第45話 魔法陣の登録
冷蔵箱を共同開発提案する事が決まって数日、エトから量産型魔法コンロの最終試作ロットがロールアウトしたと知らせが入った。
十日ほど前に、追加の魔法陣解読と同タイミングで量産設計が終わり、生産テストを行なっていたのだ。
量産は、情報漏洩リスクを減らすためエトの工房で行われていた。
「おおっ! 良いですね!!」
ズラリと10台並んだバステトシリーズ第一号、魔法コンロを見て勇が感嘆の声を上げる。
地球ではプログラムという、あまり目に見えないものを作ってきたので、こうして実物が並んでいるのを見ると軽く感動してしまう。
「うむ。それほど複雑な筐体でもないからの。量産品とはいえ、かなりの精度じゃと思うぞ。何より弟子どもが張り切っておったからなぁ」
量産品の出来栄えに満足しているのか、エトも笑顔で評価する。
弟子たちが張り切るのも無理は無いだろう。
エトの工房は、クラウフェンダムで最も技術のある工房だが、それでも魔石の組み込みを含めた全工程を行う事は少ない。
しかも今回は依頼品ではない上、彼らにとったらオリジナルの魔法具のようなものなのだから、言わずもがなだ。
「うん。これで問題無いですね。後はシリアルナンバーを刻めば完成です」
「しりあるなんばー?」
「ああ、こちらには無いですかね……? 数量が限定だったり、本物だという事を証明するために、通し番号を刻むんです。今回は一応新魔法時代初ってことなので、シリアルナンバーを振って、さらに特別感を出そうかと。
ああ、ちなみにシリアルナンバーは、機能陣の所定の位置に私の国の数字で魔法陣っぽく入れます。そうすると、誰に何番のものを売ったか控えておけば、万一魔法陣を模倣されても、どこが出所かある程度分かります」
武器程の危険性は無いのでメッキによる目隠しは行わないため、最低限のデッドコピー対策だ。
勇以外には魔法陣を読み解けないので、模倣者はシリアルナンバーまで模倣してしまう事になるのだ。
「なるほど、確かにそれは良いな」
「後で、数字の一覧を渡すので、それを見て所定の位置に描いておいてください」
「分かった。弟子にもその数字を練習させておくようにしよう」
こうしてついに、オリジナル魔法具第一号の製造準備が完全に整った。
後は、魔法陣の登録申請をして、売る。それだけだ。
そしてその翌日、勇はニコレットたちと魔法陣ギルドを訪れていた。
製造・販売される魔法具に使われる魔法陣の、登録や管理を行なっている組織だ。
冒険者ギルド等、多くのギルドは国に縛られない全世界的な独立組織なのだが、魔法陣ギルドだけはそうではない。
自国で発見された魔法陣が、無断で他国で使われたりすると大きな損失となるため、規則の違反者には厳しい罰則を与える必要がある。
そのため、各国から役人が派遣されている半国営の組織なのだ。
組織の硬直化は不正の温床となるため、最長でも3年で人の入れ替わりも行われている。
そんなお堅いギルドの一角が、俄かに騒がしくなっていた。
もちろん勇達が申請を出した窓口が騒動の中心だ。
「お、オリジナルの魔法陣の登録ですかっ!!??」
受付が驚愕の表情で、ニコレットが提出した申請用紙を見つめている。
すんでのところで大声を出すのを止めたあたりは、さすが国の上級役人と言ったところだろう。
登録用紙には、どういった出所の魔法陣なのかを簡単に書くのだが、普通はどこそこの遺跡から発掘された魔法具に描かれていた、と記載されるのが当たり前になっていた。
自前で魔法陣を作る技術が失われているので当然だろう。
ここ何十年かは、その発掘される数も減ってきていた。
そこへいきなり「遺跡から発掘された魔法陣を組み合わせたら動いちゃいましたテヘペロ」という申請が来たのだから驚くのも無理は無い。
