第71話 伯爵との交渉

「今、新型の冷蔵箱と言ったな。どういうことかね?」

 流石に浮かした腰は下ろしたものの、ブルーノ・カレンベルク伯爵の目は険しいままだ。

「ちょっとした新素材が、我が領で見つかりまして……。それを使って冷蔵箱を改良したところ、中々良いものが出来たのです。本日、サンプルをお持ちしておりますので、ご覧になりますか?」

 ブルーノとは対照的に、淡々と話を進めるセルファース・クラウフェルト子爵。


「なに? すでにサンプルまで出来上がっているだと?」

「はい。控えの間に持ち込んでおります。また、試作した魔法具師、販売予定の商会長も同行しておりますので、同席をご許可いただけますと幸いです」

「……よかろう。こちらへの持ち込み並びに同席を許可する」

 逡巡した後ブルーノが許可を出す。

「ありがとうございます。ニコ、皆を呼んできてくれないかな」

「わかりました」


 ニコレットに呼ばれて、控えの間から布が被せられた冷蔵箱と共に、エト、ヴィレム、シルヴィオ、そしてアンネマリーが入室してきた。

「簡単にご紹介させていただきます。まず、魔法コンロと新型の冷蔵箱の開発、製造については、新たに立ち上げた商会が担っており、その商会長に迷い人のマツモト殿が就いております。また副会長は、僭越ながら当家の長女、アンネマリーが務めさせていただきます」


「あらためまして、オリヒメ商会会長のイサム・マツモトです。よろしくお願いいたします」

 背筋を伸ばし、あらためてしっかりと礼をする勇。

「先日は、迷い人の儀にてお世話になりました。再びお目通りがかない、嬉しく思います。この度オリヒメ商会副会長を務めさせていただくことになりました、アンネマリー・クラウフェルトにございます」

 迷い人の門でも顔を合わせていたアンネマリーが、柔らかなカーテシーを披露する。

 織姫の入ったバスケットは、邪魔にならぬよう静かにソファ脇へと置いておく。

「ほぅ。マツモト殿が商会長を……」

「はい。かなりの算術の腕前をお持ちでしたので、是非にとお願いしております」

 セルファースの説明にブルーノが小さく頷いた。


「ヴィレム氏はご存じですね。当家の専属遺物採掘者アーティファクトハンターと、研究部門の顧問をしてもらっています」

「大変ご無沙汰しております、カレンベルク伯爵閣下」

 遺跡調査の関係で何度か面識のあるヴィレムが会釈をする。

 

「こちらは、先の魔法コンロおよび今回の新型冷蔵箱を制作した工房責任者であるエト・メイイェルです」

「エト・メイイェルですじゃ。工房の責任者をやっとります」

 続いてエトがお辞儀をする。

 自動翻訳のニュアンスなのか少々怪しい敬語だが、誰もおかしな顔をしない所を見ると、ノーム訛りのようなものかもしれないな、と勇が考えていると、ブルーノが何かに気付く。


「ん? 今メイイェルと言ったな? もしやミト・メイイェルの縁者か?」

「ミトは弟ですじゃ」

 ブルーノの問いにシンプルな返答を返すエト。

「そうか……。天才職人ミトの兄と、このような所で会おうとは……。なるほど、魔法コンロに新型の冷蔵箱の裏には、その方がおったのだな」

 驚きながらも得心するブルーノ。どうやら我らが工房長の弟は、かなり有名な職人らしい。

 後で色々聞いてみようと勇は密かに心に決める。

 

「そしてこちらが、この度オリヒメ商会と専売契約を結びました、ザンブロッタ商会シュターレン王国支部長のシルヴィオ・ザンブロッタです」

「この度は、拝謁の機会を頂き嬉しく思います。ザンブロッタ商会で支部長を務めております、シルヴィオ・ザンブロッタです」

 ゆっくりと丁寧なお辞儀をするシルヴィオ。

「専売契約?」

 セルファースの紹介の中にあった専売契約の単語に、ブルーノがピクリと反応する。

「はい。そちらも含めまして、お話しさせていただきます」


 こうして、交渉の第2ラウンドが始まった。



「……これがどちらも同じ魔法陣を使った冷蔵箱だというのか?」

「はい。左側が現在販売中の一般向け冷蔵箱、右側が我々の試作した新型です。右側も、元は左側の冷蔵箱と同一商品で、筐体のみを換装したものとなります」


 商会立上げから専売契約についての一通りの状況説明を行った後、早速新型冷蔵箱の実物を使ったデモを行っていた。

 控室に通された後、伯爵家の家令とメイド長、それと料理長立会いの下、両方の冷蔵箱に同サイズの氷やワインを入れて、性能実験の仕込みがしてあったのだ。


「むぅ、これほどとは……」

 二つの冷蔵箱から取り出された氷を前に、ブルーノが唸る。

「ええ。我々も実際驚きました。なにせ、今回掘り出された保温石で囲うだけでこの効果ですから。もっとも、マツモト殿が似たような素材が元の世界にあった事を覚えておいでで、アドバイスいただいたおかげなのですが……」

