第72話 hello, ruins ~遺跡へようこそ
「お疲れ様でございました」
クラウフェルト子爵家一行が帰った応接室に、再びお茶の香りが漂う。
「ああ。クズ魔石屋と大して気にもかけていなかったが、どうして中々……。アレは無能なのではなく、単に金が無いだけで才覚自体はあるようだな。今後は、最低限の情報は集めるようにしておいてくれ」
ソファにどかりと座り、家令の淹れたお茶をゆったり飲むのは、館の主ブルーノ・カレンベルク伯爵だ。
「かしこまりました。しかし、契約の件はよろしかったのでしょうか?」
机の上の契約書にチラリと目をやりながら、家令が問いかける。
「ああ、こちらにも利はある。あの新型が出れば、現行品が売れなくなるのはもちろんだが、買い替えも広がるはずだ。冷蔵箱は、10年やそこらで壊れるようなものでは無いが、20年も使えば魔法陣もすり減るだろうし、何より基板と筐体が持たん」
魔法陣は、使っていなければほとんど経年劣化するようなことはない。
偽銀が元々錆びにくい金属であることに加えて、魔石粉が入る事でそれがもう1段安定する。
千年以上前の遺跡から発掘されるアーティファクトが動くのはそのせいだ。
ただし、魔力を流し続けていると魔法陣自体に負荷がかかり徐々に薄くなっていくため、使い込まれたアーティファクトは動かない事が多い。
また、劣化に強いとは言え薄いメッキのようなものなので、擦ったり削られたりして起こる摩耗は避けられない。
勇がフェリスシリーズの機能陣をどこに記述するか悩んだのもこれが原因だ。
そして冷蔵箱は、魔法陣から直接冷気が出るため、構造上魔法陣をそのまま剝き出しで設置しなければならない。
高級品なので皆丁寧には扱うが、どうしてもぶつけたりしてすり減っていく。
さらに現代の基板は木材が使われることが多い。
アーティファクトの基板は、腐食しづらい謎の物質で出来ているものが多いし、王侯貴族向けの高級品は、基板にも腐食しにくい素材が使われるが、普及品は精々丈夫な木の表面を魔物素材で加工する程度だ。
そうなると、仮に魔法陣自体が無事だったとしても、基板は傷んでいってしまう。
筐体についても冷蔵箱はほとんど木で出来ているため傷むのは避けられない。
魔法陣がすり減っただけなら修理に出す事も出来なくはないが、基板や筐体の劣化は防ぐ事が出来ず、20年程で買い替えるのが平均的だ。
「冷蔵箱が世に登場して50年以上経つ。買い替え含めて、当面は現状の倍程度売れるだろう。ウチとクラウフェルト家でそれが独占できるのだ。利益は最低でも現状以上にはなる。あのタヌキめ。わざとこの点には触れずに様子を見たのだろうな……。目先の利益減少に拘って契約を飲まなかった場合、それ以上に損をするところだ」
くくっと喉の奥で笑い、また一口お茶を口に含む。
「限定領域についても、まぁ当代限りなら構わん。あのフェルカー侯爵閣下が20年かけても踏破できぬ迷宮だ。迷い人とてどうする事も出来ぬよ。なぁ、ヨアヒム?」
黙ってソファの後ろに立ち続けていた、帯剣した男に声を掛けるブルーノ伯爵。
「は。あの迷い人からは、平均より少し多い程度の魔力しか感じられませんでした。森の魔女は流石の魔力量でしたが、後は娘が多少多い程度でしたので、脅威となる可能性は低いかと」
姿勢を崩さず語るのは、カレンベルク家で近衛騎士団長を務めるヨアヒムだ。
勇の魔力量は、迷い人の間での計測で平均よりやや多い程度と判定されてはいるが、この三ヶ月で増加している可能性がある。
メイジオーガを討ち取ったと言う噂もあるため、念を入れる必要があった。
もし魔力量が大きかった場合は、合図を送る手筈であったが、問題無しと判断されていた。
「限定領域とは言え、目についたアーティファクトは全て回収済みだ。仮に新たに発見されても、それは元々我らでは発見できなかったものと言うことだ。それまで欲しがるのは強欲というものよ。
それよりも、まだ新しいアーティファクトが発見されたことが話題となり、遺跡への入場者が増えれば、また街にも金が落ちる。どっちに転んでも、ウチにさしたるデメリットは無い。まぁ、単体の魔法陣は転がっているから、あの
そう言いながら立ち上がると、2人を引き連れて応接室を後にするのだった。
一方の勇達も、帰りの馬車で反省会を行っていた。
「割とあっさり契約を交わしてくれましたね」
多少驚いた顔はしていたものの、荒れることなくすんなり契約に至ったことに勇が首を傾げる。
