第31話 商品化に向けて

「お待たせしました。あまり時間をかけずに、魔法コンロの使用感やポテンシャルを把握できる料理をご用意しました。まずはご賞味ください」

 配膳を終えたギードは、自身も食卓に着きながら皆に料理を勧める。


「うん。見た目は普段のものと全く変わらないね。とても美味しそうだ。では、いただこう」

 セルファースの合図で、皆が一斉に料理を食べ始める。

 まずは皆スープに手を伸ばした。


「いつものスープと同じく非常に美味しいですね」

「そうね。違いは全く無いんじゃないかしら」

 スヴェンの感想にニコレットが同意する。

「はい。スープに関しては、基本熱を加えるだけですので、全く問題ありませんでした」

 ギードも全く問題無いと判断しているようだ。


「オムレツもふわっとしていて美味しいです!」

 アンネマリーがオムレツを食べて笑顔を覗かせる。


「ありがとうございます。オムレツは火加減が非常に重要なので、最初は焼きすぎたり加熱が足りなかったりとばらつきましたが、何度か試してコツを掴みました。竈のように毎回微妙に火力が変わることも無いので、コツさえ掴めばこちらの方が上手く調理出来ますね」

 制作者の力量と道具の性能差が顕著に出るオムレツも、特に問題が無いようだ。


「野菜のソテーも美味いぞ。まぁ俺は普段の味を知らんから、比べることは出来んが……」

 ベーコンの入ったソテーとパンを交互に食べながらエトがそう言う。

「こちらも問題ありませんね。今回は時間の都合で火の通りの良いエピナル草をメインで使いましたが、他の野菜でも大丈夫だと思います」


 炒め物については、少々勇は危惧していたのだが特に問題は無いようだ。

 と言うのも、魔法コンロでは中華鍋を使った料理のように、超高火力で鍋振りをしながら一気に炒めるような事は出来ない。

 しかしこちらには、丸底のフライパンも無く、そういう料理や調理方法は無いため、問題にはならなかったようだ。

 いつか中華鍋とそれを使いこなせる魔法コンロも作ろうと、勇は密かに決心するのだった。


 一通りの試食を終え、調理に問題無しとの評価を得られたことで、場の空気も非常に明るい。

「いやはやイサム殿には驚かされっぱなしだね……。機能陣の解読が出来たと報告があって10日も経たぬ間に魔法具を作ってしまうなんて。しかも試作品の段階でこの完成度だ。もはや言葉も無いよ」

 食後のお茶を飲みながら、セルファースが勇を称える。


「いやぁ、今回はたまたま状態の良い魔法陣が手に入ったのと、それと相性の良い魔法陣を同時に入手できましたからね。運が良かっただけですよ」

「たまたまで魔法具は作れないから、もっと誇って良いと思うよ? まぁ、そこがイサム殿らしいと言えばらしいんだけどね……」

 相変わらずの勇の自己評価の低さにセルファースが苦笑する。


「さて、後はこの魔法具をどうするか、だね。私は商品化してしまっても良いと思うのだが、実際に使ってみてギードはどう思う?」

「非常に便利で画期的な魔法具だと思いますが、ひとつだけ確認させてください。イサム様、この魔法具は炎の魔石が必要だと思うのですが、魔石をいくつ使って、どれくらいの時間使えるのでしょうか?」

 ギードの質問はもっともだろう。いくら便利なものでもメンテが手間だったり、ランニングコストが嵩むのであれば使い物にならない。


「使う魔石は一つですね。この火力のものであれば、起動しっぱなしで丸四日は稼働することを確認しています」

「魔石一つでまる四日ですか!? 凄いですね……」

「ちなみにギードさん、お屋敷では毎日どれくらいの時間竈を使っていますか?」

「日によって異なりますが……。朝と昼は1鐘から2鐘、夜が2鐘から3鐘くらいでしょうか」

 1鐘はこの世界で良く使われる時間の単位で、およそ60分だ。1日合計で4~7鐘という事は、4~7時間という計算になる。


「なるほど。であれば、魔石1つで最低でも十日は交換せずに使えると思います。竈と違って、火を消してもまたすぐ加熱できるので、使わない時にちゃんと消せば、実際はその1.5倍くらいは使えると思いますが」

「最低十日!?それだけ使えれば交換の手間も問題無いですね。実は、魔法竈という火の魔石で動く魔法具があるにはあるんです。形は普通の竈と変わらなくて、魔力で炎を起こす魔法具で、普通の竈と同じように使えるので便利なんですが、普及はしていません」

「へぇ、似た魔法具がすでにあったんですね。便利そうなんですがなぜ普及していないんでしょうか? 高いんですかね?」

 聞いた限りであれば、魔法コンロのようにクセも無いので普及しても良さそうなものだ。


「本体が高い、というのも確かにあって、庶民に広まらないのはそちらが主な理由ですね。でも、貴族に対してもあまり広まらないのは、とにかく魔石の消費量が多すぎて、手間とお金がもの凄くかかるんです。だから、王族かよほどの上位貴族、もしくは火の魔石の産地くらいでしか使われていません」


