第59話 領都防衛戦

『『『『無より生まれし火球は、爆炎となって敵を打ち倒す……』』』』


 長弓による牽制射撃が行われる中、ニコレット以外の4人の詠唱が始まり、それぞれの頭上にオレンジ色の光球が浮かび上がる。

 リディルとカリナの光球が同じくらいの大きさで、それ以外の2人は二回りほど小さい。

 少し前から旧魔法の訓練を始めたカリナはなかなか筋が良く、爆炎弾ファイアブラストもだいぶ様になっていた。


 対するリディルも、以前よりは随分と上達はしたものの、カリナやマルセラ程は使いこなせていない。

 カリナの絶対的な魔力量が少ないため、より多くの魔力量をつぎ込んだリディルの光球と、結果的に同じ大きさになっているのだった。


「てーっ!!」

 魔物がある程度前進してきたところで、フェリクスからの号令がかかる。


『『『『爆炎弾ファイアブラスト!』』』』

 4人の魔法が完成し、橙色の帯を描きながら光球が敵集団へと飛んでいった。

 そして着弾。


 ドーーーンッ!という轟音と共に、4つの爆炎が前列の魔物をまとめて吹き飛ばす。

「ぎゃぎゃーーーっ!!!」

「ブッモーーーーッ!!」

 断末魔の叫びが聞こえてくるが、もうもうと立ち込める土煙で状況が把握できない。


『風よ。我が指し示す方へと逆巻け。弱竜巻テンダートルネード!』

 そこへニコレットの風魔法が発動し、土煙を吹き飛ばす。

 弱竜巻テンダートルネードは、直接的な殺傷能力は無いが、小さな竜巻を数秒コントロールできる便利な魔法だ。

 

 土煙が晴れると、最前線にいた20体近い魔物が吹き飛んでいた。

 隊列は崩壊し、魔法で出来た小さなクレーターを避けるように横に広がりながら、残りの魔物が門の方へと走ってくる。

「私が真ん中にもう一発お見舞いするから、左右に分かれた奴らをお願い!」

 それを見たニコレットが次の指示を出しながら、自身も呪文の詠唱を開始する。


『無より生まれし火球は、爆炎となって敵を打ち倒す爆炎弾ファイアブラスト!』


 先程リディルが作り出したモノより、さらに大きな光球が飛んでいく。

 ニコレットも完璧ではないが、得意とする魔法であればだいぶ旧魔法本来の威力に近づいて来ている。

 それに生まれ持った豊富な魔力を注いだ一撃が、最初に出来たクレーターのすぐ後方、敵集団の真ん中あたりへ着弾した。


 ドカーーン!と言う再びの轟音で、そこにいた20匹ほどの魔物がその命を散らす。

 その両サイドへ展開していた魔物にも、準備を整えていたアンネマリー達から魔法が飛んでいく。


『風よ。重なり刃となって飛べ。突風刃ブラストエッジ!』

『穴を穿つ石の矢雨は、虚空より出づるもの也。石霰ストーンヘイル!』


 セルファースたちも使っていた、風魔法と土魔法のコンボだ。

 不可視の刃と、突風でさらに加速した石の矢に、絶叫をあげて魔物たちが倒れていく。

 こちらでは、アンネマリーとマルセラの感覚派コンビの旧魔法が猛威を振るい、先の爆炎魔法と合わせて1/3以上の敵を亡き者にしていた。


 それでもまだ後方には100匹以上の魔物が残っており、味方の屍をものともせず扉を突破せんと殺到する。

 そして……


「ギャギャギャーーーッ!!」

「ブッブモモッッ!!」

 埋設された灼熱床を踏んだ魔物が絶叫し飛び跳ねる。

 

