第26話 読める機能陣
3枚目の魔法陣を凝視したまま動かなくなる勇。
隅から隅まで、目を走らせている。
動かなくなった勇に気付いた店主が声を掛けてくる。
「どうしたんだい? ああ、それが気に入ったのかい? お兄さん、中々お目が高いね。ちょっと他の魔法陣と雰囲気が違うだろ? なんていうか、密度は控えめだけど秩序があって固い感じがする。僕は、ハチの巣シリーズって呼んでるよ。ほら、ハチの巣って同じ形が並んでるじゃない?」
「な、なるほど……。シリーズと言う事は、似たような感じのが他にもあるんですか?」
「そうだね。今は大きさとかの分かり易い違いで分けてるので混じってるけど……。えーっと、例えば……、コレとかコレとかがハチの巣シリーズかな」
流石コレクターだけあって、自分の所持している魔法陣は全て把握しているらしい。
勇が見ていた山だけでなく、他の山からもいくつかのハチの巣シリーズを見繕ってくれる。
そしてそれを見た勇は、またしても驚愕する。
「こ、これは……」
「どうです? 中々美しくないですか??」
勇がフリーズしているのを見た店主が、営業トークを仕掛けてくる。
「そ、そうですね。私もこのシリーズがとても気に入りましたよ。今出していただいたもの、全てでお幾らでしょうか?」
「おや? お買い上げいただけるのですか? しかも6枚も!? いやぁ、嬉しいなぁ、同志に出会えた気分ですよ。そうですね、大きいのは1枚300ルイン、中くらいのが200ルイン、小さいのは100ルインです。今回は大きいの3枚と中くらいのが2枚、小さいのが1枚なので……。全部で1,400ルインですが、まとめて買ってくれたので、小さいのはおまけして1,300ルインでいかがですか?」
ついつい価格を聞いてしまったが、勇は今だ居候の身ゆえ、手持ちのお金など持っていない事に今更のように気付く。
ちなみにルインはこの国の通貨だ。これまで見てきた食べ物や雑貨などからおおよそ1ルイン100円くらいの価値と言えるだろう。
もちろん物価や消費に対する優先度が違うので一括りには出来ないのだが、価値観として大きなズレは無いはずだ。
そのレートから考えると、およそ13万円のお買い上げという事になる。
迷い人と言うだけで、ほぼタダ飯喰らいの人間がねだって良い価格では無いのではないか?
と当たり前の結論に辿り着いた勇が慌てて断ろうとすると、
「1,300ルインですね。分かりました。ルドルフ、支払いを」
「かしこまりました、お嬢様」
これまで黙って様子を見ていたアンネマリーが、さっさと支払いをしてしまった。
思わずアンネマリーの方を見た勇に、ニコリと笑顔が返ってきた。
「よいお土産が出来て良かったですね、イサム様」
「お土産? と言う事は、他の国から?」
「はい。国名は伏せさせていただきますが、西方から無属性魔石鉱山の視察にいらしております。我が国の通貨をお持ちでないので、街でのお買い物は我々が立て替えてお支払いし、帰国時に精算する事になっています」
「なるほど。そう言う事だったんですね。いやぁ、嬉しいなぁ、他所の国にも魔法陣の美しさが分かる人がいて。ああ、すいません、名乗りもせず。僕はヴィレム。もし滞在中に魔法陣を見たくなった時は、いつ来てもらってもかまわないからね」
「これはご丁寧に……。私は勇、是非また寄らせていただきます」
「イサムさんなら大歓迎だよ。帰国するまでは、ハチの巣シリーズは売らずに取っておくからね」
購入した魔法陣を手渡すヴィレムと挨拶を交わすと、アンネマリーから声がかかる。
「それではイサム様、そろそろお時間ですので一旦お屋敷に戻られますか?」
「そうですね。よろしくお願いします。ヴィレムさんもありがとうございました」
「こちらこそお買い上げありがとうございました! またいつでもどうぞ」
ヴィレムに別れを告げた勇たちは、まっすぐ馬車へと戻っていった。
