第41話 量産型伝説の剣

 それぞれの役割を果たしてエトとヴィレムが研究所へ戻ってくると、早速実験の続きが始まった。

 まずは冷蔵箱の強化実験からだ。


「ほれ、これが冷蔵箱の外寸じゃ」

「ありがとうございます! えーーっと、両側面で1サイズ、背面で1サイズ。上面と下面で1サイズ。後は扉が……、正面は背面と同じだけど、両サイドと天地がそれぞれ1サイズ必要だから、合計3サイズいるのか。うーーん、結構沢山いるな……」

「なぁ、イサムよ。全部厚みは同じで良いんじゃよな?」

「はい。その予定です」

「だったら、デカいのを作って切ったらいかんのか? この硬さだったら余裕で切れるじゃろ?」

 エトのもっともなアイデアに、目を丸くする勇。


「確かに!! そのほうが全然早いですね!! 流石エトさん。そこまで気が回りませんでしたよ……」

「まぁ量産する時には最初からサイズ通りの方が良いだろうが、実験なら切っても大して時間はかからんじゃろ」

「そうですね。じゃあ早速一枚で切り出せるサイズのを作ります」

 こうして一枚の大きな発泡ウレタンもどきを生成する魔法陣を作成し、出来上がった一枚板をカットしていくと、30分かからず必要な部材が完成した。


「じゃあ俺はコイツを貼り付けに行ってくるわい」

「ありがとうございます!よろしくお願いします」

 エトは、切り終わった発泡ウレタンもどきを抱えて館の厨房へと向かった。


 続いて勇は、切れ味を上げる魔法陣の検証に取り掛かる。

 ……のだが、そこでいくつかの課題が持ち上がった。

「これ、どこに魔法陣を書くのが正解なんだ??」

 元になる魔法陣はかなり小さいのだが、魔法陣の部分しか残っていないので全容が不明だ。

 しかも相当昔のものなので材質も良く分からない。


「魔石も入れる必要があるんだよね、当然?」

 ヴィレムが確認をしてくる。

 そう、魔石も必須なのでそれを取り付ける場所も考えなくてはならない。

 複数の課題に対して、ひとつずつ解決策を考えていくしかない。


「まず魔法陣は一部でも消えると効果が無くなるからなぁ……。刀身に書くのはあまり良いとは言えないよなぁ」

「そうだね。ある程度丈夫とは言え、流石に剣が当たれば削れるだろうし……。切り合ってる途中で削れて、急に切れ味が落ちたりしたら怖いよね」

「ですよねぇ。鞘に擦れても削れるかもしれないしなぁ」


 武器なので当然相手の剣や盾とぶつかる事もある。

 刀身に書き、ぶつかった時に消えることを気にして肝心の戦いが疎かになってしまっては本末転倒だ。

 その後、うんうん唸りながら剣を色々な方向から見ては実装場所を模索するが、これと言った妙案は出てこない。


「うーーん、これはすぐには答えが出ないヤツだな……。それに素人だけで考えるより、騎士の人とかに相談したほうが良さそうだし。うん、一旦実装場所の検討は保留して、効果の確認をしよう」

