第58話 防衛戦用の魔法具
「な~~ぅ」
領主のセルファースたちが領都クラウフェンダムを発って2度目の朝。
勇は織姫に顔を舐められて目を覚ました。
「ん~~~、姫おはよう」
「んにゃおん」
いつも通り顔を洗い、朝食会場となるダイニングへと向かう。織姫も勇の後を追ってトコトコとついて来る。
普段は寝る時以外、割と気ままに屋敷や騎士団の詰所などをウロウロしている事が多いのだが、セルファースたちが出ていって以来、織姫はこうして勇の近くにいる事が増えていた。
「おはようございます」
「おはよう」
「「おはようございます!」」
勇が顔を出すと、領主の妻ニコレット、長女のアンネマリー、長男のユリウスがすでに席についていた。
「昨日も遅くまでご苦労様」
「いえ、少しでも防衛に役立てるのなら、お安い御用ですよ。まぁ使わないにこしたことは無いですけどね……」
織姫の朝食を準備しながら、ニコレットの労いに苦笑した勇が答える。
セルファースたちが出て行った後も、防衛に役立てばと勇は忙しく動いていたのだ。
「確かにね……。まぁ敵は街道沿いに来ているって話だから、騎士団が倒していってくれてるでしょうけど」
「お父様たちは、どこまで行くのでしょうか?」
「そうねぇ……。少なくともクラウフェルト領の端までは行くのは間違いないわね。そこまで行って大丈夫そうなら、少し騎士と兵を残して帰ってくるでしょうし、何かあればヤンセイルあたりまでは行く可能性はあるわね」
「ヤンセイルは、お隣のヤンセン子爵領の領都でしたっけ?」
「そうね。あそこの当主はセルの昔からの友達だから」
「そうなんですね。何事も無ければよいですね……」
朝食を摂りながら、そんな風にセルファースたちの安否を気遣っていた時だった。
ダダダッ、と廊下を走る音が聞こえたと思ったら、ドンドンドンと勢いよくダイニングの扉がノックされる。
「ニコレット様っっ!!」
「何事っ?」
ニコレットが返答した途端、バンと扉が開かれ、大慌ての兵士が報告を始める。
「敵襲ですっ!! 魔物がこちらへ向かっていますっ!! 戻って来た哨戒の話では、20分ほどでクラウフェンダムへ辿り着くとの事ですっ!!!!」
「なんですってっ!!? 敵の規模は?」
「推定200程度との事! また、未確定ですがオーガが混ざっている可能性が高いと!!」
その報告に、一気に緊張感が高まる。
「っ!! そんな数の敵が、すぐそこに近づくまで気が付かなかったなんて……」
「森の中から突如現れたようです……。事前の情報から、街道沿いを中心に哨戒していた兵が物音に気付いて発見に至ったと」
「森を通って……。
ニコレットは険しい表情で一度目を瞑り、小さく息を吐く。
「分かったわ。すぐに籠城戦の準備を! その数相手に打って出るのは無謀よ。全体の指揮はフェリクスに任せると伝えなさい! アンネ、あなたは私と一緒に魔法で迎撃するわよ!」
「分かりましたっ!」
「イサムさんは……」
ニコレットがチラリ、と勇を見る。
「私は大至急例のヤツを準備します! その後は、お二人に合流しますね」
「……わかったわ。ごめんなさいね、戦いにまで巻き込んでしまって。でも、正直助かるわ」
「あはは、大丈夫ですよ? ここは既に私の故郷みたいなもんですからね。力を合わせて守りましょう!!」
「……そうね。じゃあ例のヤツを起動したらすぐに戻って。目の前とは言え門の外なんだから長居は無用よ? 伝令! イサムさんが戻り次第、門を閉ざして籠城戦よ。討伐に向かったセルたちの戻ってくる場所が無くなった、なんて笑い話にもならないんだから、気合い入れていくわよ!」
そう言うとニコレットは、パンパンと手を叩きダイニングを後にした。
ニコレットに続くように急いでダイニングを出た勇の肩に、ぴょんと織姫が乗ってくる。
「おっ? 姫、心配してくれてるのかい? ふふふ、確かにちょっと怖いけど、この世界ではこれが当たり前だからね。なに、旧魔法だってあるし大丈夫」
