第63話 究極のご神体

 神官長のベネディクトは、一人の若いシスターらしき女性を連れて訪問していた。

 織姫絡みという事を聞きつけて、驚くような速さでニコレットとアンネマリーも応接室に駆けつけている。


「えーーーっと、織姫のご神体? が出来た、という事でしたが……?」

 全員が席に着いたところで、あらためて勇が切り出す。


「はい。異界の神の使徒であらせられるオリヒメ様を、我が教会では創造神様と共にお祀りしたいと考えております。先の魔物との戦いにおいても、オリヒメ様が大層ご活躍なされたとか。それ以前にも、お嬢様や騎士の方々を御救いいただいたと聞き及んでおります。

言うなれば、オリヒメ様は領都クラウフェンダムの守護神であらせられると言っても過言ではありますまい。そんなオリヒメ様を敬わないなど、到底許されることではございません」

 神官長から、ものすごい勢いで返答が来た。


 口調は穏やかだし、柔和な笑顔を浮かべてはいるが、目が笑っていない。

 やや引きつりながら勇が問い返す。

「な、なるほど……。私はこの国の教会というか宗教に詳しくないのですが、そもそも教会が独自に何かをお祀りしても良いのでしょうか?」


「ええ、全く問題ございませんよ。創造神様は必ずお祀りいたしますが、それ以外の神々を、その地域の特性や文化、歴史によってお祀りするのが普通です。たとえばここクラウフェンダムでは、森と植物の女神ディアレシス様と、鍛冶とモノづくりの神ブリグライト様を、創造神様と共にお祀りしております。

また、国や街を救った英雄や偉大な王をお祀りしている教会も多くございます。ただ、この国の英雄が、他国では侵略の象徴であったりもしますから、少々難しいところもございますが……。あと、流石に邪神、悪神の類を祀る事は禁じられております」

 後半は少し目を伏せながら、ベネディクトが説明をしてくれる。


 なるほど、随分とフレキシビリティの高い宗教観のようだ。

 日本の神社の感覚に近い部分もあって、日本人である勇にはあまり違和感がない。

 熱心な一神教の信者であった場合、大変なことになっていたかもしれない。


「そうですか。仕組みとして問題が無いのであれば、別にかまわないとは思いますが……。ニコレットさん、どうですか?」

 自分の一存だけで決める訳にもいかないし、勇が気付いていないデメリットがあるかもしれないので、領主夫人であるニコレットに意見を求める。


「そうね……。最終的にはオリヒメちゃんの気持ち次第だけど、そこが大丈夫ならお祀りする事は問題無いかしらね。街を救ってくれたことは紛れもない事実なのだし、神様の加護を授けられている事も事実だわ」

 ゆっくりと考えながら話すニコレット。


「ただ、いくつか確認させてちょうだい。まず、オリヒメちゃんをお祀りする事って、教会本部には伝えるのかしら?」

「はい。本部に費用を請求する訳では無いので、詳細を伝える必要は無いのですが、概要は伝える義務がございます。未報告を許すと、邪神を祀る事を許すことに繋がりますので……」

「まぁそうよね。で、どう伝えるつもりなの?」

 ニコレットが鋭い目でベネディクトを見据える。


「クラウフェンダムの街が魔物に襲われたとき、危険を顧みず主と共に勇敢に戦った使い魔がおり、それを知った住人からお祀りしたいと声が上がった……。と報告する予定でございます」

 柔和な表情を崩すことなく、神官長が答える。

「……そう。分かってはいるようね」

 小さく頷いたニコレットの表情から、険しさが和らぐ。


「オリヒメ様やイサム様にご迷惑をおかけしては本末転倒でございます故……」

「分かったわ。じゃあもう1点。どうやって広げていくつもり? あなたの事だから、教会にご神体をお祀りして終わり、って事はないでしょ?」

 再び目を細めてニコレットが問いかける。


「差し当たってですが、許可をいただいて小さなご神体をはんば……、いえ頒布させていただこうと考えております。イサム様のお話ですと、家庭の守り神であられるとの事でしたので。鍛冶屋の工房にブリグライト様の小像がお祀りされているように、各ご家庭でお祀りいただけないかと……」

