第67話 クラウフェルト子爵家の噂
「姫、凄いな! それに、また守ってくれたんだね。いつもありがとう!」
足に頭を擦り付けていた織姫を抱き上げて、頬ずりをしながら勇がお礼を言う。
しばらく目を細めていたが、獲物を自慢して満足したのか、織姫は勇の腕の中ですぐに眠ってしまった。
膝の上ではよく寝ているが、抱きかかえられた状態で眠ってしまうことは珍しい。
「さすがオリヒメ先生、ではあるのですが、最後のはいったい?? ここまで鮮やかに切断したという話は聞いたことがありません……」
転がっていた残り3つのメタルリーチを拾った副団長のフェリクスが、切断面をしげしげと眺めながら驚嘆する。
「完全に前後逆になっちゃいましたが、このメタルリーチってどんな魔物なんですか? 異常に硬いのと、素早いという事は分かりましたが……」
眠る織姫の眉間を撫でながら、勇がフェリクスに問いかける。
「詳しい生態はまだ謎が多いそうですが、リーチの突然変異体と言われています。この辺りはフォレストリーチがいるので、それだとは思うのですが、これまで自領でもお隣でも目撃談は無かったので……」
フェリクスが首を傾げながらそう答える。
空気中の魔力が濃いと変異するとか、特殊な鉱物を食べ続けると変異するとか言われているが、どれも噂に過ぎず発生条件は依然謎のままだ。
変異元と言われているフォレストリーチは、バレーボールサイズの大型の蛭で、岩場に生息するロックリーチなど、多くの亜種がいるポピュラーな魔物だ。
ほぼ球体の弾力ある体で飛び跳ねるように移動し、動物に吸い付いて体液を吸収する。
動いているものに取り付くのは難しいためか、弾力を生かした体当たりで獲物を気絶させてから吸い付くことが多い。
メタルリーチも同じような大きさだが、メタルの名が表す通り、全身が金属のようなもので出来ている。非常に硬質だが、生きている間は弾性も併せ持つという謎生物だ。
攻撃パターンはフォレストリーチと同じで、群れる事も無いが、かなりの遠距離から突然飛んでくる上に硬いため、頭などに直撃するとかなり危険だ。
最大の特徴が、その硬さだ。
普通の剣では傷一つつかず、剣で倒したという話はお伽噺になるレベルだと言う。
不利を悟ると逃げ出すことも多いため中々倒し辛いが、運良く倒す事が出来たら一攫千金も夢ではない。
素材として非常に有用で、高値で取引されているのだ。
「ひとまずその素材は、イサム殿がとっておくといいと思うよ。魔力を流しながら加工するんだけど、硬いし独特の光沢が綺麗な上、色んな特性があって使い道が色々あるんだ。きっと今後の研究に役立つはずだよ」
やり取りを聞いていたセルファース子爵がゆっくり歩いてきてそう言う。
「いいんですか? 高価な素材なんですよね?」
「かまわんさ。そもそも倒したのはオリヒメ殿だしね。それに、見事に切断してあるから買取に出すと目立つと思うよ?」
苦笑しながらセルファースが答えた。
「あーー、なるほど。剣では倒せないって話ですもんね……」
「そういう事。それよりも、最初は斬れなかったのに、最後に斬れたのはどうしてなんだろうね? イサム殿が驚いていたみたいだけど」
「あー、あの光が見えたのはやっぱり私だけだったんですね」
「イサムさんだけ、という事は魔力が見えた、オリヒメちゃんが魔法を使ったという事ですか!?」
隣で聞いていたアンネマリーが驚きの声を上げる。
「はい。間違いないと思います。何か姫が呟いた後、光魔法っぽい光が前足に集まっていたので……。相当濃い光でしたよ。メイジオーガの
「何らかの強化魔法が使える、と見るのが自然よね。さすが神様の化身だわ」
ニコレットが眠る織姫を見て目を細める。
「すぐに眠ってしまったのは、魔力を沢山使ったからですかね?」
「多分そうでしょうね。オリヒメちゃんにどれくらい魔力があるかは分からないけれど、メタルリーチを切っちゃうくらいの魔法だもの」
