第16話 エトの工房見学

「ええ、まぁ、はい」

 急に話を振られて、何とも適当な言葉を返す勇。

「ぷっ……。イサム様、無理に肯定されなくても大丈夫ですよ?」

 それを見て噴き出すアンネマリー。


「なんじゃそのいい加減な返事は」

 エトも呆れ顔だったが、気を取り直してアンネマリーに問いかける。


「で、何用だ? そっちのイサムとか言うのと関係ある用事か?」

「はい。ちなみに本日は、お弟子さんはもういらっしゃってますか?」

「いんや、今日は昼からだな。今んとこ俺だけだ」

「承知しました。あらためましてこちらはイサム・マツモト様。先日我がクラウフェルト子爵家が正式にお迎えした迷い人様です。まだ街の皆様にはお話ししていませんので、くれぐれも内密に願います」

「!!!」

 飄々としたエトだが、さすがに迷い人には驚いたようだ。目が点になっている。


「……なんと、まぁ。これまた珍しいモン拾ってきたもんじゃなぁ、嬢ちゃん」

「エト様、イサム様はモノではありませんよ。まったく……」

「はっはっは、わりぃわりぃ。イサムだったか? 俺はこの工房で工房長をやってるエト・メイイェル。聞いての通りノームじゃ」

「初めましてエトさん。イサム・マツモトです。元居た世界で、こちらの魔法具に使われている魔法陣に近いものを作っていたので、ご無理言って工房を見せてもらえないかお願いしたんです」

 お互いにごく簡単な挨拶を交わすと、勇は早速本題に入る。


「ほぅ。そっちの世界にも魔法具があったのか?」

「魔法が無かったので、正確には魔法具では無いんですが、考え方や出来る事はとてもよく似ていますね。向こうのものは、ほとんど持ってこれなかったんですが、一つだけ身に付けていたものがこれです」

 そう言って腕時計を外してエトに手渡す。


「何じゃこりゃ。とんでもなく透明なガラスを使っとるな……。外装は金属だが……、鉄じゃあねぇな。それにこの針、どんだけ細ぇんだ」

「これは、時間を細かく知るための道具なんです。ここに書いてあるのは私の世界の数字ですね。この長い針の一周が、こちらの1鐘とほぼ同じ時間です。一番細い針の一目盛りが、時間の最小単位で、これが一周すると長い針が一目盛り進みます。そして長い針が一周すると、短い針が数字一つ分進みます。で、短い針が二周で1日になるようになってます」


「なるほど……。それぞれの針が全部連動しとるのか。しかもずっと動き続けとる……。この顔みてぇのは何じゃ?これだけ雰囲気が違うようじゃが……」

「これは月齢と言って、夜空に出る月の満ち欠けの様子を表してます。向こうでは、大体30日で一回りしてましたね」


 勇がしている時計は、ブレゲと言う高級時計メーカーのクラシック7787と言うモデルだ。

 ムーンフェーズと言う月の満ち欠けを表す窓と、ゼンマイの残りを表すパワーリザーブ・インジケーターが付いている。

 シンプルながら綺麗な青い針に一目惚れして数年前に衝動買いした、人生で一番大きな買い物である。

 ちなみにお値段は、そこそこな日本車が新車で買えるくらいだ。

 結構な高給取りな割に、釣りと織姫くらいしか趣味がなかった勇は、これをキャッシュで買っても大丈夫なくらいの蓄えはあったのだ。


「はぁ……大したもんじゃな、コイツは。どういう原理かは分からんが、とんでもねぇって事だけは分かる。あんがとよ、良いもん見せてもらったわい」

 完全に職人の目で時計を観察していたエトが、良い笑顔で時計を勇へ返す。


「嬢ちゃん、俺のとこに来たって事は、一通り全工程を見るって事でいいんじゃな?」

「はい。まずはどうやって魔法具が作られているか、通して見ていただくのが一番良いと思いまして」

「分かった。つっても、あんなもんを見せられた後に見せるのも気が引けるが……。まぁええ。今この工房ではな、手持ち式の光の魔法具を作っておる。これじゃな」

 