 運良く両脇にいた魔物は、横へ飛び退く事で足の裏を大やけどするだけで済んでいるが、真ん中あたりへ走り込んだ魔物はたまったものでは無い。


 飛んで着地した先でも足を焼かれ、転倒しては手を焼かれ、後ろへ逃げようにも味方が続いているため思うように逃げられず。

 何とか灼熱床から逃げ出せても、まともに立つ事が出来ず戦闘不能となり、逃げ出せなかった魔物はそのまま焼かれていった。

 門前の地面が危険である事に群れ全体が気付いた頃には、すでに30体ほどが戦闘不能に陥った後だった。


「何ともエグいトラップね、あれは……。想像していた通りではあるけれど、目の当たりにするととんでもないわ」

 魔物の焼ける匂いに顔を顰めながら、ニコレットが呟く。

「そうですね……。アレは人相手に使ってはいけない類のものかもしれません……。まぁ人だったら、木を切って来て乗せるなり、対処も早いんでしょうけど」

 作成者である勇も、顔を顰める。


「でも、甘い事を言っていたら、こちらがやられてしまいますから……。エグいという事はそれだけ効果が高いのです。イサムさんは胸を張って下さい!!」

 心配そうにアンネマリーが勇をフォローする。

「んみゃおん」

 勇の肩に乗ったままの織姫も、優しく顔をこすり付けた。


「大丈夫ですよ!! 作った時に腹は括ってます……。やるかやられるかですからね」

 織姫の額を指先で撫でながら、力強く勇が答えた。


 迂闊に門へ近づけなくなった魔物は、壁に取り付こうとしては弓や単発の魔法で各個撃破されていく。

 灼熱床のある部分に対しては、棍棒などを叩きつけて何とかしようとしているが、動きを止めることになりこれまた弓の絶好の的にされていた。


 灼熱床は、初見殺しではあるものの、タネと範囲が分かってしまえば、直接の餌食になる者はほとんどいなくなる。

 しかし避けて通れない場所に埋設されていると、何らかの対処をしなければ通れないままだ。

 掘り起こして退かすか蓋をするかの2択なので、ニコレット達が使ったような威力のある爆炎系の魔法などを、何発か地面に撃ち込むのが手っ取り早いだろう。


 相手が人であれば、しばらく時間が経てばそういった対処法を思い付くのだろうが、ゴブリンやオークはそこまで知恵が回らない。

 攻めあぐね、少しずつ数を減らしていった。

 

 30分ほど大きな変化がない状態が続いていると、ついに最後尾にいた2匹のオーガがゆっくりと前に出て来た。

 戦闘開始時から見えてはいたのだが、ずっと弓と魔法の射程外におり攻撃が出来なかったのだ。


「ついにお出ましのようね……。何をしてくるか分からないから、要注意よ! 射程に入ったら一斉に撃ち込むから、準備しておいて!」

 ニコレットから指示が飛ぶ。


「ゴアッ! ゴゴゴアァッ、グガッ!」

 タイミングを見計らっていると、あと少しで射程範囲という所で足を止め、なにやら命令しているようだ。

 様子を見ていると、足や体を火傷してそこらに転がっているオークやゴブリンを集めてこさせている。

 ある程度の数が集まると、おもむろにその頭を掴み持ち上げた。


「ギャッ?! ギャギャギャ!!」

 火傷を負っているとは言えまだ生きているので、戸惑いの声を上げ暴れるゴブリン。

 そしてそれを、前方へぶん投げた。


 投げられたゴブリンは放物線を描き、門前に落ちる。

「ギャッギャーーーーー!!!!!」

 大きな音を立てて叩きつけられた上、灼熱床の上なのでゴブリンの絶叫がこだまする。


「なっっ……!?」

 勇達がその所業に絶句していると、次から次へとゴブリンやオークを投げていく。

「何をやってるんだ? 門や壁にぶつけるんじゃなく、あんなとこに投げても焼かれるだけで……。あっ!!? クソ、そう言う事か!!」

 どうしてそんな事をしているのかと考えていた勇が、シンプルな結論に辿り着く。


「え、どういう事よ?」

「蓋です! アイツ、動けなくなった味方で灼熱床の上に蓋をしたんですよ!!」

「まさかっっ!?」

 慌てて投げられたところを見てみれば、灼熱床の上一面にゴブリンやオークが敷き詰められるように転がっていた。


 それを見て、生き残っているゴブリンやオークが門へと殺到、これまでのフラストレーションを吐き出すように、門を壊しにかかりはじめた。

 そこへさらにオーガが迫る。


「リディルとマルセラ以外でオーガを叩くわよっ! 2人とイサムさんはまだ魔力を温存しておいてっ! 基本さっきと同じ魔法でいくわっ。私とアンネ、カリナで右のヤツ、残りは左のヤツよ!」

