第2章:新しい魔法具の開発

第30話 オリジナルの魔法具

 熱の付与エンチャント・ヒートの試作実験を成功させた勇とエトは、予定通り次のステップとして実用性のチェックを行なっていた。


「バランスが良さそうなのは、この4/10量の奴じゃな」

「そうですね。発熱量と稼働時間のバランスが一番良いのは4/10量でしょうね」

 “量”というのは、元になった機能陣の魔力量を1とした場合の単位の事で、4/10量はそのまま元の4/10の魔力量設定という事になる。

 勇とエトは、2倍量から1/10量までの試作機を作り、発熱量と稼働時間を細かくチェックを行なっていた。


 ちなみに想定される使い道としては、ひとまず調理用のコンロを前提としている。

 2倍量でも溶けたり赤熱することは無かったが、かなり火力が強く調理をするのには向かなかった。

 また、稼働時間も随分と短くなってしまうため、使い勝手が悪そうだ。


 1.5倍や1.25倍も試してみたが、中途半端に火力が強く使いづらかった。

 1未満のものは、7/10くらいから3/10までの範囲が、実用的な火力を持っていると言えた。

 それ以下になると火力が弱くなってしまい、これまた調理器具としては使いづらい。

 そして、4/10以下の魔力設定の場合、2/10でも1/10でもあまり連続稼働時間に違いが無いことが分かった。

 結果、火力と時間のバランスが一番良いのは4/10だ、という結論に勇とエトは辿り着いたのだ。


「しかし、一定以下の魔力消費量になると、稼働時間にほとんど差が無くなるのは意外じゃったな」

「ホントですね。下げれば下げるほど長持ちするもんだと思ってましたよ……。でも、確か無属性魔石の場合は基本下げるほど長持ちしましたよね?」

 勇とエトは、実験の結果から分かった一番の発見について意見交換をしていた。


「そう言えば、そうじゃったな」

「属性によって違いがあるのか、無属性だけが特殊なのか……?」

「ふむ。起動陣と機能陣の違いという可能性もあるぞ?」

「あーー、確かに。その線もありますね。いやぁ、奥が深いと言うか、知らない事だらけですねぇ」

「全くじゃ。だが、それが……」

「「楽しい!」」

 そう言って二人で顔を見合わせて大笑いする。


「くっくっく、イサムはどうしようもないくらい職人じゃな」

「はっはっは、エトさんこそ。知らない事が楽しいとか、変人ですよ?」

「くくく、ありがとよ。最高の誉め言葉じゃわい」

 そしてまた顔を見合わせて大笑いだ。


「……。まったく、男性というのはいつまでたっても子供のままなんでしょうか?」

 近くで実験を見ていたのに、全く蚊帳の外となってしまったアンネマリーがため息交じりに呟いた。

 もっともその目は、出来の悪い弟を見守る姉のような優しいものだったが。


 そんなこんなで実験と外装の調整をする事五日。

 ついに世界初のオリジナル魔法具が完成に至ったため、子爵家の極一部にお披露目されることになった。

 参加するのは子爵夫妻とアンネマリー、家令のルドルフ、内政筆頭のスヴェン、そして料理長のギードだ。

 魔法具の名前は、分かりやすさを考えた仮称としてそのままズバリ「魔法コンロ」だ。

 世界初のオリジナル魔法具である事が最大の売りではあるのだが、それに勝るとも劣らない試みが魔法コンロには盛り込まれていた。


「これが魔法具なんですか? すごい、とても美しいですね……」

「ホントね。外装が綺麗なのはもちろんだけど、このバリエーションの多さは素晴らしいわね」

 これまでの魔法具は、魔法陣の意味が分からなかったため、元になった魔法陣の形をそのまま使うしか無かった。

 その結果外見も、大きさを大きくしない限りは元の魔法具から変えることは出来なかったのだ。


 ところが勇は、書いてある内容を理解しているため、魔法陣のサイズや形状をある程度変える事が可能だ。

 そしてそれは、外装の大きさを無駄に大きくすることなく、様々な形状のものを作れることを意味する。

 今回は、そのメリットを分かりやすくするため、性能は同じだが見た目の全く異なる3種類の魔法コンロを作り上げていた。


 一つ目は、極限まで薄さを追求した正方形のモデルだ。

 魔石の位置と起動陣との接続位置などを調整し片方に寄せることで、手前側だけ少し高さがありつつ全体はピザボックス程度の薄さに抑えている。


 二つ目は、横幅をコンロ部分の幅ギリギリにした縦長のモデルだ。

 単体で見ると、調理器具としては実用性はそれ程高くない。

 しかしこれを応用して長辺と並行に基板を横に並べて少し調整すれば、二口コンロや三ツ口コンロが作れるなど、可能性が広がる意欲作と言える。


