第56話 状況整理 

 代官屋敷は、門や外壁にはもちろん戦いの傷跡が残っていたが、敷地内にもギリギリの戦いをしたことを示す爪痕が残っていた。

 特に目をひいたのは、投石用の石を確保するために壊されたのであろうレンガ造りの建物だったものだ。


「よく思い切って壊したな。崩すことを思いついたのも凄いが、実際壊すとなると大変だろうに……」

 残骸の横を歩きながら、ダフィドが感想を漏らす。

「一緒に籠城していた冒険者の方が壊して良いか、と聞いてきまして。なんでも、遺跡に沢山落ちている瓦礫は、こちらが使う事もあれば魔物が使う事もあるそうで……。後は、総出で壊すだけでしたよ」

 苦笑しながら答えたのは、この町の代官であるヨーファンだ。代官になって3年目になる。


「なるほど。冒険者ならではの考え方かもしれんな。我々だと、壊して投げる、と言う発想にはならんだろう……。柔軟な考え方に助けられたな」

「ええ、本当にそう思います」

 武器や防具が支給され、基本的に上位者の命令で動く騎士や兵士と、個人事業主な冒険者では根本的に戦い方が異なる。

 良い悪いの話では無く、あり方の違いだ。

 ともすれば衝突する事もある両者だが、森に囲まれ魔物が多いヤンセン領においては、両者の仲は良好だ。

 今回の住民の避難から砦での籠城戦という流れも、冒険者と守備兵が協力しないと成しえていなかっただろう。


 そんな事を話しながら館の中へ入っていく。

 程なくして、ディルークとレイナルドの両団長も揃ったところで、情報のすり合わせが始まった。


「一番最初に襲撃があったのは、一昨日の夜だな。突然ヤンセイルの街を魔物の群れが襲ってきやがった。多分600近かったと思うぜ……」

「600かい……、とんでもない数だね。街道の西から来たと言う話だったが?」

 数の多さに驚きながらセルファースが確認する。


「偵察を出してた訳じゃねぇから正確な所は分からん。西門の歩哨の話では、西から北西の方向から襲ってきたって話だ。で、慌てて門を閉めてしばらく対応してたんだが、その内の200くらいが東へ向かい始めた。後からヤンセイルで仕留めた奴を数えたら400くらいだったから、そこそこ正確な数字のはずだ。

で、ある程度西門が落ち着いてから、こっちも追走部隊を20騎ほど出して足止めを狙ったんだが……。どうやら途中で大量に合流リンクしたようで、多少削りはしたが返り討ちだ」

 苦虫を嚙み潰したような顔でダフィドが語る。


「その中の一騎が、ウチまで来てくれたおかげで、ウチは大事にならずに済んだんだし、この町も助かった。十分すぎる成果だよ」

「ふっ、そう言ってもらえると救われるぜ。その後、バダロナの町を襲いつつ、そこでも分かれてさらに東へ向かったって訳だ」

「なるほど。テルニーを襲ってきたのが120~130って所で、そこから分かれたのも最初は同じくらいの数だったね。で、その分かれた奴に100匹くらい合流リンクした一団が、こちらが街道上で最初に交戦したヤツ、と」

 これまでの戦闘を逆にたどりながら、紙に数をメモしていくセルファース。

「う~~ん、合流リンクしたのも合わせると、全部でざっと1,000匹を相手にしたことになるね……」

 計算結果を見てため息をつきながらそうぼやいた。


「やれやれ、とんでもねぇ数だな。おまけにオーガも結構な数がいやがったし」

「全くだよ。まぁ合流リンクは不可抗力としても、最初の600が問題だ。カレンベルクの話は?」

「聞いてるぜ。街道に大規模な魔物の群れが出たって話だろ? 時間は多少かかったが、撃退したって事じゃなかったか?」

「そうだね。現にウチにも、足止めされた後無事に辿り着いた商人もいたから、“街道付近にいたのは”撃退されてるだろうね」

 撃退したと言う街道を通ってシルヴィオがやってきているので、少なくともそれは事実だろう。


「……討ち漏らしか?」

 それを聞いたダフィドが険しい顔で問いかける。

「言いたか無いが、正直その可能性が一番高いとは踏んでる……」

 答えるセルファースの顔も厳しい。

「しかし、近隣に逃げ込む可能性がある場合は、直ちに連絡する義務があるのでは?」

 黙って話を聞いていたディルークが疑問を口にする。


「そうだね。魔物や野盗の討伐において討ち漏らしが出た場合、それが他領に逃げる可能性があるなら、そこへ報告するのが義務だ。討伐の失敗を晒すことになるから信用が落ちるけど、黙っていて他領に被害が出た場合さらに信用が落ちる」

