第25話 街歩き

「うーーん、これも読めないな……」

 久々に午後一から魔法具の研究を始めた勇は、当初の予定通りエトの工房にある魔法具の機能陣を順に調べていた。


 以前、魔法カンテラの魔法陣を調べた際、起動陣は読めたものの機能陣は読めなかった。

 正確には、文字が書かれているのは分かるのだが、意味が分からない。

 今も、この日二つ目の魔法具の機能陣が読めなかった所だ。


「何なんだろう、これ……。魔法具としてちゃんと動いてるんだし、同じように書けば同じように動くんだから、絶対意味はあるはずなのに……」

「まぁ確かにの。動かないんなら分かるが、動いとるのに分からんというのが余計に謎じゃな」

 勇が腕組みして唸っていると、エトがそう声を掛けてくる。


「そうなんですよ、エトさん。そこが一番納得いかないんですよね。起動陣を見る限り、不要な事は書いてあってもいいけど、無意味だったら魔法陣は動かないはずなんです」

 そう呟きながら、次の魔法具を手に取り機能陣を見ていく。

「どうじゃ?」

 心配したエトが聞いてくるが、勇はフルフルと力なく首を振るだけだった。


 その日5種類ほどの魔法具を確認し、翌日も4種類の魔法具をつぶさに確認したのだが、結果はすべて同じ。

 この二日でエトの工房にあった魔法具は全て確認したが、いずれも空振りに終わった。


 二日間目を皿のようにして機能陣を見ても成果が得られず、落ち込んだ素振りの勇を見かねて、アンネマリーは勇を気分転換に誘っていた。

 実際の勇は、別に落ち込んではおらず、何故読めないのかと言う思考の沼に浸かっていただけだったのだが、まだあまり街を見ていなかったので喜んで誘いに乗っていた。


 しかし、いざ一緒に街歩きをしようとすると、それはそれで課題にぶち当たる。

 まず、王都からの帰還時の様子でも分かるように、アンネマリーは住民からの人気が非常に高い。現代日本で言えば、アイドル並みの人気だ。

 そんなみんなのアイドルが、どこの馬の骨かも分からない男と二人きりで歩いていようものなら、たちまち噂になるだろう。

 血の気の多い者がいたら、物理的に問い質される可能性すらある。

 中途半端に変装した所で恐らくバレるだろうし、バレた場合のダメージは変装していた時の方が大きくなる。


 そこで、他国から視察に来た客人を案内する、と言う体裁を取ることになった。

 幸い勇は、この国では珍しい黒髪なので、他国からの客人と言っても違和感は無い。

 うっかり会話の中で「私の国では」と言ってしまっても問題無いのもありがたい。


 客人なので当然騎士団の護衛が付くが、要人では無いので数名程度だ。

 それに、これで大手を振って家紋入りの馬車で移動もできる。

 ”二人きりでのお出かけ”を楽しみにしていたアンネマリーからは不満の声が上がったが、背に腹は代えられない。

 と言う事で、フェリクス、リディル、マルセラと言ういつもの面子をお供に、二人は街へと繰り出した。


 軽く午前の魔法練習をしてから出かけたので、お昼まであとちょっと、と言う非常に小腹が空く時間帯だった。

 そこで二人は、まずは露店巡りをすることにした。


 露店の半分は食べ物を売る屋台なので、買い食いしつつ町を見て回る事が出来る。

 2階層目にある露店が集まる通りは、さながら市場と言った感じだ。

 外周側には小規模な店舗が所狭しと軒を連ね、その通りを挟んだ向かい側に露店が立ち並んでいた。


 すり鉢状の街なので、当然露店の後ろ側は何もない。

 一応安全のため背の低い柵が立てられてはいるが、あまり役に立つとは思えない。

 その代わり、出店するための費用が安いのだと言う。


 落ちる人はいないのか?と言う勇のもっともな質問に、

 「この街の住人は小さい頃から口を酸っぱくして、崖の1メートル以内には絶対に入るな、と言われて育つので、落ちる人はいないんですよ」

 と、アンネマリーが笑って答えてくれた。

 何年かに一度、酔っぱらったりで転落死する事故が発生する様だが、そんなものは自己責任なので遺族さえ文句は言わないそうだ。


 「らっしゃい、串焼きはどうだい?」

 「ポメの実はいかが? 甘酸っぱくて美味しいよ!」

 「パタテ芋だよ~。今夜のおかずにどうだい?」

 「さあさあ採れたてのボレット茸だ、見ていってくれ!」


 呼び込みの声がそこかしこから聞こえ、非常に活気がある。

 昼前の時間で、これから日に3回ある書き入れ時を迎えるため、呼び込みにも熱が入ると言うものだ。

 そんな喧噪の中にお供を引き連れたアンネマリーが現れると、呼び込みのボルテージがさらに上がる。

 クラウフェンダムは作りが珍しいため客人を案内する事は度々あり、住民もその辺りは弁えてはいる。

 それでも尚ボルテージが上がる辺りに、アンネマリーの人気が窺えた。


「お嬢様、ウチの串焼きを食ってってくれ!」

「お客人にポメの実のジュースをどうぞ!」

 最早買わなくてもお腹いっぱいになるのでは?と言う勢いで商品を提供しようとする店主たち。

 しかしアンネマリーは笑顔で丁寧に断り、きちんとお金を支払って購入していた。


 この通りには、一定間隔で街路樹が植えられており、その木陰にベンチとテーブルが置かれている。

