第4章:カレンベルク伯爵領と遺跡
第66話 出立
8の月の19日。カレンベルク伯爵領へ出発する日の朝だ。
いつも通り織姫に優しく起こされた勇は、空気を入れ替えるため窓を開けた。
まだ涼しさの残る空気を胸いっぱいに吸い込んで深呼吸していると、早朝だというのに騎士団宿舎のほうから多数の声が聞こえて来た。
耳を傾けていると、どうやら何かの競争をしていたらしい。
「くそっ! あと2人だったのに……」
「よっしゃ! ギリギリ滑り込んだぞ!」
何かしらかの結果が出て、悲喜こもごも騒いでいるのが窺える。
出発の当日に何をやっているのかと気になった勇は、宿舎の方へ様子を見に行くことにした。
声のする練兵場を覗いてみると、汗だくの騎士達がそこら中に転がっていた。
ばかりか、寝ころびながらガッツポーズをする者、リアルorzなポーズの者なども入り乱れ、非常にカオスな状況になっている。
「えっ!? ちょっと、皆さん大丈夫ですか?!」
「ああ、イサム殿。おはようございます。大丈夫ですよ、ちょっと本気で駆けっこしてただけなんで……」
慌てて勇が声を掛けると、壁にもたれて様子を見ていたリディルから返答があった。
涼しい顔をしているところを見ると、その駆けっことやらにリディルは参加していなかったらしい。
「駆けっこ、ですか……? 朝のトレーニングですよね?」
勇が首を傾げて尋ねる。
毎日走り込みをしているのは知っていたが、倒れ込むほど走っているのは見たことが無い。
「いや、だれが伯爵家までの護衛につくのか、結局今日まで完全に決まらなかったんですよ……。私もそうですが、イサム殿と王都から一緒に戻って来た10名は、知己を得ているという事で確定。副団長は今回も指揮を執るので確定、ミゼロイもその補佐に付くので確定です。
あと、魔法が得意なメンバーの中から団長が3名指名したので15名までは確定しました。で、後の15名はお前らで決めろ、と団長が投げたんですよ……」
リディルは一旦そこで言葉を区切ると、小さくため息をつく。
「最初は、みんな割と冷静に話し合っていたのですが、誰かが『オリヒメ先生とご一緒できるまたとない機会だ』と言った事から紛糾しまして……。結局話し合いでは昨日の夜までには決まらなかったので、シンプルに朝の鍛錬時のランニング上位15名にしようとなり、今に至っております」
「…………なるほど。それでメンバーになれた人が喜んで、なれなかった人が落ち込んでいると。疲れ果ててますけど、大丈夫ですかね? 少ししたら出発ですけど……」
こうなった理由が、思った以上にくだらないモノだったので、単純に旅程へ影響がないかのみ確認をする。
「ええ、問題ありません! この程度で影響が出るほどヤワな鍛え方はしておりませんので!」
「そうですか……。では、今日からしばらくよろしくお願いしますね」
ヤワかどうかという話ではないのでは? と思いつつも、自分の支度もあるので話を切り上げて朝食を摂りに行く勇だった。
朝一で妙な疲れ方をした勇であったが、その後は特に問題は起きず、気温が上がり始めた頃には無事出立と相成った。
初日は、自領の一番端の町テルニーまでの道のりを行く。
先の騒動で襲われた町なので、復興の進捗の確認も兼ねていた。
「領都の北西側も森なんですね」
「そうですね。南東側より、一段深い森が広がっていますね」
馬車の窓から興味深そうに外を見ながら、勇はアンネマリーと話をしていた。
勇は、街のすぐ周りを織姫の気分転換を兼ねて出歩くことはあったが、本格的な外遊は初めてだ。
王都からの帰りに通った南側の街道以外は、当然通った事が無いので、たとえ同じような森であっても目に入る景色全てが新鮮だった。
馬車は6台編成で、領主夫妻は自身の使用人と共に乗っており、勇はアンネマリーとルドルフ、カリナと同じだった。
それ以外に、ザンブロッタ商会のシルヴィオと研究所のエトとヴィレムが乗ったもの、騎士団の休憩用、荷物運搬用、そして風呂を搭載したものとなっている。
織姫は基本的に勇と一緒だが、気まぐれに馬車を行き来したり、時には馬に乗った護衛騎士の肩に乗って騎士を喜ばせるのだった。
途中昼過ぎ頃に一度休憩を取った一行は、夕方前に無事領境の町テルニーへと辿り着いた。
魔物たちに壊されて修復した、まだ真新しい正門の扉を眺めながら町へ入ると、住民からの大歓迎を受けた。
ほんの2週間前に魔物に襲われ、セルファース率いる騎士団に救われたばかりだから無理も無いが、勇と織姫がそれに拍車をかけていた。
迷い人である勇と、神の加護を受けたという織姫の噂は、あっという間にテルニーにも広がっていた。
