第19話 勇の真価
「えっ!?? 起動陣に何が書いてあるか分かったの!?」
夕食が始まり、今日何をしていたのかの話から自然と起動陣の解読に成功した話をしたところ、ニコレットは目を丸くして完全に食事の手が止まってしまった。
あ、フォークからブロッコリーが落下した……。
「ええ。何故か機能陣は何が書いてあるかサッパリなんですが、起動陣は読めたんです。アンネマリーさんに二つ別の起動陣も見せてもらったんですが、そちらも読めました」
まるで初めて泳げた事を嬉しそうに話す子供のような笑顔で勇が話をする。
それを聞いているアンネマリーもニコニコと嬉しそうだ。
独り心中穏やかでは無いのがニコレットだ。
「そ、そうなのね……」
(いやいや、軽く言ってるけど、何百年も誰も解読できなかったのよ?
それをまぁ、こんなにあっさりと……。
これは思ったよりも早く隠せなくなるわね。対策を前倒ししないと……)
迷い人である勇を、クラウフェルト家が身請けした事は全貴族に知れ渡っている。
そればかりでなく、フェルカー侯爵家が譲った事、どんな
そうなると、クラウフェルト領で何かこれまでとは異なる事が起きた場合、迷い人である勇に端を発するだろうと予測するのは簡単だ。
ましてやその変化が、勇の
自分から譲ったフェルカー侯爵家など、何を言ってくるか分かったものではない。
プライドの塊のような貴族だが、実利の為であれば簡単にそのプライドを投げ捨てられるのもまた貴族だ。
勇の真価が露見した場合の事を想定し、ニコレットは思考を巡らせる。
そんなニコレットの苦悩を知ってか知らずか、勇はさらに爆弾を投下していく。
「それで早速、新しい起動陣を作ってみました。ルドルフさんから、大きいのと燃費が悪いのが問題だと聞いたので、一応それを改善するのが狙いです」
「ブフッ!!!」
「まぁ! さすがイサム様ですわ!! もう新しい起動陣を作られてしまうなんて!!」
無邪気に言う勇に、ニコレットは飲んでいたワインを吹き出してしまう。
白ワインだったのが不幸中の幸いだ。赤だったら大惨事になっていただろう。
アンネマリーは変わらず手放しで喜んでいる。
「げほげほっ、ちょっと待って頂戴。聞き間違いかしら? 今新しい起動陣を作ったって聞こえたのだけど?」
「いえ、間違いではないですよ。新しい起動陣です。こちらですね。すでに起動実験もして、魔法カンテラが起動する事を確認してますよ」
そう言って足元の箱の中に入っていた新しい起動陣を組み込んだ魔法カンテラの基板を取り出す。
何か持って来ていると思ったら、まさかの新しい起動陣だったとは…。しかもすでに起動確認済みとは恐れ入る。
しかし人類長年の夢を具現化したと言って良い代物が、よもや粗末な箱の中に無造作に入っているとは、神様でも思うまい……。
事実を受け入れるしかない、と分かったニコレットの切り替えは早かった。
「随分と小さくなったわね」
「はい。筐体と機能陣がそのままなので、すぐに小型・軽量化は無理かもしれませんが、半分くらいのサイズには出来る可能性があります。まぁ、小さくなったのは無駄を省いた事によるついでみたいなもんですけどね」
「……。ついでで半分のサイズにされたらたまったもんじゃないわよ、全く。で、燃費の方はどういう理屈なの?」
「そっちはまだ稼働時間実験が終わっていないので何とも言えないのですが……。これまでの起動陣は、魔力量を全く考慮せず魔石から吸い出していました。別の起動陣に、たまたま魔力の量を指定して吸い出すプログラム、いえ回路が書かれていたので、それを応用しました。ただ、何の指定もせずに吸い出した場合にどれくらいの量が吸い出されているか分からないので、明日両方を比べる実験をするつもりです。あ、一応起動可能な最も少ない魔力量を調べてあるので、短くなることは無いと思います」
「またとんでもない事をサラッと言ったわね、あなた……。起動陣によって魔石の寿命が違う事は分かっていたけど、その原因は謎だったの。まずそれを解き明かしただけでとんでもないのに、魔力の量を調整できるようになったって……。しかも起動する最低魔力まで突き止めて……。こんな事、他の貴族や王家に知られたらとんでもない事になるわよ? 絶対他言しちゃダメよ。アンネもよ?」
