第73話 遺跡探索 初日

 その後も、散発的に魔物と遭遇しては瞬殺する事を繰り返しながらひたすら進んでいく一行。

 長い距離を歩いてみて分かったのだが、淡いグレーの素材で出来た部分がメインの構造物で、それを軸に無秩序な拡張が行われていたようだ。

 そう認識して改めてメインの構造物を観察してみると、緩やかに一定のRで左に弧を描いているのが分かる。

 仮にこれが円状に作られた回廊だったとしたら、かなり大きな直径のものになるだろう。


 所々に小部屋のようなものがあるが、かつて家具として使われていたのであろう物の残骸が転がっているか、砕けた魔法陣の一部のようなものが目につく程度だ。


「なんというか、何も無いところですね……」

 3時間ほど探索をしたところで、勇が言わずもがなな事を口に出す。

「まぁね。何度も王家やカレンベルク家、それにフェルカー侯爵が探索している場所でもあるし、目立つものが残っている方がおかしいんだけどねぇ……。こう何も無いと、ここが限定領域だという事を忘れてしまうよ」

 勇の言葉に、セルファースが苦笑しながら応える。


「解放領域も、上の方は似たようなものですよ。何故かほとんどの遺跡が、上の方ほど造りが単純で、下の方ほど複雑で広いので、何か見つかるとしたら下層でしょうね」

 各地の遺跡を巡ったヴィレムがそう付け加える。

「なるほど。そうなると、下へ続く道なり階段なりを見つけたいですね」

「そうだね。流石にここの地図なんかはもらえなかったけれど、未だに全容が分かっていないんだ、もっと下層があるのは間違い無いからね」

 折角の限定領域なので、何かしら価値のある物を手に入れたい。

 そのためにはどうやら、もう少し気合を入れて潜る必要がありそうだ。


 その後さらに30分ほど進んだ所で、これまでとはちょっと違った造作物を発見した。

 壁に、縦横3メートル四方くらいの正方形を囲むようにスリットが刻まれていて、その脇に強引にふたを開けられて露出した20センチ四方程度の窪みがある。

 取っ手やノブのようなものは何も付いていないが、入り口のように見える。


 勇たちより前に探索した者も同じことを考えたようで、焦げ付いていたりひっかいたような跡があったりと、何とかして開けようと色々試した痕跡が随所にみられる。

 脇にある窪みの中も、元がどうだったか分からない程ぐちゃぐちゃだ。


「うーーん、これ、何かの仕掛けっぽいんですけどねぇ……」

 周辺を調べながら勇が呟く。

「魔法をぶつけたり、重いものをぶつけた様な跡はあるけれど、駄目だったみたいだねぇ……」

 同じように壁を触りながらセルファースも言う。

「あ、この先にも同じようなものがいくつかありますね」

 先を見ていたヴィレムが、奥の方を指差す。確かに似たようなスリットがいくつか並んでいた。


 早速奥を見てみる一行だったが、3つ等間隔で並んでいたそれらは、残念ながらいずれも同じような状態のものだった。

「せめてこの窪みの中だけでも、綺麗にしておいてくれたら良かったのに……」

 窪みの中に、魔法陣に使われる魔法インクの痕跡を発見した勇が残念がる。


 そしてそろそろ折り返して引き上げようかというタイミングで、奇跡的にほとんど荒らされていないスリットを発見する。

 これまでのものより一回り小振りのそれは、崩れ落ちた大きな岩に半分以上隠れている状態だった。

 おそらく、これまで散々試して開かなかったので、わざわざ重たい石を退かしてまで試さなかったのだろう。


「ふむ。重労働だが、岩を退かしてみようか?」

「「「かしこまりました!」」」

 セルファースの提案に、騎士団の3人が岩を退かそうと前に出るが、勇がそれに待ったをかける。

「あ、最近覚えた魔法で少し楽に退かせるかもしれません」

 そう言って、岩に右手を触れさせる。


「魔法で? 風魔法か爆裂魔法で壊すのですか?」

 いまいち何をやろうとしているか分からず、アンネマリーが尋ねる。

「それをやっちゃうと、遺跡が崩落しそうなんで……。ちょっと柔らかくなってもらいます。あ、汚れるかもしれないので、ちょっと離れててください!」

 勇は笑いながらそう言い、皆を反対の壁際まで下がらせると、呪文の詠唱を始める。


『大獣を飲み込む泥沼は、岩より転じるもの也。泥化マッドネス!』


 魔法を唱えると、岩に触れた勇の掌を中心に、同心円状に黄色の光が波紋のように広がった。

 そして勇自身もすぐにその場を離れる。

 次の瞬間、スリットを塞いでいた大岩の2/3ほどがドロリと溶けるように崩れ落ち、地面に広がった。

「「「「「えっ!!!!」」」」」


 それを見た一同が、一斉に驚きの声を上げる。

「ん~、無理なくいける範囲は、やっぱこれくらいかぁ」

 薄く広がった泥の上をそろそろと歩いて、勇は溶かした岩の方へと向かう。


「いやいやいや、イサム殿! まず説明をしてくれないかなっ??」

 あまりに当たり前のようにことを進める勇に、セルファースが慌てて説明を求める。

 他の6人も目を丸くしたままコクコクと頷いている。


「えっ? 泥化マッドネスで岩を泥にしただけなんですが……。これもあまり使われていない魔法でしたか??」

 勇も、首を傾げながら聞き返す。


泥化マッドネス泥化マッドネス……。名前は聞いた事ある気はするが……。アンネは知っているかい?」

 セルファースでさえほとんど知らない魔法のようで、この中で一番魔法に詳しいであろうアンネマリーに助けを求める。

「……確か、地面が少し柔らかくなるだけで、ほとんど誰も使っていない魔法だったかと……」

 そのアンネマリーさえ自信なさげに答えるレベルでマニアックな魔法のようだ。


「……そうだったんですね。元々は、地面を泥沼のようにして、動きを止めたりする魔法なんだと思います。要は岩とか土とかを溶かす魔法なので、立ってる岩に使えばこうなるかなぁ、と。さほど魔力は食わないですし、なかなか便利だと思いませんか?」

