第65話 出発準備
勇がシャワーを試作した翌日、お隣のヤンセン子爵領から早馬がやって来た。
カレンベルク伯爵家の当主ブルーノが、4日後の8の月の16日にヤンセン子爵領へ謝罪に訪れることが正式に決定したそうだ。
元々、ヤンセン子爵領に伯爵が訪れた10日後を目処に、こちらから伯爵領へ伺う旨は言付けてある。
しかし礼儀は大切、と言う事でクラウフェルト子爵家からも早馬を出し、書簡を直接ブルーノ・カレンベルク伯爵へ渡す事にした。
クラウフェルト領の領都クラウフェンダムから、カレンベルク領の領都ベルクーレまでは、馬車で急がず行って5日の旅程だ。
今は乾季にあたるので、天候が大きく崩れることは滅多に無いため、1日余裕をもって6日みておけば十分だろう。
25日にはベルクーレ入りしたいので、クラウフェンダムを19日に出立する日程が決まったことになる。
準備期間は後7日。その間に旅支度はもちろん、持って行く手土産や商品サンプル、交渉の内容などを詰めておく必要があった。
手土産や商品サンプルは、粗方完成しているため、勇とエト、ヴィレムで仕上げと最終調整を行う。
「今回は馬車が複数台あるからな。改良型冷蔵箱をそのまま持って行けるな。まぁ、“保温石”を生み出す魔法具もバラして持って行くから、最悪向こうで作れん事も無いが、調整が面倒じゃからの」
「そうですね。あと、表面にこちらもソリッドビートルの甲殻を張ってますから、そのあたりの作業も省けて助かります」
勇が読めた魔法陣から生成された発泡ウレタンもどきは、保温石と呼称されることとなった。シンプルイズベストである。
また、保温石の出所は、領都クラウフェンダムの領主邸拡張工事のため岩盤を掘ったところ見慣れぬ石が産出した、という話にした。
そしてその石が、勇の元居た世界にあった物質と似ていたため検証した結果、同様に保温効果が高い事が判明、冷蔵箱の改良に使用した、という筋書きだ。
多少無理やりではあるが、魔法具で作っているとはまだ口外できないし、街の外で産出したとすると調査の手が伸びることが確実なので、この形になった。
「魔法コンロは、ちょうど今頃王家に献上しているんでしたよね?」
「そうじゃな。魔物騒動の後にすぐ、ザンブロッタ商会の馬車で王都へ輸送したから、今日明日にでも届くじゃろ。こちらの出立前には、献上しに行った連中も戻ってくるじゃろうから、状況を確認して最終決定じゃな」
商談用ではなく手土産として魔法コンロを持って行く予定だが、王家の手に届く前に渡すわけにはいかないので、こちらは王都へ行った一団の報告待ちとなった。
ちなみに献上部隊は、筆頭内政官のスヴェンをトップとして、ザンブロッタ商会のシルヴィオも同行している。
子爵家及びザンブロッタ商会からの献上という体裁のためだ。
一下級貴族家からの献上品なので、王が謁見する事は無い。
もし献上品を気に入れば、後日呼び出しがあり謁見と相成る訳だ。
また、今回は領主夫妻が揃って訪問するため、警護体制も厳重になる。
当主代理として娘のアンネマリーが王都へ赴いた時は、副団長以下10名の騎士による警護体制だったが、今回はその3倍の30名体制となる。
当然全員がフェリス1型を帯剣するが、先の魔物との戦いで気になる点が出て来ていた。
機能陣は上からメッキを施したため、よく見ないと発光しているのは分からないレベルなのだが、魔石はハッキリと発光する。
騎士団からは「カッコイイ」との理由で大歓迎されているが、何かあった時に全員が光る剣を使っていたら目立つ事この上ない。
近い将来、フェリスシリーズについても公開する事になるだろうが、もう少し伏せておきたいところだ。
そこで勇たちは、騎士団の嘆きを無視して、光らなくするマイナーチェンジを行うことにした。
「これ、もう上から色を塗るしかないですよね……?」
「そうじゃな……。属性魔石の方は金属で覆う事も出来るが、起動用の無属性魔石は触れられないといかんからな」
「上から色を塗っても反応するんですかね?」
「それはやってみんことには分からんな……。これまでわざわざ隠すような必要は無かったからの……」
そんな話をしながら、勇、エト、ヴィレムの3人で、色々な塗料を塗布する実験を行う。
「なるほどね。ここでも魔石粉か」
「なんだかんだで便利ですよね、魔石粉って」
「そうじゃの」
結果、魔石の粉を混ぜた塗料であれば、余程厚塗りしたりしない限り、起動させられることが判明した。
