第64話 お披露目会と風呂の改良

 セルファースたちが討伐から戻って3日後。

ついに領都クラウフェンダムの住人に、勇と織姫が正式にお披露目されていた。


「聞いたことがある者もいると思うが、先の魔物との戦いにおいて、マツモト殿は魔法を使って見事メイジオーガを討ち取って見せた! また、その使い魔であるオリヒメ殿も、この小さな身体で果敢にもメイジオーガに挑み、これも見事に討ち取っているのだ!」

「「「「「おおぉぉーーーっ!!!!!」」」」」

「すげぇ、やっぱり迷い人様は強いんだな!」

「メイジオーガってオーガの何倍もヤバいんだろ?」

「オリヒメ様ってあれだろ? 時々アンネマリーお嬢様が連れてらっしゃるあの可愛い……」

「すごいわね。あんな可愛いのに強いなんて!」

 セルファースから説明される度、住民から歓声とどよめきが起きる。

 一緒に演台の上に乗っている勇は、内心非常に落ち着かない。


「マツモト殿が授かった能力スキル魔法検査マギ・デバッガは、我々よりかなり効率よく魔法を使える能力スキルのようだ。覚えるのが早く、使う魔力も少なくて済み、得意不得意も無いという素晴らしいものだ。現に、まだ魔法の修練を始めて2ヶ月程で、難敵メイジオーガを魔法で討ち取って見せた!」

「「「「「うぉぉぉーーーっ!!!!」」」」」


「さらにオリヒメ殿も、こちらに来るときに神の加護を授かっている事が分かった! これは、教会の神官長であるベネディクトが、勇気をもってこれまでの慣例を打破し鑑定した結果分かった事だ! その勇気と功績を私は称えたいと思う!」

 セルファースの言葉に、演台の脇に立っていたベネディクトが、にこやかに神官式のお辞儀をする。

 パチパチパチパチ!とベネディクトへ賞賛の拍手が飛ぶ。


「では、マツモト殿より一言いただこう!」

 セルファースに促され、勇が織姫を抱いて一歩前へ出る。

「「マツモト様~~~っ!」」

「「「「オリヒメ様~~~っ!!!!」」」」

 勇と織姫に、観衆から声がかかる。ここでも織姫の人気は絶大だ。

 

「皆さんこんにちは。迷い人のイサム・マツモトです。こことは違う世界にある、日本という国から私と織姫はやって来ました。そして私の能力スキルがどんなものなのかハッキリしなかったにもかかわらず、クラウフェルト家の皆さんは快く私を受け入れてくれました。その後も今日にいたるまで、毎日のように良くして頂いています。この街の皆さんも、子爵家の客人というだけで素性の分からない私に、色々と良くしていただいています。

私はそんな子爵家の方々やこの街、皆さんが大好きになりました。先日は、たまたま授かった力で、大好きなこの街を守るお手伝いが出来て、本当に嬉しかったんです。これからも織姫共々、皆さんのお役に立てるよう頑張るので、今後ともよろしくお願いします!!」

「にゃにゃん!」

 そしてペコリと一礼する。織姫もそれに合わせてちょこんと頭を下げた。

 一瞬の間。そして……

 

「「「「「「「うおおぉぉぉーーーっっ!!!!!」」」」」」」


 その日一番の歓声が広場から上がり、街中を包むのだった。

 今日この時を以って、勇と織姫は、名実ともにこの世界エーテルシアの住人となった。


 その後、街に滞留したままだったシルヴィオには、もう一段踏み込んだ説明が行われた。

 まだ魔法陣が読めることは伏せられているが、発動前の魔法の属性が分かる事や、旧魔法に近い威力の魔法が使える事が伝えられる。

「……それはまた、とんでもない能力スキルですね。貴族家と繋がりが薄い商会を探されていた理由がやっと分かりましたよ。確かにこれは、あまり知られない方が良い話ですね……。私も墓場まで持って行きます」