 見た目は一回り大きい程度だが、明らかに容量が大きく、また重量も軽い新型と現行品の保冷力に全く差が無いことを、目の前に二つ並んだ同じ大きさの氷が証明していた。


「そうか、マツモト殿のな……。それで、これをいくらで売ろうと言うのかね?」

 かぶりを振りながらシルヴィオへ問いかける。

「現行品と同程度、一般向けで3,000ルイン、高級品の方を10,000ルインで、と考えております」

「なんだと?」

 シルヴィオの告げた価格設定に再びブルーノが唸るが、無理も無い。完全な上位互換品が、同価格で売りに出されたらどうなるか、火を見るよりも明らかだ。


「10年の独占利用期間は終わっておりますので、通常の魔法陣使用料を支払えば我々にも利用が可能です。ですので、製造は我々オリヒメ商会の工房で行う予定です。魔法陣の使用料が1台あたり500ルイン。それ込みでも、製造原価は1,500程度。オリヒメ商会からザンブロッタ商会には、1,800ほどで卸す予定です」

 シルヴィオの説明を引継ぎ、勇がざっくりとした原価を公開する。

「……」

 それを聞き、さらに渋い顔をするブルーノ。確かにそのコストで生産できるなら、間違いなく現行品と同価格で販売することが可能だろう。


「そこでご提案です。もし、限定領域への入場資格を頂けるのであれば、新型冷蔵箱の共同開発者にカレンベルク家の名を入れようと思っています」

「共同開発だと?」

 セルファースの提案に、思わずオウム返しするブルーノ。


「はい。原材料となる保温石をお売りしますので、引き続きそちらの工房で新型の冷蔵箱を御作りいただけます。ただし、製造したものは全てザンブロッタ商会へ所定の金額で納めていただきます。その代わり、各小売りに対してザンブロッタ商会から卸売りをさせていただこうと考えております」

 そう言いながら、予め作成してあった、共同開発に関する契約書をブルーノへ差し出した。

「……拝見しよう」

 その準備の良さに渋面するブルーノだが、契約書の内容へ目を通す。頭の中でシミュレーションを行っているのだろう。


 現行品をカレンベルク家で製造する場合、魔法陣使用料は支払う必要が無いので、製造原価は1,000程度だ。

 自前の小売商会以外への卸値は、2,000は下らないので、粗利が1台当たり最低1,000ルインは出ているだろう。

 対して新型が売り出されて現行品が売れなくなった場合、魔法陣使用料500からギルドの手数料を引いた400ルインしか実入りがなくなる。

 粗利が4割以下になった上、現在製造に携わっている工房も仕事を失うことになり、領地的なマイナスが非常に大きい。


 契約書面には、製造を引き続き現在の工房で行えるよう、1台分の保温石を200で売る代わりに、ザンブロッタ商会への卸値を1,800にすることと書かれている。


 保温石を使う分、既存の材料の使用量が減るが、原価の差で材料費が少々上がるだろう。

 しかしそれでも製造原価は精々1,100程度に収まるはずだ。

 それを1,800で卸すので、粗利は700程となる。

 現状の7割になってしまうが、4割よりはマシな上、工房は今後も存続できる。


 小売についても、間にザンブロッタ商会が入る分仕入れ値が多少上がるが、現行品を販売している商会で引き続き可能だ。

 こちらもこの提案を蹴ると、小売りまでザンブロッタ商会が独占してしまうため、影響が大きい。


 話に乗らないという選択肢が無いと知ってか、ため息をつく。

「ふぅ……。確かにこの提案に乗れば、多少今より減りはするが、逆に言えばその程度で済むという事だ。個人的には乗るべきだと考えるが……」

 ブルーノはそこで瞑目して一度言葉を切ると、再び目を開きセルファースを見据える。

「……フェルカー侯爵閣下でしょうか?」

 セルファースもブルーノから視線を外さず問いかける。


「……そうだ。卿も知っておろうが、現在フェルカー閣下個人に対して、限定領域の入場資格を発行している。その独占状態が崩れる事になる故、閣下へと確認を取りたい所であるが……」

「ご判断は、本日この場で頂戴したく」

「ふっ、であろうな……」

 セルファースの予想通りの言葉に、苦笑して再び軽く目を瞑るブルーノ。


「よかろう。その代わり二つ条件を加えてくれ。一つ目は、期間についてだ。限定領域の入場資格については当代限りと記載があるが、新型冷蔵箱に関する期間に定めがない。これは、新型冷蔵箱については、製造・販売をそちらが止めるまで継続するものとしてくれ。