馬車へ入るなり、アンネマリーが声を掛けてくる。
「イサムさん、もしかしなくてもこの魔法陣、読めたんですよね!?」
「あはは、やはり分かりましたか」
「そりゃあもう。初めてエトさんの所で起動陣を見た時と同じ顔をしてましたから」
クスクスと笑いながらアンネマリーが答える。
「ちょっと分かりやす過ぎましたかね」
「いえ、傍から見たらヴィレムさんの言うように、魔法陣の綺麗さに感動しているような感じでしたよ。ところで、それらはどんな魔法陣なんでしょうか??」
「まず、出してもらった6枚中4枚が当たり、読めるものでした。すいません、あそこで読める物だけを選ぶのも不自然かと思って、全て買わせてもらいました」
「いえいえ、全くかまいませんよ」
「ありがとうございます。まだ詳しく見ていないのでどう言う効果がある魔法陣かは分かりませんが、どうやら複数の言語が組み合わされています。起動陣に使われている文字に似たものもありますし、呪文書にある魔法語っぽいものも使われていますね」
「複数の言語、ですか……」
「ええ。
「……確かに。今後、読める魔法陣を仕入れてもらったり出来るかもしれないので、当家で雇うのも手ですね」
「そうですね。まぁ、まずはこの魔法陣を読み解いて、本当に魔法具として使いものになるのか調べないといけませんが」
「ふふ、調べるのが楽しみで仕方が無い、と言う顔をしてますよ?」
「あーーー、うん、はい。はっきり言って楽しみ過ぎます」
「ふふふ、良かったです。ここの所少し元気が無いようで心配していました。でもこれで大丈夫ですね!」
「すいません、ご心配おかけして……。もう全然大丈夫です! 早速戻って色々調べてみます!」
アンネマリーは、完全復活した勇をみて、ほっと胸をなでおろした。
屋敷へ戻って来たのは昼もだいぶ過ぎた頃だった。
帰宅するなり、勇は買ってきた魔法陣を大事そうに胸に抱いて、いそいそと研究所へと向かう。
アンネマリーは、事のあらましを両親へ伝えると言い残して、セルファースの寝室へと足を向けた。
「ほら、織姫見てご覧。これが読める機能陣だよ」
「んな~」
織姫を膝に抱きながら、嬉しそうに魔法陣を並べた勇が、織姫に話しかける。
「さて、まずは欠損の少ないコレから調べてみるか」
そう言ってまず手に取ったのは、70センチ四方はある大振りの魔法陣だった。
勇が最初に目を止めたもので、右上が5センチほど欠けているが、ほぼ完品に近い魔法陣で、細かい文字がびっしりと書かれている。
まずはざっと流し読みのように言葉の意味を拾っていく。
店頭でも確認出来たように、起動陣と同じ文法で書かれている箇所と、呪文書にある魔法語によく似た文字で書かれている所、そして見た事のない第三の言語で書かれた部分に分かれているようだ。
一通りの流れを把握した勇は、馴染みのある起動陣と同じ文法で書かれている箇所から、細かく読み込んでいく。
「うーん、ここは具体的な魔法を発現させるんじゃなくて、それ用の魔力を準備しているような感じだなぁ」
順番に読み解いていくと、起動陣と同じように魔石から魔力を抽出して、何やらそれを変換してから保持しているようだ。
「魔石の魔力を、魔法陣で魔法を発動できる形に変換し、発動に必要な量を確保してるのかな?」
この部分の機能について、一旦そう仮定した勇は、次に魔法語に似た言語で書かれた部分の解読へと移る。
「えーと、これは要約すると、炎の魔力で火は出さずにモノを温めろ、って事が書いてあるのか? 随分と回りくどいと言うかバカ丁寧と言うか……。魔法の詠唱文は随分と感覚的な書き方だったのに、こっちはガチガチに定義してる感じがするなぁ。なんだろ、魔法を唱える時みたいに感覚的じゃダメって事なのか?? まぁ全てを自動で行うんだし、使う人によって効果が変わるんじゃ道具としては欠陥品だからな……」