 そう言ってカウンター下から魔法具を取り出す。見た目はカンテラのようだ。

 正面だけがガラス張り、背面と側面は金属板で覆われた筐体内に乳白色の石がはめ込んであり、その周りに模様が描かれていた。

 背面側には手で持てるよう取っ手が付いており、スイッチのようなものが一つついていた。


「これは、警備兵や冒険者が夜警なんかに使うための灯りじゃ。魔法カンテラと呼ばれておる。仕組み自体は魔法具の中でも極めて単純じゃ。光の魔石から取り出した魔力をそのまま光の魔法にして光らせとるだけじゃからの。魔法具の基本みたいなもんじゃな。まずはコイツの工程を見て、勉強するのが良かろう」


 モノ作りはシンプルな基本から。世界が違っても、これは不変の定理のようだ。

 そう言えばプログラムを初めて勉強した時は、画面に”Hello world”って表示したなぁ、などと勇は思い出していた。


「まずは、魔法陣を書くところからじゃな。魔法インクで模様を描く事が出来りゃ、土台はまぁ何でもええ。薄い金属か木の板なんかが使われるのが一般的じゃろうな。で、こいつが魔法インクじゃ。粉にした魔石を、偽銀液に混ぜ合わせてある」


「偽銀液?」

「ああ。銀と付いとるが別に銀を溶かしたものでは無い。河原の砂の中やら石を割った中には、偽銀っつう金属が割と含まれとる。少し熱してやるとすぐ溶けるんじゃがな、どういうわけかコイツに魔石の粉を混ぜると、冷えても液体のままになる。そいつをインク代わりに使っとるわけじゃな。で、面白いのが、この魔法インクは魔力を加えてやると、一気に固まるんじゃ」


 そう言いながら、エトは板の切れ端に魔法インクでサラサラと簡単な花の絵を描き、手をかざす。

 勇の目には、エトの手から透明な魔力の光が生まれ、花の絵に吸い込まれていくのが一瞬見えた。


「ほれ、このとおりじゃ」

 エトが板の切れ端を逆さ向きにして、インクが完全に乾いていることを示す。

 勇も触れてみるが、アルミホイルを貼ったような手触りはあるものの手に付いたりすることは無かった。


「へぇ、これは面白い性質ですね。込める魔力は少しで良いんですか?」

「ああ。魔力量が10もありゃあ余裕じゃな。で、一度固まると、もう一回魔力を込めても何も起きんし、よっぽどの高温じゃない限り再度溶けることも無い」


 エトの話によると、魔法陣は、魔石の粉が正しい図形状に配置されていれば動くらしい。

 なので、別に魔法インクを使う必要は必ずしもない。

 ただ今の所、これ以上に便利な代替品は存在せず、魔法インクに欠点がある訳でも無いので、ずっと使われ続けているとの事だ。


「次は実際に魔法陣を描く工程じゃな。俺はもう飽きるくらいこの魔法陣を描いてきたから覚えちまってるが、普通はこの見本を見ながら薄めた普通のインクで下書きする。その下書きの上から魔法インクでなぞって完成じゃ。まずはちゃんと下書きが出来るようになって、職人としてはようやく半人前ってとこじゃな」


