第57話 カレンベルクからの使者
この数日まともに眠っていないであろう使者を、ひとまず代官屋敷へと招き入れる。
話を聞いてみると、三日前にカレンベルク領を発った後、馬を替え仮眠を取りつつ昼夜走り続け、今日の未明にヤンセイルに到着。
しかし生憎当主であるダフィドが不在、バダロナへ向かったと聞き急行したらしい。
「当主、ブルーノ・カレンベルクより書状を預かっております。お確かめください!」
使者は、懐から書状を取り出すと、ダフィドへと手渡す。
貴族家当主が持つ魔法の蠟封がされた正式な書状だった。
「拝見させてもらう」
書状を受け取ったダフィドが、封を解き書状に目を走らせる。
「ふぅ……、なるほどな。セル、お前の予想が当たったぞ?」
読み終えたダフィドは、深いため息をつくと、読んでみろとばかりにセルファースへ書状をよこした。
「良いのかい?」
「お前の領にも被害が出てるんだ、立派な当事者だろ?」
セルファースの疑問に苦笑してそう答えるダフィド。
ちらりと使者に目をやると、小さく頷いたためセルファースも書状へ目を通す。
そして読み終えると、ダフィドと同様に深いため息をついた。
「はぁ……、まぁそんな所だろうねぇ」
書状は、今回の魔物による襲撃事件のあらましを説明し、謝罪するモノだった。
事の始まりは十日ほど前に遡る。
商人のシルヴィオが言っていた通り、ベルクーレの街から東へ向かう街道に多数の魔物が出没したため街道を一時封鎖、討伐に乗り出した。
討伐隊を率いたのは、カレンベルク伯爵家の寄子で、領内中東部に領地を持つデュラン・バラデイル男爵だ。
バラデイル男爵家は、少し前に父親である先代から長子のデュランが家督を引き継いでいた。
伯爵の覚えを良くしたいデュランは、勢い勇んで討伐に乗り出す。
当初、200体程と目されていた魔物だったが、途中で
数の違いに驚くも、領内のほぼ総力である騎士70名、兵士130名を率いていたため、問題無く討伐は終わるかと思われていた。
誤算だったのは、群れの中にオーガが2体いたことだ。
バラデイル男爵領は、さほど魔物が多くないエリアなため、知識としてオーガが厄介な事は知っていても、それを実感として味わった者がほとんどいなかった。
それでも、こちらの兵力が潤沢だったため、順調に半数程度までは数を減らすことが出来ていた。
旗色が変わったのは、後方に控えていたオーガが、2体同時に前線に飛び出してきてからだった。
セルファースたちが戦ったのと同じ個体だったのだろう。同じように、オークの屍を何度か投げつけることで綻びを作り、そこへ突っ込んできた。
戦い慣れている上、フェリス2型というアドバンテージがあったクラウフェルト兵でさえ崩されてしまうのがオーガだ。
戦い慣れていないバラデイル兵は、たちまち崩されて戦線に穴をあけてしまった。
それをきっかけにオーガが暴れ、そこへさらにオークやゴブリンが加わった事で、男爵軍は30名近い死者と同数以上の重傷者を出してしまう。
どうにか態勢を整え直し、200体以上の魔物を倒したものの、オーガ2体と50体を超えるオーク・ゴブリンを、森の中へ逃がしてしまうのだった。
そしてさらに、致命的なミスを重ねてしまう。
かなりの兵力を失ったデュランは、追撃を断念。
さらに、当初の目論見であった200体以上を討伐した事を逆手に取り、若干の魔物を取り逃がしたものの本討伐作戦は成功した、と報告を上げたのだ。
討伐の証明となる討伐部位が200以上あったため、特にこの報告は怪しまれること無く受理され、街道の封鎖は解かれることになった。
一方、街道から北東方向にある山林へ逃げたオーガたちは、山林を東へ進みながら少しずつ
500を超えるまでに膨れ上がった所で南下、再び街道から外れた場所にある小さな町を強襲した。
救援の早馬を出し防戦するが、救援が到着した頃には時すでに遅し。