 時折そこに座って屋台飯を堪能した二人は、2時間ほどかけて飲食屋台のエリアを通過し、一息ついていた。

「アンネマリーさん、すごい人気でしたね」

「お恥ずかしい限りです。皆さん良い人ばかりで、本当に感謝しているんです」

 勇のストレートな物言いに、少しはにかみながらも、どこか誇らしげにアンネマリーが答えた。


「ええ。本当に良い人ばかりでしたね。どこの馬の骨か分からない私にも、好意的に接してくれましたし」

「ふふ、イサムさんの人当たりが良いからですよ」

「あはは、ありがとうございます」

「これでもうお昼は大丈夫だと思いますが、まだ何か食べますか?」

「いやー、流石にお腹いっぱいです。この先の露店は、どんなものを売っているんですか?」

「ここから先は通称”ガラクタ通り”と言われていて、骨とう品や古代の魔法具がメインですね。迷宮から掘り出されたものも多いので、中にはアーティファクトと呼ばれる逸品が並ぶこともありますよ」


 ダンジョンからの戦利品。なんと男心をくすぐる響きだろうか。

 人並み以上には、ゲームやマンガを嗜んできた勇にとっては、大好物と言って良いだろう。

「それは面白そうですね! そちらも回ってみたいんですが、大丈夫ですか?」

「はい、もちろんです!」

 目を輝かせて言う勇に、笑顔でアンネマリーが答えた。


 そこはまさに”ガラクタ通り”の名に相応しい所だった。

 美しい紋様が彫り込まれた短剣、蛇のような絵が描かれた壺、銀色に鈍く光るスプーンといった、これぞアンティークといった品々。

 それらに混ざって、見ただけでは何か分からないものが所狭しと売られている。


 さらにその中には、古代の魔法具や使い道の分からない魔法具、壊れていると思われる魔法具など、普段は見かけない魔法具も並んでいた。

 それらを一軒一軒覗く勇の目は輝きっぱなしで、まるで秋葉原に初めて来た海外のオタクのようだ。

 機能陣を見せてもらえるものは見せてもらったが、やはり意味が分からないものばかりだった。

 それでも残念がることなく楽しそうな勇を見て、アンネマリーも嬉しそうに笑っている。


 ガラクタ通りも後半に差し掛かったあたりに、少々他の店とは趣の異なる露店があった。

 掲げてある小さな看板には”魔法陣墓場”と書かれており、店先には大小様々な無数の魔法陣だけが雑多に並べられていた。

 どれひとつ魔法具の形をしておらず、完全な魔法陣の専門店のようで、割れたり欠けたりしていてもお構いなしに並んでいる。

 思わず足を止めた勇が、店主らしき男へ声を掛けた。


「こちらは魔法陣だけを扱っているんですか?」

「やあ、いらっしゃい。うん、見ての通り魔法陣だけを集めて売ってるんだ。良かったら見ていってよ」

 丸メガネをかけ、ダボっとしたローブに身を包んだ男は良く見ると意外に若く、まだ30前後だろう。


「凄い数ですね……。どうして魔法陣だけを集めているんですか?」

「おや、お兄さんは魔法陣に興味があるのかい? 僕はね、魔法陣の造形が好きなんだ。機能や意味があるのに、意匠として見ても美しい。名剣と呼ばれる剣なんかもそうだろ? 武器として優れているだけでなく美術品としても価値がある。魔法陣もそれと同じだと思ってる」

 そこまで一息に話すと、眼鏡をクイっと押し上げる。

「最初はね、魔法具を集めていたんだ。で、ある程度集めると売ってるモノじゃ満足できなくなってきた。それで自分で遺跡やダンジョンに入って、古代の魔法具を探すようになった。そして知った。遺跡には今では使い道の分からない、魔法具と切り離されてしまった魔法陣が大量に落ちていることを。元々魔法陣が好きで魔法具を集めていた訳だから、魔法陣だけが落ちてるならそのほうが都合が良いだろ? 何よりお金がかからない。それからはもう、ひたすら魔法陣を集めまくって今に至ってるんだよ」

 心底楽しそうに男はそう言った。


 趣味は人それぞれだ。勇のいた地球には、マンホールマニアやブロック塀マニアなんて人もいたくらいだ。

 魔法陣マニアが居ても何の不思議もない。


「良いですね。私も魔法陣の機能的な美しさは大好きですよ。でも、動かない魔法陣だけを扱って、商売になるのですか?」

「あはは、心配してくれてありがとう。でもね、意外に魔法陣そのものも好きだ、と言う人も多くてね。それに研究者や魔法具を作ってる商会とかからも需要があるから、食べていくくらいは十分稼げてるんだ。たまに、完品の魔法具が見つかる事もあるしね」

「へぇ、そうなんですね。ご趣味を商売に出来るなんて素晴らしいですね。少し見せていただいても?」

「うん、是非見ていってよ!」


 雑多に並べられているようだが、どうやら見た目でグループ分けされているようだ。

 基盤の色や魔法陣の密度、全体が丸いのか四角いのか三角なのか……。

 美術品としてコレクションするのなら、しごく当たり前の分類方法だろう。

 勇はその中でも、基盤自体が大きく情報量が多そうなグループに目を付けて確認し始めた。

 大きいため、重ねて置かれているので、上から順番に一枚ずつ持ち上げて見ていく。


 そして、僅か2枚めくったところで、運命の出会いを果たすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る