「……うまい事考えたわね。分かったわ。認めてあげる。その代わり……」

「ええ、ええ。喜捨の額や税率に関しては、別途ご相談させていただきますとも」

 揉み手でもしそうな勢いでそう答える神官長。

 勇には神官長が、山吹色のお菓子を悪代官に上納する悪徳商人に見えた。

 

「さて、そうなると問題はご神体の出来栄えだけね。オリヒメちゃんの愛らしさと素晴らしさを、どこまで伝える事ができるかしら?」

 生臭い話をさっさと横に退けるように、ニコレットが話題を変える。


「もちろんですとも。こちらにおります神官のミミリアを中心に、教会の持てる力を結集しております。ミミリア、ご挨拶を」

 神官長に促されて、これまで黙って話を聞いていた女性神官が口を開いた。


「クラウフェルト子爵夫人様、クラウフェルト子爵令嬢様、迷い人マツモト様、神の使徒オリヒメ様。クラウフェンダム教会で神官を務めております、ミミリアと申します」

「ミミリアね。よろしく。私の事はニコレットと呼んで頂戴。しかし堅いわねぇ……。ホントにあなたの所の神官なのか疑わしいわ……」

 ニコレットが苦笑しながら神官長を見やる。

「ミミリアさん、私の事もアンネマリーとお呼びください」

「ニコレット様、アンネマリー様、ありがとうございます」

 ミミリアが再び丁寧にお辞儀をする。


「ミミリアは、元々ビッセリンク伯爵領にある仕立屋の娘でしてね。裁縫の腕は確かです。今回のオリヒメ様のご神体を作るにあたって最も適していたのが彼女でしたので、主任に任命したのです」

 ビッセリンク伯爵領は、クラウフェルト家の寄親であるビッセリンク伯爵が治める領地だ。

 ここよりやや北側に位置し、羊のような動物の放牧と、その毛を使った織物が盛んである。


「ご神体なのに裁縫の腕が関係あるの?」

 ニコレットが首をひねる。

 ご神体は、ほとんどが石か木を彫って作った立像なので無理も無い。

「はい。オリヒメ様の魅力を表現するには、石や木の像は不向きなのです。何度も試作をした結果、最適なのはこの形であると結論付けました」

 そう言って、テーブルの上にかかっていた布を、すっと取り払った。


「これはっ!」

「まぁっ!」

「えっ!?」

 出て来た物を目にして、ニコレット、アンネマリー、勇が三者三様に驚く。

「フーーーッ!!」

 そして、これまで黙って勇の膝の上で丸まっていた織姫が飛び起きて、唸り声をあげた。尻尾が倍以上にボワッと膨らんでいる。


 出てきたのは、精巧に作られた“ぬいぐるみ”だった。


 チョコンと座った織姫が、少しだけ首をかしげて上を見上げている、何とも可愛らしい仕草を完全再現した見事な出来栄えだ。

 あまりにリアルだったため、こちらに来てからお仲間を見ていなかった織姫は、ビックリしてしまったのだろう。

 しばらく勇の膝の上でつま先立ちになっていたが、作りものである事が分かると、今度は興味深そうにフンフンと鼻を近付けている。


「凄いですね、これ……。姫にそっくりだ」

「ホントね、驚いたわ……」

「か、可愛いです……」

 初見三人のリアクションを見て、満足そうにベネディクトが頷いている。


「触ってみても良いですか?」

「ええ、どうぞどうぞ」

 勇の質問に快諾するベネディクト。


「おぉ、凄いなこの手触り……。毛皮か何かを使っているんですか?」

 あまりの手触りの良さに感動しつつ勇が質問をする。

 神官長が、あっ、という顔をしたかと思った途端、ミミリアの説明が始まった。


「そうなんです! マツモト様!! オリヒメ様の美しくも気高いこの毛皮を再現するため、手に入るありとあらゆる毛皮や糸を試しました! その結果、キラーロップイヤーの薄金色の毛皮と、スノーハウンドの白い毛皮の組み合わせが最も再現度が高かったんです!

