第20話 旧魔法の指導と研究所の準備
翌朝、朝食をとると、アンネマリーは書状を携えてエトの元へと向かった。
「おはようございます。エトさん、いらっしゃいますか?」
相変わらず入り口に鍵はかかっておらず、アンネマリーも躊躇せず中へと入っていく。
「なんじゃ、嬢ちゃんか。二日連続とは珍しいな。昨日のイサムとやらは一緒じゃないのか?」
昨日とは違い、すぐにエトが出て来た。
「連日すみません。今日は領主の遣いとして来ています。まずはこちらの書状を確認ください」
「なるほど……。頂戴しよう」
アンネマリーから渡された書状をエトが確認していく。
そして文章の最後の部分でその動きが止まった。
「おい、ここに書いてあることは本当か?」
鋭い視線でアンネマリーを見る。
「はい。間違いありません。ただ、全てでもありません」
「何?」
エトの目が、さらに鋭さを増す。
「ここではお話しできない、書面にも出来ない事もある、とだけ」
ニコレットから託された書状には、クラウフェルト家に直営の工房を立てる事、そこの主任研究者に勇を立てる事、工房長にエトを抜擢したい事が書かれていた。
そして最後に、新しい起動陣が見つかったかもしれない、と締め括られている。
これだけでも驚きの内容なのだが、まだ続きがあるとは……。
アンネマリーの言葉にニヤリと笑うエト。
「良かろう。この話、受けさせてもらう。じゃが、流石に全部ほっぽり出してすぐに行く訳にもいかん。当面、午前はこっち、午後はそっちに顔を出すのでもかまわんか?」
「はい。もちろん問題ありません」
「助かる。では、早速今日の午後からそっちへ顔を出そう。どうせ工具も何も無いじゃろ? 最低限の物だけまずは持って行ってやるわい」
「お見通しですか……。ありがとうございます」
「昨日からの流れを考えるとな……。大方昨日の夜にでも急遽決まったんじゃろ? 他に持ってくもんはあるか?」
「昨日の魔法カンテラの機能陣を、いくつかお願いできないでしょうか? それと、魔法カンテラ以外の魔法具もいくつか」
「分かった。何に使うかはそっちに行ってから聞くことにしよう。じゃあワシは早速引継ぎに取り掛かる。また午後にな」
エトはそう言うと工房の奥へとさっさと行ってしまった。
数秒して、「ええええ~~~~~~!!!」っと言う弟子たちの見事な唱和が聞こえてくる。
アンネマリーはくすりと笑い、工房を後にした。
一方館に残っていた勇は、自身の魔法の練習をしながら、騎士団から選抜された魔法が得意なメンバーに旧魔法を教えていた。
そこには、王都からの護衛にも加わっていた、リディルとマルセラの顔もあった。
「えっと、ウィンドカッターは”見えざる刃よ、風と共に刈れ。”ですね」
「分かりました、やってみます!」
ウィンドカッターは、風属性の基本攻撃魔法の1つで、炎や水の魔法と比べて周囲への影響が少ないため、よく使われている。
『見えざる刃よ、風と共に刈れ。
まずはリディルが、言葉の意味を聞き、イメージを膨らませて魔法を唱える。
一陣の風と共に的に向かった不可視の刃が、的に深い傷をつける。
「おいおい、本当かよ……。3割は威力が上がってるぞ」
自分で撃っておきながら驚いて的を撫でているリディルに、勇が声をかける。
「どうですか、リディルさん。威力上がりましたか?」
「はい、イサム様。間違いなく威力が上がっています。凄いですね、これは……」
「それは良かったです。アンネマリーさんしか試していなかったので、他の人でも効果があるのか不安でしたが、大丈夫そうですね」
そう言いながら、ほっとした表情を見せる勇。
「イサムさまーーっ! 次は私が行きますね!!」
今度はマルセラが撃つらしい。射撃位置から大きな声がかかった。
「分かりましたー。すぐ下がりますね~」
その声に勇も大声で答えながら、安全な所まで下がり、手を振ってマルセラに合図を送る。
『見えざる刃よ、風と共に刈れ。
勢いよく振り下ろされた腕から、透明な刃が的へと向かって行く。
取り巻く風が、先ほどのリディルのものより強い気がする。
そして、ざんっ、と言う音と共に的が斜めに切断された。
これまた撃ったマルセラが、驚きのあまり固まってしまった。
「……凄い。多分1.5倍は威力が上がってますよ、コレ」
「おい、マルセラ! お前どんなイメージで撃ったんだ?」
自分より威力が上がっていそうなのを見て、リディルがコツを聞き出そうとする。
「えーっとですねぇ。透明な鎌みたいなのが、ぶわーっと吹いてる風と一緒にびゅーんって飛んでって、ズバッと切る感じです!!」
「……。お前に聞いた俺が馬鹿だったよ」
「えーーっ! なんですか、それ? ものすごく分かりやすいじゃないですか!!」
どうやらマルセラはかなりの感覚派のようだ。しかし難しく考えない分、相性が良いのかもしれない。
ひとまず理論派のリディルに対しても一定以上の効果がある事が判明した事と、感覚派はハマれば凄そうな事が分かったので今日の実験は良しとした。
その後、勇も自身の魔力操作の精度を上げようと練習するが、一日やそこらで目に見えて上達するはずもなく昼食の時間となった。
エトの工房から戻って来ていたアンネマリーと共に昼食をとると、二人は工房となる予定の離れを見に来ていた。
