第61話 セルファースの目の秘密
勇が据え付けた風呂で汚れを落として着替えたセルファースは、一同の待つ応接室へ向かった。
すでにディルークも来ており、報告会のメンバーがこれで揃った事になる。
「遅くなってすまないね。じゃあ、早速始めようか」
こうして討伐部隊と領都防衛部隊それぞれの報告会が始まった。
「へぇ、それじゃあ都合3戦もしたのね……。早めに知らせてもらえて本当に良かったわ。あと1日、いや半日遅れていたらテルニーの町なんてどうなっていた事か……」
最初に討伐隊から報告が行われた。
遭遇戦を皮切りに、境界の町テルニーへの救援と、隣領の境界の町バダロナまで足を伸ばしたこと、事の発端がやはりカレンベルク伯爵領であったことが語られた。
そして話題はフェリスシリーズへと移る。
「今回一番ありがたかったのは、やはりフェリスシリーズだったよ。切れ味が良くなった事ももちろんだが、何より“長持ち”することが大きい。今回のように、あまり間を置かず連戦すると、どうしても後半は切れ味が落ちたり折れたりして戦力ダウンするんだが、それがほぼゼロだったからね」
「そうですね。2型の方も非常に良かったです。これまでの槍だと、オークはまだしもオーガ相手にはほとんど手傷を負わせられなかったんですが、2型だと遠間からも削れましたからね。おかげで一人の死者も出さず、複数のオーガを同時に相手取る事が出来ました」
セルファース、ディルーク共に、フェリスシリーズの効果を十分に実感できたようだ。
「武器に対する信頼感があると、安心して戦えるんだ。元々訓練で使ってその効果は実感していたが、初戦を完勝した事で、皆の武器に対する信頼が確信に変わったよ。イサム殿、本当にありがとう」
「ええ。兵士たちも、2型があることで安心して戦えていました。本当にありがとうございます」
「いやいやいや、頭を上げてくださいっ!! 私は出来ることをやっただけですからっ!」
2人から頭を下げられ、慌てて両手をブンブンと振りながら勇が返答する。
「にゃふぅ」
当然よ、とばかりに勇の膝の上で丸まっていた織姫が、片目を開けて小さく鼻を鳴らした。
「それと、やはり強化型もある程度数があったほうが良いね。オーガと正面からやり合ったんだがね、強化型のおかげで短期決戦に持ち込めた。1型でも十分ダメージは与えられたけど、ああいう手合いに時間を与えると良いこと無いからね……」
「呆れた……。オーガと正面からやり合ったの?」
夫の無謀な行動に、ニコレットが大きくため息をつく。
「はっはっは、まぁ緊急事態だったからねぇ」
「そういえばあの時、“目”を使っておられましたが、大丈夫でしょうか?」
「えっ!? “目”を使ったの!? アレは負担が大きいからって何年も使っていなかったじゃない」
ディルークの言葉に、ニコレットがセルファースに詰め寄る。
「オーガが2体同時に襲って来てたからね。何としても1体は早く仕留める必要があったんだ。大丈夫、1秒も使っていないし、体調も全然問題無いよ」
心配する妻に、微笑みながらセルファースが答えた。
「あのーー、すいません、“目”とは何でしょうか?」
ただ一人話についていけていない勇が、恐る恐る質問をする。
「ああ、そうか……。イサム殿にはまだ言っていなかったね。申し訳ない。別に秘密にしていた訳では無いんだけど、言う機会が無かったからね……」
「はぁ」
「私もね、固有では無いけど少々珍しい
「えっ!? それって、未来予知が出来るって事ですか!?」
「はっはっは、単純に考えるとそうだけどね、そんな便利で万能なものなんかじゃないんだ。直感の鋭い人っているじゃないか、アレをさらに一歩進めたくらいの感じかな」
セルファースの言った通り、
見る、と言うよりその未来をあたかも体感したように感じ取れるのだと言う。
0.1秒だと、ほとんど役に立たないと思われがちだし、事実普通の人間にとってはその通りだろう。
見えた所で反応できないままその0.1秒先が過ぎてしまう。
しかし、ある程度実力を兼ね備えた人間が、扱う練習をしたらどうなるか?