「にゃにゃ~~」
織姫が勇の耳を小さく猫パンチする。
「はは、頼りにしてるよ、織姫先生!」
「んな~~~~~~」
その言葉に織姫は、勇の頬に顔をこすり付けると、優しく長鳴きするのだった。
勇はルドルフに急ぎ馬車を準備してもらい、研究所に泊まっていたエトを引き連れて正門まで送ってもらう。
籠城戦準備で大わらわになっている正門をでると、二人で地面をチェックしていく。
「やれやれ、昨日の今日で使う事になるとは思わんかったわい」
「私もですよ……。軽くテストはしましたが、ぶっつけ本番みたいなもんですね」
苦笑しながら言うエトに、勇も同じく苦笑しながら返す。
「よし。問題は無いじゃろ。まぁ、仕組み自体は簡単じゃからな」
「そうですね。要はでっかいフライパンを埋めたようなもんですから」
一通りチェックし終えたエトが太鼓判を押し、勇も同調する。
「起動させるから、温度をみてくれ」
「了解です!」
門のすぐ内側まで戻ったエトは、右端の地面から合計4本飛び出している魔法具らしき物へと駆け寄る。
その先端に付いた起動用の魔石に順番に手を触れ、魔法具を起動させていく。
「起動させたぞい!」
「分かりました!」
それを聞いた勇は、そのまま10秒ほど待つと、水の魔法を唱え始める。
『水よ、無より出でて我が手に集わん
ピンポン玉サイズの水球を生み出すと、それを先ほどチェックしていた地面へと落とした。
地面に落ちた水球は、ジューーーッと激しく音をさせてたちまち蒸発する。
同じ要領で、少し離れた場所にも水球を落として蒸発する事を確認した勇は、急いで門の中へと戻って来た。
「灼熱床の起動確認しました! 門を閉めてください!!」
「了解しましたっ!」
勇の声に反応した門番が、急いで正門を閉めていく。
やがてズズン、と鈍い音を響かせて門が閉まり、籠城する準備が整った。
セルファースたちが出撃した後、勇達研究所のメンバーは、拠点防衛用の魔法具が作れないか試行錯誤していた。
最初はフェリスシリーズを追加生産し始めたのだが、あれを持って戦うような状況になっている時点で防衛は失敗していると言って良いので、早々に切り上げたのだ。
次に手を付けたのは、フェリスシリーズにも使った
あの魔法陣は、物体を硬くすることで切れ味を上げるのではなく、刃物の切れ味を良くした結果、硬さも増しているだけのようで、鎧にも壁にも発動すらしなかったのだ。
そんな紆余曲折があって辿り着いたのが、
この魔法陣は非常に効果が単純で、応用が利きやすい。
現に勇も、すぐに風呂を沸かす魔法具を創りだしていた。
今回試作した灼熱床は、まさにこの湯沸かしの発展形のようなものだ。
仕組みは単純で、魔法陣から熱を伝えるための熱導体兼発熱体である銅のロッドを伸ばし、その上に鉄板を乗せるだけだ。要は巨大なホットプレートである。
熱導体を何度も折り返しているのも、ホットプレートと同じだ。
火力は、魔法コンロの強火と同等なので数秒で肉に焦げ目がつくレベル。
裸足なら乗っただけで火傷は免れないので、足止めの効果が期待された。
その鉄板部分を門前の地面に埋め、熱導体を門の下を通して内側へ伸ばせば、
後は鉄板の上に、偽装用の砂をうっすらと被せておけば、準備は完成だ。
多少でも導熱のロスを減らせないかと、発泡ウレタンもどきで熱導体の周りを囲ってもいる。
広範囲に埋設出来ればよかったのだが、生憎と時間が無かったため、縦横が門の幅と同じ5メートル四方の正方形が限界だった。
それでも16畳程度はあるので、門前に魔物が溜まる事をある程度防げるはずである。
落とし穴や空堀なども考えたが、思いのほか穴を掘るのに時間がかかるため、浅く掘るだけで済むこの方法に落ち着いた。
「さて、どの程度の効果があるかの」
「突貫で作ったモノですからね……。多少でも足止め出来れば、魔法や弓で狙えますから、少しは役に立つんじゃないかと期待してます」