 はははー、と笑いながら説明する勇。

 土魔法が気に入っている勇は、先のメイジオーガ戦で使った大地杭グランドスパイクをはじめ、色々と試しては密かにレパートリーを増やしている。

 泥化マッドネスもその一つだ。


「なんと……。泥化マッドネスがそんな魔法だったとは。色々と応用が出来そうな魔法では無いでしょうか? 特に戦場で……」

 魔法の効果を聞いた副団長のフェリクスがセルファースに呟く。

「そうだね。思わぬところで思わぬ収穫があったねぇ……。領地に戻り次第検討しよう」

「承知しました」

 早くも実用化に向けた算段を始める領主と副団長を尻目に、勇は岩が無くなってあらわになったスリットを調べている。


「ん~~、アンネマリーさん、ちょっと水魔法で壁を綺麗にしてもらえないですか? 念のため、これ以上の魔力消費は控えたいので……」

 勇が、隣で一緒に壁を眺めているアンネマリーに、申し訳なさそうにお願いする。

「はい、お任せください!」

 二つ返事で了承すると、数回水球ウォーターボールを使って壁を綺麗にする。


「ありがとうございます! さて、この窪みの中がどうなっているかだなぁ……」

 アンネマリーに礼を言うと、窪みの蓋と思われる小さな出っ張りの隙間にナイフを差し込みパカリと開いた。


「おおっ!?やっぱり魔法陣か!!」

 出てきた内側を見て、顔がほころぶ勇だったが、すぐにその顔が曇る。

「だけど、読めないヤツかぁ……」

 ガクリと肩を落としながらもじっくり魔法陣を調べる。すると……


「んん?? この一部だけ分かるぞ? なんで……、あっ! これよく見ると起動陣か!? ほとんど一体化してて分からなかった!! てことは、この辺りに魔石をはめる所があるはずだけど……。

げっ!! なんだこの消費魔力!! 2FFF(16進数)って小魔石じゃ全然無理じゃないか! と言うか中魔石でも無理じゃないのか、これ……。くっそー、今日は小魔石しか持ってきてないのに!!」

 尚もブツブツ言いながら没頭する勇。

 こうなると、周りの声が耳に入らなくなることを知っている面々は渋い顔で見守るしかない。


「にゃっふ!」

 およそ5分、ブツブツ言いながら試行錯誤していた勇の頭を、リュックの中から織姫がポスポスと叩いた。

「ん~~、姫~、今ちょ~~っと忙しいんだ、後に……」

 振り向かず、なおも自分の世界に入ろうとする勇。

「にゃっふぅぅぅっ!!」

 痺れを切らした織姫が、ついにバリバリっと勇の耳を引っ搔いた。


「いてっ!! ちょっと織姫、何を……って、あれ?? わーーーっ、皆さんすいません!!!!」

 織姫の凶行に思わず振り向いた勇だったが、苦笑して見つめる一同を見て慌てて謝る。

「なふぅ」

 やれやれとばかりに織姫が小さく鳴いた。


「ぷっ……だ、大丈夫ですか?」

 クスクス笑いながらアンネマリーが尋ねる。

「あーー、はい、大丈夫です」

 バツが悪そうにぽりぽり頭を掻く勇。

「それで、何が分かったんでしょうか?」

「なんの魔法陣かは分からないんですが、起動陣に魔石をセットしたらおそらく動かせることが分かりました」

 アンネマリーの問いに勇がさらりと答える。


「えっ!? 動かせちゃうんですか!!?」

 驚くアンネマリー以下7名。

「ただですね、かなり強い出力の魔力が必要みたいなんですよ……。だいたい小魔石で出せる出力の限界が500くらいなんですが、こいつはその20~30倍必要っぽいんです」

「30倍!!!」

 勇の口から出てきた数字に、再び驚く面々。

 起動陣を解読した所、起動して機能陣に送り込む魔力量のチェック式が入っており、その数値が16進数の2FFF以上、10進数でおよそ12,000強だったのだ。


「ただ、やりようはあると思うので、戻ったら対策を練って、明日再びチャレンジしたいと思います」

「なんと、そんな魔力が必要なものを動かせそうだと言うのかい?」

「ええ。確証はないですが、そもそもこんな魔力を馬鹿正直に直接魔石から出してたら、いくつあっても足りませんからね。多分、考え方はあってると思いますよ」

 ある程度の確信をもって答える勇に、セルファースは頷く。

 

「分かった。ちょうど折り返すには良い時間だったからね。今日はここらで切り上げて、明日また再挑戦しよう。ふふ、中々幸先の良いスタートじゃないか」

 初日の撤収を宣言するセルファースだが、いきなりの成果に喜びを隠しきれないようだ。

 念のため、リディルとアンネマリーの岩拳ロックフィストと言うソフトボール大の岩を生み出す魔法を使って再びスリットを隠してから、一行は帰路に就いた。


 ベルクーレの街へと戻った勇は、貴族用の宿ではなくエトらの泊まるザンブロッタ商会へと向かう。

 そして、支店長とシルヴィオにお願いして閉店後に商会の工房を人払いしてもらい、エトと共に対策用の魔法陣作成に取り掛かるのだった。

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