町には魔物が入り込み荒らされ放題、地下や丈夫な建物の中、もしくは森へ逃げ込んだ半数以外が帰らぬ人となった。
そして救援に駆け付けたカレンベルク家の騎士団が、ここで信じられないものを目のあたりにする。
町を襲っていたオークやゴブリンの一部が、バラデイル男爵家の紋章が刻まれた武器や防具を身に着けていたのだ。
街道での戦闘で倒した騎士や兵士から奪ってきたものだろう。
また、戦利品として持って来ていたのか、数名の兵士の首まで発見された。
その後デュランを問い詰めた所、先の隠蔽が判明。
魔物の行先と思われるヤンセン子爵領へ、緊急の使者が派遣され、本日到着するに至った。
書状は、カレンベルク家は本件を重く受け止めており、男爵家は取り潰しの上当主のデュランは処刑、魔物の被害に遭った領へは後日正式な謝罪に赴き、賠償を行うものとして締め括られていた。
ヤンセイルを強襲したのは、予想通り小さな町を襲った群れから分かれた集団だった。
ヤンセイルからカレンベルク領への街道は、L字型に西進→北上する形になっており、Lの右上が森になっている。
この森を通り
ちなみに、この一連の魔物の動きに合わせるように移動し、ヤンセイル、バダロナ、テルニーすべてに寄っていたシルヴィオは、全て一日差で奇跡的に魔物との遭遇を避け、クラウフェンダムへと辿り着くという驚異的な運の良さを発揮していたことが後に判明し、皆を驚かせることになるのだった。
「ったく、デュランの坊ちゃんはとんでもねぇ事をしてくれたもんだぜ」
「全く、その通りだね……。取り逃がした時点ですぐに報告すれば良いものを……」
書状を読み終えた二人は、ため息をつきながら瞑目する。
しばしの沈黙の後、ダフィドが再び口を開く。
「伯爵が謝罪に来るっつう話だけど、お前んとこはどうする? 一緒に会ってもいいし、ウチの後にそっちに行ってもらってもいいし」
「ん~~~、ウチは丁度、近々ベルクーレへ行こうと思っていたからね。その時にでも、改めてお話させてもらう事にするよ」
「おいおいおい、珍しいな!? お前のとこがウチ以外の貴族んとこへ行くなんて!」
セルファースの口から出た思わぬ言葉に、ダフィドが心底驚いた表情をする。
「まぁね。商売の話でちょっと、ね……」
「……そうか。分かった。それじゃあ伯爵には、ヤンセン家はお待ちしていると伝えてくれ。町の復興に少し時間が欲しいから、五日後以降でお願いしたい」
「クラウフェルト家は、近々ベルクーレへ行く予定があるため、その時に伺いたいとお伝えください。ヤンセン家へ来られる予定が決まったら、その十日後くらいを目処にしていただければ」
「はっ、しかと承りました!」
「頼んだぞ。ああ、ちょっと待て。今日は一晩泊っていくといい。相当疲れてるだろうし、帰りに倒れられてもたまらんからな。それに、ひとまず魔物は全て退けたから、そこまで急がなくても良いだろう」
返答を聞き、すぐに立ち去ろうとする使者をダフィドが呼び止め、苦笑しながらそう諭す。
「……お心遣い感謝いたします!」
一瞬返答を迷った使者だったが、確かに帰路の体力が心許ないため、ダフィドの厚意に甘える事にしたようだ。
その後、午前中いっぱい片付けの手伝いをしたクラウフェルト騎士団は、昼食をとった後、クラウフェンダムへの帰路へとついた。
これで、カレンベルク領、ヤンセン領及びクラウフェルト領を巻き込んだ魔物騒動は終息したかに見えた。
しかし、セルファースたちが最初に戦った一団の後方に、もう一つ小さな集団が潜んでいた。
その集団は、街道を通らず森の中を移動しており、セルファースたちとは遭遇することなく東へと向かう。
そして、ちょうどバダロナに使者が訪れていたのと時を同じくして、クラウフェンダムへと辿り着くのであった。
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