「そっか……。ありがとう、姫。頑張ってくれたんだね」
そう言いながら、勇は織姫を抱きすくめる腕の力を、少しだけ強めた。
そこからお隣ヤンセン子爵領の最初の町バダロナまでは、魔物と遭遇することなく順調な道程だった。
バダロナでも、窮地に駆け付けてくれたクラウフェルト騎士団は人気で、手厚い歓待を受ける。
他の町へ避難していた人達も戻り、魔物に荒らされた建物の工事など、復旧の真っ只中といった様子だ。
道端で手を振る住民の中に、見知った顔を見つけたベテラン騎士のミゼロイが、馬を降りてそちらへ歩いていく。
「よぉノエル、元気にしてたか?」
そう言いながら、一人の少年の頭をがしがしと撫でる。
バダロナから避難する途中だった時に遭った、ノエル少年だった。
「うん! おとうさんをたすけてくれて、ありがとう! きしさま、オーガをやっつけたんでしょ!?」
名前を覚えていてもらえたことが嬉しかったのか、興奮気味に話すノエル少年。
「ああ、そうだぞ~。おじちゃん一人じゃなくて、仲間のみんなと協力して倒したんだ」
「すごい! にげるときにちょっとだけみたけど、あんなおおきいオーガをたおすなんて!!」
「ノエルの父ちゃん達が、頑張って町を守ってくれたからな。負ける訳ないさ。ああ、そうだ。お土産があったんだ」
そう言って、腰に着けていた皮袋から、ちゃらちゃらと白い何かを数本取り出してノエルへと渡す。
「これはなぁに? しろくてとがってる?」
「これはな、おっちゃん達が倒したオーガの牙だ。倒した証拠に持って来たんだ」
そう言ってニヤリと笑う。
「えっ?? おーがのきば?! すごい!!! いいの!?」
「もちろんだ。頑張って避難したご褒美だな。これからも、父ちゃんを手伝って良い子にするんだぞ?」
「うん、わかった!! ありがとう!! ぼく、おおきくなったらぜったいきしになるよ!」
目をキラキラさせながらノエルが宣言する。
「そうか。騎士になるのか。そりゃあいいな。じゃあ、ノエルが騎士になるまで、おっちゃんももう少し頑張ってみるかな」
「やくそくだよ!?」
「ああ、男と男の約束だ」
目を嬉しそうに細めながら、ミゼロイが再びノエルの頭をガシガシと撫でた。
「じゃあな。頑張れよ!」
「うん、がんばる!!」
最後に握手をすると、ミゼロイは再び馬に跨り、隊列へと戻っていった。
「ふふっ、引退できなくなりましたね」
列に戻ったミゼロイを、馬を寄せたリディルがからかう。
「そうだな。あと10年は頑張らねばな」
苦笑しながらもそう言うミゼロイの表情は、とても嬉しそうだった。
翌日も、まだ早い時間にバダロナの町を後にする。
今日はヤンセン子爵領の領都、ヤンセイルまで行く予定だ。
道程は順調だが、昨日のメタルリーチとの一戦以来、織姫は食事の時間以外ほとんど眠ったままだった。
元々猫という生き物は良く寝る生き物で、一日の半分以上は眠っていると言われている。
しかし今回は、90%以上眠っているだろう。今も勇の膝の上で丸まり、すぴすぴと寝息を立てていた。
「オリヒメちゃん、昨日から眠りっぱなしですね……」
勇の隣に座ったアンネマリーが、織姫の寝顔を見ながら呟く。
「そうですね。体調が悪そうな感じはしないですし、寝顔も穏やかなので大丈夫だとは思いますけどね」
優しく織姫を撫でながら、勇が答える。
「ふふふ、確かに幸せそうな顔で寝てますね」
「ええ。きっと魔力を回復するために眠っているんだと思います。ご飯は食べてくれてるので、心配はいらないかと」
以前勇が魔力切れで倒れた時は、すぐに意識を失った代わりに3時間ほどで目が覚めた。
織姫の場合は、意識を失うような事は無かったが、眠りに費やす時間が長い。
人と猫、いや猫神では、色々と事情が違うのかもしれないが、気の済むまで寝かせてあげようと思う勇だった。