「あーー、なるほど……。ちなみにどれくらい魔石を使うんでしょうか?」

「私も聞いた話ですが、中サイズの魔石を一日、二日で使い切るそうです」

「エトさん、中サイズの魔石って幾らくらいなんですか?」

「中サイズか? だいたい1,000ルインくらいだったと思うぞ」

「うわぁ、二日に1個だったとしても月に15,000ですか……。それは確かに普及しないでしょうね……」


 15,000ルインは日本円で150万円相当だ。流石に毎月その金額を垂れ流すわけにはいかないだろう。

 発見された状態のまま使うしか無い魔法具の分かりやすい課題だ。


「しかし類似品がそういう代物なら、より魔法コンロの利点が目立つのでありがたいですね。ちなみに、竈では毎日どれくらい薪を使ってるんですか? あと、薪の価格は幾らくらいなんでしょう?」


「ウチの厨房には3台の竈がありますが、薪の束を一日に5束、月に150束ほど使っています。薪1束は8ルイン程度ですね」

「なるほど。そうなると薪代で月に……1,200ルインくらい使っている計算になりますね。仮にそれを魔法コンロに置き換えた場合、十日に1つ魔石を使うとして竈1台につき月に3つ。3台だと9個の魔石が必要ですが……。エトさん、魔法コンロに使っている魔石の値段って幾らくらいなんですか?」


「コイツに使ってるのは小サイズの魔石だから、100から120ルインってとこだな」

「120ルインだったとして9個で1,080ルインなので、運用にかかる費用は同じくらいになりますね。火力の調整機能を付ければ、もう少し消費量が抑えられるはずなので、普通の竈に対しても価格勝負で負けないと思います」

 諸々の数値を使って勇がざっくりとした試算を行うと、全員がポカンとした表情で見ていた。


「あ、あれ?? 計算間違えましたっけ???」

 それに気付いた勇が慌てて再計算をし始めると、我に返ったスヴェンが慌てて訂正する。


「いえいえいえ、そうではありません。イサム殿の計算が早くて驚いてしまいました……」

「ほんとに驚いたわね……。王城の会計担当とか大商会の会計担当とか、普段から計算ばかりしている人並みじゃないの?」

 ニコレットも驚いた表情でそう零す。

 それほど算術が発展していないこちらの基準だと、そこそことは言え理系出身である勇の計算能力は、特筆すべき事のようだ。


「じゃあ、魔法コンロは、準備が整い次第量産に入ろうか。イサム殿、あらためて量産に向けた調整をお願いしたいんだけど、どれくらいの期間が必要かな?」

「そうですね……、火力調整機能はいつ出来るか分からないので見送るとして……。強火力、中火力、弱火力の3種類に分ける方向で良いですか? それであれば、もう出来ているので、後は外装の調整時間だけで大丈夫ですよ」


「3種類出すというのも、とんでもない話なんだがね、普通は……。じゃあ、ひとまず今月いっぱい、エトとギードと一緒に外装の仕上げを頼んだよ」

「分かりました。あ、可能ならアンネマリーさんにも参加してもらって良いですかね?」

「え!? 私もですか!!?」

 急に話を振られて慌てるアンネマリー。


「はい。こうした日常使いする製品は、女性の目線も入れたほうが良い事が多いんですよ。それと……、私とエトさんは言うに及ばず、ギードさんも職人肌ですからね。我々だけで作ると暴走した時に止める人がいないので、そのあたりの調整もお願いしたいんですよね……」

 バツが悪そうにそうお願いする勇。それを聞いたアンネマリーは、つい吹き出してしまう。


「ふ、ふふふっ、分かりました。ふふっ、確かにお三方だと暴走してしまうかもしれませんものね」

「じゃあ四人で頼むよ。皆もそれで良いかい?」

 当主の最終確認に、全員が間髪入れずに頷く。


「他に何か質問は無いかい?」

「あ、すいません、ひとつ良いですか?」

「ああ、もちろんだイサム殿」

「魔法コンロの元になった魔法陣は、どういう経緯で作った事にしますか?? 商品化する場合には、登録が必要なんですよね? 私の能力スキルだと言っても良いかもしれないですが、言っちゃって大丈夫ですかね?」


「っ!? 確かにそれがあったね……」

「そうね。浮かれてて忘れてたわ。でも、イサムさんの言う通り、まだ能力スキルについての口外は避けたいわね……」

 勇の質問に、当主夫妻がはっとした表情をしたのち考え始める。


「それでしたら、ヴィレムを召し上げませんか? 当家が魔法陣研究部門を立上げ彼と専属契約し、遺跡への魔法陣調査を依頼した。持ち帰ったものや過去に手に入れたものを虱潰しに組み合わせていたら、たまたま動くものが出来上がった、というのはどうでしょう? 幸い彼の名はそこそこ知られていますし、何気に半分以上事実ですから」

