第32話 自分の為 x 魔法具 = 風呂
関係者が引き上げた研究所で、早速勇は魔法コンロの外装検討を始めて……はいなかった。
エトに頼んで、銅で出来た金属棒を何本か作ってもらっているようだ。
そして勇本人はと言うと、研究所の裏で、木の板を組み合わせて底面が1m弱x50cm強、高さ50cmほどの箱を作っていた。
「うん、こんなもんかな。テストだし充分でしょ」
少々いびつだが、隙間が無いようにしっかり組み合わせて釘を打ったそれを前に、腕組みをして頷いていると、裏口の扉からエトが出て来た。
「イサムよ、これでいいのか?」
エトが見せてきたのは、直径3センチ、長辺が60センチ、短辺が20センチのL字型の銅の棒の短辺の端を、魔法コンロの銅板に接続したものだった。
「はい、ばっちりです!! じゃあそれを魔法陣に取り付けるので、ちょっと手伝ってください」
OKを出した勇は、木箱の脇に縦に設置した魔法陣の
魔法コンロとほぼ同じ魔法陣だが、高さが70cmほどあるのと、
銅板からはL字型の棒が出ているので、木箱の中に棒の長辺が入っている形になった。
「ふふふ、完璧だ……」
出来上がりを見てほくそ笑む勇。
「完璧は良いんじゃが、何だこれは? 最高にリラックスできる至高の魔法具、じゃったか?? とてもそうは見えんぞ……?」
何を作っているか分からないエトの頭上に、いくつもの?マークが浮かんでいるのが見える。
「ふっふっふ、絶対気に入ると思いますから、もうちょっと待ってくださいね。今から稼働させるので」
ニヤリと笑った勇は、木箱に向けて手を伸ばす。
『水よ、無より出でて我が手に集わん
呪文を唱えると、たちまち直径50cmほどの水の玉が現れる。
勇が魔法を解除すると、ばしゃりと木箱に水が溜まる。
それを3回ほど繰り返すと、箱の7分目くらいまで水が溜まった。
「ふー、魔法を覚えておいてよかった。この量を水汲みしてたら死んじゃうからな……」
水が溜まった箱を見て勇は満足げだ。
「水なんぞ溜めてどうするんじゃ?」
エトはますます意味が分からず、頭上の?マークが増えていく。
「よし、じゃあ稼働させるか。時間短縮のため4倍量で作ってみたけど、果たしてどの程度で温まるやら……。等倍だと1リットル強の水が1分ちょっとで沸騰したから、純粋に熱量が4倍なら15分くらいで適温になる計算だけど……」
独り言ちながら、魔法具を起動させる。
そう、勇が作っていたのは風呂を沸かすためのヒーターだった。
底を銅板にして、いわゆる五右衛門風呂方式で作るのが最も効率が良いのだが、場所が固定されるのは実験機としてはいただけない。
なので、多少の効率には目を瞑り、持ち運べる投げ込み式に近い形状にしたのだった。
果たして待つこと15分。湯船から湯気が立ち上ってくる。
「おおおっ!? よしよし、計算通りかっ!?」
テンション高く湯加減を確かめてみる。
「まだ少し温いな。あと数分ってとこだな。ふっふっふ、この時間で沸くなら十分実用的だぞ。追い炊きも出来そうだ!」
湯加減を見ながら、勇のテンションはどんどん上がっていく。
この国に風呂が無い事を知って絶望した勇は、いつか必ず風呂を沸かす魔法具を作ると心に決めていたのだ。
それがようやくかなうのだ。テンションも上がるというモノだ。
対して、目の前のそれが何をするものか分からないエトのテンションは上がらない。
「なぁ、イサムよ。どう見てもただ湯を沸かしてるようにしか見えんのじゃが、俺が間違っているのか??」
ただ大量に湯を沸かしているようにしか見えないため、むしろテンションが下がっている。
「ええ。ただ湯を沸かしているだけです。ですが、そのただの湯が持つ驚異の力を、すぐに嫌と言うほど味わう事になりますよ? と言う事で、私はもう我慢できないので、お先に失礼します!!!」
言うが早いか、勇は服をすべて脱ぎ棄て浴槽へと飛び込んだ。
「くぅぅぅぅぅ…あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーっっふぅぅぅぅぅ…………」
そしてすべてを吐き出すようなため息が、その口から洩れた。
「はぁぁぁぁっ、最高だ……溶ける……」
バシャリとお湯を掬い何度か顔を洗う。
やや小ぶりの浴槽なので、ゆったりとまでは言わないが、ある程度足を伸ばすことも出来て十分リラックスできる。
「ふぃぃぃ。おっと、一旦切っておかないとな」
魔法具を稼働させたままだとずっと追い炊き状態になってしまうため、魔法具を止める。