ヤンセイルまでの道すがら、途中2回魔物との戦闘があった。
20匹程度のフォレストウルフの群れと、オーク7体の団体様だったが、騎士の数が多い事もあり何れも30分以内に決着する。
織姫が眠っていることを知っている騎士達の士気が異常に高く、副団長のフェリクスは苦笑していた。
その間も、多少耳を動かした程度で、織姫は気持ちよさそうに眠っていたのだった。
ヤンセイルに着いた一行は、昨日のバダロナほどでは無いが、歓迎ムードで迎えられた。
直接この街を助けたわけでは無いが、バダロナの危機に駆け付けた話は広まっており、皆が口々にありがとうと礼を言ってくれた。
その後勇を含めた研究所の面々は、クラウフェルト子爵家の一員として、ヤンセン子爵の館で行われる晩餐へ招待された。
「そう言えばセル、どうやらお前のとこの騎士や兵士が噂になってるらしいぞ?」
ヤンセン子爵家の当主ダフィドが、食事が一区切りついた所でセルファースに話しかける。
「噂? どういうことだい?」
「カレンベルク家配下のバラデイル男爵家がやらかしたって話とセットで、それを跳ね返したお前んとこが貴族の間で噂になってるんだとよ。色々あったぞ? 倍以上の魔物を倒した。100そこそこの手勢で夜通し戦い続け1,000体の魔物を屠った。後はそうだな、オーガを魔法1発で仕留めた凄腕の魔法使いがいるとか、メイジオーガの首を刈った凶悪な使い魔がいるとか……」
「げほげほげほっ!!」
噂の後半を聞いて、飲んでいたワインが変な所に入り勇が咽る。
「おいおい、大丈夫か? イサム殿」
苦笑しながらも心配そうにダフィドが尋ねる。
「だ、大丈夫です! 尾ひれが付いた噂にちょっと驚いてしまって……」
アンネマリーに差し出された水をゆっくり飲みながら勇が答える。
「あながち尾ひれとは言い切れまい。2日で都合3連戦してるし、メイジオーガを倒したのも事実だろ? クラウフェルト家の騎士団は精鋭揃いだ、ってな。俺も先日ブルーノのおっさんが謝罪に来た時に聞いて初めて知ったんだがな」
「なるほどねぇ。まったく噂好きな方達だ。それで、ブルーノ・カレンベルク閣下は何と仰ってたのかね?」
「ウチの配下の不手際が、そっちの噂で搔き消されるからありがたい、だとさ。食えねぇおっさんだぜ、まったく……。案外噂に尾鰭を付けたのは、あのおっさんかもな。大貴族ってのは怖いねぇ。転んでもただでは起きねぇ」
首をすくめてやれやれとダフィドが首を振る。
「例の魔法陣のこともあるし、そっちの咽せてる迷い人の事もある。そこへ持って来て今回の噂だ。近々お前んとこは注目を浴びるのは間違いねぇ。何か対策すんなら早めにな。ま、お前の事だから、分かっちゃいると思うがよ」
少し姿勢を正したダフィドが、セルファースに酒を注ぎながら真面目な顔で語り掛ける。
「そうだね……。伯爵領へ行った帰りにもまた寄らせてもらうよ。多分、そのタイミングで色々と話せると思うからさ。それまでもうちょっと待ってくれないかい?」
返杯しながらセルファースが答える。
「ああ。くれぐれも無茶すんなよ? そんで何か楽しいことをすんなら、俺も交ぜてくれや」
かっかっか、と言う楽し気なダフィドの笑い声を締めの挨拶代わりに、晩餐は終わった。
なお、この夜はヤンセン子爵家に宿泊したことで住民の目が無くなったため、ようやく持って来た馬車風呂を使う事が出来た。
久しぶりの入浴に、ニコレットとアンネマリーの母娘はご機嫌である。
また、泊めてもらったお礼にと、ヤンセン子爵夫人にも入浴してもらったのだが、やはり夫人も気に入り、是非売ってくれと出発ギリギリまで言われるのだった。
そしてヤンセイルを発って2日後、8の月の24日の夕方前。
ついにカレンベルク伯爵領の領都、ベルクーレへと到着した。
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