぁ魔力供給したからと言って、すんなり開くとも限りませんけどね」
勇はそう答えながら、窪みの蓋を再度開ける。
「ほぅ、こいつがその魔法具の魔法陣か。イサムよ、どこが起動陣なんじゃ?」
「ああ、この左上あたりですね。ほら、微妙に基板が別になってるでしょ?」
「おーー、なるほど……。言われてみるとそうじゃが、よく気付いたの」
「先にここだけ読めるのに気付いたからですけどね……」
勇とエトは、そんな会話をしながら、持って来た魔法陣と窪みの中の起動陣の連結部分の作成に取り掛かる。
本来魔石から魔力を吸い出している部分をコメント扱いにして機能停止させ、同じ部分に作ってきた魔法陣の魔力供給部分を接続してやるのだ。
理論上これで動くようになるはずだ。
もしこれで動かなかった場合は、当該部分だけを書き換え起動陣を新たに作り直して、丸ごと取り換える方法も準備してある。
「よし、これで繋がったはずじゃ」
エトが手際よく持って来た魔法陣の基板と、窪みの中の起動陣を魔法インクで接続・固定させる。
「うん、大丈夫そうですね。後は、全体起動用の魔石を蓋の方に取り付けて、と」
起動は蓋側で行うようで、スイッチ代わりの魔石も蓋に嵌めるようになっていた。
蓋を閉じると、蓋の裏側にある突起が起動陣の一部に繋がる仕組みになっているため、それに干渉しない位置に、追加した魔法陣は固着されている。
「よっし、問題無く蓋も閉まったぞ!」
パタリと蓋を閉じると、浮いたり隙間が空いたりすることも無く綺麗に収まった。
準備が整ったのが伝わったのか、メンバー全員が無言で勇を凝視している。
「ちょ、ちょっと! 何でそんなに見てるんですかっっ!!」
あまりに見つめられて勇が慌てる。
「だって、ねぇ……」
「これで動いたら、遺跡の動かなくなった魔法具を初めて動かしたことになります。文字通りの歴史的な一瞬なんです! そう考えたら緊張するやらイサムさんの凄さにあらためて感心するやらで……」
母娘が顔をこわばらせながらそう言う。他のメンバーも神妙に頷いていた。
「大袈裟ですよ! 仮に動いても開くとは限りませんし……。まぁこうして見てても仕方が無いので、起動させますよ?」
努めて明るく言った勇が、いよいよ蓋に嵌めた魔石に手を触れた。
他の魔法具と同じように、起動用の魔石が淡く光を放つ。起動自体は出来ている証拠だ。
蓋に隠れて見えないが、魔石から取り出した魔力を魔力変数に蓄えているはずだ。
一瞬の沈黙。そして……
フォン、と言う微かな音が聞こえたかと思うと、スリットが淡い青色に光ったあと赤く点滅し、やがて光が消える。
そして魔石の嵌った蓋に、何やら文字盤のようなものが浮かび上がった。
「「「「「!!!!!」」」」」
明らかに起動したこと、そして予想だにしなかったその動きに全員が驚き、固唾をのむ。
「き、起動したのか!?」
エトが興奮気味にそう漏らす。
「え、ええ。起動成功したようです。しかし、それだけじゃあ開かない様です……」
勇はそう答えながら、蓋の文字盤を確認していく。
(これ、どう考えてもオートロックとかを解除するテンキーみたいなやつだよなぁ……。10個じゃ無いから、数字なのか何なのか分からないけど……。で、この左下のが確定ボタンで、入力する桁数は4桁、と)
今日日のマンションや、オフィスビルで必ずと言って良いほど見かけるドアセキュリティシステム。
カードをピッとやると鍵が開くアレに備え付けられている、ロック解除用の仕組みにそっくりだった。
「多分これ、決められた4個の値を入れると開く仕組みなんだと思います。で、何回か値を間違えると、おそらく開かなくなります」
「えっ!? なんでそんな事が分かるんですか??」
驚いて聞き返すアンネマリー。
「あー、元の世界には、これに似たような設備が普及していたんですよ。部外者が入れないようにするために。それに似ているので、昔の人も同じことを考えたんでしょうね……」