「そうよ。ひと月半ほど前に、クラウフェルト家が魔法陣の研究部門を立ち上げた事は話したわよね? その研究所にね、ヴィレム氏を専属の
考えてあったカバーストーリーをつらつらと述べるニコレット。
「え、ええ。
質問された受付が答える。やはり魔法陣や魔法具に関わる人間には、ヴィレムの名は知られているようだ。
「そうそう、そのヴィレム氏よ。彼が新たに持ち帰ってきてくれた魔法陣と、元々持っていた魔法陣を手当たり次第に組み合わせたら、たまたま上手く動く組み合わせが見つかったのよ。アーティファクトの形じゃなくて魔法陣だけだったから、どんな効果があるのか調べてようやく魔法具に出来たって訳。
大変だったのよ~? 効果を調べて魔法具にするのは。偶々今回は、分かりやすい効果だったから良かったのだけど」
立て板に水。半分は事実な事もあって、ニコレットの説明は全く怪しさを感じさせない見事なものだった。
「な、なるほど。で、どのような効果の魔法陣なのでしょうか?」
ひとまず申請用紙を受理して、簡単な聞き取り調査が始まる。
「モノを温める魔法陣ね。温めると言っても相当熱くなるわ。で、こっちがそれを使って作った“魔法コンロ”の試作品よ」
そう言ってニコレットは、机の上に魔法コンロの試作機をゴトリと乗せた。
「すでに魔法具が完成していらっしゃるのですね。とてもシンプルですが、高級な感じもするし不思議なデザインですね」
受付がしげしげと魔法コンロを眺めながら感想を漏らす。
「なかなか良いでしょ? これを製造・販売するための商会も立ち上げたから、登録が終わったら早速販売するつもりよ。どうせなら興味ある人全員で、稼働実験を見る?」
そう言ってニコレットが苦笑しながら視線を周囲へ巡らすと、こちらの話に聞き耳を立てていた他の職員が慌てて目を逸らした。
魔法陣ギルドは、基本暇なのだ。
重要施設なので領都には必ずあるのだが、施設の数が多い分新規登録される事は稀だ。
クラウフェンダムは、組み立て工場があったり魔法具商会の支店があったりするため、登録された魔法陣を見に来る人がちらほらいるからまだマシなのだが……。
そんな訳で、オリジナルの魔法陣などという美味しいイベントを、職員たちが見逃すわけがなかった。
ここで隠すような必要も無いし、職員に暇潰しのイベントを提供する事で覚えが良くなるのなら願ったりかなったりだ。
それに、他国から派遣されて来ている職員もいるため、新しい魔法具の話を母国に広めてもらえるのもありがたい。
結局、大きな会議室を借りての大お披露目会と相成った。
「……。で、何故私が料理を作る事になってるんでしたっけ??」
会議室の中央に置かれた机の上に並べられた3台の魔法コンロ。
その後ろには、何故か勇がフライパンを持って立っていた。
頭にはバンダナのように布を巻いて、準備万端だ。
「だって、私もアンネも料理なんてしないもの……。ヴィレムも似たようなものだし、今から館へ帰って料理人を呼ぶのも手間だし。イサムさんなら、結構手際よく料理が作れるでしょ?」
悪びれることなくウィンクしながらニコレットが言う。
フランクに接してくれるので普段は意識しないが、ニコレットもアンネもれっきとした貴族夫人であり貴族令嬢なのだからして、料理をしないことなど当たり前だった。
そう思い至った勇は、苦笑しながら何を作った物かと思案する。
目の前には、お披露目会をすると聞いて飛んでいった職員が買ってきた、いくつかの食材がすでに並んでいる。
たまに厨房へ行って、織姫のごはんを作ったり自分の夜食を作ったりしていたので、少しだがこちらの食材についての知識は付いてきた。
この中で、自分が味を知っていて、かつ作るのに技術を要しないものは何かと考える。
そしてひとつの答えに辿り着いた勇が、調理に取り掛かった。
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