第21話 魔法アルゴリズム研究所

 イサムが机の上に基板を置くと、エトは固まったままギギギと顔だけをゆっくり基板の方へ向ける。

 そして起動陣を見た瞬間、凄まじい速さで顔が起動陣ギリギリまで近づいた。

 そのまま凝視して、また動かなくなってしまった。

 1分ほど眺めると、ようやく落ち着いたのか、目頭を揉みながらドサリと深くソファへ座り込んだ。


「ふぅぅ…確かに全く新しい起動陣じゃな。これをイサムが作ったのか?」

 エトが、無属性魔石のスイッチを入れたり切ったりしながら勇に問いかける。

「はい。昨日いただいた魔法カンテラの起動陣は非常に無駄が多かったので、それを省いています」

「無駄、とな?」

「ええ。機能とは全く関係のないものが、かなり書かれていました。多分装飾と言うか、魔法陣自体の見栄えをよくするためだと思います」

「魔法陣の見栄えか……ん? ちょっと待て。なぜ機能と関係無いと分かった? まさかっっ!?」


 さらりと勇の説明を聞き流していたエトだが、そもそもおかしい事にようやく気が付いた。

 新しく作った。機能と関係無いものが書かれていた。無駄を省いた。それではまるで…………。

「まさかと思うが、お前は起動陣の意味が分かるのか??」

 自分が辿りついた事実に驚愕しながらエトが尋ねる。

 勇はチラリとアンネマリーに目をやり、彼女が小さく頷くのを見てから口を開く。


「ええ。読めますし意味も理解できています。機能陣に関しては何故か読めませんが……」

 勇の答えにエトが頭を抱え込みまたしても動かなくなってしまう。

 しかしすぐに、肩が小刻みに揺れ始めた。


「く、くく、く、く…」

「く?」

「くっくっく……がーっはっはっはっは!! そうか!? 魔法陣の意味が分かったか!! そりゃあ素晴らしいっ! これでついに、ついに新しい魔法具を自らの手で作り出せる可能性が出て来たぞっ! はっはっは! 何て素晴らしいんじゃ! イサム、いやイサム様よ。あんたは俺にとっちゃ今日から神様じゃ!!」

 やおら立ち上がり、大笑いをしながら勇をバシバシと叩くエト。


「いたっ、痛いですってエトさん!!」

「がーっはっは、すまんすまん!!」

 謝りながら尚もバシバシと勇の背中を叩くエト。

 結局エトが落ち着くまで5分ほど、勇はエトにバシバシと叩かれていた。


「ふい~、ようやっと落ち着いたわい。で、無駄を省いたとはどう言う事じゃ?」

「さっきも言った通り、元々あの起動陣の機能自体はとてもシンプルなものなんです。それが、その機能とは関係のない、いわば装飾のようなもので埋め尽くされていたので、不要なものをすべて省いただけのものがこれです」

 そう言って、先ほど見せた完成状態の基板ではなく、小さな起動陣を見せる。


「……さっきの以外にも起動陣を作っておったのか。しかしほんとにシンプルじゃな。1/10以下になっとるんじゃないか?」

「そうですね。その位にはなってると思います。で、アンネマリーさんに見せてもらった他の起動陣には、魔法カンテラの起動陣にはない機能がいくつかあったので、それを魔法カンテラ用の起動陣に応用したのが、最初にお見せした起動陣になります」

 魔法陣を並べなて勇が言葉を続ける。

「目的は大きく二つ。一つ目は小型、軽量化です。これはシンプルに起動陣を小さくすることで、最終的な魔法具のサイズを小さく出来ないかと言う試みですね。筐体自体を作り変えないと駄目なので、ちょっと時間がかかるかもしれないですが……」

 イサムの説明を聞いて、エトが改めて新しい起動陣を見る。


 元々20センチ四方程度だった起動陣が5センチ四方に収まっていた。

 確かにこれなら、筐体を作り直せばある程度小型化は容易だろう。なにせ面積で言ったら1/16になっているのだから。


「二つ目の目的が稼働時間の延長です。魔石から魔力を吸い出す際、本来はどの程度の魔力を吸い出すのか指定が出来るんです。ところが魔法カンテラの起動陣は何故かそれが指定されていない。なので、魔法具を起動できる最低限の魔力に絞ったものと、比較実験用にそれより魔力が多いものを何パターンか作ったんです。最低の魔力量のものが出来てるので、最悪でも最初のものと同じ時間は稼働します。魔法カンテラをいくつか持ってきていただいたのは、この稼働時間の実験をしたかったためです」


「おいおいおい、さらに複数の起動陣を作ってるじゃねぇか……。それに魔力の量を調整できるってのが本当なら、とんでもねぇ話じゃな。くくく、お嬢ちゃんが万一にも聞かれないように、と言ってた意味がようやく理解できたわい」