「分かりました」
「はい、もちろんです」
「あーー、でもそうなると……」
何かに気付いたのか、勇のテンションがみるみる下がっていく。
「どうされましたか?」
心配そうにアンネマリーが尋ねる。
「いや、明日もエトさんのところで実験するつもりだったんです……。でも、他人に知られたらダメとなると、それも無理ですよねぇ」
「そうね……、エトは信頼がおける人物だから問題は無いけど、弟子もいる中で実験するのはあまりに不用心すぎるわ」
「ですよねぇ……」
さらにテンションが下がっていく勇。
「お母様、どうにかならないのでしょうか?」
「そうねぇ。イサムさんの可能性を潰すようなことはしたくないから、好きなだけ実験はしてもらいたいのよね……」
アンネマリーのお願いに、しばし考え込むニコレット。
「アンネ、明日の朝一でエトのところへ行ってらっしゃい。夜のうちに書状を書いておくから。それを持って行って、エトに館まで来るように伝えて」
「分かりました」
「あとはルドルフ。裏庭に今は物置にしている離れがあったでしょ? あそこをすぐに使えるようにしてちょうだい」
「かしこまりました。中の物はいかがいたしましょうか?」
「ひとまず別の倉庫に突っ込んどいて。仕分けは後でいいわ。仕分けに時間を使うくらいなら、離れの準備を優先して。力仕事用に騎士団からも人を出させるわ」
「承知いたしました。ただいまより早速準備に取り掛かります」
「お願いね」
ニコレットがテキパキと指示を出していく。その様は流石子爵夫人だ。
ぽかんと見ていた勇だったが、我に返る。
「えーーっと、エトさんを呼んで離れを使えるようにすると言う事は……?」
「ふふふ、そうよ~。もうここに、あなた用の工房を作っちゃうわ。で、顧問としてエトを雇うわ。ウチの領地に彼以上に魔法具に詳しい人はいないから」
勇の質問に、片目をつぶりながら楽しそうにニコレットが答える。
「え? 俺専用の工房?? いいんですかっ!?」
「良いも悪いも無いわ、当然の事よ。そこで好きなだけ研究しなさい。で、ある程度研究したら、計画を立てましょう」
「計画ですか?」
「そう、計画。読めないと言っていた機能陣の研究もそうだし、他の魔道具をとにかく全部手に入れてバラしても良い。冒険者に頼んでアーティファクトを取ってきてもらって、それを研究するのも良いわね。とにかく、足りないものや必要な事をリスト化して、何をやるか決めましょう。そうすれば、同時に色々動かす事が出来るから、一気に研究も進むはずよ。まぁ、最初はそのとっかかりを作るためにも、手元にあるものを徹底的に調べることになると思うけど」
「ありがとうございます! 確かにToDoリストは作ったほうが良いですね。あ、ToDoリストと言うのは私の国の言葉でやることリストみたいな意味ですね。少しでもお役に立てるように頑張ります!」
勇の目に再び光が灯った。
「お礼を言うのはこっちのほうよ。と言うか、すでにとんでもないお土産をいくつももらってるのよ? 今の調子で、好きなようにやって頂戴。多分、それが一番あなたにとっても私達にとっても良い結果に繋がるはずよ」
「分かりました!」
「あ、でも最初の頃だけは、午前中は旧魔法について、午後から魔法具の研究をお願いしても良いかしら?」
「はい、もちろんかまいませんよ。俺も魔法はちゃんと使えるようになりたいですしね」
「ありがとう。ウチの中に早く旧魔法を普及させたほうが良さそうだから、助かるわ。あ、夜は好きな事をしてて良いわ。そのかわり朝食だけは皆で一緒に取るように。寝坊しちゃだめよ?」
「はい!」
「イサム様、良かったですね! 明日からも魔法を教えてくださいね!」
「こちらこそ。教えてもらう事は俺の方が多いので、これからもよろしくお願いします!」
「はい。お互い頑張りましょう!」
後年振り返った時に気付いた事だが、勇の異世界での運命は、この日この時をもって完全に決定付けられたと言える。
それはこの世界初の”魔法エンジニア”誕生の瞬間であり、忘れ去られた”魔法
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