こちらもこの街では珍しい、レンガ造りで二階建ての立派な建物だ。やや古そうではあるが、その分頑丈そうである。
離れと言いつつも建築面積で30坪はある総二階なので、現代日本で言えば普通に二世帯住宅レベルの立派な屋敷だ。
「すごい……。綺麗に片付けられてる……」
倉庫時代を知っているであろうアンネマリーが、中を見て驚いている。
「ホントだ。元倉庫にはとても見えないですね」
玄関を入るとちょっとしたホールがあり、二階への階段と扉がいくつかあった。
その中でも両開きの大きな扉を開くと、リビングダイニングとして使う想定なのか、暖炉のある広い部屋があった。
隣にはキッチンとして使うのであろう竈が付いた部屋がある。
「ここをメインの工房にする感じかなぁ……?」
「そうですね。棚や機材を置く事を考えると、ある程度の広さは必要なので、ここが最適かもしれませんね」
勇の意見にアンネマリーも同意のようだ。
「やっぱり1階の広い部屋を工房にして、1階にあるそれ以外の部屋は倉庫にする感じが良さそうですね」
「そうですね。そして2階はイサム様の書斎兼執務室、休憩室、資料室あたりでしょうか?」
「住み込む訳では無いので、そう言う感じになるのかな? と言うか、かなり贅沢な使い方じゃないですか、これ!?」
「どうせ倉庫として使っていましたし、その倉庫もほとんど開けることもありませんでしたから……。逆に生きた使い方が出来て良かったと思いますよ!」
「だったら良いんですが……」
流石は貴族だ。元倉庫とは言え、この広さの家屋を丸々ぽんと提供してくれることに恐れ入る。
「思ったより断然綺麗に片付いていたので、早速機材やら素材やらを運び込まないといけないですね」
「その事ですが、この後エトが最低限必要なものを持ってくる、と言っていましたので、ひとまずそれを使えばよいかと。使っていく中で足りないものが出てきたら、都度買い足しましょう」
「あ、エトさんが持って来てくれるんですね。それは有難いですね」
「本人が楽しそうにしていましたから。しばらくは午前は自分の工房、午後からはこちらへ来てくれるそうです」
そんな話をしていると、離れの外から「おーい、嬢ちゃん!」とエトの声が聞こえて来た。
「あ、来ましたね」
勇はアンネマリーと共に出迎えのため扉へと向かった。
「ようイサム。昨日ぶりじゃな」
「エトさん、わざわざありがとうございます。それに必要な道具まで……」
「何、少し古いのも混じっとるし、問題無いわい。それに筐体関係に本格的に手を出さなければ、この程度の道具で十分じゃ」
そう言うエトが持ち込んだ道具類は、荷馬車1台分程度だった。
一番大きいのは作業用のテーブルで、基板を固定するためかエッジ部分が一段高くなっていた。
それと椅子が何脚かと手元を照らすためであろう魔法具の照明、チェスト類、あとは筆やペン、魔法インクと言った小物類、そして数々の魔石だった。
「それよりも、新しい起動陣が見つかった、と言うのは本当か??」
居ても立っても居られない、といった感じでエトが聞いてくる。
「えーっと、見つかったと言うか「そのお話は、中に入ってからにしましょうか。まずは道具類を運び込みましょう」」
答えようとした勇の言葉を途中で遮るようにアンネマリーが被せる。
「む、それもそうじゃの。さっさと運んでしまうか」
促されて荷物をさっさと運び入れる。量も多くは無いのであっという間だった。
「すみません、エトさん。どこで誰が聞いているか分かりませんので……」
ひとしきり搬入と設置を終えたところで、アンネマリーがエトに詫びる。
「ああ、別に気にしとらんよ。言えん事情もあるじゃろうしな」
「事が事ですので……」
アンネマリーは軽く呼吸を整えると、あらためてエトを見て話し始める。
「書状では新しい起動陣が見つかったかもしれない、と書きましたが、厳密にはちょっと違います。まず、見つかったかも、ではなく、見つかって起動する事まで確認済みです」
「なんじゃと!!?」
アンネマリーの言葉に驚愕するエト。
無理も無いだろう。新しい起動陣が見つかるのは久方ぶりなのだ。
新しい魔法具は遺跡などから偶に発見され、その度に機能陣の新しいものは見つかる。
しかし、どう言う訳か起動陣はすでに発見されているものと同じものを使っている場合がほとんどだ。
「それともう一つ。見つけたではなく、作った、が正解です。それも、ここに居るイサム様が、昨日の夜のわずかな時間で作り、起動実験までお一人で終わらせています」
「はぁぁぁぁぁっっ!!? 作ったあぁぁぁぁぁっ??!!」
「フシャーーッ!!」
先程の驚きようも大概であったが、今回の驚き方はそれに輪をかけている。
突然の大声に、勇の膝でウトウトしていた織姫が飛び起きて尻尾を膨らませた。
「はい。昨日エトさんから頂いたものと、こちらの屋敷にあった別の起動陣を解析して、作ってみました」
織姫をなだめながら、大口を開けたまま固まっているエトに見えるよう、勇は自身の作った起動陣が接続された基板を机の上に取り出した。
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