 話を聞いたシルヴィオも、神妙な顔でそう語っていた。



 こうして正式にお披露目をして身も心も軽くなった翌日。


 勇は風呂の改良に取り掛かっていた。


 以前作った簡易の湯沸かし魔法具で、湯船に浸かる事は出来るようにはなった。

 最初はそれだけで満足していたのだが、人間は慣れる生き物だ。

 しかも勇は世界一の風呂好きである日本人。改善したい点が多数出てくるのも仕方が無いだろう。


 そして今勇が取り掛かっているのは、ハンドルをひねるとお湯が出る蛇口とシャワーだ。

 これまでは、湯船に投入して温めるだけだったので、身体や頭をお湯で洗いたい場合は手桶で汲んで使うしかない。

 ニコレットやアンネマリーは、メイドが入浴の介助に付くのが普通なので、あまり問題を感じていない様子だったが、一人で入浴する勇には、これが手間で仕方が無かったのだ。

 

 また、毎回使う分を沸かすのも手間だし、途中でお湯が足りなくなるのも困るため、タンクを備えた瞬間式給湯器を再現しようとしていた。


「……イサムよ、今度は何を始める気じゃ? そのデカいのは湯船か? なんで上と下に??」

 例によって工房の裏庭で作業を始めた勇を見たエトが首を傾げる。

「これは、水圧を利用した簡易なシャワーを作ろうと思ってるんですよ。エトさんにも色々と協力して欲しいんです」

「そりゃ協力するのは構わんが……。そもそもしゃわーとはなんじゃ?」

 再び首を傾げるエト。


 上水道が発達していないこの世界には、蛇口も無いしシャワーも無い。

 探せばあるかもしれないが、少なくとも全く一般的ではない。

「そうですね……。直径20~30センチくらいのごく狭い範囲に強い雨のように水やお湯を降らせる道具です」

「……。そんな狭い範囲に水を降らせてどうするんじゃ?」

 使ったことの無いものは説明されてもピンと来ない。やはりエトは首を傾げっぱなしだ。


「ちょっと試してみますか。エトさん、キリってあります?」

「キリ? ああ、錐か。おう、あるぞ。ちょっと待っとれ」

 エトがキリを探しに工房へ戻っている間に、勇は端材で升のような木の箱を作る。

「ほれ、これでいいか?」

「ありがとうございます。これで底に穴を開けて、と……。うん、まぁこんなもんかな?」

「箱に穴なんぞ開けてどうするつもりじゃ?」

「ああ、これで簡易的なシャワーが出来るんですよ。あ、ちょっとコレ持っててもらっていいですか?」

 そう言って穴の開いた木の箱をエトへ手渡す。


「そうそう、そのまま動かないで下さいね」

 エトに木箱を持ってもらったまま、魔法を唱える。


『水よ、無より出でて我が手に集わん水球ウォーターボール


 バレーボール大の水球を生み出すと、それを木箱の上へと誘導し、そこで魔法を解除する。

 ぱしゃり、と小さな水音をさせて、木箱の中へ水球が吸い込まれて行った。


「ありがとうございます、エトさん! かわりますね!」

 水球が木箱に入ったのを見届けると、慌ててエトから木箱を貰い受ける。

「ほら、こんな感じで雨のように水が出る仕掛けを作って、少し高い所へ設置する訳です。これで頭を洗ったり身体を流したりすると、便利だし綺麗に洗い流せるんですよ」

 そう言いながら勇が木箱を掲げる。そこから降り注ぐ水を興味深そうにエトが眺める。


「なるほど……。確かにこれなら万遍無く洗い流すことが出来るな」

「ですよね? 今くらいの時期だと、暑くて湯船に浸かりたくない時もあるじゃないですか? そういう時も、お湯のシャワーを浴びて汗を流せるので良いですよ! と言う訳で、お手伝いお願いしますね!!」

