第60話 討伐隊の凱旋
防衛戦の勝利に大いに沸いた領都であったが、目の前に大量の魔物の躯が転がっており、喜んでばかりもいられなかった。
また、森の中から突如大量の魔物が現れたとあって、付近の哨戒強化も必須となる。
領主夫人のニコレットと、騎士団副団長のフェリクスは、それら戦後処理に追われていた。
もっとも、こちらに怪我人らしい怪我人が出なかったので、その心持は晴れやかだったが。
勇は、哨戒任務に加わる事も出来ないので、灼熱床のチェックを行った後、魔物の死体処理に加わっていた。
穴を掘って埋めていく作業な上、魔物の数がとにかく多く人手が足りないため、街の住民も駆り出されて作業が行われている。
「お嬢様! 西側奥の穴掘り完了しやした!」
「ありがとう! じゃあ、この右側に集めてある死骸を埋めていってください」
「了解でさぁ!」
気分の良い作業では無いはずだが、陣頭指揮を執っているのが住民人気の高いアンネマリーとあって、住民のやる気は高い。
そしてもう一人、現場の士気を大いに鼓舞している存在があった。
「にゃにゃにゃにゃっ!」
もちろん鳴き声の主は織姫だ。
主に兵士たちが見守る中、ザクザクザクっと前足を器用に使い、すごい勢いで穴を掘っていた。
「うおぉぉっ! さすが先生!!」
「あっという間に穴が!」
大盛り上がりする兵士たち。
それもそのはずで、僅か数分で直径2メートル、深さ1メートルほどの穴が掘られていた。
元々猫は、排泄物の臭いを消したり食べ物を隠すため、穴を掘ったり土や砂をかける生き物なので、織姫が穴を掘る事自体は自然な事だ。
問題はその規模がおかしいという事だ。
どう考えても、その小さく丸っこい手で掘っているとは思えない範囲の土が、ひと掘りするたびに掻き出されていく。
重機もかくやという見事な掘りっぷりだ。
「……織姫、それは何か魔法的なアレだったり加護的なアレなのかい?」
その様子を唖然としながら見ていた勇が呟く。
「にゃっふ」
3つほど穴を掘って満足したのか、そんな勇の足元へ織姫が戻ってきた。
ぴんと立てた尻尾を擦り付けながら勇の周りを一周すると、足元で丸くなった。
とんでもない力を身に付けてはいるが、飽きっぽさは変わらないようだ。
「おお、オリヒメ様は今日もまたお美しいですね!」
そこへ一人の男がやって来た。
この街の教会で神官長を務めるベネディクトだ。
住民の中では数少ない、勇と織姫の正体を正確に知る人物で、二人の熱烈な信者でもある。
「ああ、ベネディクトさん。後処理のお手伝いありがとうございます」
神官であるベネディクトが率先して手伝ってくれたことは、住民の忌避感を和らげる上で非常に効果が高かった。
「なに、イサム様とオリヒメ様の活躍で撃退した戦の後処理です。信徒としてお手伝いできることは、望外の喜びでございますよ!」
「そ、そうですか……」
どこまで本気で言っているのか分からないが、勇は本人が満足なら良いのだろうと思う事にした。
「そうだ、イサム様。今、教会の総力を上げて、オリヒメ様のご神体を御作りしております。間もなく完成いたしますので、是非一度ご確認いただきますよう、お願い申し上げます」
「ご神体、ですか?」
そんなものを作っている事など初耳だった勇が、驚いて聞き返す。
「はい。とても愛らしいお姿になったと自負しております。近々、館の方へお持ちしますので、是非ご覧くださいませ」
「あ、はい。分かりました」
「それでは私はこれで。オリヒメ様も失礼いたします」
それだけ伝えると軽くお辞儀をして、再び作業へと戻るベネディクト。
丸くなって寝ている織姫の尻尾の先が、小さく上下に振られていた。
防衛戦から3日後の昼頃、魔物の死体処理も終わり傷んだ扉や街道の補修が進む領都に、馬の蹄の音が聞こえて来た。
討伐を終えた領主のセルファースたちが、隣領の境界付近の町バダロナから凱旋してきたのだった。
領都手前で街道を補修しているらしき人々が目に入り、セルファースは一瞬険しい顔をしたが、すぐに首を傾げる。
補修しているのだから壊れたのだろうが、何故か工事をしている者達の顔は楽しそうなのだ。
