第1章:領都クラウフェンダムでの暮らし
第15話 クラウフェンダムの魔法具工房事情
昼食後からほぼぶっ通しで、勇が魔力操作の訓練、アンネマリーが魔法語の意味を理解した詠唱の訓練をした結果、二人仲良くヘトヘトになっていた。
どうにか夕飯を食べて身体を拭き着替えたものの、そこで体力の限界が来た二人は早々に眠ってしまった。
そして翌日。ぐっすり眠った二人は、目覚めの鐘が鳴ると同時にスッキリと目が覚めた。
エーテルシアでは、全ての街や村に教会があり、教会にある魔法具の鐘の音で時間を知らせている。
朝の5時頃に鳴るのが目覚めの鐘で、そこからは大体毎正時ごとに鐘が鳴り、正午辺りに昼の鐘が鳴る。
午後も同じく毎正時ごとに鐘が鳴り、20時頃の夜の鐘が、一日の最後をしめくくる鐘だ。
ちなみに何度か時計で確認したのだが、一日は奇跡的にほぼ地球と同じ24時間だった。
もっとも、時計の方がエーテルシア時間に最適化された、と言う可能性もあるのだが……。
朝食を一緒に取った二人は、魔法の勉強と共に勇のやりたい事である、魔法具の工房を訪ねることにした。
魔法具の工房は、無属性の魔石を産出する近辺に固まっている。
掘り出した近くで作るのが一番手間がかからないので、自然とそうなったそうだ。
結果、すり鉢状をした街の底、通称”最深層”は、魔石鉱山と工房が立ち並ぶエリアとなっている。
馬車に乗った二人も、護衛と共に最深層を目指して、坂道を下っていた。
「一直線に下っている訳では無いんですね」
上から数えて3段目、丁度真ん中の階層へと下る坂道を降りたところで勇が尋ねた。
「そうですね。最初は一直線の道だったそうなんですが、馬車や物が一気に下まですごい勢いで転がる事故が結構ありまして……。危ないと言う事で、今のような道になったそうです」
階層を繋ぐ坂道や階段は、中心方向に向かって作るのではなく、円周に沿う形で作られている。
また、一直線にならないように、階層ごとにジグザグに折り返すように作られていた。
「あーー、確かに止まらず下までいっちゃうと、かなりスピードが乗って危なそうですね……」
積荷を積んで坂を爆走する馬車を想像して、勇は小さく震える。
「はい。坂の正面にある工房は、事あるごとに大破して大変だったそうです」
三叉路にある家みたいなものだろうか? 時々車が突っ込んだ、というニュースを見た覚えがある。
順調に坂を下っていき、最深層へと辿り着いた。
他の階層が全てすり鉢の壁面に沿って建物があるのに対して、ここだけは平地に建物が立っている。
普通はそれが当たり前なのだが、壁面に建物があるのに慣れると、逆に新鮮味があるから不思議だ。
建っているのは石造りの建物と木造と思われる建物が半々くらいで、それほど高い建物は無い。
底面のほぼ中心には穴が口を開けている。魔石鉱山への入り口だ。
頑丈そうな門が立っており、勝手に入ることが無いよう24時間体制で衛兵が詰めている。
クズ魔石とは言え魔石には違いない。相応のセキュリティは必要と言う事だろう。
ぱっと見、よく似た町工場が集まったような感じで、エリアごとにある程度棲み分けされているそうだ。
そもそも魔法具を作る工程は、大きく3工程に分かれている。
1)魔法具のケースであり本体である筐体を作る工程
2)魔法具の心臓部である魔法基板を作る工程
3)基板と魔石を筐体に組み込み仕上げる工程
である。
魔法基板は、魔法陣と魔石から出来ており、魔法陣はさらに起動・終了を行うための起動陣と、魔法具としての機能を発揮する機能陣に分かれる。
クラウフェンダムで請け負っている作業は、設計図通りに魔法陣を書き、そこへ無属性の魔石をセットするまでがメインだ。
以前アンネマリーが説明してくれた通り、元々は、魔石を単体で売っていた。