 悩んだ所で答えが出そうにも無いので、ひとまず一番実装が簡単な刀身の根元部分の腹側に機能陣を描いていく。

 起動陣は別パーツとなっている柄の部分に描き、握った時に消えないように上から布を巻きつけておいた。

 土の魔石をガード部分の中央に埋め込み、起動陣用の無属性魔石も柄頭(ポンメル)の部分に取り付けて、切れ味を強化した剣の試作品が完成した。


「おーー! 魔石がいい具合に埋まっている上、刀身に模様が見えるから、何か魔剣みたいでカッコいいな……」

 出来上がった剣は、魔剣としてファンタジーRPGに出てきそうな見た目に仕上がった。

 いや、魔法具の剣なのだから魔剣で間違いは無い。


「さしずめ石の魔剣ってところかな? どれだけ切れ味が良くなるのか楽しみだねぇ」

 実装作業を横で見守っていたヴィレムの目も輝いている。

 異世界でも、やっぱり男子は”魔剣”と言う響きにロマンを感じるのだろうか。

「そうですね。でも私は剣なんてまともに使えないので、ちょっと騎士団の人に協力してもらいましょう」

 包丁ならともかく、素人が剣を振った所で正しく違いを把握できる気がしないので、大人しく騎士プロにお願いしようと詰所へと向かうことにした。


「こんにちは~」

「おお、これはイサム様。珍しいですね、こちらにお越しになるのは」

 詰所の入り口で歩哨に立っていた騎士と挨拶を交わし中へと入っていく。

 騎士団には勇が迷い人である事は知らされているし、帰路でのゴブリン戦についても語られているため、騎士たちは皆勇に好意的だ。


「にゃあ~~~ん」

「おお、オリヒメ殿も一緒でしたか! 相変わらず今日も愛らしくも美しいっ!」

 しかし、実際に皆の窮地を救った織姫の人気は、その比では無い。

 強い上に愛らしい見た目も相まって、完全に騎士団のアイドルと化していた。

 今も、たまたま勇の後を付いてきた織姫に、挨拶代わりにひと鳴きして足元をすりすりされた歩哨の騎士が、メロメロになっていた。


 詰所の中でリディルを発見した勇が声をかける。

「リディルさん! 今お時間大丈夫ですか?」

「ああ、イサム殿。はい、午後の鍛錬も終わりましたので大丈夫ですよ」

「良かった! ちょっと魔剣もどきを作ったので、試し切りに協力してもらえないかと思いまして」

 ガタガタガタッッ!!!!

 勇が何気なく発した言葉に、詰所にいた騎士全員が慌てて勇の方を向く。皆、驚愕の表情だ。


「イサム殿、今魔剣を作った、と聞こえたんだが、聞き間違いだろうか?」

 詰所の奥に座っていた団長のディルークが驚きの表情のまま声を掛けてくる。

「あ、ディルークさん。こんにちは。魔剣と言うか”もどき”ですかね……。切れ味を上げると思われる機能陣を見つけたので、騎士団の剣を元に魔法具を試作したんですよ」

「切れ味を上げる魔法具……」

「今、試作したって言ったよな?」

「確かにそれは魔剣だ」

 勇の返答に、詰所内が更にザワつく。


「……イサム殿、その試し切り、俺が引き受けよう」

 真剣な顔でディルークがそう勇に言う。

 しかしそれを聞いたリディルが、これまた真剣な顔で抗議する。

「団長。これはイサム殿が私に依頼されたものです。いくら団長と言えど、譲る訳にはいきません」

「何を言う。イサム殿の研究はクラウフェルト家の研究。その依頼は騎士団として受けるべきだ」

「騎士団として受けるのであれば、尚の事私が受けても問題無いのでは? 幸い私は、イサム殿と魔法の訓練を一緒にしていますので、気心もしれておりますし」


 何やら小競り合いが始まってしまった。

「えーーーと、どちらでも良いのですが、早く決めてもらえないでしょうか……?」

 心底どちらでも良い勇は決断を急かすが、双方一歩も引かない構えだ。

 結局その後も10分程口論した末、二人で試すと言う落としどころで着地して演習場へと向かった。

 噂を聞きつけたほぼすべての騎士達が、ぞろぞろと後を付いて来る。


「くそーーっ! 何で俺は今日歩哨なんだーーーっ!!!!」

 入り口にいた騎士からは、そんな恨み節が聞こえて来た。

 どうやら騎士にとって魔剣というものは、相当に気になるものらしい。


「使い方は簡単です。ポンメルに起動用の魔石が埋まっているので、普通の魔道具と同じようにそれで起動させます。最初は起動させず切ってもらって、その後起動させて切ってください」