 ニコレットの号令の下、魔力温存組の3人以外の魔法がオーガへと迫る。

 最初に爆炎系の魔法が着弾、轟音を響かせると、一拍おいて風と土の魔法が襲い掛かった。


 後発の風魔法の余韻で徐々に視界が晴れると、信じられない光景がそこに広がっていた。

「なっ……!? 2体とも生きてるっ!? 直撃したのにっ!?」

 旧魔法も含めた、8人分の魔法が直撃したはずだが、まだオーガは2体とも健在だった。

 特にニコレット達が狙った方のオーガは、ほとんど無傷と言って良い状態だ。


「……ニコレットさん、オーガって魔法は使いますか?」

 神妙な顔つきで勇が尋ねる。

「いや、オーガは魔法は使えないわ。上位種のメイジオーガだったら使う……っ!! まさかっ!?」

 途中までそう言って、ニコレットの表情が驚愕に染まる。


「見間違いでなければ、一瞬ですがあいつらから金色の光が見えました。あの色は、多分光属性の魔法です。全身強化フルエンハンスで毎日見てたので、間違いないと思います」


「光属性……。お母様、まさか魔法障壁マジックバリアではっ!?」

 勇の説明に心当たりがあるのか、アンネマリーが問いかける。

「おそらくそうね……。なんてこと、まさかオーガじゃ無くてメイジオーガだったなんて……」

 アンネマリーの問いかけに頷きながら、ニコレットの表情が悔しさにゆがむ。


 メイジオーガは、オーガの完全な上位互換と呼んでいい魔物だ。

 身体能力はオーガと同等、その上で魔法を操るという強敵である。

 どんな魔法を使うかは、個体差や地域差があるようで様々だと言われている。


 そして魔法障壁マジックバリアはその名の通り魔法を防ぐ魔法だ。

 完全に無効化したり反射するようなものでは無いが、術者の魔力次第で威力をかなり弱める事が出来る。

 特に実体を持たない魔法への効果が高いのが特徴で、今回自分が狙った方が無傷だったのは、石霰ストーンヘイルが直撃していなかったためだろうと、ニコレットが推察する。


「実体を持った魔法なら良いんですか?」

 それを聞いていた勇から質問が飛ぶ。

「ええ。土系とか氷系なんかは、火や風に比べてだいぶマシよ」

「……分かりました。リディルさん、マルセラさん、軽めで良いので、あいつらに爆炎魔法を撃ってもらえませんか?」

 勇が2人を見てお願いをする。


「別に構わないですが、ニコレット様の魔法に耐えたくらいなので、あまり効果は期待できませんよ……?」

「大丈夫です。牽制というか目くらましなので。その隙に、私が最近覚えた土属性の魔法を撃ち込みます。威力はあると思うんですが、そんなに範囲が広くないんですよ……」

 イサムの説明に2人がニコレットを見やると、小さく頷いた。

 