二つ目は、更なる改良型、新型が出た場合だ。こちらについても、金額は都度相談して決めるが、共同開発とする点は確定事項としてくれ」

 ブルーノから、ある意味当たり前の条件追加提案がされた。

「……かしこまりました。その2条件を追記した契約書を直ちに作成いたしますので、少々お待ちください。シルヴィオ、契約書面の修正を頼む」

「かしこまりました」


「ふっ、まさか卿からこのような提案を受ける日が来ようとはな……。どうやら貴家にとってマツモト殿との出会いは良い出会いであったようだな」

 話がいち段落し、シルヴィオが契約書の作成を始めた所でブルーノが笑いながら雑談を始める。

「ええ。おかげさまで……」

「ならば重畳だ。そう言えばマツモト殿、貴殿が迷い人の間に現れた時、何やら動物を連れていたな? あれは貴殿の使い魔なのか?」

 話を続けるため、たまたま思い出しただけであろう織姫の事を尋ねるブルーノ。


「ええ。元の世界から一緒についてきた、まぁ使い魔のような……パートナーですね。商会名と同じ、織姫と言う名です」

「ほぅ。貴殿のいた世界にも使い魔はいたのだな」

「こちらの使い魔のように、一緒に戦ったりする事はほとんどありませんでしたが、飼っている人は結構いました。今日も連れてきているので、カレンベルクさんさえよければ、ご紹介しますが……」

「ふむ、異世界の使い魔か……。過去にもそんな話は聞いたことが無い。後学の為にも、見せてもらってもよいか?」

「ええ、もちろん」

「マツモト様、こちらを……」

「ああ、アンネマリーさんありがとうございます」

 話の流れを聞いて、アンネマリーが足元のバスケットを勇へ手渡す。

 

 バスケットを受け取った勇がテーブルの上で蓋を開けると、前足を伸ばしお尻を高くした猫独特のポーズで伸びをする織姫。

「んなぁ~」

 そのまましばらく周りを見回すと、ぴょんとバスケットから出て勇の膝へと飛び乗った。

 勇は織姫を抱きかかえると、ブルーノに見えるよう向きを調整する。

「こちらが織姫です。猫と言う種類の動物なんですが、皆様のお話によると、こちらにはいない動物のようですね。ほら織姫、カレンベルクさんに挨拶して」

「にゃ~ぉ」

 勇に言われて、織姫がブルーノの方を向いてひと鳴きする。

「っ!!」

 すると、誰かが勢い良く息を吸い込んだような音が聞こえた。


 織姫は、勇の腕からするりと抜け出すと、トコトコと歩いてブルーノの足元まで行き、ちょこんと座る。

「っっ!?」

 再び先ほどと同じような音が聞こえる。音の主は間違いなくブルーノだ。

「あ、すみません! カレンベルクさん動物は苦手でしたか?」

 慌てて織姫をかばおうとする勇。

「ああ、いや、そうでは無い。大丈夫だ」

 しかしブルーノはそれを否定する。そして……


「んな~~ぅ?」

 ブルーノの足元に座っていた織姫が、首を傾げて短く鳴く。

「なっ!?」

 それを見てわなわなと手が震えるブルーノ。

「う、うむ。な、なかなかに愛らしい使い魔では無いか……。ありがとう、参考になった」

「はい。さ、姫、戻っておいで」

「にゃう」

 勇のお願いに、織姫はくるりと身をひるがえしながらスルッと尻尾をブルーノの足元に擦り付けると、背中越しに振り返って短く鳴いた。

「ぬっ!」

 小さく唸り両手がピクリと動いたブルーノだったが、そのまま織姫を見送る。

 バスケットに織姫を入れる勇を見て何か言いたげであったが、結局それ以上は何も言わなかった。


 その後も2、3雑談をしていると、契約書の修正が終わり、無事契約が締結される。

 カレンベルク家は限定領域への立ち入りを認める代わりに賠償金と新型冷蔵箱による損害を最低限に抑え、クラウフェルト家は少々売り上げを減らすも、新しい魔法陣が入手できるチャンスを得た。


「それでは本日は失礼いたします。良き契約が結べたことに、感謝いたします」

「ふっ、良き契約か……。ウチとしては痛し痒しだが仕方あるまい。精々探索を進めて、解放できるように頑張ってくれたまえ」

 馬車止めにてセルファースは笑顔で、ブルーノは苦笑いで握手を交わした。


 こうして、両者による契約の締結を以って、今回の魔物襲来事件の事後処理が全て終わるのだった。

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