第46話 魔法コンロ de お料理教室
「あ~~、すみません、どなたかお手伝いをしていただけないでしょうか? ちょっと作る量が多いので、一人だとしんどくてですね……」
職員と、何故か食べる気満々のクラウフェルト家チームを合わせると、10名ぶん近い量を作らなくてはならない。
時間をかければ作れなくもないが、大事なのは魔法具、ひいては魔法陣の性能を示す事なので、準備に時間をかけるのも無粋だろう。
という訳でヘルプを求めたところ、一人の若い女性職員が少々自信なさげに手を挙げてくれた。
「私で良ければお手伝いしましょうか? たまに自炊する程度なので、大した事は出来ませんが……」
「ありがとうございます! 私も似たようなものなので大丈夫ですよ。あ、お名前をお聞きしても?」
「オリガと言います。今年、プラッツォ王国より派遣されてきました」
「オリガさんですね。イサムと言います。お手数おかけしますが、よろしくお願いしますね」
オリガと名乗ったのは、色白でやや背の高い女性だった。シルバーブロンドの髪をポニーテールにしている。
ちなみにプラッツォ王国は、シュターレン王国の北西側に国境を接する国で、長年友好国として国交を結んでいるそうだ。
そのため、シュターレン王国内で最もよく見かける外国人はプラッツォ王国人だ。双方に移住している人も多いと聞く。
「では、オリガさん、まずはツイベル(玉ねぎもどき)の皮を剥いで、みじん切りにしてもらっても良いですか? 私も1個やるので、オリガさんも1個分お願いします」
「分かりました」
まずはツイベルを粗みじんにしたものを、やや多めのオイルで炒めていく。
日本の玉ねぎより香りが少し強いが、目に染みるようなことは無い。
「このまま少し火を通したままにして、パタテ芋 (ジャガイモもどき)の準備をしましょう。皮剥きを手伝ってもらえますか? 全部で4つくらい使いますが、私も剥くので2つくらいですかね」
「分かりました」
ツイベルの入ったフライパンは、弱火にするため火力調整用の低い五徳のようなものの上に置いたままにして、次はパタテ芋を賽の目状に切っていく。
切った芋は水にはさらさず、そのままツイベルの入ったフライパンへ投入。一緒に炒めていく。
「火を通すのに少し時間がかかるので、オリガさんはレムラ(トマトもどき)を芋と同じくらいの四角に切ってください」
レムラはソースっぽく使う予定なので、四角く切った後フライパンで潰しながら炒めてもらう。
本来は湯剥きしたいところだが、時間の都合で省略する。
香りが立ってきたところで、塩コショウと白ワイン、香草で味を調えて火から降ろし味をなじませておく。
そうこうしている内に、芋に火が通ってきたので最後の工程へ移る。
「オリガさん、このボウルに卵を割って入れていってください。そうですね……、10個くらいお願いします!」
「10個ですか!? 分かりました!!」
数の多さに驚きながらも、手際よく卵を割り入れていくオリガ。
卵をよく溶いたら、フライパンのツイベルと芋をもどしてかき混ぜ、再びフライパンに流し込む。
蓋をしてしばらく焼くと、卵が膨らんでくるので、それをひっくり返して両面を焼いたら完成だ。
お皿には、綺麗な焦げ目のついた5cmほど高さのある卵焼きが、美味しそうな湯気を立てて鎮座していた。
勇が作っていたのは、スペイン風オムレツもどきだった。
一気に大量に作れる上、材料と火加減を間違えなければまず失敗しない。
こちらでも焼いた卵は食べられているので、味的にも問題無いと判断し、チョイスしたメニューだ。
「さあ、冷めないうちに試食しましょうか。オリガさん、私が切り分けていくので、このレムラのソースをかけていってもらって良いですか?」
「これですね。分かりました!」
湯気の立つスペオムを、扇形に切り分けてソースをかけ、皆へと配っていく。
「では、今日の糧を神に感謝して」
「「「「「「感謝して」」」」」」