0.1秒と言えど、馬鹿には出来ぬ差になるだろう。
100メートルを10秒で走れる人は、0.1秒で1メートル移動できる。
戦闘において、1メートル先んじて移動できれば、それこそ勝敗をひっくり返す事も不可能ではない。
セルファースは、自分の
しかし
初めて使ったときなど、うっかり数秒発動させてしまい丸二日寝込む破目になった。
それでも諦めずコツコツと鍛錬を重ねた結果、瞬間的に攻撃をすり抜けるように躱してカウンターを決める必殺パターンを編み出した。
近年家督を継ぎ、指揮を執ることがメインとなってからは、反動で動けなくなっては困るため使っていなかっただけだ。
「はーー、とんでもない
勇が素直に賞賛を贈る。
「ふふ、ありがとう。まぁ私の
「分かりました。元々作る予定ではありましたしね。1型と見分けがつくように、色か何かを変えておきます」
その言葉に、ディルークがピクリと反応する。
「イサム殿、出来ればその色というのは、赤色にしてもらえないでしょうか?」
そして真剣な表情で勇に色の指定をしてくる。
「赤ですか? ええ、別にかまいませんけど……」
「ありがとうございます!」
勇が承諾すると、今日一の笑顔でお礼をするディルーク。
地球でも赤色の武器や機体と言うのはちょっと特別なものが多かったが、異世界でも赤色は特別な色なのかもしれない。
討伐隊の報告が終わると、今度は防衛隊からの報告が始まった。
200体近い魔物が突如森から現れたこと、旧魔法の効果が絶大だったこと、勇の試作した灼熱床がエグかったこと、そして……
「なっ……! メイジオーガが出たのかいっ?!」
「……」
セルファースが驚愕の表情で思わず聞き返す。
ディルークも絶句している。
魔物が200体規模だった事にも驚いていたが、インパクトとしてはメイジオーガの方が上だったようだ。
「ええ。アイツらの角は良い素材になるから剥ぎ取ってあるわよ。後で見てみるといいわ」
「どうやって倒したんだい? アレは一個小隊で当たる難敵だよ?」
「そうね……。最初は普通のオーガだと思って、10人近くで一気に魔法を撃ち込んだのだけど、まさかの
「
やはりセルファースの認識でも、
「はい。あの魔法は、本来大きな石の氷柱(つらら)みたいなものを、地面から多数生やす魔法なんだと思います。私の魔力量だと、直径20センチがやっとでしたけど……」
「直径20センチの石の杭が複数本……。イサム殿が領都にいてくれて良かったよ」
申し訳なさそうに言う勇に、セルファースが苦笑しながら安堵する。
「私もそう思うわ……。ただ、1匹勘の良い奴がいてね。そいつが致命傷を免れて門へ突っ込んできたの。一度で扉がひしゃげて、いよいよマズイって時に……」
ニコレットはそこで言葉を区切ると、勇の膝の上で片耳を動かしている毛玉を抱き上げる。
「そこでまた助けてくれたのが、オリヒメちゃんなのよ! ねー、オリヒメちゃん!」
「んにゃ~~ん」
ニコレットに両脇を抱え上げられた織姫がひと鳴きする。
「もう、凄かったのよ? 真っすぐ飛んで行ったかと思ったら、あっという間にメイジオーガの首を刈っちゃって……。さすがは神様の化身よね。はーカワイイ! はー凄い!!」
「な~~ん」
だらりと伸びた織姫のお腹に顔を埋めるニコレット。
織姫はされるがままではあるが、迷惑そうな鳴き声を上げる。
それを見たアンネマリーが猛抗議する。
「ちょっとお母様! ズル、じゃなくってオリヒメちゃんが嫌がってますよ!」
抗議を受けたニコレットがしぶしぶ織姫を勇の膝の上に戻すと、助けてくれたお礼とばかりにぴょんとアンネマリーの膝に飛び乗り再びそこで丸くなる。
アンネマリーはご満悦だ。
「なんと、メイジオーガが相手でもひるまず立ち向かわれるとは……。さすがはオリヒメ先生です! くそう、私もこの目でそのご活躍を見たかった……」
騎士団長がぼそりと、ロクでもない感想をストレートに口にした。
それを生暖かい目で見ながらもスルーしたセルファースがあらためて安堵の溜息を零す。
