第62話 限定領域

「限定領域? 名前からして入場制限か何かされている場所があるってことですか?」

 初めて聞く言葉に、勇はセルファースに問い掛ける。


「ああ、そうだ。カレンベルク領にある遺跡は広大で、地下に巨大な迷宮のように広がっているんだ。そして、入口も地下迷宮も、一つと言う訳では無い。たくさんの入り口が、たくさんの地下迷宮に繋がっている」

 勇の質問に、セルファースが遺跡について説明をしてくれる。


 300年ほど前、カレンベルクの領都ベルクーレ近くの低山地帯で遺跡が発見された。

 崖崩れが起きたことで、偶然地下遺跡への入り口の一部が地表へ露出したため本格的な調査をしたところ、巨大な地下遺跡であることが判明。


 遺跡の所有者であるカレンベルク家と王家による合同学術調査が行われ、その調査が終わると、一般にも遺跡が開放されることになった。

 以来、数多くの冒険者やヴィレムのような遺物採掘者アーティファクトハンターが遺跡に入っては、アーティファクトを持ち帰っている。

 

 もっとも、学術調査と言うのは建前で、良いアーティファクトを独占するための先行調査であることは明白だった。

 カレンベルク家の領地であるため、ある程度の先行調査は他家も目を瞑っているものの、やり過ぎると様々な報復を受けることになるので、年々少しずつ開放領域は増えている。


 しかし、なにぶん遺跡が巨大で、当のカレンベルク家でさえ未だ全容を把握できていないため、公開されていない領域がかなりある。一説では、まだ半分程度しか公開されていないと言われていた。


 そんな一般開放されていない領域の内、「概要は把握されているが、一般には公開されていない領域」の事を“限定領域”と呼び、概要すら把握出来ていない“未開領域”と分けて定義されているとのことだった。


「なるほど……。確かにあまり人の入っていない場所だったら、良いアーティファクトが見つかるかもしれませんね」

 説明を聞いて納得する勇。

「ああ。しかも我々の場合、最悪アーティファクトの形じゃなくて、魔法陣単体だけでも良いというのがポイントだね」


 勇がいることによる最大のアドバンテージがそれだ。

 むしろアーティファクトが見つかっても、すぐに登録する破目になるため、実は読める魔法陣単体を発見できる方が良いのかもしれない。


「この限定領域への入場資格って、他家に開放されたことってあるんですか?」

「ああ。まだ概要すら掴めていない未開領域は、凄いお宝が眠っている可能性があってまず無理だけど、限定領域であれば前例がある。決してハードルが低い訳ではないけど、恩賞の代わりだったり、協力関係にある貴族には開放されているんだ。分かりやすい所だと、今はフェルカー侯爵に開放されているね」


「フェルカー? ……ああ、あの赤毛の! あれ? でもフェルカー侯爵家、ではなく侯爵その人に開放されているんですか?」

 こちらに転移してきたときに場を取り仕切っていた、赤毛の男を思い浮かべながら勇が尋ねる。


「その通り。両家の仲が良好なのは昔からだけど、当代の当主同士は殊更仲が良くてね。加えて、侯爵家当主のサミュエル殿は、王国一の魔法使いと言われているんだ。遺跡の探索を推し進めたいカレンベルク家にとって、サミュエル殿の魔法の実力が魅力的だ、ということだね」


「……そうか、必要なのはサミュエルさんの力だけだから、家ではなく個人に対しての権利なんですね。家に権利を渡してしまうと、サミュエルさんが亡くなっても権利が残ってしまうから……」

「そういうこと。だから、我々からの提案も、最終的には当代きりの限定という線で決着させるつもりだよ」


「でもお父様、当代きりとは言え、先の件の賠償の替わりで権利がもらえるものなのでしょうか?」

 セルファースの話に、不安そうにアンネマリーが尋ねる。


「賠償単体では厳しいだろうね」

 それに対するセルファースの回答は明確だった。

「でも、賠償のカードだけで勝負する気は毛頭ない。我々には、もう1枚、冷蔵箱というカードがある。それを使うつもりだよ」

 言葉を続けたセルファースがニヤリと笑う。


「改良型の冷蔵箱は全ての面で既存のものを上回っているから、あれが世に出ると既存のものは一気に売れなくなる。しかもウチはすでにザンブロッタ商会と専売契約を結んでいるから、ザンブロッタ商会が販売を独占することになる。そうなると、既存の冷蔵箱のかなりのシェアを占めているカレンベルク家には大打撃だ。なにせ、この先もずっと売れないんだからね……。

