第39話 石??
報告会の翌日、早速勇達は、魔法具の試作・実験を開始した。
まず取り掛かったのは、設定したパラメータに応じて石を生み出すと思われる魔法陣からだ。
カスタムできる内容によっては、有用どころでは無い可能性がある。
「設定できる項目は何種類あるんじゃ?」
「見た感じ五種類ですね。それぞれに複数設定するモノもあるっぽいですが、種類で言ったら五つです」
「まぁいっぺんに弄ると訳が分からなくなるから、一つずつ試すしか無いだろうね」
「ひとまず書いてあるまんまで組んでみるか? どんな石が出てくるか、まずは知っといた方がよかろう?」
「そうしましょうか。サイズ感とかも全然分からないですし、外でやりましょう」
話し合いの結果、まずはデフォルトでどんなものが出来るのかを実験する事にする。
1時間ほどで試作機を組み上げると、三人で裏庭へ出て稼働実験を行ってみる。
「さて、どんなものが出てくるかの」
エトの表情はいつも通り興味津々だ。
そしてそれよりも興奮しているのがヴィレムだ。
「いやぁ、全く新作の魔法具の実験に立ち会うなんて初めてだからね。昨日は楽しみ過ぎて眠れなかったよ」
ヴィレムが興奮するのは無理もない。この世界のほとんどの人間にとって、新作魔法具の実験を見る機会など無いのだから。
「じゃーいきますねー」
興奮するヴィレムを尻目に、何の気負いもない勇が、そう言って試作機を起動させる。
いつも通り起動陣が光り、それが機能陣へと伝播していく。
土の魔石独特の黄色っぽい光が魔法陣に流れると、魔法陣から発生した粒子が魔法具の正面に集まっていった。
3秒ほどで1辺20センチくらいの光のキューブが出来たと思ったら光が消え、そこには同じサイズの黄土色のブロックが出来ていた。
それを計3回繰り返し、魔法具はその動きを止める。
勇たちの目の前には、縦に3個積み上げられた黄土色のブロックがあった。
「とりあえず3個出来るようじゃな」
「ですね。綺麗に積み上がってくれてよかったですね」
「しかも3個で良かったよ。これが何十個も出てきてたら、倒れて危なかったかも」
そんな話をしながら三人はブロックへと近づいていく。
ぱっと見はややザラつきのある目の粗いレンガのような質感だ。
「見た事無い感じの石じゃな……。随分スカスカな気がするが……、うおっ!!?」
一番上のブロックの表面を触り、そのまま掴んで持ち上げようとしたエトが、勢い余って後ろへひっくり返ってしまった。
「エトさんっ! 大丈夫ですか!?」
慌てて勇とヴィレムがエトへ駆け寄る。
「ててて……。ああ、大丈夫じゃ。しかしなんじゃこりゃ!? 異常に軽いぞ??」
エトは、もう一つブロックを拾い上げ両手に持つと、不思議そうな顔で交互にブロックを上げ下げしている。
「軽いんですか? うわっ、ホントだ!!!」
勇も残った一つを手に取り、その軽さに驚く。
「ヴィレムも、ほれっ!」
その様子を見ていたヴィレムに、エトがあろうことかブロックを放り投げた。
「うわわぁぁ~~~~~っっ!!!!!! えっ!??」
突然石を投げられて絶叫するヴィレムだが、思わずキャッチしてしまったブロックの軽さに驚愕する。
「あーーー、驚いた……。エトさん!!! 何するんですかっ!!!」
「はっはっはっは! すまんすまん。しかしどうじゃ、軽いじゃろ?」
「確かにこれは軽いですね……。と言うかこれ、本当に石なんでしょうか?? 軽すぎません? それにほら……、なんか脆くないですか??」
勇が呟きながらブロックの表面を爪でひっかくと、そこには爪痕がついていた。
「確かに石っぽくないの……」
「ええ。スカスカだしパンみたいですね」
