第37話 新たな魔法陣(1)

 解読作業中の勇は、以前初めて読める魔法陣の解読をした時と同じ状態になっていた。

 いや、解読する量や内容の幅が増えた分、むしろより酷くなったと言うのが正しいだろう。


 食事時間以外は研究室に引きこもりっぱなしになるのはもちろん、食事の時も自分のメモを片手に自分の世界に入り、ほぼ完全に会話が消えた。

 前回の状況を経験した領主親子は、この状態の勇に何を言っても無駄だと知っていたので、苦笑しながらも生暖かく見守り続けていた。


 そして今朝、これまた前回と同じく晴れやかな表情で勇が食卓に現れた。

 素早く状況を察したアンネマリーが、勇へ語り掛ける。


「イサムさん、おはようございます。魔法陣の解読が終わったんですね?」

「おはようございます、アンネマリーさん。ええ、ようやく一通り解読が終わりましたよ。あれ? でも何で分かったんですか? まだ何も言ってないですよね??」

 没頭している時の自身の状態を認識していないため、不思議そうに聞き返す勇。


「あきれたわね……。まさか無意識だったとは……」

「ふふふ、そこがイサムさんらしいと言えばらしいですけどね」

 勇のリアクションにニコレットが呆れてため息をつくが、アンネマリーは気にしていないとばかりに微笑む。


「全く、あんたはイサムさんに甘いんだから……。まぁいいわ。それで、今回の魔法陣はどうだったの?」

 娘の対応に再度ため息をついたニコレットだったが、気を取り直すと会話を不思議そうに聞いていた勇へ問いかけた。


「そうですね。中々興味深い事がいくつか分かったんですが……。数が多いので、食事が終わったら報告会をさせてもらって良いですか? ちょっと食事のついでに話せるような分量では無いので……」

「あら、そうなのね。分かったわ。じゃあ食事が終わったら、研究所へ行きましょうか」

「お手数ですが、よろしくお願いします」


 気もそぞろに朝食を終えた一同は、食休みの後研究所へ集合していた。


「では、今回の解読結果を報告します。まず、今回読めた魔法陣の数は16。複数の属性に跨っていました。その中に、ほぼ魔法具として再現できそうなものは三つ。ある程度使えそうなものが四つありました。それ以外の九つは、一部だけ読めたり、用途自体が不明なものでした」


「いやはや、三つもすぐに魔法具になりそうだと言う時点ですでに驚愕なんだが……。その上使えそうなものがさらに四つもあると言うのは、もはや驚きを超えて感情が追い付かないな……」