「了解だ」

「分かりました」

 勇からの簡単な説明を受けて、ディルークとリディルが頷く。


「今渡したのは、見本の魔法陣より一応効果を落としていますが、どの程度切れ味が上がるのか全く分かりません。怪我をしないように気を付けてくださいね!」

 今回勇は、切れ味アップの効果を制御している数値を3段階用意した。

 今渡したのはデフォルトより減らしたもので、それ以外にデフォルトのものとデフォルト以上のものがある。

 おそらく効果時間と反比例の関係になっていると思われるので、調整の為どれくらい違いがあるか見極めたいのだ。


 最初に試すのはリディルのようだ。

 隊長権限で強引に割り込んだディルークだったが、試し切りさえ出来れば順番はどうでも良かったらしい。


「刀身に魔法陣を描いたんですね。うん、魔剣っぽくてカッコイイですね」

「削れて消えちゃうと効果が無くなるので、本番は違う所に描きたいとこですけどね……」

「なるほど。まぁ鍔迫り合いでもしない限り、根本に描いたものが消えることはまず無いとは思いますけどね」

「へぇ、そう言うもんなんですね。まぁ、また色々と考えてみます。あ、持ち手にも起動陣が描いてあるので、そこは上から布を巻いています。少しグリップが太くなって違和感があるかもしれないですが、試作品と言う事で……」

「ああ、これくらいなら問題無いですよ。うん、重心も特に変わっていないので、このままいきますね!」


 右手と左手に持ち替えながら何度か素振りをしたリディルが、小さく頷いて的へと歩いていく。

 騎士団が毎日の訓練で使っている、堅い樫の木のような丸太の支柱に1m弱の横木を括りつけ十字架状にし、布や藁を巻いた的だ。


 的の正面に立ったリディルは、剣を正眼に構えて的を見据える。

「せいっ!!」

 掛け声とともに、右上段から袈裟懸けに斬りつけた。

 ゴリッと言う音と共に、的の表面の藁がはじけ飛び丸太に傷が付く。

 左斜めに切り下した剣を、手首を返すように今度は真上に切り上げると、再びゴリっという音と共に今度は横木の表面が3cmほどの深さに削れた。


「この剣だと、こんなとこですね。これ以上だと剣が曲がったりしてしまうので」

 リディルが構えを解き振り向きながらそう言う。

 腕を組み見ていたディルークも、その言葉に頷いているので間違いないだろう。


「では、次に魔法陣を起動させて切ってみますね」

 リディルが再び的に向き直り、ポンメルの魔石に手を触れ魔法具を起動させる。

 土の魔石が淡いオレンジ色の光を放ち、それが刀身の魔法陣へと向かいぼんやりと魔法陣を浮かび上がらせる。

「「「「「おおおおおっっ」」」」」

 構えているリディルだけでなく、見守っている騎士達の口からも感嘆の声が上がる。

 2、3回素振りをすると、先ほどと同じように右上から左下へ袈裟懸けに斬りつけた。


 ざくっ、という先程とは違う音がして、丸太の表面に先程より深い傷が刻まれる。

 表面に巻いてある藁も、あまり飛び散っていない。

 振り下ろした体勢でしばし固まっていたリディルは、先程のように切り上げることはせず、剣を真っすぐ上段に構えなおした。

 そのまま目を閉じ、「フゥーー」っとゆっくり息を吐く。


「はっ!!」

 そして、1回目より気合いの籠った掛け声とともに、一気に剣を真下に振り下ろした。


 ガツッ、と言う音がして、剣はそのまま真下へ振りぬかれる。

 一拍おいて、バキバキバキっといいながら横木が折れ、どさりとリディルの足元へと転がった。

 予想だにしなかった状況に、数秒沈黙が流れるが、やがて小さな唸り声のような音が聞こえたと思ったら、一気にそれが爆発した。

「「「「「うおおおぉぉぉぉっっ!!!!!!」」」」」

「「「「「すげぇぇぇっっっ!!!!!」」」」」

 演習場はおろか、宿舎の壁を揺るがすような大絶叫が響き渡った。

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