しかしそれだと、単価の安い無属性魔石では、売り上げに対する輸送費の割合が大きいため儲けが少ない。
魔法インクで魔法陣を書いたものとセットで無属性魔石を売る事で、付加価値を高め単価を上げ、輸送費のインパクトを抑えるのが狙いである。
半面、属性魔石の埋め込み、完成した魔法基板を筐体に組み込む仕事はあまりない。
自領で属性魔石を産出する領地の貴族や商人は、自領の魔石を運んでまでクラウフェンダムで組み立てを行うメリットがあまり無い。
属性魔石で無属性魔石の代用が出来る上、結局魔石を輸送するコストがかかってしまうためだ。
なのでクラウフェンダムの商売は、魔石産出領に対する基板と無属性魔石のセット販売か、属性魔石を買い付けて魔法具を作っている商会相手がメインだ。
こういった商会であれば、元々国中から魔石を買い付けるため、そこまで輸送コストを気にする必要が無い。
安く属性魔石を埋める手前まで出来上がった魔法陣を作れるし、魔石とインクと基板を別々に運ばないので効率も良い。
常に必要分だけ購入するので、無用な在庫を持つ必要が無いのも地味に大きい。
そんな事情もあって、エリアごとに棲み分けられていると言っても、魔法基板を作る工房が7割以上を占めている。
そのおかげか、地球の町工場の集まる地域にありがちな喧噪は殆どなく、かなり静かで整然とした印象を受ける。
「このあたり一帯は、魔法陣を魔法インクで書いている工房になっています。仕事量の半分以上が、この魔法陣を書く仕事ですね」
「へぇ。魔法陣の図案はどうしているんですか?」
「設計図と言うか、下書きを元に清書をする感じですね」
「なるほど。……あれ? でもそれだと、どんな魔法陣だとどんな効果があるのか、とか技術を盗めるのでは?」
「ええ。なんの魔法具用の魔法陣なのかが分かるものであれば、どんな効果がある魔法陣なのかは分かります。でも、それを技術として習得する事は出来ません」
「あれ? 魔石から抽出した魔力を魔法陣で具体化させるんですよね? こう、魔法陣に意味と言うか法則性みたいなものは無いんですか?」
「もちろんあるとは思うのですが、魔法陣を見ただけでは、我々にはどんな効果があるのかは分からないのです。決められた位置に魔石を埋め込み、起動させてみて初めてどんな効果がある魔法陣なのかが分かるのです。なので、いくら魔法陣を沢山書いたところで、我々が新しい魔法具を作る事は出来ないのです」
悲しそうにアンネマリーが事実を語る。
アンネマリーの話によると、そもそも今の人々は魔法陣を一から作ることは出来ないそうだ。
数少ない過去の資料や、古代の遺跡から時々産出するアーティファクトと呼ばれる古代の魔法具を分解し、そこに描いてある魔法陣をそっくりそのまま使うのだと言う。
基本的には全てをそのままの形で使うのが普通で、稀に組み合わせることはするが、カスタマイズする事は無いらしい。
もちろんこれまでにも、魔法陣をいじって効果を強めたり別の効果が発揮できないか試したものは大勢いたが、悉く失敗したそうだ。
少しでも手を入れたり省略すると、途端に全く起動しなくなるため、いつしか誰も手を入れなくなったと言う。
新製品として売りに出される魔法具は、新たに発掘されたアーティファクトのコピー商品か、既存魔法具と筐体が異なるだけのものがほとんどとの事だ。
極稀に、既存の魔法陣を複数組み合わせて新たな魔法具が生み出されることがあるらしいが、
そんな状況なので、未知の魔法陣やアーティファクトを使った魔法具を販売する場合は、国に報告する義務があり、秘匿するのは大罪として処罰される。
もし貴族がそれを行った場合は、お家取り潰しになると言うのだから相当厳しい処分だ。