エトと勇がそう話をしていると、門の脇にある見張り台から声が上がった。
「見えたっ!! 街道から真っすぐ向かって来てますっ! 総員戦闘準備ーーーっ!!」
ついに、敵の一団が目視できる距離まで近づいてきていた。
魔法による迎撃部隊でもある勇は、準備のため慌てて門の脇にある階段を駆け上がり、防壁の上へと急ぐ。
防壁の上には、指揮官に任命されたフェリクスを始め、迎撃準備をする騎士や兵士で喧噪に包まれていた。
その中に、リディルたちと話をしているニコレットとアンネマリーを見つけた勇は、そちらへと駆け寄る。
「おおっ、イサム様っ! それにオリヒメ先生もっ!!」
「お2人に来ていただければ、怖いモノ無しですよっ!」
「先生っ! 見ていてくださいよ? 特訓の成果を見せますんでっ!」
駆け抜ける途中で、勇とその肩に乗った織姫に対して次々と声がかかる。
勇は笑顔で会釈し、織姫は短く「にゃあ」と鳴いて声に応えつつニコレットたちの元へと辿り着いた。
「お待たせしました!」
「どう? 灼熱床はちゃんと動いたかしら?」
「はい。ひとまず設計通りには動いていると思います。どこまで効果があるかは、やってみないと分かりませんけど……」
「問題無いわ。ホントだったら、あんな使い方じゃ無くて皆で焼肉パーティーでも出来たら良かったのだけどね」
イサムの返答にニコレットが肩をすくめる。
「さて、じゃあおさらいするわよ? まず、迎撃は2段階で行くわね。1段階目は敵が門に取り付くまで。2段階目は門に取り付かれた後ね。まず1段階目は、とにかく数を減らすことを優先させるから、範囲魔法を中心に使う事になるわ。あまり森まで距離が無いから、火属性の魔法は避けたいけど、今回ばかりは仕方が無いわね……」
一度そこで言葉を区切り、ゆっくりと全員を見回す。
そこにはリディルやマルセラら、魔法が得意な騎士・兵士6名とアンネマリー、勇、家令のルドルフ、侍女頭のカリナの計10名が揃っていた。
「ただし、半分以上は魔力を残しておいてね。1段階目でケリが付けば良いのだけれど、あの数を削り切れるとは思えないもの……」
そう言って今度は、チラリと迫りくる魔物の群れに目をやる。
皆も同じように目をやり、そして小さく頷く。
「で、2段階目は各個撃破になるわ。狙うのは脅威度の高い奴からよ。おそらくオーガが混ざってるから、何としてもそれだけは魔法で倒しきりたいの。オーガさえ倒せれば、まず門を破られることは無いからね……。ただ、門の近くだから、範囲魔法は使えないと思ってね。門や壁まで壊してしまったら本末転倒だから。
後は、急な増援や予想外の事態が起きる可能性があるから、出来れば最低2人は魔力に余裕を持たせて控えておけるのが最善ね」
再度皆を見回すと、全員が再び小さく頷いた。
「私とリディル、カリナは爆炎系の魔法かしら? 他に爆炎系が得意なのは?」
ニコレットの質問に1名の騎士と1名の兵士が手を上げる。
「合計5人ね。じゃあそれ以外は、風か土でお願いね」
作戦の確認が終わり、あらためて敵を確認していると、森の切れ間から集団の先頭が姿を見せた。
街道いっぱいに広がるように、オークとゴブリンが次々と現れる。
こちらを指差しながら、ぎゃあぎゃあと何やら騒ぎ立てると、ついに奇声を上げながら一斉に走り出した。
「ぎゃっぎゃっっ!!!」
「ブモ、ブモモッ!!」
手にした武器を振りまわして、魔物たちの波が押し寄せてくる。
「魔法班、迎撃準備っっ!! 長弓班は牽制射撃開始だっ!」
それを見て、指揮官のフェリクスから鋭く指示が飛ぶ。
「よし。まずは派手にいくわよ? 爆炎魔法詠唱開始! それ以外は一拍おいて詠唱開始!」
ニコレットからの指示に、爆炎魔法の詠唱が開始される。
こうしてついに、戦いの火蓋が切られるのだった。
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