「ああ。だから領主は、討ち漏らした場合恥を忍んで通達をするのが常識だな」

「うん。普通はありえないんだよね。だから確信は持てない」

「まぁ、証拠がある訳じゃねぇからなぁ」

「そうなんだよね。魔物に名前が書いてある訳じゃ無いし……。ま、結果として被害が大きくならずに済んだことを喜ぶしかないか」

 二人の領主が、苦笑いで肩をすくめた。


「そういやディルーク、お前ミゼロイと二人でオーガを倒してたろ? いつの間にそんなに腕を上げたんだ? 前から良い腕してたけど、セルならまだしも、さすがにオーガとタメ張るほどじゃなかったはずだ」

 魔物襲来の原因は闇と言うモヤモヤした結論に辿り着いた事で、その話題は終わりだとばかりにダフィドが話を変える。

 先程の館前でのオーガ戦が、やはり気になっていたようだ。


「以前より腕が上がったとは自負しておりますが、今日のあれはたまたまですね。我々が駆けつける前の戦闘で敵が弱っていたところに奇襲をかけた結果です」

 まだ魔剣もどきの事は口外できないため、ディルークはそう言って誤魔化す。

「ほんとかぁ? ミゼロイなんか腕をぶった切ったって話だぞ?」

「あれは狙ってましたからね。ここへ来る前にもオーガと遭遇したのですが、その時にセルファース様が見本を見せてくれましたので……。二人がかりで棍棒を持っている方の腕を狙っていたんです」

 その回答にダフィドがピクリと反応する。


「……おいセル、お前能力スキルを使ったのか? あれは反動がキツイってんで、封印してたんじゃ無いのか?」

「うん、封印してた。してたんだけど、初戦でオーガ3匹を含む200匹の群れと遭遇戦になってね……。久しぶりに一度だけ使ったけど、やっぱりキツイねぇ。まぁ一回だけだから、今は大丈夫だけどね」

「そうか……、大丈夫ならいいけどな。無理すんなよ? お互いもういい年だ」

「はっはっは、そうだね。ディルーク、早くもっと強くなって私に楽をさせてくれよ」

「……善処いたします」

 話がセルファースの能力スキルへ移った事で、オーガ戦については話題から逸れる。


「ああ、そうだ。セル、この後はどうするつもりだ? もう陽も落ちるし、流石に今日は戻らんのだろ?」

「そうだね。悪いが騎士団と共に今晩はバダロナに泊めてもらいたいんだが、大丈夫かな?」

 セルファースがチラリと代官のヨーファンを見やる。


「ええ、もちろん問題ありませんよ。流石にこの屋敷には入り切りませんので、被害の少なかった宿屋を開放いたします。ただ、女性たちがほとんど避難していますので、最低限のもてなししか出来ませんが……。窮地を助けていただいた恩人なのに、申し訳ございません」

 心底すまなさそうにヨーファンが答える。


 さっき聞いた話によると、女性や子供、老人たちは、二手に分かれて避難したそうだ。

 セルファースたちが遭遇した一団とは別に、逆方向、領都ヤンセイル方面へ向かった一団があると言う。

 そちらについても、ダフィドたちがここへ駆けつける道中で遭遇し、無事を確認後近くの町へ避難させているらしい。

 いずれにせよ、まだ数日はバダロナへは戻って来れないため、しばらく町の労働力が不足する事になるだろう。


「いやいや、寝られるだけで十分だよ。夜警もこちらの騎士と交代で行うから、一晩よろしくお願いするよ」

「はい。後ほど案内させますので、せめてゆっくりお休みください」


 その後、備蓄されている食料が炊き出しの要領で振舞われた。

 片付けに追われる騎士や住人たちが代わる代わる舌鼓を打ち、屋外ではあるがちょっとした立食パーティー会場のようになっていた。

 多少の酒も振舞われたが、さすがに皆疲れているせいもあって宴会には移行せず、各々が用意された宿で眠りについたのだった。


 迎えた翌朝、騒々しい馬の蹄の音と共に、バダロナの町が目覚める。

 それは、カレンベルク領からの早馬が到着した音だった。

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