「分かりました。精々派手に目くらまししてやりますよっ!」

「騎士の方に牽制をお願いして申し訳ないですが、お願いします」

「お任せくださいっ」

 ぺこりと頭を下げた勇に、リディルは笑顔で自らの胸をドンと叩いた。


「それではいきますっ!」

「はいっ!」


『無より生まれし火球は、爆炎となって敵を打ち倒す爆炎弾ファイアブラスト!』


 次の魔法が飛んでこないか警戒して動かないメイジオーガに対して、リディルとマルセラの魔法が飛んでいく。

 それを見たメイジオーガが、はっきりと笑ったのを一同が目の当たりにする。

 そして何事か呟くと、薄っすらと金色の膜が体を覆った。

 次の瞬間、リディルとマルセラの魔法が着弾、爆発する。


 それを見て勇が素早く呪文を詠唱する。


『天を睨む乱杭は、大地より生じるもの也。天地杭グランドスパイク!』


 勇が呪文を唱え終えると同時に、メイジオーガの足元が一瞬光を放った。

 そして地面から、直径20センチはありそうな鋭い石の杭が、何本も勢いよく飛び出す。


 天地杭グランドスパイクは、以前呪文書を見ていた時に気に入った魔法の1つだった。

 説明してくれたアンネによると、小さな石の棘が生える程度なのに魔力消費がそこそこ多いため、誰も使っていないとの事だった。

 炎や風といった派手な魔法ではなく、地面や石を使う地味な土魔法を気に入っていた勇は、この魔法も旧魔法になれば化けるはずと、度々練習していたのだった。


「ガアアァァァッッッ!!!!」

「ゴアアアッッ!!」

 絶叫が響いたかと思うと、土煙の中から一体のメイジオーガが飛び出してきた。

 咄嗟に飛んで致命傷を避けたのか、血だらけになりながらもとんでもない速さで門へと突撃していく。


「くそっ、1匹捕らえ損なった!!」

 勇が嘆いた瞬間、ドガァッともの凄い衝撃が城門を襲う。

 メイジオーガの巨体が、たかっていた魔物もろとも勢いよく扉にぶち当たり、分厚い扉がひしゃげる。

「きゃああぁぁぁっ!!」

 上にいた勇達がその衝撃で落ちそうになり、慌てて縁につかまる。


 急いで体勢を立て直して下を見ると、メイジオーガが少し下がりもう一度体当たりをしようとしているところだった。

「やばいっ!!」

 思わず勇が叫んだ時だった。

「にゃっ!」

 これで何度目だろうか。勇の右肩にいた織姫が、相変わらず緊張感の無い鳴き声を上げ、金色の光となって飛び出した。


 空中で1回転すると、外壁を蹴って加速、光の尾を引きながら一直線にメイジオーガへと突っ込む。

 自らに突っ込んでくる光の玉に気付き、右手で払い除けようとメイジオーガが素早く手を横へ振る。


「ガァッ!」

「んにゃ」

 織姫が小さく鳴くと、まるで野球のフォークボールのように真下へとその軌道が変わり、メイジオーガの迎撃はあえなく空振り、急降下した織姫は地面を蹴って方向転換すると、真っすぐに喉元へと急上昇していった。


「にゃにゃっ」

 驚きに目を見開くメイジオーガを尻目に、首の周りを光の筋が2回転する。

 それだけでは終わらず、メイジオーガの体当たりに巻き込まれずに残っていたオークやゴブリンの間を、ブロック崩しの玉のように高速で何度か駆け抜けてから、ようやくヒラリと扉の前に着地した。


「「「…………」」」

 防壁の上では、そんな情景を全員がポカンと口を開けながら見ていた。

「にゃふ~」

 一方の織姫は、つまらなさそうに目を細めながら、後ろ足でカリカリと耳の後ろを掻くのだった。


 そして……

 

 ゴトリ、と驚愕に目を見開いた表情のまま、メイジオーガの首が地面へ落ち、ズズンと小さな地響きと共にその身体が大地へと後ろ向きに倒れた。

 門に取り付いていたオークやゴブリンも、そのほとんどが脚を切られ、奇声をあげながら地面を転がる。


「と、止めだ!! 総員打って出る! 残党を狩るぞ! オリヒメ先生に続けっ!!!」

 まともに戦える状態の敵は、もはや数十匹程度でオーガもいない。残党と言って良いレベルだ。

 それを見た指揮官のフェリクスが、大号令をかける。


「うおぉぉぉぉーーーーーーっっ!!!!」

「先生に続けっ!」

「さすが先生だっ!」

 フェリクスの号令に呼応し、士気が最高潮に達した騎士と兵が門へと殺到する。


「エ、エトさんっ! すぐに灼熱床を止めてくださいっ!!」

「お、おうよっ!!」

 エトが慌てて灼熱床を停止させると、少しひしゃげた扉がゆっくりと開いていき、残党狩りが始まった。

 そして、30分もしないうちに動く敵がいなくなる。


 先陣を切って勇から借りた魔剣を振るっていたフェリクスは、しばらく状況を確認していたが、ついに勝鬨をあげた。

「我々の勝利だっっっ!!! 皆よく戦ってくれたっ!!!」


「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」」」」」


 そして領都クラウフェンダムに、過去一番の歓声が響き渡った。

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