第18話 起動陣の改良

 アンネマリーから提供された起動陣の解読を終えた勇は、今ある起動陣の改良作業に着手した。

 ルドルフに頼み、無属性の魔石をいくつかと魔法インク、魔法陣を描くための基盤を用意してもらう。


「そうだ、ルドルフさん。この魔法カンテラって、気になる点とかってありませんか?」

 そして着手前に、まずは使用者の話を聞いてみることにした。


「気になる点でございますか? そうですね……、こういう物と思って使っておりますが……。強いてあげるなら3点ですね」

 しばし瞑目してから、ルドルフが再び口を開く。

「ひとつは大きくてかさばる事。もう少し小さく軽くなれば有難いですね。ふたつ目は、明るさの強弱が付かない事。明るいので夜警には良いのですが、それ以外では明るすぎて少々扱いづらいのです。そしてみっつ目ですが、あまり長持ちしない事です。無属性の魔石の消耗が激しくて、二晩程度で石を入替えねばならないのが、少々煩わしいですね。もっともみっつ目は、そのおかげで魔石が売れるので痛し痒しでございますが……」

 少々苦笑しながらルドルフが気になっている点を教えてくれた。


「ありがとうございます。どうにか出来ないか、ちょっと色々試してみますね!」

 そう言うと勇は、早速基板に魔法陣の下書きを始めるのであった。


「重さと大きさについては、機能陣側をどうにかしないと焼け石に水だなぁ。まぁこのやたら無駄の多い起動陣だけでも1/10くらいの大きさには出来るけど、魔石はめる所が無いと駄目だから限界があるし……」

 ぶつぶつと呟きながら、構想を練っていく。

 昔からアルゴリズムを考える時は、言葉にする事で客観視できるような気がして、呟きながらやるのが癖になっていた。


「明るさについては、ひとまず機能陣へ供給する魔力を減らして明るさが変わるか試してみよう。それで変わらなければ、起動陣側からのコントロールはちょっと難しいと判断するしかない。まぁ、無属性魔石の寿命は延びるだろうから、問題無いけどね」

 そうして方針を決めた勇は、下書きに着手した。


 まずはやたらと無駄な言葉や分岐が書かれている部分を削っていく作業だ。

「しっかし、そもそもなんでこんな無駄を?」

 勇が困惑するのも無理はない。

 プログラムで言うとこのコメントのようなものや、全く機能していない条件式のようなものが書かれており、必要な部分は1/10にも満たないのだ。


 ちなみに、コメント部分についてはコメントであることは分かるのだが、書いてある内容までは理解できなかった。

 条件式のほうは、意味の有無に関わらず内容が分かるところを見ると、能力スキルで分かるのは、所謂”予約語”にあたるものに限られるのかもしれない。


「いや、待てよ……? これ、そもそも内容的な意味なんて無いんじゃないか? 見た目の為? アスキーアートみたいなものなんじゃ……?」

 そういう目線で見てみると、何かしらの模様を形どっているようには見える。それが何を表しているかまでは分からないが……。


「確か、たまたま動く形で発掘された奴を参考にしてるって言ってたけど、土産用の奴とか、誰かが悪ふざけで作った奴が混ざってるんじゃ??」

 道具と言うのは、性能を追求していくと、基本コンパクトになっていく。

 使い辛いサイズにしても仕方が無いので、外観の大きさは必要以上に小さくならないが、内部は原価低減のためにもどんどんシンプルになるものだ。


 それはこの世界でも同じなはずだ。なにせコストの概念はきちんとあるのだから。

 であれば、この起動陣は無駄に意味があるはずだ。もしくは無駄のある事が仕方がないものなのだろう。

 もっとも、現状それがどういう素性のものだったのか知る由は無いので、どうしようもないのだが……。


 次は、無属性の魔石から供給される魔力の量を減らす工夫に取り掛かる。


 魔法カンテラの起動陣は、スイッチオンと同時にデフォルトの威力で魔力を吸い上げ続ける極シンプルな仕組みだ。

 対して、アンネマリーに見せてもらった起動陣には、明確に魔力の量を数値化して吸い上げているものがあった。

 それを魔法カンテラの起動陣に組み込んでみる事にする。


「デフォルトがどれくらいの数値なのか分からないからなぁ……ひとまず何パターンか作って、実験してみるか。しかし、よもや16進数が採用されてるとは思わなかったなぁ」

 この世界も、通常使われているのは10進数だ。地球と同じく片手の指が5本なので、そうなるのだろうか。

 しかし魔法陣で使われている数字はまさかの16進数だった。


 ちなみに16進数は、コンピュータの世界でよく使われる数字で、16で桁が上がる数字だ。

 0~9までは普通の10進数と同じで、10になっても二桁にはならず、Aと表記する。その後11がB、12がC……15がFになり、16になると桁があがって10になる。


「良かったよ、2進数と16進数を勉強しておいて。さて、まずは魔力量10(10進数で16)くらいから試してみるかな……」

 アンネマリーが見せてくれた起動陣の1つは、機能陣に送る魔力を二つに分割するタイプのものだった。

 それぞれ魔力量が異なっており、小さい方が10(10進数で16)、大きい方が30(10進数で48)と言う数値だったので、その小さい方に合わせた形だ。


「ヨシ、これで魔力量が足りてれば動くはずだ」

 記念すべき勇の魔法陣第一号は、3センチ四方に収まる非常にコンパクトなものだった。

 魔石を埋める都合上基板自体は5センチ四方くらいあるが、魔法陣自体は非常に小さい。


 機能陣へ魔力を送り込む部分を接続して、いよいよ起動実験を行ってみる。

「さーて、どうなる事やら」

 ワクワクしながら起動スイッチ代わりになっている魔法石に手を触れる。


 元となった魔法陣と同じように、無属性の魔石が淡い光を放ち、その光が魔法陣を伝って機能陣へと流れ込んだ。

 そして……


「おおっ! 光った!! 成功だ!!!」

 一発で成功するとは、中々幸先が良い。


「よし。じゃあ、最低いくつで動くのかを試すか……」

 そして魔力量1から順番に数字を上げていく地味な作業に没頭すること1時間。

 勇は最低起動魔力量が0B(10進数で11)である事を突き止めた。


「よしよし。これで後はどの程度魔石の持ちが変わるかだなぁ。明日もう一度エトさんの所に行って、何台か組み上げてもらおう。それと、デフォルトだとどの程度の量なのかも実験したいから、もう少しパターンを作って放置実験してみるか」

 勇は、放置実験用としてB以外に20(10進数で32)、30(10進数で48)、50(10進数で80)、100(10進数で256)の基板も用意しておく。


「ふふふ、明日が楽しみだなぁ」

 出来上がった基板を並べて嬉しそうに眺めていると、書斎のドアがノックされた。


「はい!」

「イサム様、夕食の準備が整いましたので、お手を止めていただく事は可能でしょうか?」

 呼びに来たのはカリナだった。


 もう夕食の時間とは……。恐ろしい速さで時間を溶かしたものだ。

 この辺りも初めてプログラムを学んだ時と同じだなと苦笑しながら返事をする。

「はい、ちょうどキリがついた所だったので、すぐに伺いますね。ありがとうございます!」

「承知しました」


 勇は返事をすると、解読の結果と実験の結果を引っ提げて、足取りも軽くダイニングへと向かって行くのだった。

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