「そうだったんですね……。だとすると、後はその値が何なのか、ですが……?」
「残念ながら分かりませんね。数字だったとしても1万通りですし、見た感じ10種類じゃないので、もっと多いでしょうね。で、おそらくチャンスは3回くらいだと考えたほうが良いでしょうね」
苦笑しながら言う勇。4桁の数字かつチャンスは3回と仮定すると、確率は1/3333だ。相当絶望的な数字である。
「んん???」
さて語呂合わせなんかはこの世界にあるのか、などと軽く現実逃避しながらパネルを見ていた勇がある事に気が付く。
「どうされましたか?」
「いや、この部分だけ、妙に汚れているような気がしませんか?」
そう勇が指差したのは、記号が並ぶパネルの一番右上だった。
「確かに、ここだけちょっと色が違いますね……」
勇に言われてアンネマリーがまじまじと見て答える。
「まさかっ!!? いや、でもあり得るなぁ……」
何かを閃いたのか、勇が声を上げる。
「ちょっと、1回試してみて良いですか? うまく行けばこれで開くはずです」
「え? どう言う事ですか??」
訳が分からず聞き返すアンネマリー。
「いわゆる“お約束”って奴ですかね」
そう言って笑いながら、右上の値を4回押して、決定ボタンらしきものを押した。
再びフォン、という音が聞こえたかと思うと、スリットが青く光った。
そのままスリットの内側の壁が少し奥に押し込まれ、静かに左側へとスライドし、入り口がぽっかりと口を開けた。
「「「「「…………」」」」」
その様子を、勇以外の全員がポカンと口を開けて眺めていた。
「ははは、やっぱり! 面倒くさがりなのは、世界や時代が違っても同じかぁ……」
目論見通りドアが開いたのを見て、愉快そうに勇が言う。
「いや、ははは、じゃなくて! どうして分かったの!?」
最初に立ち直ったニコレットが突っ込みを入れる。
「こういう数字式の仕組みって、最初は初期値が入っていて、それを担当者が変えて使うようになってるんです。で、その初期値って、分かりやすい0000とか1111とかになってる事が多いんですね。まぁどうせ変える前提なんで、分かりやすい方が良いんでしょうね。ところが、世の中面倒くさがりが多いんです。
この数値は、扉の数だけ設定しなくちゃいけない事も多いんですが、何十もあったら覚えきれないですよね? だから、もう初期値のままでいいや、って初期値をそのまま使ってるケースが多いんですよ。その場合、その数字の場所しか押さないから、そこだけどんどん汚れていく訳です」
古いタイプのオートロックなどでも、しばしば起こる状況だ。
「はぁぁ、なるほどねぇ……。そうやって説明してもらうと理解できるけど、同じような仕組みを知らないと考えつきすらしない内容ね。返す返すも、本当にイサムさん様様だわ……」
感心しきりのニコレットに、またしても全員がコクコクと頷いた。
話をしていると、またフォンと言う音がして静かにドアが閉まっていった。
ピタリと元の位置まで戻ると、スリットが再び赤く点滅して消灯する。
「し、閉まっちゃいましたね……」
呆然とスリットを見つめるアンネマリー。
「ああ、また数字を入れれば開くはずですから、大丈夫だと思いますよ。ところでどうします? 中を調べるのは確定として、全員で行きます? 何名か見張りを外に残しますか? これ、多分中からも開くとは思いますけど、閉じ込められる可能性もゼロじゃないので……」
こうしたドアは、大概内側からはそのまま出られることが多いが、何事にも例外はある。
喜び勇んで全員で入り、閉じ込められました、ではシャレにならない。
「た、確かにそうね……。イサムさんとエトは入るとして、後は一定時間ごとに交代しましょうか。騎士は必ず1名は外に残る事。良いわね?」
「「「はっ!」」」
そして一行は、いよいよドアの奥の探索へと乗り出すのだった。
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