その代わり、10年間の独占利用権と、その後100年間は魔法陣の使用料を徴収する事が出来る。
現代地球の特許のような制度だ。
「なるほど……。そう言う事情があったんですね」
「はい。それにそもそも使い古された魔法陣を使ったもの以外は、自領以外で作ることも少ないですし……。こちらでも、少しは属性魔石を組み込んで完成品まで作っているものもありますが、大量に作る事でコストを下げる価格勝負の魔法具か、凝った筐体で価値を高めた貴族向けの高額商品の二択と言う状況です」
地球における中国や東南アジアのような感じだが、技術を盗んだ時のリスクが地球の比では無いので、逆転する事も難しい気がする。
中々ままならないものだなぁ、と勇が考えていると申し訳なさそうにアンネマリーが口を開いた。
「すみません、イサム様。せっかく魔法具に興味を持っていただいていると言うのに、こんなお話しかできずに……」
「いえいえ!! そう簡単な話じゃないのは当然ですよ! それに、魔法陣を書くための道具をより良いものにするとか、組み立ての効率をよくするとか、色々な方法がありますから! それにはやっぱり、実際に作っている所を見せてもらわないと始まりません!」
考え込んでいたのを落ち込んでいると取られたようなので、慌ててブンブンと両手を振りながら勇がフォローする。
「……ありがとうございます。そうですよね! やり方は色々ありますよね! それでは、早速こちらの工房をご案内します。珍しく完成までの工程を一通り行っている数少ない工房なので、魔法具作りがどういう物なのかご理解いただけると思います」
少し表情が明るくなったアンネマリーに案内されたのは、そこそこ大きな石造りの工房だった。
工房の入り口上部には”メイイェル工房”という看板がぶら下がっていた。
入り口に鍵はかかっておらず、躊躇することなくアンネマリーが扉を開く。
入ってすぐの場所は受付のようだが、今は誰も見当たらない。
4畳半程度のスペースの奥に小さなカウンターとカウンターチェアが2脚、空いたスペースに丸テーブルと椅子が4脚置いてある。
「こんにちは! エトさん、いらっしゃいますか~?」
人がいないのも気にせず、アンネマリーが奥へと声を掛ける。
エト、と言うのが工房の責任者なのだろうか?
しばらく待っても返事が無いので、アンネマリーが再度呼びかけると、今度は返事が返って来た。
「誰じゃ。まったく。そう何度も呼ばんでも聞こえておるわい」
お世辞にも機嫌がよいとは言えないセリフを吐きながら、奥から小柄な人物が出てきた。
「すみません、エトさん。お忙しい所」
「なんじゃ、嬢ちゃんか。いや、すまんすまん、別に忙しくなぞ無いから問題無いぞ。むしろ嬢ちゃんならいつでも大歓迎じゃ」
訪ねて来たのがアンネマリーだと分かると、エトと呼ばれた男は一転して破顔する。
見事な手の平返しだ。
しかしそれ以上に気になるのが、その風貌だった。
身長は小柄なアンネマリーよりもさらに小さく、小学生くらいだ。
しかし顔つきは大人のそれだし、口調に至っては割とおっさんくさい。
そして、人より二回りほど大きい耳の先がやや尖っている。
「イサム様、こちらが工房長のエト様です。エト様は、ノームと呼ばれる種族の方で、こう見えて100歳を超えてらっしゃるんですよ?」
「こう見えて、とはどういう意味じゃ? どこから見てもダンディさしか無かろう? なぁ、そこのお前もそう思うじゃろ? 誰か知らんが」
くすくす笑いながら説明するアンネマリーに対して、嬉しそうに言葉を返すエト。
異種族キターー、などと思ってやり取りを見ていたら、速攻で声を掛けられる勇だった。
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