第44話 コードネームと冷蔵箱・改

 切れ味を上げる魔法陣を組み込んだ魔剣もどきたちは、いつまでも魔剣もどきと呼ぶわけにもいかないので、それぞれにコードネームが付くことになった。

 効果時間を優先した魔剣が“フェリス1型”、切れ味を優先させた魔剣が“強化版フェリス1型”、そして魔槍は“フェリス2型”とそれぞれ呼称されることになる。

 ちなみにフェリスと言うのは、猫の学名である”Felis”から取ったものだ。

 勇が開発したのだから勇が付けるべきだ、と言うセルファースと、どうせなら猫に関係する名前は無いのか、と言うニコレットの無茶振りを受けて、どうにか勇が絞り出したのである。


 フェリス1型の開発は、騎士団の面々のテンションを爆上げしたのだが、もう一人テンションが爆上げになっている人物がいた。

 クラウフェルト家の長男のユリウスだ。

 まだ10歳と小さいので、朝食の時以外はあまり顔を合わせることは無いのだが、勇の印象は利発そうで物静かな感じのする少年だった。

 アンネマリーによるとそのイメージ通りのようで、運動神経は悪くないのだがあまり剣術や体術と言った武術には興味が無さそうなのだと言う。

 朝食時に試し斬りの結果を話しながら実物をセルファースに見せていたところ、ユリウス少年が食いついた。


「父上、私も騎士団に入れば、この魔剣を使う事が出来るのでしょうか!?」

 と、目を輝かせながらセルファースへと質問するユリウス少年。

「なんだ、ユリウスは魔剣に興味があるのかい?」

 まさか息子から騎士団入りを問われるとは思ってもみなかったセルファースが問い返す。

「はい! まるで英雄譚の勇者が持っている聖剣のようではありませんか! ぜひ私も使ってみたいのです!!」

 あくまでもどきであって魔剣ですらないのだが、ユリウスの中では聖剣もかくやという評価となっているようだ。


「分かった。別に騎士団に入らなくても、きちんと剣術の稽古をして、魔剣を扱えると判断した場合はもちろん授けよう」

 きっかけは何であれ、息子が剣術に興味をもったことが嬉しかったのか、目を細めながらセルファースが答える。

「本当ですか!? ありがとうございます!!! 今日からはより一層剣術に励みます!!」

 父親から条件付きながらOKをもらったユリウスはとても嬉しそうであった。


 あまりに嬉しそうにしているので、

「では、ユリウス君が魔剣もどきを扱えるようになった時には、オリジナルの物をプレゼントしますね」

 と勇が言うと、さらにユリウスのボルテージが上がってしまう。

「イサム様、本当ですか!!? 凄い、私だけの魔剣なんて夢のようです!!! がんばりますので、よろしくお願いします!!」

「うん、がんばって剣術の修行をしてね」

「分かりました!」

 鼻息の荒い息子に苦笑しながらも、やはりセルファースは嬉しそうだった。


 その日以降、ユリウスは宣言通り剣術にも力を入れるようになる。

 そして勇がユリウスにオリジナルの魔剣をプレゼントするらしい、と言う話を騎士団の誰かが聞きつけると、それは枝葉のついた噂となり騎士団に広がっていく。

 巡り巡って勇の耳にその噂が入った時には、何故か「領で一番の腕前の剣士と認められると、専用の魔剣が下賜されるらしい」と言う事になっていた。

 セルファースの耳にも入ったのだが、「面白そうだし利はあれど害は無いから放置しておく」との判断が下される。

 この一件以来、クラウフェルト領の騎士団は、自主訓練の時間が非常に長くなったと言う……。



 魔剣もどきの実験をする傍ら、発泡ウレタン(仮)による冷蔵箱のカスタマイズ実験も行われていた。

 やはり勇の危惧した通り、冷蔵箱には温感センサーのようなものは無く、単に冷気を出し続けるだけの構造だった。

 そのため、省エネ冷蔵庫の開発は諦め、二つの路線でカスタマイズしていく事にする。


「こっちが容量を増やした”大型冷蔵箱”、でこっちが冷却力を高めた”強力冷蔵箱”じゃな」

 そう言うエトの前には、二つの試作品が鎮座していた。

「まず大型の方じゃが、いくつか大きさを変えて試した結果、この大きさが今と同じ冷え方になる事が分かった」

 単に大型化だけして冷え具合が変わってしまうと、非常に扱いづらく買い替えが進まないと、ギードからとても料理人らしい目線で指摘があったのだ。

 そのため、同じ冷え具合になる大きさを探していたのだ。

 結果、1.5倍程の大きさが、丁度良い冷え方である事が判明した。

