第36話 魔法陣の山

 翌朝、寝不足で危うく寝坊しそうになった勇は、慌てて朝食会場であるダイニングへと向かった。

 もちろん、昨夜完成させたばかりの魔法コンロI型を持ってである。


「おはようございます! すいません、遅くなって……」

「ふふふ、おはようイサムさん。大丈夫よ、アンネもつい今来たところだし。昨日は遅くまで、二人で何をやっていたのかしら?」

 くすくす笑いながら、ニコレットがアンネマリーをからかう。


「もうっ! お母様っ!! 別にやましい事は何もしていません!! それに二人ではなく、エトさんも一緒でした!!!」

 それを真に受けたアンネマリーが、真っ赤になって反論する。

「あら? 私は別にやましい事をしていたなんて、一言も言って無いわよ??」

 ニコレットが尚も揚げ足を取ってからかう。

 そんなやり取りを、今日から朝食に参加するようになったセルファースと勇が苦笑しながら眺めていた。


「はぁ、しばらく来ないうちに、随分と朝食もにぎやかになったもんだねぇ」

 やり取りを止めるでもなく、お茶を飲みながらセルファースが静かに零す。

「あー、なんかすいません……。と言うか、アレは止めなくて良いんですか??」

「ああ、かまわないよ。活気があって良いじゃないか。それに、そろそろニコが飽きる頃じゃないかな」

 と言うセルファースの目論見通り、アンネマリーをからかうのに飽きたニコレットが、話を勇に振って来た。


「で、イサムさんが持ってきたのが、その愛の結晶って事で良いのね?」

「ちょ、お母様ッ!!!!!!」

 否、全く飽きてはいなかったようだ。

「愛かどうかはひとまず置いといて、苦労の結晶であることは間違いないですね。でも、そのおかげで良いものが出来たと思います」

 残念ながらアンネマリー程純情ではない勇は、ニコレットの言葉を受け流しつつ返答する。


「あら、イサムさんがそこまで言うなんてね……。見せてもらって良いかしら?」

「もちろんです。そのために持って来たんですから」

 そう言って勇は、机の真ん中あたりに魔法コンロI型を置いた。


「へぇ、良いじゃない。言っていた通り、今までにないデザインだけど確かに高級感があるわ」

「うん。全体が黒い魔法具は、ほとんど見たこと無いけど、重量感があって良いものだね。角が微妙に丸くなっているのも、細部まで丁寧に作ってある感じがして好感が持てる」

 黒モノ家電風デザインは、ニコレットにもセルファースにも好評のようだ。

「まぁ私はこのオリヒメちゃんのマークが付いてるだけで欲しくなっちゃうんだけどね」

 ニコレットには、ロゴマーク&社名も好評だ。


「では、このデザインで量産に向けて最終調整します」

「そうね。あと、素材を集める必要があるから、冒険者ギルドに依頼を出しておくわ。初期生産分を集めるのに2週間くらいはかかると思うわ。それに今後もこのデザインを踏襲するって話だから、多めに確保しておかないとね……。多分すぐに真似する輩が出てくるから、貯められるだけ貯めておいたほうが良いし。まぁ、まだ届け出もしていないし、量産開始までにはどちらにせよ少し間が開くと思うけど」


