第68話 鉄と遺跡の街ベルクーレ
ベルクーレの街は、小高い丘のような低山の上にあった。
カレンベルク伯爵領に入ってからもしばらくは、これまで同様森が続いていたが、伯爵領に入って2日目、急に森が途切れる。
その先は、低木と背の高い草がまばらに生えた、アップダウンを繰り返す低山地帯だった。
緩やかな上り下りを進んでいくと、眼前の丘の上に高い城壁を備えた大きな街が見えて来る。
それが、今や遺跡の街と言われるようになったカレンベルク伯爵領の領都、ベルクーレだ。
ベルクーレは、元々鉄鉱石を産出する街として切り開かれたのが始まりだ。
この低山地帯一体が、巨大な鉄鉱石の鉱床となっているようで、露天掘りに近い掘り方で鉄鉱石が採れる。
しかし資源のある場所というのは、取り合いになるのが世の必定で、ベルクーレも幾度となく戦火に見舞われた。
その度に街は防衛のために補強され、いつしか高い城壁を備えた城塞都市となるのだった。
迷い人戦争が終結してシュターレン王国が安定すると、戦略物資としての鉄の需要が減り、ベルクーレの景気も落ち着きを見せる。
それでも鉄の需要はあり続けるので、一時の栄華は無いものの寂れることは無く、安定した領地運営が行われていた。
転機が訪れたのは300年ほど前。
低山のひとつで崖崩れが起き、偶然遺跡が見つかったのだ。
そしていつしか、王国最大の巨大な地下遺跡を擁する遺跡の街として再度の繁栄をみせ、今へと至っている。
そんな独自の発展を遂げた街の中を、クラウフェルト家の一行の車列が進んでいた。
「まさに鉄と遺跡の街、って感じですねぇ」
馬車の左右の窓から、忙しなく外を見ながら勇が言う。
「にゃっ」
その肩に乗って、織姫が同じくきょろきょろとあたりを見回す。
カレンベルク伯爵領に入ってから、織姫はようやくいつもの調子を取り戻し、騎士団を始め皆を安心させていた。
「そうですね。古くから鉄で栄えていますから、街にも随分と鉄が使われていますね。これは、王国広しと言えど、ここベルクーレだけだと思います」
何度か足を運んだことがあると言うアンネマリーだったが、それでもやはり物珍しいようだ。
アンネマリーの言う通り、街のそこかしこに鉄が使われていた。
まずもって、外壁や門が鉄板で補強されており、その様はまさに黒鉄の城だ。
建物の柱や窓枠、水路にかかる橋、物見や教会にある塔などなど、鉄が使える場所は全て鉄で出来ているかと思うほどだった。
そして街には、そこかしこに魔法具を売っている店があった。
近年で最も多くのアーティファクトが発見されている場所だけあって、それをベースにした魔法具の開発・販売が盛んなのだろう。
馬車はメインストリートを進み、中央広場と呼ばれている噴水のある大きな広場で進路を右に変え、大きな商館や高級な宿が並ぶエリアへ進み、一行は3手に分かれる事になる。
子爵夫妻をはじめとして、アンネマリー、勇、家令のルドルフら家人、それに護衛の騎士10名は、貴族用の宿屋へ向かう。
ザンブロッタ商会のシルヴィオ、研究所のエトとヴィレムは、ザンブロッタ商会の支店にあるゲストルームへ行くそうだ。
そして子爵夫妻護衛ローテーションの当番ではない騎士達は、シルヴィオが押さえてくれたすぐ近くの宿に泊まる。
到着した旨と、近日中に面会を希望する旨の伝令は既に出してあるため、伯爵から返答があるまでは各自それぞれの宿を拠点に滞在することになる。
また、情報や状況の共有の為、子爵夫妻の泊まる宿にあるバンケットルームをひと部屋借り上げていた。
主要メンバーは、朝食と夕食をここで共にとり、毎日すり合わせを行う事になるが、それ以外は基本自由行動だ。
滞在初日の今日は、長旅の後かつすでに夕刻ということもあり外出はせず、晩餐も早めに切り上げて休息に充てる事にした。
勇は寝る前に、明日の朝から茹でただけの鳥の肉を織姫用に準備してもらうよう厨房へお願いして、眠りについた。
なお、貴族が滞在する宿で馬車風呂に入る訳にもいかず、騎士達の泊まる宿へ預ける事となった。
こんな事なら、風呂に入れる野営の方が良い、と半ば本気でニコレットとアンネマリーはぼやいていたという。
翌朝、バンケットで朝食を摂っていると、伯爵の遣いがやって来た。
伝令を送ったのが昨夕なので、異例の早さと言える。
遣いが携えてきた書状を読み終えたセルファースが、少々驚いた表情で口を開いた。
「伯爵閣下が、明日の午後にお時間を作ってくださるとの事だ」
「え? 随分と早くお時間いただけるのね」
それを聞いたニコレットも驚きの声を上げる。
下級貴族側から面会を依頼する場合は、5日は先になる事が普通なので翌日というのは異例だ。
事前におおよその日程は伝えてあったとは言え、伯爵がクラウフェルト家との面会を、それだけ重要視していると言うことだろう。
「分かりました。明日の午後にお伺いいたします。お忙しい中、お時間を頂戴して誠にありがとうございます、と閣下へよろしくお伝えください」
