第17話 起動陣の解読

 館に戻った勇は、アンネマリーと昼食をとると、早速魔法陣の解読作業に取り掛かる。

 勇に与えられた部屋は、寝室のほかにリビングとミニキッチン、そして小さな書斎までついた部屋だった。


 最初はリビングで始めたのだが、一人で使うには広すぎて落ち着かず、今は書斎に籠る形となっている。

 アンネマリーには、他に見る事が出来る魔法陣が無いか探してもらっていた。


 勇は、エトからもらってきた起動陣と機能陣を並べて、あらためて見比べてみる。

「う~~ん、やっぱり機能陣は、どういう意味なのか全く分からないな……。何かが書いてある事までは分かるけど、意味が分からない。同じように魔力が流れると魔法が起動するのに、何の違いなのかサッパリだ……」


 エトの工房で見た時と同じく、やはり機能陣については何が書いてあるか分からなかった。

 なので、ひとまず起動陣の解読に集中することにする。


「で、どう考えてもこれ、スクリプトだよなぁ……。文字ってより記号に近いからフローチャートか?」

 2時間ほど集中して読み解いた勇の結論は、”起動陣はスクリプトである”だった。


「これを見ると、魔石をはめた瞬間からすでに待機状態で魔法具は起動してるんだな。で、これが魔石に触れた時の状態を判別する判定式で、こっちが魔石から魔力を吸い出す命令か。そして吸い出した魔力を機能陣に渡す、と。機能陣側でどう使われてるのか分からないけど、引数みたいなものか?まぁ機能としては恐ろしくシンプルなプログラムだなぁ。命令が少なすぎるから、これ単体ではいかんともしがたいか……」

 

 比較対象や、もう少し手本となる魔法陣が無いと、これ以上の解読は無理だと結論付ける。

 休憩を兼ねた経過報告と他の魔法陣の入手状況確認のため、勇が書斎から出ると、リビングには織姫に赤ちゃん言葉で話しかけているアンネマリーがいた。


「おーよしよし、オリヒメちゃんはかわいいでちゅね~~」

「……」

 こちらに背を向けたまま織姫に話しかけるのに夢中なのか、勇が書斎から出てきたことにアンネマリーは気付いていない。

 織姫は勇が部屋から出た瞬間に気付いていたが、出来る女なので、一瞬耳だけ勇の方に向けた後はされるがままになっている。


「そうでちゅか~、のどが気持ち良いんでちゅか~。そ~れもふもふもふもふ~~」

「…………」

 絶好調である。

 さすがにそろそろ限界と感じたのか、織姫が香箱座りを解いて立ち上がり、勇に向かって「にゃ~ん」と鳴いた。


「あらら~、どうしたんでちゅっっ!!!!」

 なおも気付かないアンネマリーは、織姫の見ている方へ振り返って絶句した。


「いいいい、いさ、イサム様、いいいいい、いつからそこに??」

 やたらと”い”が多い。


「つい先ほどです」

「そそそそそ、そうですか。そそそ、それでどうされましたか?」

 今度は”そ”が多くなった。


「ああっと、起動陣の解読が一通り終わりまして。ちょっと他の魔法陣と比べたいなと思いまして」

 ここは自分の部屋で、魔法陣の解読をすると宣言していたのになぁと思いつつ、慌てふためくアンネマリーを見ながら勇は答える。


「そ、そうでしたねっ!? と言うか頼まれていた他の起動陣の写しがあったので、見ていただこうと持って来たんでした……」

「おぉ、そうだったんですね。助かります」

 どうやらちゃんと依頼をこなしたのだが、最後の最後で織姫トラップにかかったらしい。

 まるでゴール1マス前にある10回休みくらいえげつないトラップだ。


「じゃあ、お茶でもしますか?休憩も兼ねて、報告しようと思っていたところだったので」

「良いですね。カリナ、お茶の準備をお願いします」

「かしこまりました」

 部屋の隅の方で待機していたカリナが、軽く礼をしてからミニキッチンでお茶の準備に取り掛かった。


「へぇ、この起動陣にそんな意味があったんですね……」

「はい。ただこれは、本当に一番シンプルな起動陣なんだと思います。何の条件も調整もしてないですしね。なので、他のものと見比べてみたくて」

「そうなんですね。屋敷の資料室を軽く探した所、起動陣の写しが2つ見つかったのでお持ちしました。探せばまだ出てくるかと思いますので、この後また探しに行ってきますね」

「ありがとうございます。私は早速、いただいた起動陣も解読してみます」

 30分ほどの休憩を終えると、それぞれまた自分たちの作業に戻っていった。


 アンネマリーから新たにもらった2つの起動陣の解読を始めて3時間ほど。

 勇は自分の腹の音で我に返った。空腹を忘れるくらい没頭していたようだ。

「ん~~、一口に起動陣と言っても色々なパターンがあるってことかぁ。そう考えると、最初に一番シンプルなのが見られたのは良かったのかもしれない。やっぱり”Hello World”からだなぁ」

 軽く伸びをしながら、勇が独り言ちる。


 アンネマリーが持って来てくれた起動陣は、エトからもらったものと比べると随分複雑なものだった。

 条件式や制御式が使われており、なんと魔力の量も数値化されていた。

 勇の第一印象は少し覆り、ゴシックなプログラム言語に近いと考えをあらためる。


「これは思ったより予約語に種類がありそうだな……。スクリプト言語っぽいと思ってたけど、もっとしっかりしたプログラム言語だ。オブジェクト指向っぽくは無いけど、判定式があるんだ、最低でも変数とGOTO文みたいなものはあるんじゃないか? 関数とかが無くても、その二つが発見できれば、一気に視界が広がるぞ」


 勇は、初めてプログラムを学んだ時の事を思い出していた。

 新しい命令を覚えて、次々と出来ることが増えていったあの頃。

 それが楽しくて寝食を忘れ没頭し、親に何度も怒られていたあの頃。


「ふふふ、まずは徹底的に起動陣をいじってみるか。今解ってる命令だけでも、何か改良できることがあるはずだ」

 そう期待して、あらためて起動陣へと目を向けた。

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