「……何にせよ、皆が無事でよかった。それと今回は本当にすまなかったね、ニコ。とんでもなく危ない目にあわせてしまって……。君が無事で本当に良かった……。そして皆の先頭に立って街を守ってくれてありがとう。感謝してもしきれないよ」
「セル……。ふふ、お気遣いありがとう。でもそうね、せっかく感謝してくれてるなら、これからはちゃんと野菜も食べてね。これ以上私が心配しなくてもいいように」
「あ、ああ。なるべく善処するよ……」
ニコレットが悪戯っぽく笑い、セルファースの頬が少し引きつった。
「ゴホン。あーーー、それはさておきだ。今回、防衛部隊が領都を守りきれたのは、もちろんオリヒメ殿の功績が大きいが、イサム殿が解き明かした旧魔法を、ある程度実戦配備出来たことが大きいね」
わざとらしく咳ばらいをして、セルファースが話を進める。
「ええ、それは間違いないわね。アンネや騎士団のマルセラなんかは1.5倍以上の威力だったし。侍女頭のカリナみたいに、これまで魔力量の少なさがボトルネックになってた子達も、1、2発なら充分実戦で使える威力の魔法が撃てることが分かったわ。
セルファースの後を受けて、ニコレットが続けた。
「旧魔法の公開対象を、そろそろ騎士と兵士全体に広げようか。ニコもだいぶ旧魔法を使えるようになったことだし、イサム殿が迷い人であることも公表したから、丁度良いタイミングじゃないかな」
「そうね。あと少しで指導方針も固められそうだから、休暇明けから試していきましょうか」
「はっ、調整いたします」
領主夫妻からのオーダーに、ディルークが短く返答した。
「後は、防衛用の魔法具についても、効果がありそうだね?」
「そうですね。今回のは、突貫で作ったので、初見殺しではありましたが対策は容易なモノでしたけど……。ある程度時間を取って、新しいモノを色々考えてみますね」
セルファースの問いに勇が答える。
「ありがとう。今後は、旧魔法、フェリスシリーズも合わせた三枚看板で、戦力の強化を図っていこう」
「そうね」
「わかりました」
「了解です!」
セルファースのまとめに、ニコレット、勇、ディルークがそれぞれ頷いた。
「さて。じゃあ次は賠償の話をしようか。最初に言った通り、今回の騒動の発端はカレンベルク伯爵家だ。すでに伯爵は全面的に非を認めていて、お詫びに出向いてくるという事だったけど、我々はこちらから出向くことにした」
「えーと、それは冷蔵箱の交渉ついでに伺う、ということですか?」
勇が問いかける。
「ああ、半分はそうだね」
「半分?」
「そう、半分だ。今回の件で、伯爵は結構な額の金銭的な賠償を約束してくれている。しかし我々は、それを断ろうと思っている」
「え? 賠償を断っちゃうんですか!?」
予想外のセルファースの言葉に、勇が目を丸くする。
他のメンバーも同様に驚いた表情だ。
「なに、単に辞退する訳ではないよ。代わりのモノを貰おうと思ってね。モノというよりは権利かな?」
「権利ですか?」
「ああ。カレンベルク伯爵領には何があるか、イサム殿は覚えているかい?」
「えーーーっと……。あ! 確か遺跡があるという話でしたよね!? じゃあその遺跡に入る権利ですか?」
「惜しい。遺跡に入る権利ではあるが、そもそもあの遺跡は手数料さえ支払えば、自己責任で誰でも入る事が出来る。ほら、研究所のヴィレムなんかは、何度も行っているだろう?」
「なるほど……。だとしたら一体??」
謎かけのようなセルファースの言葉に、勇が首を傾げる。
「あっ! お父様、もしかして限定領域へ立ち入る権利をいただくつもりですか?!」
何かに気付いたアンネマリーが、思わず声を上げた。
「ふふ、さすがはアンネだね。そう、その限定領域への入場資格をね、頂戴しようと思っているわけだ」
アンネマリーの言葉に、セルファースがニヤリと口角を上げた。
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