食前の祈りをして、実食へと移る。
しばしば勇考案の料理を食べているクラウフェルト家の面々は、勇の料理の腕前を知っているので、嬉しそうな顔で躊躇なく口へと運ぶ。
対してそんな事を知らない魔法陣ギルドの面々は、初めて見る料理に戸惑いながらも、美味しそうに食べるクラウフェルト家の顔を見て安心したのか、すぐに料理を食べ始めた。
「!! これは美味しいですね!! フワッとした卵に、ほくほくのパタテ芋がよく合いますね。卵焼きは食べますが、ここまでフワフワした食感は初めてです」
一口食べたオリガが、美味しさに目を白黒させながらそう言う。
「ええ、レムラのソースも酸味が少し利いていてよく合いますね」
年嵩の男性職員も笑顔で次々と口に運んでいた。
「ほんと、イサムさんの料理はどれもシンプルなのに美味しいわね。これもギードに伝えてもらって良いかしら? 朝食には持ってこいだし、何より野菜嫌いの旦那に食べさせるのに持ってこいだわ」
ニコレットも、相変わらずの美味しさに笑いながら勇にオーダーする。
「ええ、分かりました。具に肉とかハムとかを加えれば、夕食にもいけますし、ソースを変えるだけでもアレンジできますから、中々便利ですよ」
「……。家で作るのは良いけど、他言はしないでちょうだい? クラウフェルト家のレシピだから、広めては駄目よ?」
「!! わかりましたっ!!」
勇の説明に聞き耳を立てていたギルド職員たちに、ニコレットが苦笑しながらクギを刺す。
貴族にとって、美味しい料理はもてなしの武器になるため、レシピを秘伝とすることも多いのだ。
「ところで、皆本来の目的を忘れてないかしら? 料理の美味しさを味わうのではなく、新作魔法具の稼働実験だったのだけど……?」
皆が完食したタイミングを見計らって、あらためてニコレットが切り出す。
「ええ、もちろん覚えていますよ! まぁ我々が何かを言うまでも無く、ここまで美味しい料理をスムーズに作れるのですから、全く問題無い事がすでに証明されていますがね……」
先程の年嵩の男性職員が、魔法コンロひいては魔法陣の性能に太鼓判を押す。
他の職員も大きく頷いているので、全員異論はないようだ。
「それは良かったわ。じゃあ、滞りなく登録を進めてくれるかしら? また魔法具を売りに出すときには、一声かけるわ」
「かしこまりました。急ぎ魔法陣の登録をさせていただきます」
「よろしくお願いね」
こうして、ついに勇が考案した新しい魔法陣が世の中に公開された。
魔法陣ギルドに登録された魔法陣は、それがどこの支部で登録されたものであっても、ほとんどタイムラグ無く世界中のギルドへ情報が共有される。
どういう原理なのか全く分からないが、ギルド本部にあるアーティファクト本体を仲介する形で、支部の子機へと共有されているようだ。
親機と子機をセットで複製したら、情報のやり取りをする魔法具が量産できそうなものなのだが、親機を複製するとどういう訳か複製元の親機共々動かなくなってしまうのだとか。
そのため、ギルドの情報共有以外には使われていないのが現状だ。
そんな魔法具を通じて登録された“ほぼオリジナルの魔法陣”は、あまりに普通に登録されたがために、すぐに大きな話題になる事はなかった。
一昔前ならともかく、今は頻繁に新しい魔法陣が登録されているか確認しているのは、ギルドの職員くらいのものなのだ。
魔法具に力を入れている商会や貴族家の当主でも、月に一度報告をもらっていれば良い方なので仕方が無いだろう。
ちなみに魔法陣ギルド内部では、その魔法陣を使った使い勝手の良い魔法具がすでに出来上がっている事もセットで噂になっていた。
そしてなぜか、子爵家には料理人でもないのにとても美味しい料理をつくる人物がいるらしい、という噂もセットで広がっていくのだった。
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