エトとヴィレムも叩いたり引っ搔いたりしながら、石っぽくないと言う結論に賛同する。
「やっぱりそう思いますよね? んーーーー、でもこれ、どこかで見たような気がするんだよなぁ……」
その形状や質感が、どこか見覚えのあるものであることに気付いた勇が首を傾げて記憶の糸を辿る。
そして……
「あーーーっ!! ウレタンだ、ウレタンっ!! これ、ウレタンを作る魔法具なのか!?」
「うおっ!? なんじゃい突然。うれたん? これはうれたんと言うのか??」
突然叫んだ勇にビックリしながら、エトが聞きなれない単語に首を傾げる。
「ええ、おそらく。私のいた世界でウレタン、硬質ウレタンと呼ばれていたものに限りなく近い気がします。多分、こちらには無いものだと思います」
「うむ。少なくとも俺は見た事も聞いた事も無いの。ヴィレムはどうじゃ?」
「僕も初めてだね」
「やっぱりそうなんですね……。私の世界では、色々使われていたんですが……。ただ、私の知ってるウレタンだとしたら、石じゃないんですよね。あーー、いや、まてよ?? ウレタンって確か石油製品だったよな?? 石油は化石燃料って言われてるから、石のカテゴリーなのか? いや、そもそも見た目が似てるだけで、地球のウレタンと同じって決まった訳じゃ無いのか。そうすると……」
何事かブツブツと呟きながら考え込む勇を心配して声を掛けるエト。
「おい、イサム。大丈夫か?」
「あ、ああ、すいません。これは、私の知っているウレタンに似ていますけど、多分別物だと言う結論に達しました。こういう性質の石だ、とした方が辻褄があいますし」
「まぁ土の魔石じゃからな……。そのほうが自然と言えば自然じゃが」
「ええ。それにこれが何なのかを確認する術もありません。なので、ひとまずは”ウレタンっぽい何か”が出来た、という所で止めておきましょう。大事なのは、これがどう言う特徴を持ったモノで、有用なものなのかどうか、と言うことです」
「……。確かにの。分からんもんを考えとっても時間の無駄じゃな」
エトが苦笑しながらそう答える。
「はい。そしてウレタンと似た特徴を持っているのなら、色々な使い道があるはずです」
「ほう。こんな脆くてスカスカの石がか?? 俺には役に立つようには思えんのじゃがな……」
手にしたウレタン(仮)を玩びながら、エトが疑いの目を勇に向ける。
「確かに”石”として使うとなると、役に立たないでしょうね。もっと違った使い方をするんですよ、コイツは」
「石なのに石として使わないのかい?なんか、哲学的な話になって来てるね……」
「あはは、そんな大層な話じゃないですよ。それにまだ特性を調べられていないですから、どうなるか分かりませんし。その辺りはこの後検証するとして、ひとまず魔法陣の設定値を先に調べちゃいましょう!」
そう言って勇は、あらためて魔法陣のパラメータと思しき部分の検証にとりかかった。
「えーーと、この大きさのものが三つ出て来た、と言う事は……。ああ、ここが個数で、こっちが大きさっぽいな。後の三つはなんだ?? 一つは数字だけど、残る二つは何らかの単語っぽいけど意味が分からないなぁ」
勇の
それは言い換えると、魔法の発動に直接関わらないものは、意味を可視化することは出来ない。
例えば、強い炎を1時間出し続ける魔法陣があったとしよう。
この魔法陣に、そのまま「強い炎を1時間の間出し続ける」と記述してあった場合、そのまま全て把握する事が出来る。
しかし、「炎を生み出す。その内容は変数1、変数2の通り」と記述がしてあり、変数1に”強い”、変数2に”1時間”と言う値が入っていた場合はどうか?