駆け寄ろうとして、今度は門を修理しているのが目に飛び込んできた。やはりこちらも表情が明るい。
「門と街道を修理しているという事は、多分魔物が襲ってきたんだろうけど、この明るさはどういう事だろうねぇ……」
首を傾げながら、馬を並べていた騎士団長のディルークに尋ねる。
「街の外で作業をしているので、魔物はすでに去っていますね。撃退した、とみるのが状況的にはもっとも妥当ですが、さて……」
尋ねられたディルークが仮説を述べるが、言った本人も今一つしっくりきていないようだ。
「おおっ、領主様! それに騎士団の方々も!! お戻りになられたという事は、魔物は撃退出来たので??」
森の中の道から領都前の開けた所へ出た事で、補修工事をしていた男たちがセルファース達に気付く。
「ああ、無事我が領から敵は退けた。境界にあるテルニーの町も無事だ」
工事の手を止め集まって来た男たちに、セルファースが説明する。
「おお、さすがは領主様! これで安泰ですね」
「ありがとうございます!」
「よかったなぁ」
「テルニーには弟がいるから心配してたんだ……」
皆口々に労いと安堵の声を口にする。
「して、街道を補修しているようだが、何かあったのか?」
「へぇ、3日前ですかね、ここにも魔物の群れがやって来ましてね……」
やはり魔物の群れが襲ってきたようだ。
「それが結構な数でして……。聞いた話だと200匹だとか何とか」
「200だとっ!?」
しかしその数は想定を遥かに超えていた。
「へぇ、私も直接見ていないんですが、騎士様がそうおっしゃってました。それをニコレット奥様やアンネマリーお嬢様、騎士様たちが魔法と弓で倒されたと……。今直しているココも、その時の魔法で地面がえぐれたっつう話でして」
「な、なるほど。そうか……。皆が無事で何よりだ。すまんが工事の方はよろしく頼んだぞ」
色々と聞きたい事が盛りだくさんだが、住民は直接戦闘に参加することは無いため、ぐっと堪え労いの言葉をかける。
「いえいえ、ご領主様方もお疲れ様でした」
ペコリとお辞儀をすると、男たちは再び補修工事へと戻っていく。
「……どうやら、こちらも一波乱あったようですね」
スッと馬を寄せてディルークが囁く。
「ああ、そのようだね。急いで館へ戻って、色々話を聞いてみるとしようか」
苦笑しながらセルファースが答え、進行速度を少し上げて、領都へと向かっていった。
門を潜ると、多くの領民たちが迎えてくれていた。
物見から戻ってきたことを伝えられたのだろう。
「お疲れ様でした!!」
「ありがとうございます領主様!」
「キャー、ディルーク様~~~っ!!」
歓声と黄色い声援が飛ぶ中を一行は凱旋パレードのように通り抜け、館へと辿り着いた。
館の門を潜ると、ニコレットをはじめとした家族、勇たち研究所のメンバー、ルドルフらの家人、そして留守を任せた副団長のフェリクス以下兵たちが出迎えてくれた。
「セル、お帰りなさい。どうやら無事討伐できたようね?」
皆を代表して、ニコレットが労いの声をかける。
「ただいま。何とか討伐できたよ。結局隣領まで足を運ぶことになったけどね……」
セルファースは少し肩をすくめながらそう言うと、クルリと馬を回頭させた。
「皆、ご苦労だった!! おかげで我が領の脅威を排除する事が出来た。感謝する! 現時点を以て、緊急討伐体制を解除。通常任務に戻るものとする。今日明日の鍛錬は休みにする。交代になってすまんが、ゆっくり休んでくれ。それでは、解散っっ!!!」
「「「「「おおーーーーーーっっっ!!!」」」」」
セルファースが討伐隊の解散を告げ、最後の鬨の声が上がる。
当然疲れもあるだろうが、騎士も兵士も、皆満足げな顔で兵舎へと向かっていった。
「ディルークはすまんが着替えたら応接室まで来てくれ。このまま情報のすり合わせをしよう」
「はっ」
短く返事をしたディルークが着替えに向かい、セルファースもまた家人を伴って館へと入っていった。
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