そこに敢えて、カレンベルク家を加えることを提案するつもりだ。これまでのように販売含めて独占するような状況ではなくなるけれど、ゼロになるよりはマシだろうね」


「まぁ元々は、この交渉の為の共同開発提案では無かったから、イサム殿には申し訳ないけれどね……」

 そう言って苦笑しながら勇に目をやる。


「いえ、元々恩を売るための共同開発提案でしたから。一番効果が高い場面で、カードは切ったほうが良いと思いますよ」

 勇としても、元々善意で共同開発提案をするつもりではなかったので、何も問題が無い。


「よし、じゃあ基本方針はそれでいこうか。ウチは、隣のヤンセン子爵家を訪問した10日後くらいに行く予定だと伝えてある。近々ヤンセン子爵家から日程の連絡が来るはずだから、2週間後くらいから遠出が出来るよう準備をしておいて欲しい」


「分かりました。お土産として持って行く改良版冷蔵箱も用意しておきますね」

「うん、頼んだよ。えーと、これで今回の騒動についての議題は終わりかな??」

「セルファース様、イサム殿のお披露目については、どうされますか?」

 最終確認をとるセルファースに、ディルークが問いかける。


「ああ、そうだそうだ! その話があったね! イサム殿、近日中に住民に対して、イサム殿が迷い人であることを公表しようと思うんだ。いつまでも隠している訳にもいかないし、今回の防衛戦でも活躍してくれたからね、ちょうど良いタイミングなんだ」


「ええ、私は全く問題ないですよ。能力スキルの説明をどうするかだけですかね……。迷い人が特殊なスキルを持っていること自体は、住民の方々もご存じなんですよね?」


「ああ。それもあってこのタイミングにしようと思ったんだ。イサム殿の能力スキルは、“人より魔法を効率よく使える”能力スキルだと公表しようと思う。覚えるのが早く、使う魔力も少なくて済み、得意不得意も無い、という感じだね。

どれか一つなら、通常のスキルに似たようなものがあるけど、三つ一緒というのは無い。独自能力スキルとしての説明も出来るし、実際に今回魔法で活躍してくれたから、疑われることは無いと思う。と言うか、半分以上本当のことだからねぇ。全部言っていないというだけで……。どうかな?」


「あぁ、その説明はいいですね! スキルの名前からの連想も不自然じゃないですし、旧魔法は新魔法より少ない魔力で同等の威力を出せますから。それでお願いします」

 この説明なら、人前で魔法を使っても問題ないので、勇としては好都合だ。


「分かった。じゃあそれでいこう。そうそう、一緒にオリヒメ殿の事もイサム殿の大切な使い魔であり、イサム殿の世界の神から祝福を得ている、と公表するつもりだ。本当は使い魔では無いけれど、説明としてはやっぱりそれが一番スムーズだからね。どうだろうか?」


「んにゃ~」

 セルファースの説明に、アンネマリーの膝の上で丸まっている織姫が尻尾を2、3度パタパタ上下させ小さく鳴いた。

「多分、それで大丈夫だと思います」

 それを見た勇がフォローする。


「ありがとう。神様の祝福については迷ったんだけどね……。手に入れようとする輩が出ないとも限らないから……。しかしオリヒメ殿の活躍も、これ以上隠すのは難しくなってくるだろうから、思い切って公開する事にしたんだ。すまないね……」

 そう言ってセルファースが軽く頭を下げる。

 

「いえ。仰る通り、隠し通せるものでは無いので問題ありません。織姫の事は私が全力で守りますよ。もっとも、メイジオーガを瞬殺するようなのを相手取って、どうにか出来る人がいるとは思えませんけどね……」

 はははー、と乾いた笑いを零しながら勇が言う。

「……確かにそうだねぇ」

 セルファースも苦笑するしかなかった。


 こうして、降って湧いた魔物騒動は一旦の終息を見せ、勇と織姫のお披露目も決まるのだった。


 翌日、お披露目の日取りや、フェリスシリーズの量産計画などを調整している勇の元へ、来客の知らせが届く。

 訪ねて来たのは、この街の教会トップ、神官長のベネディクトだった。

 応接室で待っていたベネディクトを勇が訪ねると、丁寧にお辞儀をしてからこう言った。

 

「先日お伝えした、オリヒメ様のご神体が完成しましたので、是非ともご確認を、と思いまして……」


 ニコリと笑ったベネディクトがチラリと目を向けた先には、シルクのような布を被せられた、高さ30センチほどの何かが置いてあるのだった。

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