第40話 発泡ウレタンもどきの可能性

 勇達は、実験用に木と発泡ウレタンもどきで同じような大きさの箱を作ると、実験の協力を得るためアンネマリーを探していた。

 お茶の時間が近かったのでラウンジへ行ってみると、ちょうどアンネマリーとニコレットがお茶をしている所だった。

 箱を抱えて入って来た勇達に気付いたニコレットが声を掛けてくる。


「あらイサムさん。箱なんか抱えてどうしたの? 石の魔法具の実験をするって言ってなかったかしら??」

「はい。ちょっとその石の魔法具の実験の延長で、お二人に手伝ってもらいたい事があって探してたんです」

「お手伝い、ですか?」

 これまで魔法具や魔法陣の検証に直接関わる事はほとんど無かったアンネマリーが首を傾げる。


「ええ。例の石を生み出す魔法具なんですが、ちょっと変わった石を作るものだったみたいで……。出来た石の特徴が、私の予想と同じかどうか調べようと思うんです。確かお二人とも、氷の魔法は使えましたよね?」

 そう言いながら、勇とエトが抱えてきた二つの箱を下ろす。


「使えるには使えるけど、どうするの?」

「この石なんですが、私の世界で発泡ウレタンと言っていたものに似ているんですよ。もしそれと同じ性質のものだったら、とても断熱性が高いはずなんです。なので、氷魔法で同じ大きさの氷を作ってもらって、木とこの石で出来た箱の中に入れて、溶け方の違いを見てみようかと。

断熱性が高ければ、これで冷蔵箱を覆うだけで、より長い時間冷たさを保てるはずです」


「へぇ、面白そうね。冷蔵箱に使う氷の魔石もバカにならないから、そんな簡単な事で長持ちするならありがたい話だわ」

「では、この箱に入る大きさの氷を二つ作れば良いんですね?」

「はい。この皿の上に一つずつお願いします」

「分かりました」

 そう言うとアンネマリーは、集中し魔力を練り上げていく。

 以前にも見た、濃い青色の魔力が両手に集まったかと思った時、詠唱が行われた。


『凍てつく空気を纏いしこの手には、冷涼たる氷の礫がもたらされん氷弾アイスブリット


 そしてゴロンと、ソフトボール大の氷が用意した皿の上に転がり落ちた。

「おお、ばっちりです!」

「ではもう一つ作りますね」

 アンネマリーは笑顔でもう一つ氷の玉を作り出す。

 勇は、皿ごとそれぞれの箱に氷を入れると、ふたを閉めた。


「よし。後は少し待つだけです。エトさん、ヴィレムさん、待ってる間私達もお茶にしましょうか」

「そうだな。朝から実験しっぱなしじゃったしの」

「言われてみれば昼食もとってなかったね……。今更お腹が減って来たよ」

 言われて気付いたエトとヴィレムは苦笑する。


「呆れたわね……。ウチの男どもは、どうして皆こうなのかしら?」

「ふふ、皆さん夢中になると寝食を忘れますね。カリナ、皆さんに軽食の用意を」

「かしこまりました」

 こうなる事をある程度想定していたのか、あっという間にサンドイッチが用意された。

 ちなみにこれも、勇がクラウフェルト家に伝えたものの一つだ。

 この世界のパンは固いものが多いため、スープなどと一緒に食べるのが当たり前になっており、薄切りにして何かを挟むという食べ方は無いのだと言う。


「へぇ、パンに色々挟んであるのか。うん、美味しい」

「美味いだけじゃなく、簡単に摘めるのがまた良いな」

 初めて食べたエトとヴィレムも気に入ったようだ。

 勇もお茶を飲みながらサンドイッチを頬張る。

 生ハムやチーズの塩気と、トマトやキュウリに似た野菜のみずみずしさがマッチしてとても美味しいサンドイッチだ。


 そうして小腹を満たしながらお茶を楽しんでいると、すぐに1時間ちょっとが経過する。

「うん、そろそろ良いかな」

 時間を確認した勇が、結果を見るべく二つの箱のふたを開けた。


 まずは木箱を確認してみる。

 ある程度溶けていて、皿に水が溜まっているものの、氷はまだまだ大きいままだ。

 体感では2割程度小さくなっているような感じだ。

 続けて発泡ウレタンもどきの箱の中を確認してみる。


「コイツはすごいな……」

 一緒に覗き込んでいたエトが、思わずそう呟く。

 もどきの箱の方の氷は、ほとんど溶けることなく原型を保っていた。

 受け皿にもほとんど水は溜まっていない事からも、それが良く分かる。


「これは……。想像以上の性能かもしれませんね。少なくとも断熱材としてかなり使えると言うことだけは間違いなさそうです」

 その結果に、当の勇も驚く。

 確かめようも無いが、ひょっとしたら地球の発泡ウレタンより高性能かもしれない。


「イサムさんの言う通り、これで保冷箱を作ればより長持ちしそうですね!」

「そうですね。ちょっとここまで性能が良いのは予想外でしたけど。ただ、冷蔵箱の魔法陣は読めないので、どこまで長持ちさせられるかは分からないですね……」


「どう言う事ですか?」

「箱側の性能が上がっても、冷やす方がどういう仕様になってるか次第なんです。もっとも単純なパターンは、ひたすら同じ温度、同じ強さで冷やしているパターンです。

これだと、箱側がどうであれ冷やす時間は同じだから、魔石の持ちは変わらないんですよ。冷蔵箱の中の温度は今より冷たくなると思いますけどね」

「なるほど……」


「もし冷やす側が、箱の中の温度によって冷やす強さを変えるような仕様になっているなら、話は早いんですけどね」

「ウチには保冷庫が二つあるから、実際に試してみるのが早そうね。片方だけその石で囲って、半日くらい置いておいてみてどっちが冷たいか見ればよいのでしょ?」

「はい。それですぐに分かると思います。まぁ、最悪ただ冷やし続けるだけだった場合でも、箱の大きさを変える方向でいく手もありますけどね。うまく行けば、一つ分の石で二つ分の量を冷やせるようになるかもしれません」

「ああ、なるほど! その手があるわね」

 目から鱗とばかりに、ニコレットがポンと手を打つ。


「もともと十分な大きさがある訳じゃ無いから、入れるモノを絞らないとダメだってギードも言ってたし、大きく出来るだけでも十分ね」

「エトさん、そういう訳なんで、この後厨房に行って冷蔵箱の大きさを測ってきてもらっても良いですか? 私は先に戻って、もう一つの切れ味が良くなるほうの準備を始めるので」

「分かった。キッチリ測ってくるわい」


「お願いします。あとニコレットさん。騎士団が使っている標準的な剣を何本か借りられないでしょうか?」

「切れ味向上の実験に使うのね。良いわ、何十本と貸すわけにはいかないけど、何本か予備があるからそれを使ってちょうだい。アンネ、武器庫に案内してあげてちょうだい!」

「分かりました!」

「ありがとうございます。すみませんが、そっちはヴィレムさんにお任せしても良いですか?」

「もちろん。お嬢様、お手数ですがご案内よろしくお願いします」


 そのままの流れでお茶会は終わり、各自がそれぞれ手分けをして実験の第二部の準備を進めていくのだった。

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