第42話 騎士と猫

「リディルのヤツ、やりやがった!!」

「剣で横木を叩き斬ったのは初めてじゃないか!?」

「剣の方も折れたり曲がったりしてないな」

「すげぇ、ホントに魔剣だぞ……」

 見学していた騎士たちの盛り上がりようからも、結果が上々だと言う事は勇にも理解できた。

 ただ、具体的にどの程度の凄さなのかは、勇には分からない。

 騎士達と同じ波に乗れずにいた勇の所へ、リディルが折れた横木を手に持ち興奮した面持ちでやってきた。


「イサム殿! これは素晴らしいですね!!」

 満面の笑顔で、開口一番絶賛する。

「これまでは、どんな剣を使ってもこの横木を斬り落とす事は出来なかったんです! それをこの魔剣が覆したんです!!」

 嬉しそうに見せてくれた横木の断面をよく観察してみる。

 直径10センチほどある横木を完全に切断したと言う訳では無く、7割ほど切った事で自重に耐えられず折れた、と言うのがより正確な状況のようだ。


「通常の剣だと、この半分程度、3割ほど削るのがやっとですが、この魔剣だと7割は斬る事が出来ました。単純に倍の切れ味になった、と言う事では無いと思いますが、少なくとも目に見えて切れ味が上がっている事は確かですよ!!」

 よほど嬉しかったのか、興奮気味に説明してくれる。

「リディル、もう少し具体的に違いを教えてくれ。切れ味が増したのか? 剣の硬さが増したのか? 切った時の感触の違いはどうだ?」

 そこへ少し離れた所で見ていたディルークが歩み寄って来て問いかける。


 その問いかけにハッとした表情を見せたリディルが、少しトーンを落として感想を話し始めた。

「ああ、隊長。すいません、舞い上がっていました……。そうですね、切れ味も硬さもそれぞれ増しているように感じますが、硬さの上がり具合の方が大きそうです。でも、全体的に質が底上げされている、と言うのが一番近いかもしれません。とは言え、お伽噺に出てくるような、何でも切れる伝説の剣、という訳にはいかないですね。さっき以上に力を入れたら多分折れると思います」


「ほう、なるほどな……。土の魔石を使った魔法具は、城壁を硬くしたり鎧を硬くしたりするモノが多いから、これも硬くすることで切れ味を良くしているのかもしれんな」

「面白い感覚でしたよ。見た目や重さなんかは全く一緒なのに、まるで違う剣を使っているような感覚でしたから」

「そこまで違うか。刃こぼれや変形はしていないな?」

「ええ、確認しましたが大丈夫です」

「よし。では次は私も少し貸してもらうとしよう」

 リディルから剣を受け取ったディルークも、何度か素振りをして重さやグリップを確かめる。


「同じように切ったのでは芸がないな……」

 そう呟きしばし考えると、右手で剣を水平に構え左の掌を剣の下に支えるように添えると、切っ先を的に向けて腰を落とした。

 切るのではなく突くための構えだと言う事が、素人の勇にも分かる。


「シッ!!!!」

 短く息を吐き出すように踏み込みながら高速で突きを繰り出した。

 カカカカカッ、と乾いた音をさせて丸太を穿っていく。

 ほぼ同じ位置に5連突きを打ち込んだようだ。直径5センチ、深さ10センチほどの穴が丸太に開いていた。

「なるほど、こういう感触か……」

 剣先の状態を確認したディルークは、何度か手を握ったり開いたりして感触を確かめると、再び同じ構えをとった。


 そしてまた、踏み込みながら高速の連続突きを繰り出す。

 今度は横木、先ほどリディルが折ったのとは逆方向へと剣を突きこむ。

 先程より少し高い音がしたかと思うと、逆方向の横木もゴトリと転がった。

「「「「「うおおぉぉぉぉっ!!!」」」」」

「「「隊長も落としたぞっ!!」」」

 そして再びの大歓声。

 ディルークは満足げに落ちた横木を拾い上げると、勇の所へと戻って来た。


 折れた部分を確認すると、半円状に削られているのが分かる。

 先程丸太に突きこんだのと同じことを、横木にもしたのだろう。

 リディルとは別のアプローチで横木を折ったのは、隊長としてのプライドか……?


「イサム殿、どうやらこの魔剣の切れ味強化の効果は、突きにも反映されるようです。リディルの言う通り、倍近く突き込むことが出来ますね」

「なるほど。斬る、と言う行為を底上げするのでは無く、やはり剣の性能に直接干渉するもののようですね。そうなると 「にゃーーーん」 ん? どうしたんだ、織姫?」

 ディルークの感想から魔法陣の効果を考察していると、織姫がトコトコと足元にやって来た。


 的の方を見て、左右の猫パンチをシャドーボクシングのように数回繰り返すと、再び勇を見上げて「にゃう」と短く鳴いた。

「……。ひょっとして、織姫もやってみたいのかい?」

 しばし思案した勇がそう聞くと、目を細めて「にゃん」と短く答える。


「……ディルークさん、すいませんが織姫にもあの的を使わせてもらっても良いですかね? なにやらやる気満々のようなので……」

「おおっ! オリヒメ殿の勇姿を見られるのですか!? いくらでも使ってやってください! リディルたちを助けていただいた力を、一度拝見したいと思っていたんですよ!」

 申し訳なさそうにお願いする勇だったが、ディルークは逆に破顔し、思いのほか色よい返事を返してきた。


「よし。織姫、隊長の許可が出たぞ! 何するつもりか分からないけど、がんばれ!!」

 ディルークの返答を受けて勇がGOサインを出すと、織姫は「にゃっ」と小さく鳴き、すっと姿勢を低くした。

 そして、耳をいわゆる”イカ耳”にして、への字型にした尻尾を軽く上下させる。

 猫が臨戦態勢に入った時に見られる行動だ。

 そして……


「にゃっ!」

 ゴブリン戦の時にも聞いた、緊張感の無い鳴き声が聞こえたかと思うと、弾かれたように織姫が的へ向かって飛び出した。

 まるで地面すれすれを滑空するように、クリーム色の塊が的へと向かっていく。

 目の錯覚でなければ、的に近づくにつれて織姫の身体が光を帯びているように見える。

 そして、的の直前で急上昇すると、右側の横木へ向かって飛び掛かった。

 そのまま横木を軸にして、鉄棒の大車輪をするように素早く1回転した後、ふわりと宙を舞う。

 まるで体操選手のようにそこから空中でムーンサルトを決め、何事も無かったかのように綺麗に着地した。

 時間にすると数秒の出来事だ。

 ギャラリーの騎士含めた全員が言葉も無く見守っていると、ガランガランと音を立てて残っていた右側の横木が地面に落ちた。


「「「「「うぉぉぉぉぉーーーーっ!!!!!!」」」」」

 三度の大歓声があがる。これまでで最大音量の歓声だ。

「素晴らしい! 一瞬で横木を切り捨てるとは……。さすがはオリヒメ殿、魔剣に劣らぬとは! 噂にたがわぬ技の冴えですね!! いやぁ、この目で見られて良かった!」

 ディルークがまるで憧れのヒーロー、いやヒロインを見る少年のような目で、織姫を見ながら興奮気味に感想を述べる。

 勇が周りに目を向ければ、騎士団全員が同じような表情で興奮していた。


 当の織姫は、すまし顔で立てた尻尾を揺らしながら威風堂々戻って来ると、満足げに勇の足に顔をこすり付けそのまま足元で丸くなった。

 この日を境に、騎士団における織姫の人気は青天井となり、”オリヒメ先生”と呼ばれるようになるのだった。

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