しかも領都の防衛で活躍したというのだから、一人と一匹を一目見ようと、住民が殺到するのも無理も無かった。
宿では歓迎とお礼の宴が催され、美味しい料理に舌鼓を打った一行だったが、宿にも一目見ようと駆けつけた住民が多すぎて、折角運んできた風呂に入れず、母娘が大層残念がっていたそうだ。
翌朝、まだ朝の涼しい時間にテルニーを出発した一行はクラウフェルト子爵領を抜け、隣領であるヤンセン子爵領へと足を踏み入れた。
一段と深くなった森の中の街道を進んでいると、勇の膝の上で微睡んでいた織姫が、突然背中と尻尾の毛を逆立てた。
「フーーーーーッ!」
低く唸り声をあげ、前傾姿勢で進行方向右側の窓の外を威嚇する。
「姫っ!? どうした? 何かいるのかっ??」
慌てて外をみると、窓から織姫が飛び出す。
「っっ!! オリヒメ先生、どうされましたかっ!?」
馬車の右側を警護していた騎士が、突然飛び出してきた織姫に驚き声を上げる。
「すいません!! 多分右側の森に何かがいるんだと思いますっ! あ、御者さん馬車を止めてください!!」
突然の出来事に、慌てて車列が停止し、警戒態勢に入る。
織姫は、依然として森を見据えたまま威嚇を続けていた。
前を行く馬車から、どうしたのかとセルファースが降りて来た時だった。
森の奥から、銀色の光が勇めがけてもの凄い速さで突っ込んできた。
「ニャッ!!」
突然の出来事に反応できない勇の目の前まで迫ったところで、織姫が素早く飛び掛かる。
キンッッ!!!
と甲高い音を立てて織姫に弾かれた銀光が、そのまま近くの木に真っすぐ突っ込んだかと思うと、ドッと音を立てて木へと食い込んだ。
「!!! あ、ありがとう姫っ!!」
助けられたと気付いた勇が礼を言いつつ何かが刺さった木を見やる。
騎士団も、フェリス1型を起動させ臨戦態勢をとる。
「フーーーーッ!!!」
尚も威嚇を続ける織姫。
「なっ!? あれはメタルリーチっ!! なんでこんな所に!?」
織姫が見つめる先を見てその正体を知った、副団長のフェリクスが思わず声を上げる。
「メタルリーチ!? 魔物ですか??」
もちろん初めて聞く名前に、勇が聞き返す。
「ええ。滅多に出くわすことの無い、幻の魔物です……。私も実物は初めて見ました! はっ!? いかん! オリヒメ先生とは相性が悪いっ!!」
再びフェリクスが声を上げた所で、木に刺さっていたメタルリーチが、今度は織姫めがけて突っ込んだ。
「ニャッ!」
キキンッ!!!
しっかり反応し、一瞬で左右の爪で迎撃する織姫だったが、またしても甲高い音がして弾いただけだった。
「あれは、斬撃に対する耐性が異常に強いらしいのです。刃物では、ほぼ傷つけることは不可能で、ハンマーのような武器で叩き潰すか、高火力の火魔法で溶かすしかないとか……」
「そんなっ! 姫っ、駄目だ、相手が悪い! ニコレットさん、リディルさん、2人の魔法で何とかなりますか? 確か火魔法が得意でしたよね!?」
織姫を気遣いつつ、勇が問いかける。
「ええ、当たれば倒せるとは思うけど……。あれを倒す火力の魔法を、こんな森の中で使ったらどうなる事か……」
唇をかみしめながらニコレットが答える。
「っ!? た、確かに……」
もっともな話に勇も二の句が継げない。
そうこうしている間に、メタルリーチが三度攻撃態勢に入る。
もはや織姫しか眼中に無いようだ。ぐぐっと織姫に向けて、メタリックな体を収縮させる。
その刹那。
「えっ??」
突然目に飛び込んできた状況に、勇が驚きの声を上げる。
「にゃにゃにゃにゃふーー」
織姫が呟くごとに、金色の魔力が織姫の前足で渦巻くのを、勇の目がハッキリ捉えていた。
そして……
ざっ、と地面が抉れるほどの勢いで飛び出したメタルリーチが織姫へ向かう。
金の魔力を纏った織姫の前足が、それをクロスするように迎え撃つ。
ぎいぃぃぃんっ!!
と言う耳障りな音を響かせ、メタルリーチは弾かれることなく織姫をすり抜けた。
「姫っ!!! って、え??」
一度は心配して声を上げた勇だったが、後方へ飛んで行ったメタルリーチを見て絶句する。
「き、斬ったのか、姫!??」
そこには、きれいな断面で4つに分割されて絶命した、メタルリーチが転がっていた。
織姫は、トコトコと歩いて行きその一つを咥えると、またトコトコと勇の前まで戻り、ポトリ、と勇の前に落とした。
「にゃふ」
そして勇を見上げると、自慢げにひと鳴きするのだった。
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