第69話 魔法具店デート
魔法照明は、その名の通り光の魔石を使った照明器具だ。
絶対的な明るさは魔法カンテラの方が上だが、燃費がだいぶ違う。
魔法陣と魔石を一つだけ使ったパーソナルユースの物から、複数を一つにまとめた大光量タイプまで様々だ。
リフレクターの素材や、見た目の豪華さも様々で、かなりの商品点数がある。
続けて紹介されたのは火の魔法具のコーナーだった。
「こちらが先程申し上げた魔法ランタンです。これは、魔法照明より本体も魔石も安いので、かなり普及している商品です。ただ、火を使う分どうしても熱を持ちますので、夏場はキツイですし、火事の危険性もあるので、時と場所を選んだほうが良いかも知れませんね」
「こちらが魔法竈です。今回売りに出す魔法コンロの直接のライバルはこちらですね」
そう言って指差された先には、縦横高さ全て1メートルほど、薪を使った竈と大きさを合わせたのであろう魔法竈が鎮座していた。
「これが魔法竈ですか……。私も実物は初めて見ました」
アンネマリーも初見との事で、興味深そうに見ている。
「確かにこれは普通の竈と同じ使い方が出来そうですね。火の魔石を相当使うと聞いていますが?」
「ええ。普通の竈と同じような使い方をすると2日程度で中魔石が空になります。小魔石ひとつで10日は使える魔法コンロとでは、勝負になりません。まぁ、だからこその商機なんですがね……」
最後はニヤリと笑いながらシルヴィオが答えた。
それ以外にも、大型のライターのような火起こし器や、勇が作ったフードドライヤーを大きくしたような温風器など、火の魔法具は中々のラインナップ数だった。
「次は水の魔法具ですね。一番の売れ筋は何と言ってもこの湧水瓶でしょうね」
そこにあったのはまさしく水瓶だった。
使用方法も効果も非常にシンプルで、瓶の底にある水の魔法陣から水が湧きだすというものだ。
しかし、水が増える速度はかなりゆっくりで、大型の瓶だと一晩経っても満杯にならないらしい。
また、溢れたとしても止まるわけでは無いし、一定量や一定時間で止まるタイマーのような機能も無い。
クラウフェルト子爵家のように、大きな館では複数個を並行利用するのが常識となっている。
一般家庭では、その日の余った水を別の瓶に移し替えて、寝る前に稼働させて朝止めるのが一般的なようだ。
もう一つの売れ筋商品が、ズバリ水洗トイレだ。
勇がこの世界に来て初めて泊った宿屋にもこの水洗トイレがあり、驚いたのを覚えている。
便器内の魔法陣から水流が起きて直接流す仕組みになっているので、手洗いは兼ねておらずタンクも無いのが特徴だ。
ちなみにこの水洗トイレがあるおかげで、この世界は上水道は無いが下水道はかなり普及している。
最終的には近隣の川へと流すのだが、一定区域ごとにプールのようなものが作られており、スワンプスラッグという何でも食べる魔物を入れてある程度浄化しているようだ。
スワンプスラッグは、魔物にしては珍しく餌さえ十分にあれば大人しいため、上手く共存が図られているらしい。
中世~近世ヨーロッパなどの都市部は、糞尿が路上に投棄されていたと言うが、この世界はそんな事は無く街は清潔だ。
「風の魔法具で一番普及してるのは、この送風機ですね。送風の魔法具は、一度に色々な大きさのものが発見されたので種類も多いですし、組み合わせて使われることも多いですね」
送風の魔法具は、扇風機のようにファンを使って風を起こしているわけでは無い。
両面に魔法陣が描かれており、片方にある空気を吸って、逆側から勢いをつけて吐き出すという、かなり高度な事をやっていた。
結果として、ファンを使ったものと似たような現象が起きるので、換気扇として活用できている。
この魔法具を初めて見た時に、勇はとんでもない魔法具だと驚いたのを覚えている。
なにせ“ある程度の大きさの粒子も一緒に吸い込む”からだ。
単純に空気だけを吸っていたら、煙を構成している様々な物質は取り残されて蓄積する。
しかしこの魔法陣は、煙を吸って逆側から同じように煙を出しているのだ。
もはやここまで来ると風の魔法では無くて、物質転送の魔法なのではないかと疑ってしまったほどだ。
今一番ロジックを解読したいのは、この送風の魔法陣である。
「どうかしましたか? 難しい顔をしてらっしゃいましたけど?」
不意にアンネマリーから声を掛けられた。
「ああ、すいません。この風の魔法陣があまりに高度な事をやっているのでつい考え込んでしまいました……」
連れの女性がいるというのに一人で考え込むとは大失態である。
バツが悪そうに素直に謝る勇。
しかし、
「ふふふっ、イサムさんはどこへ行ってもやっぱりイサムさんですね!」
そう言って良い笑顔で笑われてしまった。
これではどっちが年上か分かったものでは無い。
「いやー、ははは」
苦笑しながら頭を掻くしかない勇だった。
そしていよいよ、明日の商談で使う氷の魔法具のコーナーへやってくる。