「おう。任せとけ!」

 実演でシャワーの説明をしてから、あらためて勇はエトと共に給湯器付シャワーの作成に取り掛かった。


 とは言え、仕組みは非常にシンプルだ。

 まず、水の入ったタンクを頭上に置くことで、重力を使って水を送り出す。

 こうすれば動力もポンプも不要な上、ある程度の水圧で水を出す事が可能だ。


 水を湯にする部分についても、灼熱床の応用だ。

 灼熱床でも使った九十九折にした熱導体に沿うように水を流せば良い。

 金属の筒の中を通すのが一番理想だが、加工に時間がかかるためコの字型の樋のような形状のパーツを組み合わせて水路を作り、その周りを発泡ウレタンもどきで囲った。


 その終端から、フォレストローパーと言う陸生の巨大なイソギンチャクのような魔物の触手を使ったホースを伸ばす。

 そしてその先に、縦横10センチ弱、高さ2センチ程度の金属の箱の底面に穴を開けたシャワーヘッドを取り付ければ、温水シャワーの完成だ。

 蛇口の方も同じ要領で、シャワーヘッドの代わりに短い金属の筒を先に取り付けて、使いやすい位置に固定するだけだ。


 後はタンクから熱導体へと繋がる水路の途中に、水の流れをON/OFF出来る簡易な水門を設け、それをレバーで開閉できるようにしたら完成だ。

 水門のレバーを開けてから湯沸かしの魔法具を起動するため、最初は少し冷たい水が出るが、その程度は許容範囲だろう。

 

 作動実験と、火力の異なる複数の魔法陣で温度チェックを済ませると、研究所に少し前に増築された浴室への設置に取り掛かろうとしたところで、エトが訝し気に尋ねる。

「なあイサムよ。これは屋根の上に設置するんじゃよな? 相当重そうだが、二人で作業するつもりか? 自慢じゃないが、ワシは力仕事には向かんぞ?」

 エトの言う通り、浴槽ほどでは無いにせよ、タンク替わりの木箱は大きく重量もある。

「ええ。姫に、助っ人を呼びに行ってもらってますので大丈夫ですよ。やろうと思えば、多分全身強化フルエンハンスを全力で使って一人でも何とか出来るとは思いますが、また倒れそうなので……」


 勇は、魔法の練習を始めた当初、全身強化フルエンハンスの魔法を高出力で使って魔力切れを起こして倒れた事がある。

 それ以降、魔力の扱いにも慣れ、全身強化フルエンハンスに注ぐ魔力量の調整も出来るようになってはいる。

 ただ今回の作業を一人でやろうとすると、かなりの魔力量を注ぎ込む必要がありそうなので一抹の不安が残るのだった。


「お前さんも、随分と何でもありになって来たの……」

 やろうと思えばやれると言う勇の台詞を聞いてエトが呆れていると、研究所の方から声が聞こえて来た。

「イサム殿! ミゼロイです! どちらでしょうか?」

 声の主は、騎士団の実力者であり織姫の熱烈なファンであるミゼロイだ。

「あ、ミゼロイさん! 裏庭にいます! 扉は開いているのでどうぞ!」

「裏庭裏庭……。おっとオリヒメ先生? こちらですか??」

「な~~ん」

 勇が返答をしてしばらく待っていると、開いたままの裏口からまず織姫が姿を現す。

 その後ろから、続けてミゼロイが姿を現した。


「ミゼロイさん、お忙しい中ありがとうございます!」

「いえいえ、オリヒメ先生に届けていただいたお願いを断るという選択肢は、私にはありません」

 キリっとした表情で答えてはいるが、内容は割とどうしようもない。


 力仕事が必要になると見た勇は、午前中のうちに織姫の首に手紙を結んで、ミゼロイに届けてもらっていた。

 手紙には、午後一で力仕事があって手伝ってほしい旨と、承諾してもらえるならその時まで織姫を預かり、こちらに来るときに一緒に連れて来てほしい旨を記してある。

 織姫好きのミゼロイなら確実に釣れるであろうやり口で、実際その通りになったのだが、予想外の事も起きていた。


「で、何をお手伝いしたらよいでしょうか?」

「何なりとお申し付けください」

 ミゼロイだけでなく、何故か騎士団長のディルークと副団長のフェリクスまで一緒に釣れてしまった。


「……お二人とも、お仕事は大丈夫ですか?」

 呆れて尋ねる勇であったが、答えは決まっていた。

「オリヒメ先生のお供とイサム殿の手伝い以上に、優先度の高い仕事など存在しませんよ。はっはっは」

 これまた良い笑顔でディルークが答え、フェリクスが横で頷いていた。


「……分かりました。じゃあこの木箱を、浴室の上に設置するのを手伝ってください。私達だけだとちょっと重過ぎて運べないんですよ」

 深く考えては負けだと悟った勇は、さっさと手伝ってもらうことにした。


「了解した。おや? これは小振りな浴槽ですか?」

 何度か研究所の風呂に入ったことがあるフェリクスが小首を傾げる。


「造りとしてはほとんど同じですし、これも水を中に貯めて使います。シャワーといって、頭や体を洗い流すのに使う道具になります。ああそうだ。ついでなんで、設置したら試しに使ってもらって良いですか?」