「ふふ、あれは半分は演技かもしれないね。限定領域の入場権利を持ち出した事には驚いていたけれど、冷蔵箱の件については極めて冷静な判断を下したと思う。あの様子だと、買い替え需要分を独占できる事にも気付いているんじゃないかな。流石は長年の隆盛を誇る伯爵家だ、一筋縄ではいかないね」
セルファースが、やれやれと苦笑しながら答えた。
「まぁ、それでも私達の狙いが単体の魔法陣の“中身”である事までは見抜けないでしょうけどね」
ニヤリとしながらニコレットが話を続ける。
「まぁね。ヴィレム氏のおかげで、コレクションとしての魔法陣集めとミスリード出来るし。おかげで魔法陣を持ち帰ったとしても、当分の間は怪しまれなくてすむからありがたいよ」
そう言ってセルファースは肩をすくめた。
「そう言えば、遺跡にはいつから入る予定なんですか?」
獲得した権利を具体的にどう使うのか分からない勇が尋ねる。
「早速明日から入ろうと思っているよ。ある程度の滞在期間は見込んでいるけれど、あまり長く領地を空けるわけにはいかないしね」
「あ、そうなんですね! それにしても遺跡かぁ……。魔物が出たりするんでしょうか?」
遺跡や迷宮といえば、魔物が付き物だというのが勇のイメージだ。
「ああ、魔物は出るね。上層は半分屋外みたいな遺跡も多いから、地上の魔物が入ってきて棲み着いていることが多いけど、下に行くほど中から出てきた魔物が多くなる。どこで湧いて、どうやって上に上がってくるのかは、未だに解明されていないんだ。
遺跡の中は、下へ行けば行くほど空気中の魔力が濃くなっていく事が分かっていて、それが原因で深い階層で魔物が湧くんじゃ無いかと言われているよ。地上でもそうだけど、強い魔物は魔力が濃い場所じゃないと長く生きられないから、遺跡も下へ行くほど魔物は強力になっていく。その辺りはヴィレム氏が詳しいんじゃないかな」
ざっくりとしたセルファースの説明に、神妙に頷く勇。やはりモンスター蔓延るダンジョンと言って良いようだ。
その反面、久々の新たなファンタジー要素の登場に、ちょっと楽しみになってきた勇だった。
「遺跡へ入る時の準備はどうするんですか? 魔物が出るなら、武器とかも必要ですよね?」
これまでほとんど魔物の生息地へ足を踏み入れたことの無い勇は、自分用の武器や鎧を持っていない。
武器についてはすぐにでもフェリスシリーズを作れはするが、それ以外は何が必要なのか皆目見当がつかない。
「遺跡内は広くて、とにかく歩くからね。どちらかと言うと軽さや動きやすさを重視した装備になるかな。普段騎士達が着ているような全身金属の鎧は、あまり見かけないね」
「なるほど……」
言われてみれば、車窓から見えた多くの冒険者が、革製か金属を使っていても部分補強程度の軽装だったなと今更気付く。
「泊りがけで潜る事も多いんだけど、なるべく荷物は減らしたい。そういう理由もあって、遺跡や迷宮を探索するパーティーには、魔法使いが必須と言われている。水が出せるだけで荷物の量が大違いだし、武器が無くてもダメージを与えられる。それを踏まえれば、フェルカー侯爵が個人で限定領域の探索権を持っているのも頷ける話だよ。王国最強の魔法使いは、王国最高の遺跡探索者でもあると言えるからね」
「そうだったんですね……」
「まぁ今回は日帰りか1泊程度の探索を何度かこなす予定だから、あまり問題は無いよ。それに、イサム殿含めて、今回選んだメンバーはほとんどが魔法を使えるからね。あと必要なのは身に着ける装備品だけだ。それも宿に残っている騎士達が手配しているから、戻ったらサイズ合わせをするといいよ」
初めから遺跡に潜るつもりだったのか、準備は万端整っているようだ。
「ありがとうございます! ちょっとワクワクしてきましたよ!」
これぞ王道のファンタジーという展開に勇のテンションが上がっていく。
「にゃふぅ」
アンネマリーの膝の上で丸まる織姫も、尻尾をパタリパタリと揺らす。まんざらでも無いようだ。
「ふふ、きっとオリヒメちゃんは大活躍ですね!」
そんな織姫を優しく撫でながら、アンネマリーは目を細めた。
翌朝。遺跡に挑むメンバーが、ザンブロッタ商会の裏庭に集合していた。
メンバーは、セルファース、アンネマリー、勇(と織姫)、ヴィレム、副団長のフェリクス、騎士団からリディルとミゼロイ、侍女頭のカリナの8名と1匹だ。
全員がある程度は魔法が使えるという、冒険者からしたらとんでもなく贅沢なメンバーだ。
しかも皆、古代魔法の手解きを受けているため、通常より効率よく魔法が使えるというオマケ付きだ。
ニコレットも行きたがったが、領主夫妻が事故にでも遭うとシャレにならないので、今回は留守番。
エトも、戦闘の役には立たないからと、勝手の分からない初回は辞退した。