知的で慈悲深い目は、黄色水晶を核としてスワンプリーチの粘液で包んで磨いたものになります! そして愛らしくも逞しい掌の肉球や控えめながらエレガントな鼻には、ファイヤスネイルの触角を加工しているんです!!」

 両手を握りしめ熱弁するミミリア。これまでの物静かだった彼女からは想像できない怒涛の勢いに圧倒される勇。


「な、なるほど。それは凄いですね……」

 勇はそう返答をするのがやっとだ。

 織姫も文字通り目を真ん丸にしている。猫好きには有名な話だが、猫は驚くと瞳孔が大きく開き、文字通り目を丸くした驚きの表情を見せるのだ。


「これミミリア、いい加減にしないか。皆さまが驚かれてしまったではないか、まったく……」

 ため息をつきながらベネディクトがたしなめる。

「はっ!? すすす、すみませんすみません!」

 我に返ったミミリアが首まで真っ赤にしながらペコペコと謝る。

 しかしその出来栄えは見事の一言だった。


 何より驚いたのは、被毛の再現度だ。

 織姫の被毛は、ダブルコートと呼ばれるコシのある長い毛と柔らかくて短い毛の二種類から構成されている。しかもブリティッシュショートヘアーという猫種は、ビロードのような手触りと評されるほど上質な毛並みをしているのだが、見事にそれが再現されていた。


「え、ええ。ちょっと驚いただけなので、大丈夫です。先程仰っていた素材は、魔物の素材なのでしょうか?」

 材料と思しき名称に、割と物騒な単語が混ざっているのが気になった勇が聞いてみる。


「はい。今後皆様に頒布させていただくことを考えまして、入手しやすい魔物の素材を優先しております」

「ならば安心ですね。ご神体の為に、むやみに生き物を殺すようなことが無くて良かったです。この出来栄えなら、私は全く問題無いと思いますけど、お二人はどうですか?」

 材料が討伐対象の魔物であることにホッとした勇が、母娘に話を振る。


「ええ、これなら文句無しね。ねぇミミリア、これ、もっと色々なポーズも作れない?」

 顎に手をやりながらニコレットがミミリアに問いかける。


「作れますね。芯材の形を変えるだけなので、問題ありません」

「そう……」

「お母様、サイズ展開もした方が良いのでは?」

 アンネマリーが合の手を入れる。

「!! そうね、それは良いアイデアだわ。やるわね、アンネ」

 娘の言葉にニヤリと口角を上げる母。

「いえいえ。まだまだお母様には及びません。フフフ……」

「……」

 勇の目には、母娘までも悪代官と悪徳商人に見えてきた。


「ミミリア、この後時間を頂戴。どんな感じのご神体を作るべきか、色々と相談しましょう」

「はい! かしこまりました!」

「と言う訳でベネディクト。ちょっとミミリアを借りるわね。それと、急いで量産体制を作って頂戴。多分、すぐに足りなくなるわよ、これ」

「かしこまりました。すでに騎士や兵士の奥様方や孤児院には声を掛けております」

「仕事が早いわね。冒険者ギルドのほうは?」

「抜かりなく。教会名で素材の追加手配依頼を出しております」

「ウチからもお金を出すから、領主依頼として色を付けて、近隣のギルドにも出しておいて頂戴」

「御意に」

 勇がポカンと見ている前で、次々と物事が決まっていく。


「よし。じゃあ早速話を詰めましょうか。ミミリア、別室へいらっしゃいな」

「はい、ニコレット様!」

「そっちも頼んだわよ、ベネディクト」

「委細承知いたしました」

 ベネディクトは、ニコレットの言葉に深くお辞儀をして屋敷を後にする。

「……姫、何だか凄い事になりそうだね」

「にゃふぅ」

 織姫を抱き上げながら苦笑しつつ勇が呟いた。

 

 こうして後に「究極のご神体」と言われることになる織姫のぬいぐるみ作りが始まったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る