「はい。流石にこの話が漏れると、とんでもない事になると思いますので……」

「ああ。間違いないじゃろな。でも隠し通せるようなもんでもないぞ? どうするつもりじゃ?」

「いくつか手は考えていますが……、ひとまず当面はこの工房だけで作れるだけ新しい魔法具を作ります。そしてある程度魔法具が溜まった時点で、あらためて戦略を練ります。しかし量産はしませんし、世の中にも出しません」

「ほう?」

「どんなものが新たに生まれるか分かりませんので……。戦略が決まってから初めて、世の中に出そうと思ってます」

「そうじゃな。それが無難じゃろうな」


「イサム様、すみません。せっかくのイサム様の素晴らしい功績を隠すような事になってしまい……」

「いやいや、気にしないでください。この世界に疎い私にも、迂闊に世に出すことがいかにマズイのかくらいは分かりますし。それに……」

 勇は一度そこで言葉を区切り、真剣な表情でアンネマリーを見て言葉を続ける。


「上手くいけば、このクラウフェルト領を豊かにする切り札になるはず……。であれば、失敗は出来ませんからね。違いますか?」

 ニヤリ、と勇が笑った。

「っ!! ……ふふふ、お見通しでしたか。そうです。何としてでも”クズ魔石屋”の汚名を返上し、領地を豊かにしたいのです。これまで付いてきてくれた民の為に、何としても……。イサム様、お力添えいただけますでしょうか?」

「もちろんですよ。最初から私の力で少しでも恩返しが出来ればと思っていたので。だから今はワクワクしてるんですよ。ようやくお力になれそうなことが分かって」

「イサム様……」

「そう言う事なんで、エトさん。まずはその第一歩目。魔法カンテラの稼働時間延長に関する実験にご協力をお願いします」

 再びニヤリと笑った勇が、エトに右手を差し出す。


「くっくっく、そう言う事か。任せろ。ワシも長年の夢がかなえられそうでワクワクしておる。いくらでも協力してやるわい」

 エトもニヤリと笑い勇の右手を握り返した。

「よし。そうと決まればこうしちゃおれん。まずは稼働時間の実験じゃったな。こっちのカンテラは好きに使え。ワシは同じ大きさの魔石を見繕っておく」

「分かりました。私の方ではカンテラをバラして起動陣を入れ替えます。あ、アンネマリーさんは、カンテラごとの吸収魔力量が分かるように紙か何かに数字を書いてもらえますか?」

「はい、イサム様」

 こうして魔法アルゴリズム研究所の最初の実験が開始された。


 5日後、魔法カンテラの稼働時間延長実験の第一弾は、良好な結果をもって終える。

 まず、最低限の魔力量であるB(16進数)で作ったカンテラは、なんとほぼ丸5日間稼働した。

 実験終了が5日後になったのは、そもそもこのせいだった。


 そして、それ以外に用意した、魔力吸収量20、30、50、100(いずれも16進数)のものはそれぞれ、約40時間、26時間、16時間、5時間の稼働だった。

 比較用に稼働させた現状の魔法カンテラが16時間の稼働だったので、無指定時のデフォルト数値は50と推察された。


「くっくっく、イサムよ、最初から中々派手な成果じゃないか? 5倍以上じゃぞ?」

「そうですね、エトさん。単純に魔石の消費を1/5に出来ますからね。まぁ公表しちゃうと無属性魔石が売れなくなると言う、ジレンマがありますがね……」

「ふふふ。でも我が領のカンテラだけでもこれに切り替えれば、費用面もそうですが何より手間が省けるのが大きいですね。何せこれまでは、二日目ともなるといつ明かりが消えるかビクビクしていましたし、切れる度に魔法具師の手を煩わせていたので」

 嬉しそうなエトに、これまた嬉しそうだが若干苦い顔の勇。

 そのやり取りを見ていたアンネマリーも嬉しそうだ。


 成果はすぐに領主夫妻に報告され、早速、夜警用魔法カンテラの改修が着手された。

 なお、勇の能力スキルについては伏せる必要があるため、新型のカンテラへの交換と言う名目で行われている。


 また、並行して他の起動陣の解読も行っていた。

 エトが持っていたものも合わせて、6つの起動陣の解析が終わっている。

 アンネマリーからもらった起動陣からは、省エネに使っている魔力流量の指定以外に、魔力属性の判別とそれを使った分岐命令を発見していたが、それ以外に新たな発見として大きいものは、変数と不等号による判定式を見つけた事だ。

          。


 変数が使えると言う事は、カウンタとして数をカウントしたり、何かしらの文言を保存する事が出来る。

 また魔力を一時的に蓄積できるコンデンサのような魔力変数なるものも見つかっている。

 こうした変数と等号・不等号を使った判定式を組み合わせることで、様々な条件による分岐制御が可能になることを意味していた。

 そして7日目。この街にある最後の起動陣である8つ目の起動陣を解析した結果、ついにイサムが待ち望んでいた、待望の制御命令を発見した。


 そう、GOTO文の発見である。

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