ただし、あまり根元のほうまで塗ってしまうと、そこから繋がる起動陣に干渉するためか、起動しなくなってしまう。
そのため、魔石の下半分を通常の塗料、上半分を同じ塗料に魔石粉を混ぜた塗料で塗り分けることになった。
ちなみに属性魔石は、全面通常の塗料で問題無かった。
晴れて光ることの無くなったフェリスシリーズを見て、騎士団の面々が涙を流して悔しがったという……。
と、ここまでは小物をメインに進めていたのだが、ひとつ大物の依頼が舞い込んでくる。
「どうしても風呂を持って行きたい」と言う、子爵家の母娘たってのお願いだった。
風呂好きの勇としても願ったりかなったりだったので、二つ返事でOKして作成に取り掛かった。
とは言え、地球と違って魔石があれば動力や熱源は不要だし、水は魔法で入れるので、かなり楽に作る事が出来る。
ベースにしたのは幌馬車だ。箱馬車にしなかったのは、使用後に室内に湿気が溜まったままにしたくなかったのと、勇が露天風呂に入りたかったからだ。
まずはやや大きめの幌馬車に、木枠で浴槽を据え付け水抜き用のドレーンパイプを取り付ける。
目隠しは幌馬車の幌を2重にすることで透けないようにした。
洗い場は一応防水用に薄く銅板を張ってから、その上にすのこを置いてはいるが、数年で傷むはずなので交換前提とする。
あまり広くは取れないが、そこは旅の途中という事で諦めてもらう。
ある程度乾いた後であれば、移動時は荷物を積むことも出来るし人が乗る事も出来るので、そこまでの贅沢品という事にもならなかった。
こうして準備を進めていると、王都へ魔法コンロを献上しに行った一団が戻って来た。
無事王家へ献上する事が出来たようなので、伯爵への手土産もこれで問題は無くなった。
そして伯爵領行きが迫る中、勇は最重要とも言える作業を行っていた。
織姫の保存食作りである。
幸いこの世界の保冷箱は魔石さえあればスタンドアロンで動作するため、今回のような大所帯の場合は持って行くことが多い。
しかしかさばる上高額商品なため、全日程の全ての食料を入れておけるほどの容量は確保できない。
それに、冷蔵では肉類の日持ちにも限界がある。
人間であれば、塩を利かした干し肉などで問題無いが、猫である織姫はそうはいかない。
毎日都合よく獲物が取れる保証も無いので、今後の事も考えて、多少でも日持ちのする保存食を作ろうと思い立ったのだった。
「んなぅ~~」
織姫が小さく鳴いて、何かが入っている器のすぐ横の床を前足でカキカキと掘るようなしぐさを見せる。
「これはあまり好みじゃないかぁ……」
「やはりオリヒメちゃんは、鳥のお肉がお好みのようですね」
勇とアンネマリーが、背の低いスツールに座り、仲良く織姫の様子を覗き込んでいた。
いくつか作った保存食の、大試食会の真っ最中なのだ。
「そうですね。王都からこちらへ来るときに食べてたスパイクグースか、このフォレストヘロンのササミが気に入ったみたいです」
元々好きだったスパイクグースだが、生憎クラウフェンダムの周辺には生息していない。
代わりに、フォレストボアや鹿に似た魔物、そしてフォレストヘロンの肉を干し肉にしたものを食べ比べてもらったのだ。
結果、フォレストヘロンと言う大型の鷺(サギ)のような鳥の肉が、最も織姫好みと分かった。
ちなみにフォレストヘロンは、2メートルを優に超える大型の鳥だが、なんと魔物ではなく通常の動物だ。
にもかかわらず、魔物蔓延る森の中で、食物連鎖の割と上位にいるのだから驚きである。
ここクラウフェンダムでは割とポピュラーな食材のようで、子爵家の食卓にも度々登場する。
勇の感想としては、ホッケっぽい風味のする鶏肉、だった。
このフォレストヘロンの肉を、換気扇などに使われている送風の魔法具と、魔法コンロを組み合わせた魔法具で干し肉にした。
暖かい風を当て続ける、いわばフードドライヤーのような装置だ。
冬場であれば自然乾燥でいけるのだが、気温の高い夏場である今は傷むのが怖いため、こうした装置を試作したのである。
ジャーキーとまではいかないが、この状態で冷蔵箱に入れておけばかなり日持ちがする。
そのままでは堅いので水やお湯で戻して食べる、織姫専用の保存食が出来上がった。
こうして、様々な準備をしながら時は過ぎ、カレンベルク伯爵領へと出立する日の朝を迎えた。
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