その場合は、炎を生み出すことと、何らかのパラメータが2つある事までは分かっても、強くて1時間だと言うことまでは分からないのだ。
数字に関しては、これまで魔法陣の中には頻繁に出てきているので、今の勇であれば数字が入っている変数である事は分かるのだが、”強い”のほうは、その単語を知らないと何らかの言葉である事しか分からない。
ちなみに勇は、何故かこの世界で今使われている言語の読み書きが出来ている。召喚時の特典か何かだろうか。
しかしその翻訳機能も万能では無いらしく、魔法陣に書かれている現在使われていない言語には効き目がなかった。
同じように翻訳が利かない魔法語の呪文について意味が理解できているのは、魔法語の単語そのものが魔力に干渉して事象を引き起こすものであるためだろう。
魔法陣についても同じで、変数の中の単語は直接魔力に干渉しないため意味が理解できないのである。
少し例外なのが、最初に読んだ無駄な記述の多い起動陣だ。
あの起動陣は、それ自身の役目には不要な記述が多数記載されていた。
普通に考えると無駄な記述なので読めないはずなのだが、何故かあの記述は読む事が出来た。
仮説としては、記述そのものはちゃんと魔法の発動に関与する命令だったため、あの起動陣には不要でも読めた、とするのが妥当だろう。
もっとも、
話を戻す。
今回のケースは、五つあるパラメータはパラメータ1、パラメータ2……、と言うような形で可視化されているに過ぎない。
そしてその値も、数字であるものは数字として認識できるが、それ以外は意味が認識できない。
「……へぇ、大きさと数が変えられるんだ。ちょっと試してみないかい?」
「そうですね。ひとまず分かった所をいじって、色んな形のものが出来るか試してみますか。ある程度いっぺんに試したいので、この部分以外は見たまま描いて欲しいんですが、ヴィレムさんも描けますよね?」
「ああ。これでも研究者の端くれだからね」
「では、エトさんとヴィレムさんも2枚ずつお願いします」
そして2時間後、勇が書いたものと合わせて合計七つのパラメータ違いの試作品が出来上がった。
「よし。これで予測が正しければ、それぞれ違う動きをするはずです!」
「はっはっは、これまたたくさん作ったもんじゃな」
「このスピードで別の魔法具がどんどん出来上がっていくとは……。圧巻だね」
勇が設定したパラメーターは、次のように動く事を想定していた。
・さっきと同じものが5つ出来る
・さっきの半分の大きさのブロックが出来る
・さっきの2倍の大きさのブロックが出来る
・細長いものが出来る
・板状のものが出来る
・謎のパラメータを最初の1/2の数値にしたもの
・謎のパラメータを最初の2倍の数値にしたもの
「じゃあ、動かしてみましょうか」
手分けして、順番に魔法具を動かしていくと、最初の五つは、勇の想定通りの結果となった。
「さすがじゃのぅ、想定通りだわい」
「うまく行きましたね。さて、問題はこの謎だと言うパラメータですか……」
謎のパラメーターのみをいじったものは、遠目に見た感じ違いは分からない。
勇は手に取って違いを調べてみる。
「んんん? 手触りが微妙に違うな、これ……。ああ、そう言う事か!! 気泡の密度と言うか大きさを変えるパラメータなのか! と言う事はこれ、ただのウレタンってより発泡ウレタンみたいなのを作るヤツか?」
1/2の数値にしたものは、中に入っている気泡が細かくなっており、2倍にしたものは逆に大きくなっていた。
「おお、確かに。こっちの大きくなったヤツは更にスカスカで脆くなっとるのぅ……。もう一つは多少マシじゃが、ここまで脆いと素材としては使いづらいか??」
「ですね。あまり大きいと使いづらそうですね。でも、発泡ウレタンだったとしたら便利ですよ?」
「ホントか!? 建物の壁には軽すぎるし、石畳にしようにも脆すぎるが……。何に使うんじゃ??」
「あ、建物の壁、ってのは良い線ですよ? まぁこれを直接壁にするのは脆すぎてダメですけど……。多分これ、断熱材になると思うんですよね」
「だんねつざい??」
「はい。板状のこれを冷蔵箱に貼れば、今よりかなり長持ちするようになるはずです」
冷蔵箱は、その名の通りモノを冷やしておく魔法具だ。
氷の魔石から出る冷気で箱の中を冷やしているので、現代の冷蔵庫と仕組み自体は変わらない。
しかしその外装は、木と金属で出来ているため、現代の冷蔵庫程の性能は無い。
木も熱伝導率が低く、自然素材の中では比較的断熱効果が高い素材と言える。
ただ比較対象が発泡ウレタンとなると、流石に相手が悪い。
現代でも幅広く断熱材として使われているだけあって、断熱性能は文字通り桁が一つ違う。
もっとも、この比較は伝導と対流による熱の伝わりについてがほとんどで、残りの輻射についてはまた別の話なのだが、輻射率自体はウレタンも木材もさほど違いが無いため割愛する。
閑話休題。
ひとまずこの魔法具で出来るのは発泡ウレタンであると仮定し、勇達は簡単な断熱性能実験をすることにした。
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