 アンネマリーがヴィレムを巻き込む案を提案する。


「ふむ……。若干苦しい部分もあるが、大半が事実だしね。ひとまずはその線で行こうか。彼との調整はアンネに任せて良いかい? 書状はすぐに準備するから」

「はい。早速この後に行ってまいります」

「頼んだよ。イサム殿もそれで良いかい?」

「はい。問題無いです」

「じゃあ、その線で。他には良いかい?」

 再度の確認に、今度こそ全員が了解する。


「よし。発売時期や売り出し価格なんかは、また販売用の試作品が出来たら検討しよう。ふふ、クズ魔石屋と言われた我々が、新しい魔法具を売りに出したときの皆の顔が楽しみだね。忙しくなると思うが、皆よろしく頼む!」

「「「「「「はいっ!」」」」」」

 こうして、世界初となる自作魔法陣による魔法具商品化計画が、本格的にスタートするのだった。


 研究所から戻った当主夫妻とアンネマリーは、セルファースの書斎に集まっていた。


「お父様、旧魔法の実戦配備を急ぐ必要がありそうですね……」

「そうだね……。正直、ここまでイサム殿が凄いとは思ってもみなかったよ。と言うか、旧魔法を解読しただけで、他は何もしなくても十分なくらいの恩恵をもらったんだがね……。まさか間髪入れずに機能陣を解読した上、オリジナルの魔法具まで作ってしまうなどと、誰が予想できる?」

「ふふふっ、そうですわね。しかも当の本人が、それがどういう事なのか全く理解していないのがまた、イサムさんらしいです」


「その上ヴィレムを抱き込むんでしょ? 多分この調子だと、まだ読める機能陣がいくつも転がってそうだから、まだまだ増えるわよ?」

「私の体調も、これまたイサム殿のおかげでほとんど戻ったからね。明日から本格的に私も旧魔法の習得に取り掛かるよ。アンネは引き続きマルセラと一緒に、新しい旧魔法を習得していってほしい。もう、周りに合わせる必要はないから、思う存分やるといい」

「分かりました」


 感覚派で旧魔法との相性が良いアンネマリーとマルセラは、周りが追い付くまで新魔法習得のペースを落としていた。

 しかし想像以上に勇の能力スキル公開までのタイムリミットが短くなりそうなのを受けて、最大戦力として計算できるよう自身のスキルを最優先で上げることにしたのだ。


「ニコレットも引き続きリディルと共に旧魔法の習得と言語化を急いで欲しい。がんばれ、としか言いようが無いのが心苦しいが……。幅広い普及には、言語化して教えられる事が必須だからね」

「もちろんよ。最近ようやくコツが見えてきた気がするの……。それに、このまま娘に差を付けられっぱなし、というのも悔しいのよね」

 ちらりとアンネマリーを見やりウィンクするニコレット。


 理論派のニコレットとリディルは、未だ旧魔法を完全習得出来ずにいた。

 領軍に普及させるにはマニュアル化が必須になるため、この二人への期待は大きい。


「ふふ。お母様、がんばってください! ぼやぼやしていると、どんどん新しい魔法を覚えていってしまいますからね? ふふふ」

「あら、言ってくれるじゃない? じゃあ私はもっと勉強するため、イサムさんに個人レッスンをお願いしちゃおうかしら?」

「えっ? ちょっとお母様、何をうらやまし、じゃなくて無茶苦茶な事を言ってるんですか!?」

「ニコ、ちょっと待ちたまえ」

 冗談めかして言うニコレットに、アンネマリーとセルファースが食いつく。


「ぷっ……、冗談よ、冗談。ふふっ、二人とも焦り過ぎよ」

「もうっ、お母様っ!!」

「やれやれ……。ああ、そうだ。明日からは、ルドルフとカリナも練習に加えてくれ。彼らは騎士ではないが、実戦的な武術と魔法を身に付けているからね。護衛として旧魔法が使えるようになるのは大きいし、我々とはまた違う目線で旧魔法を捉えることで、分かる事があるかもしれない」

「分かりました。二人には伝えておきます」

「うん、頼んだよ……っと、よし。ヴィレムへの書状が書けた。これをもって行きなさい」

「ありがとうございます。それでは早速行ってまいります」

 アンネマリーは、書状を携えて退室していく。


それを見送ると、セルファースが口を開いた。

「さて、ここのところアンネに良い所を持っていかれっぱなしだ。我々も頑張ろうじゃないか」

「そうね。旧魔法もそうだけど、もっと色々と先を見越して動かないとね……。差し当たっては……。怪しまれない程度に炎の魔石を中心に、魔石の買い増しを進めておくわね」

「ああ、頼んだよ。折角転がり込んできたチャンスだ。逃さないように全力を尽くそう」

 決意の籠った目で、二人は頷き合う。


 クズ魔石屋と揶揄されて幾年。汚名を返上すべく、当主夫妻の心にも静かな闘志が芽生えていた。

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