「はっ! お返事確かに承りました!」
返答を持ち帰るため待機していた遣いは、そう言ってビシッと敬礼をすると、バンケットを後にした。
「さて、あちらは随分とこちらを気にしているようだね。これが交渉の追い風になってくれればありがたいんだが……」
腕組みをしながらセルファースが苦笑する。
「まぁ、どっちにせよこちらのやる事は変わらないでしょ? そもそも交渉に失敗しても賠償金は頂けるんだから、最初から負けは無し。気楽にいきましょ」
ニコレットはカラカラと笑いながらそう言った。
「まあそれもそうだね。じゃあ今日は夕食まで各自自由行動で良いかな? 何かあるといけないから、外出時は必ず騎士を護衛につけるように。いいね?」
「はい」
「分かりました」
セルファースの問いかけに各々が首肯する。
「イサムさんはどうされるおつもりですか?」
アンネマリーが隣に座る勇に尋ねる。
「出来れば魔法具のお店を回りたいですね。シルヴィオさんのところのお店も見てみたいですし」
「ああ、それでしたらご案内いたしましょうか? 最初にザンブロッタ商会の支店を見ていただいてから、馬車を出して他のお店をご案内しましょう」
話を聞いていたシルヴィオが提案する。
「え? 馬車まで出していただけるんですか? それは有り難いですね。アンネマリーさんも一緒にいかがですか?」
思わぬ申し出に乗っかりつつ、アンネマリーも誘ってみる。
ニコレットが小さくうんうんと頷いているのが、勇の視界の隅に入った。
勇とて地球では一度は結婚したのだから、感情の機微に鈍感という訳では無い。
アンネマリーが自分に好意を持っている事には気付いているし、勇にしてもアンネマリーのことを憎からず思っている。
ただ、アンネマリーのそれが恋愛感情なのか、物語から出てきたような存在に対する憧れなのか、もっと他の感情なのかは分からないので、流れに身を任せている状態だ。
しかし、母親であるニコレットは、言葉にこそしないが勇を婿にと考えているのは明白だと感じていた。
そうでなければ、年頃の一人娘を一人で研究所に通わせたりするはずが無い。
そんな無言のプレッシャーもあるし、明日の交渉や魔法具の売り出しを経て、自身が表舞台に立たざるを得ない日は近いだろう。
どんな結果になるにせよ、そろそろ勇の方から動かないといけないな、と考えていた所だった。
しかし、
「え!? 私もご一緒していいんですか?」
と勇の誘いに嬉しそうにしているアンネマリーを見て、30過ぎのおっさんに、アニメに出てくるような10代の美少女は眩しすぎるよなぁ、と内心で頭を掻くのだった。
朝食後、勇とアンネマリーは、シルヴィオの案内でまずはザンブロッタ商会のベルクーレ支店に顔を出した。
専売契約を結んでいる商会の商会長と、そのバックにいる貴族の令嬢が来店するとあって、一時的に店は貸し切りとなっている。
しかし、初めて意図的に誘ったのが魔法具店というのも、我ながらセンスが無いなと勇は自嘲する。
流れの中だったので仕方がないのだが、初デートが家電量販店、というのとほぼ同義だ。ニコレット辺りは、小さくため息をついているかもしれない。
忸怩たる思いでちらりと隣を見ると、そんな事は気にもしていないとばかりに嬉しそうなアンネマリーがいた。
(まったく、お宅のお嬢様はいい子過ぎますよ……)と内心でニコレットに文句を言ってみるが、(当たり前でしょ。私の娘なんだから)と言う返答がニコレットの声で脳内再生されただけだった。
「いらっしゃいませ、マツモト様、クラウフェルト子爵令嬢様」
「「「いらっしゃいませ」」」
店内に入ると、店長以下全従業員がお出迎えしてくれる。
「ちょっと、シルヴィオさん! やりすぎですよ!!」
あまりの大げさな歓迎ぶりに、勇が慌ててシルヴィオに詰め寄る。
「はっはっは、何を仰いますか。我々からしたら、マツモト様は上得意様中の上得意様の商会長ですからね。この程度は当たり前ですよ」
シルヴィオは当然とばかりにサラリと受け流す。
アンネマリーも流石に貴族家の娘だけあって、多少は驚きつつも自然体だ。
「……わかりました」
少々負けた気分で不貞腐れながらそう答えるにとどまった勇を見て、アンネマリーがくすくすと笑っていた。
「さて、では簡単に当商会で扱っている魔法具を紹介しますね」
そんな勇の態度を意にも介さず、シルヴィオが店内を歩きながら魔法具を紹介してくれる。
「まずは一番使われている光の魔法具ですね。この魔法照明が、おそらく国内で最も普及している魔法具だと思います。今やほとんどの家に、魔法照明か後ほど説明する魔法ランタンがあるはずです」
そう言って、さまざまな形や大きさの魔法照明が置いてあるコーナーから、案内を開始してもらうのだった。
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