魔力の供給を止めると、熱せられていた物体からも完全に熱が無くなってしまうのだ。
どう言う原理なのか全く分からないが、火力調整が容易なので非常に便利な仕様だった。
もし余熱があったら、こうして止めても余熱で風呂の温度はしばらく上昇してしまうため、使い勝手が悪くなるところだ。
ようやく落ち着いてきた勇がふと横を見ると、勇が飛び込んだ水しぶきを浴びて呆然としたままのエトがいた。
「あーーーーー、すいませんエトさん……ちょっとテンション上げ過ぎました」
勇のその言葉で、ようやくエトのフリーズも解ける。
「……一体お主は何をやっておるんじゃ? 俺にはただ湯に入っているだけにしか見えんが……?」
勇があまりにも予想外の行動をとったため、エトは怒るでもなく質問する。
「これは“風呂”と言って、私のいた世界の施設です。リラックス効果はもちろん、健康にも良いし清潔さも保てる至高の文化なんです。ああ、もう少し温まったら代わりますから、少々お待ちください」
「……。うーーーーーん、お前さんを疑う事はしたくないが、ただ湯に浸かっとるだけじゃろ?? どう考えても、至高の文化とは思えんのだが……」
首を傾げるエト。
それから5分ほど、久々の入浴を楽しんだ勇は、風呂から上がると用意していた手拭いで身体を拭き着替える。
「うーーん、バスタオルと浴衣も欲しいな。この辺りはまたアンネマリーさんに相談だな。おっと、お待たせしました。少々水を入れ替えるので、もう少し待ってくださいね」
そう言いながら、側面に嵌めてあった木の栓を取り、お湯を抜いていく。
1/3ほど抜いたところで再び栓をし、魔法で水を補うと再び魔法具を起動させる。
「5分くらいで適温になると思いますので、もう少し待ってください」
「うーーーん、別に俺は入らなくても良いんじゃがなぁ……」
尚もテンションの上がらないエトを尻目に、勇は湯加減をこまめに確認していく。
そして風呂初心者のエトの為に、やや温めの温度で魔法具を止めた。
「さぁ、準備出来ました! 私は熱めのほうが好きなんですが、初心者にはちょっと厳しいと思うので、少し温めにしてあります。あ、湯量も少し減らしているので溺れることも無いかと。とっとと服を脱いで何も考えず浸かってください!!」
「まぁそこまで言うなら……、せっかく準備してくれたんだしな」
ローテンションで服を脱ぎ、恐る恐る片足を付けるエト。
「ふむ……、確かに熱くはないな。では……」
熱くない事を確認すると、いよいよ全身を湯船に沈めた。
そして……
「くっはぁぁぁぁぁぁっ……!! う゛ーーーーーーーーーむ」
盛大にため息を吐くと、そのまま顎までお湯に浸かってしまう。
ノームであるエトは身体が小さいため、しっかり足を伸ばして入ることが出来るのだが、すでに両手両足を投げ出していた。
斜め上を向いたままのその顔は、まさに恍惚の表情だ。
「どうです? エトさん。ただのお湯に浸かった感想は??」
笑いをかみ殺しながら、勇が呆けているエトに質問する。
「……あ゛あ?? あぁ、お前さんの言う通りだった。これは確かに至高じゃわいひゅぅぅぅ。とんでもないモノを作りおったなはふぅぅぅ……」
言葉が怪しくなっているが、気に入ったことは間違いないようだ。
今ここに、異世界最初の風呂好きが爆誕した瞬間である。
「そうでしょうそうでしょう。エトさんなら分かってくれると思っていましたよ。作った甲斐があったというものです」
満足げに頷く勇。
「うむ……最高じゃ。お前さんを疑っていた、少し前の俺をどやしつけたいくらいじゃわい」
ゆったりとエトが湯船につかっていると、研究所の方から声が聞こえてきた。
「…さ、…ん! …さむ、…ん!」
「ん? 誰か呼んでおらんか?」
「確かに何か聞こえたような……」
耳を澄ませる二人。
「イサムさーーん! どちらですかーーー? あら、裏口が開いていますね……こちらですか?」
その声を聴いた瞬間勇の顔が青ざめる。
「しまった! 入口も裏口も開いたままだった!!!」
「何っ!?」
「ちょっと行ってきます! エトさんは急いで着替えを……」
「あ、イサムさん! やっぱりこちらにいたんです……ね……?? ……キャーーーーーーーーーッッッ!!!!」
慌てて対応に向かおうとするも時すでに遅し。
運悪く裏口が開いていたため裏庭に出てしまったアンネマリー。
はたしてそこには、素っ裸のエトがいた。
そして、アンネマリーの絶叫が、辺りに響き渡るのだった。
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