代表的なのはもちろん冷蔵箱だろう。今や、ほぼ一家に一台の割合で普及している。
食品を長持ちさせる事が出来るのは、やはり非常に便利だ。
中には、複数の魔法陣と魔石を使った大型のモノも存在している。
「いままでも十分便利な魔法具でしたが、あの保温石を使った冷蔵箱は凄いですね。全く同じ魔法陣と魔石で、1.5倍以上の大きさを冷やせるんですから……」
しみじみとシルヴィオが言う。
現行の魔石1つで動かすタイプの冷蔵箱は、おおよそ80リットル程度の広さだ。
それが全く同じ運用コストで120リットル程度は入るようになるのだから大きな違いだろう。
しかも、外寸は一回り大きくなった程度だ。保温石の保温効果の賜物である。
「これで上手く交渉できれば良いんですけどね……。と言うかすみませんね、本来ならコレもザンブロッタ商会で専売のはずが……」
そう。伯爵との交渉に使うという事は、ザンブロッタ商会が小売りを独占出来なくなるという事だ。
「いえいえいえ。そもそもコレは、魔法陣は既存のものですからね。我々が想定していたのは、新しい魔法陣を使った魔法具であって、筐体側ではありませんから。むしろ、卸売りをお任せいただけて有り難いくらいですよ」
勇の謝罪に、慌てて両手を振ってフォローするシルヴィオ。
「それに、まだまだこれから新しい魔法具をどんどん開発していただけますからね! なーーんにも心配していませんよ!!」
ニヤリと笑いながらそう付け足した。
「……そうですね! まだまだこんなもんじゃないんで、どんどん売ってくださいよ!?」
勇もそれにニヤリと笑いながら答えた。
こうして、ザンブロッタ商会ベルクーレ支店を一通り見終えた勇たちは、シルヴィオの用意した馬車で街へと繰り出した。
車窓から見える特徴的な建物を、この街に詳しい支店長に説明してもらいつつ魔法具店をまわった。
途中、オススメと言うベルクーレの名物料理を出してくれる店で昼食をとる。
内陸部だというのに魚料理が多い事に驚く勇とアンネマリー。
支店長の話だと、冷蔵箱の有用性を世に知らしめるため、冷蔵箱を使った輸送に領主が補助金を出して、魚料理を名物にしたそうだ。
さすが冷蔵箱の聖地だ。そして、その方法を考えたかつての領主は相当なやり手だったのだろう。
食事やお茶休憩を挟みつつ、都合4軒の魔法具屋を回った。
魔法具自体は、あまりザンブロッタ商会と変わり映えは無かったが、冒険者や
そこには魔剣があったのだ。
ただし、勇の作ったフェリスシリーズとは方向性が異なり、炎の属性を付与したものと、雷の属性を付与したものだった。
なるほど、こういうアプローチもあるのかとしげしげと眺めていると、またしてもアンネマリーに笑われてしまった。
また、以前勇がフェリスシリーズの魔法陣を使って実験して失敗した、土の魔石を使った防御力強化の鎧も展示されていた。
かなり高額な割に効果はそこそこ、燃費も良くないが、少しでも性能の良い防具を求める上位の冒険者や、財政に余裕のある貴族家の騎士団に人気なのだとか。
何とか魔法陣を解読しようと虱潰しに見てみたが、残念ながら全て読めない魔法陣ばかりだった。
それでも、色々な魔法具を見て、実際に触れる事が出来て大満足の勇だった。
アンネマリーも、終始機嫌が良さそうだったので、楽しめたのだと思いたいところだ。
そんなこんなで時間も頃合いとなり、そのまま馬車で宿まで送ってもらう。
「今日は1日お付き合いいただいて、ありがとうございます!」
「いえいえ。また滞在中に何かありましたら、ご遠慮せずお声がけください。今後ともよろしくお願いいたします」
支店長にお礼を言って別れると、勇とアンネマリー、シルヴィオはバンケットルームへと向かった。
「やあ、お帰り。アンネたちも一杯どうだい?」
バンケットルームでは、子爵夫妻が食前酒を飲みながら寛いでいた。
「ただいま戻りました。では、私も一杯いただきます」
挨拶をして、勇も一杯貰う事にする。
「お帰りなさい、アンネ。どう? 楽しかったかしら? 二人きりじゃなかったのは残念だったかもしれないけど」
向かいの席では、クスクスと笑いながら、ニコレットが早速アンネマリーを揶揄っていた。
「もう! お母様はすぐそうやって!!」
顔を真っ赤にしてそう怒るアンネマリーを眺めていると、隣から小さなため息が聞こえてきた。
「はぁ……。こうやって娘は大きくなっていくんだねぇ」
なんとも情けない表情で、セルファースが呟く。
「まぁ、相手がイサム殿だと言うのが、本当に幸いだよ……。まだどうなるかは分からんが、その時はよろしく頼むよ」
そう勇にしか聞こえない声で、セルファースが再び呟いた。
「はい。もちろんです」
まだ赤い顔で小競り合いを続けているアンネマリーを眺めながら、勇は力強く頷くのだった。
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