 これまでの冷蔵箱は、一人暮らし用の1ドア冷蔵庫程の容量だったのだが、やや小ぶりの2ドア冷蔵庫程度の容量になった事になる。


「で、強冷蔵のほうじゃが、勇の要望である氷が作れる温度で最大サイズだと、この大きさじゃな」

 逆にサイズを小さくして冷凍する事を目的とした強力冷蔵箱のほうは、ビジネスホテルに据付られている小型冷蔵庫程度の大きさとなった。

 これより小さくしても、生成される冷気の温度が決まっているため、これ以上は冷えないと言う結論に至っていた。


「良いですね! このくらいのサイズでちゃんと氷が作れるなら、バッチリじゃないですかね??」

「そうじゃな。製氷箱より小さいし時間もかかるが、アレは高い上燃費も悪いからの。こいつも売れそうな気がするわい」

 本当は、もっと低温の冷凍庫が作りたかったのだが、残念ながら冷蔵箱の冷却性能では、時間をかけて氷が出来るレベルが限界だった。

 おそらく温度としてはマイナス1、2℃程度だろうか。

 それでも、製氷箱は冷蔵箱の3倍以上の価格だと言うし、数日で氷の魔石を消費してしまう大喰らいだ。

 対して既存の冷蔵箱の魔法陣をそのまま使える冷蔵箱・改であれば、ひと月弱は魔石が持つ。

 代替品としての需要は十分あるし、肉や魚などの消費期限も延ばせるだろう。


「じゃあ、この二つも売り出すと言う事で良いね? 魔法陣は既存の物だから登録は要らないし、コンロよりは売りやすいかな」

 事務系の業務をこなすようになったヴィレムが、メモを片手に聞いてくる。


「ええ。ただ、コイツは自社商品では無く共同開発商品として売り出したほうが良いとも考えてるんですよね……」

「共同開発??」

「はい。この商品が売りに出ると、おそらく既存の冷蔵箱の売り上げは一気に落ちると思います。製氷箱も、冷蔵箱ほどでは無いでしょうが影響を受けるでしょうね。そうなると、今冷蔵箱を売っている所は売り上げが激減します。魔法コンロは、類似品が普及していないのであまり問題は無いんですがね……」

「それはそうだけど、良い商品が売れるのは当たり前だし、仕方が無いんじゃ?」

 勇の言う事にいまいちピンとこないヴィレムが、首を傾げながら聞き返す。


「その通りではあるんですが……。私は別にこれでぼろ儲けするつもりは無いんです。他にも商品化できるものが、まだまだあるでしょうし。だったら、この程度の商品を独占して他の商会や貴族から目を付けられるより、共同開発にして恩を売った方が良いんじゃないですかね?」


「……。ぷっ、くくく、なるほどなるほど。この程度の商品、ときましたか。確かにイサムさんの力を考えると、これで恩が売れれば安いモノかもしれないね。いやー、面白い。普通、新しい魔法具が出来たら、死ぬ気で独占して利益を上げるのに心血を注ぐというのに。うん、共同開発、良いんじゃないかな?」

 呆気に取られていたヴィレムだったが、勇の能力スキルを思い出して完全に納得したようだ。


「最終決定はセルファースさんとニコレットさんの判断待ちですけどね。じゃあその方針で伝えてもらって良いですか? ちなみに、冷蔵箱を作ってる商会とか貴族家ってどれくらいあるんですか?」

「んーー、大きいとこだと3商会くらいかなぁ。近場だと、カレンベルク家は割と力を入れていたと思うよ」

 魔法陣を通じて国中に繋がりがあるだけあって、ヴィレムは中々に事情通だ。

 この世界の事情に全く疎い勇にとっては、ありがたい限りである。


「カレンベルク? そう言えば前にも話に出てた家ですね。アーティファクトが有名だとか?」

「うん。あそこは領都ベルクーレの近くに大きな遺跡があるからね。僕も何度もお世話になってるよ。元々冷蔵箱も、確かその遺跡から出て来たアーティファクトだったはずだよ」

「なるほど、お膝元か……。だったら、共同開発の第一候補はそのカレンベルク家を考えていると、セルファースさん達に併せて伝えてください」

「了解。領主ご夫妻には、その辺りも伝えた上で方針を詰めてくるよ」


 その翌日、ヴィレムからの報告を聞いた領主夫妻は、少々おどろいたものの勇の提案を快諾した。

 勿体ないと言うのが、報告を聞いた夫妻の第一印象だったようだが、勇の「この程度の商品」発言を聞いた途端、「実にイサムらしい」と大笑いして承諾と相成ったらしい。

 こうして冷蔵箱については、まずはカレンベルク家を軸に共同開発を持ちかける事になるのだった。

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