騎士団は揉めに揉めたそうだが、次回以降ローテーションという事で、勇と親交の深い3名が選ばれた。
カリナは世話役も出来るうえ戦力にもなるという、超便利ユニットだ。
そんなメンバーと共に、勇は装備品の最終確認を行っていた。
と言っても、昨日の内に騎士団が用意してくれたものの中から、サイズの合うものを着ただけだ。
急所を軽くて丈夫な魔物の外殻で保護した厚手のチュニックと革のパンツにグローブ、背中には食料や雑貨の入ったリュックを背負っている。
武器類は、杖代わりにもなる短槍と大振りのナイフに急遽
騎士達は、普段の金属鎧ではなく革の軽鎧に身を包みフェリス1型の通常版と強化版を帯剣、アンネマリーとカリナは、厚手のワンピースに革のベストを身に着けている。
ヴィレムはチュニックの上から自前のサーコートを纏っていた。
「さて、じゃあ行こうか。今日は日帰りで様子を見る感じだから、あまり気負わなくても大丈夫だよ」
馬車へ乗り込んだセルファースが、少々興奮気味の勇へ声を掛ける。
「いやぁ、ちょっとワクワクしちゃいまして……。元の世界だと、遺跡の探検はある意味夢みたいなものでしたからね」
軽く深呼吸をしながら勇が苦笑する。
「はっはっは、夢がかなったのなら良かったよ」
騎士に護衛された大型の馬車は、和やかな雰囲気で街道を進み、30分ほどで脇道へと曲がる。
まっすぐ行くと一般開放されている遺跡へ行くが、限定領域は途中から別ルートで、入り口自体が異なる。
そのまま脇道を30分ほど進むと、簡易な検問所のようなものが建っていた。
誰何されて、昨日伯爵から発行してもらった立ち入り許可証を確認してもらい、さらに奥へと向かう。
程なく、崩れた岩山から顔を覗かせる遺跡の一部と思われる薄いグレーの建造物が見えてきた。
ぽっかり口を開けた遺跡への入り口と思しき場所で馬車を降り、入り口を警護している騎士に再び許可証を見せると、いよいよ遺跡へと足を踏み入れた。
遺跡へ入って30分。勇たちはリディルを先頭に1層を進んでいた。
そこは何とも奇妙な造りをした建造物だった。
所々天井や外壁にひびが入ったり岩で壊されたりしているため、どこからともなく外から光が入ってきてうっすらと明るい。
基本的には淡いグレーで微妙に光沢のある素材で造られた通路や壁で構成されているのだが、突然全く異なる材質のエリアが混ざるのだ。
ある場所を境に違うエリアに切り替わるなら、増築なり改築なりしたのだろうとも思うのだが、あまりそういった法則性も無く混在している。
長く続くパターンもあれば、ほんの数メートルや部屋1つで終わるパターンも多い。
結構な割合で崩落している部分もあるから全容が掴みづらいが、勇には、元々大きな建造物をそこからさらに無秩序に広げたものに思えた。
「ヴィレムさん、他の遺跡も同じような感じなんでしょうか? 壁や床の材質とか広さとか」
休憩中、勇は隣に座った遺跡探索の大先輩であるヴィレムに尋ねる。
「うーーん、材質は似たような感じだね。でもこっちの方が新しいと言うか傷みが少ない気がする。通路はもっと広い所が多いし、天井ももっと高いかなぁ。あと、もうちょっと魔物が出るね」
最後の部分で少し首を傾げて苦笑いする。
かれこれ60分は歩いてきているが、ここまでで魔物と遭遇したのは2回だけ。
人の多い一般公開遺跡でも、もう少し遭遇するという話だから、ヴィレムが訝しがるのも無理は無い。
1回目は、行き止まりになった小部屋に棲み着いていたゴブリンが10数匹。
2回目が、遺跡内で湧いた蜘蛛のような魔物、ラギッドスパイダーが3匹、それだけだ。
どちらも3人の騎士とセルファースの剣、勇とアンネマリー、カリナの魔法で圧勝だった。
織姫も、まだ自分の出る幕では無いとばかりに、勇のリュックから顔だけ出して眺めているだけだった。
ちなみに、遺跡内で湧いた魔物だと何故わかるのかというと、倒した後に放置しておくと、煙とともに消えてしまうからだ。
一説では、遺跡が養分として吸収して、再び別の魔物を作る素にしているのだと言われているが、何ともファンタジーな現象だ。
真偽のほどは定かでは無いが、勇の目には一瞬黒く光った(変な表現だが)ように見えた気がしたので、魔法的な何かで分解・還元されている可能性は無きにしも非ずだ。
なお、RPGで良くあるような魔石や素材を残していく、という親切設計は無いようだった。
そんな少々奇妙な遺跡を、一行は休憩を取りながら奥へと進んでいった。
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