「頭を洗う道具、ですか……? いまいちピンと来ないですが、イサム殿の作るモノに間違いはないですからね。喜んで試させてもらいますよ!」

 笑顔で答えながら、ミゼロイたちは、勇の指示通りに増築した浴室棟の屋根の上にタンクを設置していく。

 ある程度高さが無いと水圧が弱くなるため、ほぼフラットな浴室棟の屋根の上に置こうと考えたのだ。


 流石は現役の屈強な騎士3人。30分程度でタンクの設置と簡易な屋根の取り付けも無事終了する。

「お三方ともありがとうございます! ちょっと水を入れてテストしてみるので、もう少しお待ちください」

 そう言ってタンクの脇に備え付けられた梯子を上り、水魔法を使ってタンクを水で満たす。


「さて、シャワーの水圧は、っと……」

 勇は独り言ちると、水門に連動するレバーを引いてタンクから水を流してみる。

 しばらくして、水路を通った水がシャワーから出て来た。

 さすがに重力式なので高い水圧は無いが、必要十分な水圧が得られたことに安堵する。

 もっと高い水圧が必要なら、研究所の屋根の上に設置するなりすればよいだろう。


 続けて温度のチェックも行い、問題無い事を確かめる。ちなみに湯温は、勇の好みでやや高めだ。

 現時点では一定温度のお湯しか出せないが、タンクなり水路なりを水と湯の2系統用意すれば、混ぜ合わせる水の量により温度調整も出来るようになるだろう。


「お待たせしました、簡易温水シャワーの完成です! ミゼロイさん、試しに使ってみませんか? 訓練後の汗を流すのに丁度良いと思いますよ?」

 シャワーから、水やらお湯やらが出てくるのを興味深げに見ていたミゼロイに声を掛ける。

「ふむ。ここから出る湯や水で、頭や体を洗い流す、という事ですか……。なるほど、確かにこれは両手が使えるし、好きな場所へ湯をかけられるので便利そうですね。使わせていただいてもよろしいので?」

「ええ、もちろんです」

「では、失礼して……」

 そう言って浴室へと向かうミゼロイ。

 ほどなくして「ほほぅ」「なるほど」と感心するような声が何度か聞こえ、10分程でミゼロイが浴室から出て来た。


「イサム殿、これは実に良いですね! 頭と体にお湯をかけながら両手で洗えるので、早くキレイに汚れが落とせます!」

 この世界にも石鹸はあるのだが、アルカリが非常に強く肌荒れしてしまうため、身体を洗うのには使われていない。

 身体を清めるには、大きめのタライに貯めた水や湯を手桶に汲んでかぶったり、濡らした手拭いで拭くのが一般的だ。

 介助が付く貴族などの一部を除いて、どうしても洗い流すという行為は困難だった。


 対してシャワーを使えば、お湯は勝手に出ているので後はそれを体の流したい部分に当てながら両手で洗えば、これまでより短い時間で綺麗になるだろう。

「おお、それなら良かったです! 使えそうなら、騎士の詰所に何台か設置しても良いと思っているんですよ」

 訓練などで日常的に汗をかく騎士や兵士にとっては、シャワーは非常に便利なはずだと考えていた勇が提案する。

「それは有り難い! これなら、訓練後すぐに身綺麗にすることが出来て助かります。それに、まだ今のような季節は水で良いのですが、冬場は寒くて……」

「確かに冬は寒そうですもんねぇ……。あ、良かったらディルークさんたちも試してみてください!」


 その後、シャワーを使った団長、副団長コンビも気に入り、その日のうちに詰所へのシャワー設置の嘆願書が領主のセルファースへ提出される。

 そしてそれを見たニコレットとアンネマリーの強い要望で、子爵家の浴室も改築され、シャワーが導入されるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る