 そして三つ目は、円形のモデルだ。

 これまでは円形の機能陣をもつアーティファクトが発見されていなかったため、円形の魔法具を作ろうとした場合、正方形の基板が内接する円が限界の小ささだった。

 当然4辺の外側に無駄なスペースが出来るため、不必要に大きくなる。

 勇は、円形の基板に機能陣を納める事が出来るため、ほとんど四角形と変わらない大きさで円形の物を作って見せた。

 需要があるかは置いておくと、星形などの複雑な形状にもある程度対応できるだろう。


「料理に使うコンロだったわよね?」

「はい。簡単な料理が作れるところまでは、私の方で確認しています」

「そっか、イサムさんはある程度料理が出来るんだったわね」

「簡単な炒め物とスープくらいですけどね」

「充分よ。じゃあ、それを踏まえて料理人としての使い心地を確かめてもらおうかしらね。ギード、ちょっと試しに何品か作ってみて頂戴」

「はいっ! お任せくださいっ!!」

 調理に使う魔法具と聞いて、先ほどから熱の籠った目で色々と触っていた料理長のギードは、ニコレットの依頼にとても良い返事で答える。


「……はぁ、あなたもやっぱり男の子ねぇ」

「ふふ、そうですね、お母様。イサムさんやエトと同じ目をしていますね」

 それを聞いてため息交じりに呟くニコレットと、くすくすと笑いながら答えるアンネマリー。

 当のギードは、すでにそんな二人の様子など眼中に無く、持ち込んだ調理器具をあれやこれやとセッティングしていた。


「ギードさん、コイツの使い方はもの凄く簡単です。この起動用の魔石で起動させると、すぐにこっちのプレートが熱くなります。そこにフライパンや鍋を乗せてもらえば調理出来ます。ただ、現時点では火力は一定なので、火力を下げたいときは距離を離すか、鍋をずらして接触面を減らすしかありません」

「なるほど、かしこまりました」


 エーテルシアの調理は、薪を使った竈で作るのが一般的だ。

 なので、元々火力調整は距離を調整する事で行っていることが多いので、基本的な使い方は大きく変わらない。

「かなり高温にはなるんですが、竈と違って距離を離すとすぐ熱を感じなくなります。なので、微妙な火力調整は出来ないと思ってもらったほうが良いです」

「なるほど。その辺りのクセは、試してみないと分かりませんね。なに、竈でもモノによって全然クセが違いますからね。慣れたもんなんで問題ありませんよ!」

 勇の心配をよそに、ギードはニカっと笑うと力こぶを作ってみせた。


「あはは、さすが料理長ですね。それじゃあよろしくお願いします!!」

「お任せください。

 世界初の魔法具で料理を作れる名誉をいただいたんです、美味しく仕上げるんで少々お待ちください」

 ギードはそう言うと、魔法コンロを起動させ水を張った鍋を上に乗せた。

 その表情からは、一瞬前の人好きのする笑顔は消え失せ、料理に人生を捧げてきたプロの料理人が持つ、凄みのある真剣な表情だった。


 ギードは、真剣だが楽しそうな表情で料理を作りはじめる。

 領主一家は、普段調理の様子など見ないのだが、今回は全員がその様子を真剣な表情で見ていた。

 真っ先にギードが行なったのは、火力の確認だった。


 水を張った鍋をコンロに乗せて、沸騰するまでの時間を計る。

 それが終わると、今度はフライパンに油を薄く引き、厚みの違う肉や野菜を何種類か焼いては試食をしていた。

 一通り試して確認すると、小さく頷きいよいよ本格的に調理へと取り掛かる。

 コンロは都合3台あるので、並行して料理を進めていく。


 今回作ったコンロは、地球で言う所の電気コンロが一番近い。

 最近は見かけることが少なくなったが、あまり料理をしない事が前提のワンルームマンションなんかについているヤツだ。

 違いがあるとすれば、電気コンロが温度が上がるまでに時間がかかるのに対して、魔法コンロは割とすぐに高熱になる事と、絶対的な温度が高い事だろうか。

 それは同時に、電気コンロのデメリットがおおよそ解決されているとも言える。

 もし地球に魔法コンロがあったら、かなり人気を博すだろう。


 そんな実用性も十分なコンロなので、最初は使い勝手の違いに戸惑っていたギードも、慣れるにつれて手際よく調理出来るようになっていた。

 スープを煮込みながら空いたコンロでオムレツを作り、さらにベーコンと野菜の炒め物の準備も進めていく。

 軽めのメニューだが、使い勝手を見るには最適のメニューだろう。

 そして調理をする事1時間ほどで、8人分の料理が出来上がった。

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