「分かりました。今日からヴィレムさんが魔法陣を持って来てくれると思うので、しばらくはそっちの解読に注力しますね」

「ふふ、楽しみね。次はどんな魔法陣が見つかる事やら」

「ええ、私もワクワクしてます」


 領主から量産OKの許可をもらった事で、魔法コンロについては一旦勇の手を離れることになる。

 ここからは、筐体を作る工房が中心となって量産に向けた設計図の作成や細部の微調整などを行い、量産試作品が作られる。

 それを最終チェックし、いよいよ量産へと入るのだ。



 午前の旧魔法訓練を終え、昼食を食べた勇が研究所に戻ってくると、ちょうどヴィレム達が魔法陣を運び込んでいる所だった。

「あ、ヴィレムさんいらっしゃい!」

「やあイサムさん、遅くなって悪いね。いざ整理し始めると予想外に時間がかかってね……」

「まぁこの量ですもんね……」

 そう呟く勇の目の前を、荷物運びを命じられた兵士たちが、大きな木箱を抱えて馬車と研究所をひっきりなしに行き来している。


 当初の予定では、昨日のうちに第一弾を運ぶ予定だったのだが、数が多く整理しきれなかったため今日に延期となっていた。

「とりあえず今日は、ハチの巣シリーズとそれに近いモノを中心に持って来たよ」

「ありがとうございます!」

 ハチの巣シリーズは、すでに4枚読める魔法陣が見つかっている実績十分の魔法陣だ。

 まずはあるだけのハチの巣シリーズを持って来てもらうようお願いしていたのだった。


「似たものも合わせると大体300枚くらいあるからね。まずはざっと目を通すのが良いんじゃないかな?」

「そうですね。運び終わったら、早速目を通してみます!」

 山のように積まれていく魔法陣の入った木箱を前に、自然と勇の口角が上がっていった。


「ハッキリとハチの巣シリーズと言い切れるのは、この50枚くらいだね。他は似てはいるけど少し雰囲気が違ったり、部分的によく似た箇所がある類のものになる」

 ヴィレムによると、ハッキリとしたハチの巣シリーズは、非常に数が少ないそうだ。

 部分的に似たものまで入れればそこそこの数になるが、そうでは無いものとなると膨大な魔法陣を所持しているヴィレムでも50枚程度になってしまう。


「そうだったんですね……。そうなると、あの露店でたまたま見せてもらえたのは、ホントに運が良かったんだなぁ……」

「まぁ、他の魔法陣が読めないと決まった訳では無いけど、大きいサイズの中に読めるのが混ざってたのは、確かに運が良かったかもね」

 そんな話をしながら、まずは期待度の高いハチの巣シリーズに目を通し始めた。


「お、これは読めるな。えーーっと、水系か?? ちょっと擦れてて分かりづらいな……」

 ハチの巣シリーズに目を通し始めて1時間。20枚程の魔法陣の一次確認が終わっていた。

 その内、読めたものは8枚と、丁度4割の打率だった。

 このままの打率でいけば、20枚程読める魔法陣が見つかる計算になる。


「ふむ。こっちは読めるのにこっちは読めない、と……。ぱっと見の雰囲気はほとんど同じなのに、この差はどこからくるんだ??」

 勇の横では、読める/読めないで分別された魔法陣を見比べて、ヴィレムがうんうん唸っていた。


 確かに”絵”として見ると、読めるものと読めないものの雰囲気は酷似していて、差があるようには見えないのだ。唸るのも仕方が無い。

 もっとも、これまで何百年と研究されているのに解読できていないのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが……。


 それからさらに2時間かけて、49枚あったハチの巣シリーズの検分が終わった。

 結果、16枚の読める魔法陣が見つかった。打率で言えば3割3分なので、首位打者が狙える十分な率である。


「最初の確率が良すぎたせいで3割だと少なく見えるけど、これまで全く分からなかった事を考えると十分すぎるか」

「うむ。16枚”も”読めるものがあったと言うのは、とんでもない事じゃぞ?」

「ですよね!」

「いやぁ、あらためてとんでもないね、イサムさんは……。ちなみに、どんな魔法陣だったんだい?」

「今回は割と多岐にわたってますね。まだ読み込んでいないので詳しい効果は分からないですが、五つ以上の属性があると思います。あと、ぱっと見でそのまま使えそうなのが三つくらいありますね。火が一つと土が二つかな?? それ以外は、部分的に残っている感じですね」

 読める/読めないを切り分けるのを最優先にしたため内容については斜め読みだが、状態が良いものがいくつかあったのは幸運だろう。


「まだ確認していない魔法陣もありますけど、ひとまず今回読めると分かったものの解読を優先させるつもりですが、問題無いですかね?」

「そうじゃな。今回は色んな属性があると言う話だし、何が出来るようになりそうかまとめたほうが良さそうじゃの」

「うん、あまり一気に手を広げすぎても仕方ないしね。足元を固めながら行くのが良さそうだね」

「ありがとうございます。では明日から早速解読に入りますね。エトさんは魔法コンロの量産に向けた調整を引き続きお願いするとして、ヴィレムさんはどうします?」

「僕は読めたものと読めないものの違いを研究しつつ、手持ちの魔法陣の整理をするよ。あと、最近遺跡探索をしてなかったから、ちょっと情報収集を始めるつもり」

「分かりました。では、しばらくはその方向でいきましょう。何かあれば教えてください!」

「了解じゃ」「わかった」


 ヴィレムが加わった新生魔法アルゴリズム研究所は、こうして新たな門出を迎えた。

 そして十日後。

 勇の魔法陣解読作業と、エトの量産設計が完了するのだった。

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