 勇からの第一声を聞いて、セルファースがお手上げとばかりに両手を上げて苦笑する。


「保存状態が良いものが多かったので運が良かったですよ。この辺はヴィレムさんのおかげですね。ありがとうございます」

「はっはっは、少しでもお役に立てたのなら嬉しい限りだね」

 礼を言う勇にヴィレムがウィンクして答える。


「最初に属性の内訳をお話ししようと思いますが……。ひょっとしたら、これまでで最大の発見と言うか新事実が発覚したかもしれません」

 のっけから爆弾発言をする勇。


「……。わざわざイサムさんがそう言うって事は、相当ね」

「そうですね…機能陣を読めた時点で私達には驚愕の新事実だったわけですが……。それを平然とやってのけたイサムさんがわざわざ前置きするような事ですからね……」

 それ聞いた母娘が、表情を引きつらせながらそう言う。


「今回読めたものは、火が3、水も3、氷が2、土が一番多くて4、風が1でした。そして、複数の属性を組み合わせていたものが二つ、それぞれ火と風、土と雷です」

「「「「「複数属性っ!!???」」」」」

 セルファース、ニコレット、アンネマリー、エト、ヴィレム全員の声が見事に重なる。


「はい。これまで見てきた魔法具にも、いくつか複数属性の魔石を使ったものがありましたが、その作り方が少し分かりました」

 何でもない事のように言ってのける勇。

「……。参ったね、これは。まさか複数属性の魔法具解読の糸口を掴んだなんてね」


 セルファースが驚くのも無理はない。

 現在再現・登録されている魔法具の種類は、大小や外観の違いを無視すると100種類に満たない。

 その中で、複数の属性を組み合わせて作られている魔法具は10に満たない。それだけ珍しいものなのだ。

 そんな複数属性の魔法具の作り方が分かるかもしれないのだ。確かに驚きの事実だろう。

 他の四人もセルファースの言葉にコクコクと頷いている。


 しかし当の勇は、そんな一同のリアクションに首を傾げてこう言い放った。

「あれ? 複数属性ってそんなに驚く事だったんですか? 当然出てくるだろうなぁ、と思ってたんですが……。まぁ確かに数は少ないですけど…」


 なおも「あれ? おかしいなぁ」と呟きながら首を傾げている。

 その台詞を聞いた一同は完全にフリーズしてしまっていたが、最初に我に返ったニコレットが、半ば叫ぶように勇へ問いかけた。


「ちょっと待って!!! 複数属性は当然って今言ったわよね!?? ……じゃあ、イサムさんの言う驚愕の事実っていったい何なの!??」

「いや、一つだけイマイチ何の属性か分からない魔法陣があったんですよ。で、詳しくそれを解読していったんですけど、どうやらそれ、”闇属性”の魔法陣っぽいんですよねぇ。いやぁ流石にビックリしましたよ。闇の魔石があるとは聞いて無かったんで、その可能性を完全に度外視して解読してました。それでかなり時間食っちゃった感じなんですよ」

 はっはっは、と笑いながら勇が話した内容に、水を打ったように静寂が広がる。


「あれ? ひょっとして闇の魔石ってもうあったりしますか? ありゃあ、私一人で盛り上がってすいません……。恥ずかしいなぁ、もう……」

 それを白けていると思ったのか、勇が恥ずかしそうに謝る。

 その後も長い沈黙が続いたが、またしても最初に反応したのはニコレットだった。


「……ん……って?」

「はい??」

「なんですってーーーーっ!!!????」

「うわわぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!??」

 ニコレットが何を呟いたのか聞き取れなかった勇が、思わず耳を近付けた所に、丁度ニコレットが叫び声をあげたため、驚いた勇もまた絶叫するのだった。


「や、闇の魔石ですってぇっ!!??」

 なおもニコレットのテンションは高い。

「は、はい。闇の魔力を使う事を前提にした書き方がしてあったので、ほぼ間違いないと思いますよ。と言うか、そんなに驚いていると言う事はやっぱり……?」

「はい。イサムさんの仰っていた通り、闇の魔石は確認されていません」

 ニコレットと勇の叫び声で我に返っていたアンネマリーが首肯する。


「いやーー、複合属性で驚いていた少し前の自分を殴りたいね……。まさか新しい種類の魔石がある事が判明するとは……」

 魔法具が旧世界の遺跡から発掘され、それを動かすのに魔石が必要だと分かったのが何百年も前。

 すぐに国中で魔石の発掘が行われ、程なく火、水、風、土、雷、氷、光の魔石鉱脈が、各地で発見された。


 その後、しばらく置いて無属性の魔石がここクラウフェンダムで発見されたが、その後新しい魔石の鉱脈も、新しい魔石で動く魔法具も見つかっていない。

 もはや魔石は7属性だというのが当たり前になって久しいが、それを覆すような大発見なのだ。


「確かに大発見だと私も思ってます。でも、どういう効果があるかも分からないですし、闇の魔石の実物も無いので、実用的には特に何も影響が無いんですよねぇ……。学術的にはとんでもないことになると思いますけど」

「まぁ確かにそうなんだけどね……」

 ここへきて、ニコレットもようやく落ち着きを取り戻す。


「なので、闇の魔石については、また別の魔法陣が見つかるか、魔石自体が見つかるまでは、保留にしようと思います。現状、使えないものに時間を割いているような余裕も無いので……」

「分かった。闇の魔石の件はこの場にいる者だけの心にひとまずしまっておく事にしよう。皆も良いね?」

 セルファースの確認に全員が頷く。


「では、次にすぐにでも魔法具が作れそうな3点について、少し詳しくお話ししますね」

 皆が頷いたのを確認した勇は、最も現状への影響が大きいであろう新たな魔法具に繋がる魔法陣についての話を始めた。

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