 エトが見せてくれた15センチ四方程度の木の板には、薄っすらと模様が描かれていた。

 色が薄く何が描いてあるかはよく見えないが、細かい記号のようなものが集まって大きな模様を形成しているようにも見える。

 するとエトは、先ほどのペンと魔法インクで手際よく模様をなぞっていく。

 大学時代に漫画家デビューした友人がいたが、その友人が原稿にペン入れをしているのに似ていた。

 下書きの上に迷いなくペンを走らせる様は、まさに職人技だ。


「まぁ、こんなもんだな」

 ものの数分で、銀色に輝く10センチ四方の魔法陣が描きあがり、先ほどのように魔力を込めて定着させた。


「で、コイツの場合はこの部分に光の魔石を定着させる。魔石の定着も魔法インクを使うことがほとんどじゃ。魔法陣を描いたやつよりちょっと濃い、魔石用のインクじゃな」

 そう言ってエトは、直径2センチほどのやや白っぽい魔石に魔石用インクをひと塗りすると、魔法陣の右上あたりに置いて定着させた。


「これで、光る部分の基板は完成じゃ。ただ、魔法具はこれだけでは動かん。起動用の魔法陣、起動陣を組み合わせないと、何故か動かんのじゃ」

 そして今度は、10センチ四方ほどの一回り小さな基板を取り出す。


「こいつが起動陣じゃ。こっちは機能陣のように種類は多くない。俺が知ってる限りだと、せいぜい10種類くらいじゃな」

「へぇ、そうなんですぅっっ!?」

 そして勇はそれを見て息を飲む。魔法陣を凝視して動かなくなってしまった。


「おいおい、大丈夫かイサム?」

「え、ええ、大丈夫です。随分とさっきの魔法陣とは大きさも形も違うのでビックリしちゃいまして……」

「まぁ確かに、だいぶ違うわなぁ」

「ええ。あと、こちらはすでに魔法インクで書いたものがあるんですね」

 少し心配そうに見てくるアンネマリーに小さく頷きながら、勇はエトに質問を投げかける。


「種類が少ないから、ある程度魔法陣を描いた状態で取っておいてあるんじゃ。弟子の練習にもちょうどいいしの。あとは無属性の魔石を取り付けるだけじゃな」

 そう言ってエトは、直径2センチほどの小さな透明の魔石を取り出す。

「で、ここにこいつを定着させる、と。これで基板は完成じゃ。後は、筐体に基板を組み込めば、魔法具の出来上がりじゃが、組み立てる上で一つ注意点がある」


「注意点ですか??」

「ああ。機能陣と起動陣を、決まった場所で繋げる必要がある。この魔法具だと、機能陣の右下と起動陣の左上じゃな。ここを繋げるようにして組み立てる必要がある。逆に言えば、ここさえ繋げちまえば基板は起動する」

 こんな風にな、と言いながらエトはむき出しのままの基板に埋め込まれた無属性魔石に触れた。


 僅かに無属性の魔石が光ったかと思うと、その光は起動陣を一瞬で伝い機能陣へと向かう。

 機能陣に光が到達すると、今度は光の魔石が淡く発光し、ついには機能陣の中央部分から直径5センチ程度の光球が浮かび上がった。

 それを見た勇が好奇の眼差しを向ける。


「おおぉぉ……。すごい、これが魔法具……」

 感嘆の声を漏らし、なおもキラキラした目で見続ける勇を、エトがこれまた嬉しそうに見ていた。


「なんだ、嬉しそうな顔しやがって。そんなに気に入ったのか?」

「ええ、そりゃあもう。魔法具って、魔法陣自体がこんなに綺麗だったんですね……」

「はっはっは、変わった奴だなイサムは。そんなに気に入ったんならコイツはそのまま持ってけ! あんまり長時間は光らねぇが、しばらくは楽しめるはずじゃ」

「いいんですかっ!?」

 エトの提案に勇が食いつく。


「おう。この領地へ来た祝い替わりじゃ。持ってけ!!」

「ありがとうございます!!!」

「おう。そうだ、消すときはもう一回この魔石を触るだけじゃ」

 そう言ってエトは無属性の魔石に触れ、灯りを消した。


「これが起動と停止の切り替えになってるんですね」

「そう言うこったな。嬢ちゃん、今日のとこはこんなとこでいいか?」

「はい。お忙しい中ありがとうございました」

 アンネマリーが小さくペコリとお辞儀をする。


「いいって事よ。しかし面白れぇヤツ連れて来たもんじゃな。イサム、興味があるならいつでも遊びに来い! 時間がありゃまた色々みせてやる」

「はい。ありがとうございます!」

 勇も勢いよくエトにお辞儀をする。

 そして、お土産にもらった基板を袋に入れてもらうと、二人はエトの工房を後にした。


 帰りの馬車に乗り込むやいなや、興奮気味にアンネマリーが勇に問いかける。

「イサム様、先ほど驚かれていたのはもしかして……?」

「ええ。起動陣の方だけですが、何かが描いてあることが分かりました。まだ詳しく内容を理解できているわけでは無いんですが、この魔法陣、ただの模様じゃないです。なんらかの法則を持って書かれた言葉か記号の集合体ですよ」

「っ!!!?」


「明日からしばらく、これの解読に取り掛かろうと思います。どういう訳か機能陣の方は読めないと言うのも気になるところですし……」

 勇はそう言って先ほど貰った基板を袋から取り出すと、眩しそうに目を細め愛おしそうな眼差しを向けた。

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