魔法語に似た言語で書かれている部分は、魔法陣の中でも大きな割合を占めていた。
勇が言った通り、その書き方は冗長ともとれるもので、イメージを補助するための呪文の詠唱文とは大きく異なっていた。
例えば、今勇が解読している魔法陣には、要約すると次のように書かれている。
『炎の魔力は火を生み出すもの。しかし火は温度が高くなった結果起きる現象に過ぎない。
であるならば、炎の魔力は温度を上げる事が出来ると言える。
それすなわち、炎の魔力を用いて対象となる物体の温度を上げることが出来ると言う事に他ならない。
また魔力を用いると言う事は、利用する魔力の量に応じてその温度を変えられると言う事に他ならない。
ここにその現象を、
これでも要約した内容であり、実際の文章量はこれの何倍もある。
書いた人間の、少したりとも例外は認めない、と言う強い意志の表れにも見えた。
「まぁ、どの程度きっちり書かなくちゃいけないかは、実験してみるしか無いな。しかし、使える単語は今見た分しか無い訳だから、当面はほとんどコピペせざるを得ないな……。これは早急にボキャブラリーを増やさないと駄目だ。ただ、これで
魔法語に似た部分は、どんな現象を起こしたいのか定義する部分、と断定した勇は、最後の未知の言語の部分の解読を始めた。
「あーー、なるほど。ここで、ここまでに準備してきたものを制御して使うのか。これが開始で、こっちが終了……。あー、これは魔力量、出力の最終調整か? 後は安定化とかそんな制御もやってるな……。だからここは数式みたいな言語になってるのか。ま、意味も無く違う言語になってる訳は無いもんな。ん? ここだけちょっと毛色が違うぞ……。おーー、これ、セーフティー機能か!? はー、何千年も前だってのに大したもんだ」
最後の部分は、どうやら魔力と魔法を制御して実際に発動、コントロールする部分のようだ。
ここは必要な事だけが、非常に理路整然と書かれているため解読も早かった。
これで、一通りのルールについては解読が終わったことになる。
「うーん、これは非オブジェクト指向のクラシカルなプログラムって感じだなぁ。明確に場所が分かれてるから、COBOLなんかの構造に近いのか? 大規模なものを作る事も少ないだろうし、作った後に改修する事も無いだろうから、この方が効率は良いのか……。まぁ、ソースの解析がしやすいからありがたいけども」
勇の感想通り、魔法陣に書かれていたのは処理する順番に命令が書かれている、非オブジェクト指向のプログラムに近いものだった。
また、魔力を扱う部分、魔法の定義をする部分、魔力と魔法を実行・制御する部分に明確に分かれている。
プログラムの大規模化に伴い、再利用性やリリース後の保守性等を重要視する昨今のオブジェクト指向のプログラム言語とは異なり、分かりやすいのが何よりの特徴でありメリットだ。
それは勇にとっては幸運以外の何物でも無く、
「しかし、同じ機能陣でも、大きさが全然違うな……。発生する現象のレベル感としては、魔法カンテラと大して違わないと思うんだけどなぁ。この辺りに、読めるか読めないかの違いに繋がるヒントがありそうだけど……」
これまでの読めなかった機能陣は、もっとコンパクトだった。
処理が複雑になれば魔法陣もより複雑になるのも頷けるのだが、今解読した加熱の機能と魔法カンテラの機能を比較しても、複雑さに差は無いように思える。
なのに大きさが全く異なるのは何故なのか?
このあたりに読めない魔法陣の秘密が隠されていそうだが、今それを考えても答えは出ない。
勇は頭の隅にこの問題は追いやって、二つ目の魔法陣の解読に着手する事にした。
……のだが、つい先ほど夜の鐘が鳴っていたので、そろそろ夕食のはずだ。
一旦キリを付けようと立ち上がった所で、案の定研究所の扉がノックされた。
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