第14話 勇の魔法
魔法語の意味を理解した上で呪文を詠唱する事で、威力が上がることは判明した。
アンネマリーは、引き続きウォーターボールで消費魔力量の調査を行うようだ。
同じ魔力で威力が上がったので、威力の調整をやり直さないといけない。
その間に勇は、ニコレットに魔法の1段階目。魔力の操作方法を教えてもらう事にした。
「魔力の操作は、ものすごく感覚的なのよね。何より、自分の身体にある魔力の感じ方が、人によって全然違うからそうなるんだけど……。例えば私の場合だと、背中を中心にして体中に広がってるような感覚なの。でもアンネはお腹の辺りに感じる温かいものが、体を巡っているっていう感覚なんですって。他にも体の表面を万遍なく覆っている感じ、って言う人もいるし、これが正解だって形が無いのよね」
「それはかなり個人差がある感覚ですね。魔力量の大小は関係無いんですか?」
「多い方が多少分かりやすいとは言われてるけど、自分以外の魔力量を体感する事なんて出来ないから何とも言えないわね」
「あーー、そりゃそうですね……」
「唯一共通している事と言えば、体の中とか外、場所は関係無く、“巡っている”という感覚がある事ね。魔力操作を持ってる人に言わせると、魔力は常に体の端から端まで回ってるモノらしいわよ」
「なるほど……」
血液のようなものなのだろうか? もしくはその血液によって運ばれている酸素や栄養のような感じなのか?
自己分析では、勇の
魔法として使おうとした段階で、初めてその属性と共に見えるようになっている気がする。
もし魔力が見えているのなら、今もニコレットの体にある魔力が見えるはずだし、何より自分の魔力が見えているはずだ。
それが見えないという事は、そういう事なのだろう。
逆に、魔法を発動させようとしている魔力に関しては、はっきりと視認できる。それも色付きで。
体内にただ存在しているだけの状態の魔力と、魔法の元として使われようとしている魔力には、きっと明確な違いがあるのだろう。
そして特定の条件を満たした魔力だけが、勇の目に見えているのだ。
そう考えると、順番は逆だが、まずイメージして呪文を唱えてみたらどうだろうか?
魔力を集めていないので濃度が足りず、魔法は発動しないだろうが、その手前まで行かないだろうか?
たまたま近くにある魔力が、微量でも発動用に変換されれば見る事が出来るので、後はそれを元に集中すれば、魔力を感じられるようになるのでは?
そう仮説を立てると、早速検証してみることにした。
検証に使う魔法は、アンネマリーと同じウォーターボールだ。
何度も見たのでイメージもしやすいし、詠唱の内容も分かりやすい。
(えっと、確か“水よ、無より出でて我が手に集わん”だったな。水が無から出るイメージ……、いや実際は魔力を水に変えてるんだ。無じゃ無くて、そこらに水の元になる魔力が漂ってて、それが手に集まって水になる感じか? うん、それなら何かアニメとかゲームのエフェクトっぽいから、イメージしやすそうだ)
そう結論付けて、早速集中し始める。
手に集わん、なのでアウトプット先は手の平。左手で右手首を掴み、右手の平を上に向け、そこに水が集まる事をイメージして集中する。
30秒ほど集中してイメージを固めると、少し考えて、呪文を詠唱してみた。ただし、魔法の名前は言わずにおく。
『水よ、無より出でて我が手に集わん……』
すると、手の平を中心にして水色の光が何粒か飛び出し拡散、その後拡散した粒子にくっつくような感じで空中から光が集まるのが見えた。
しばらくその状態が続いていたが、勇の集中力が途切れた途端空気中に霧散して消え去った。
右手を何度かグーパーすると、もう一度同じ作業を行う。
傍から見ると、右手をじっと見て呪文を途中までしか唱えない危ないヤツにしか見えない。
ニコレットは、勇が集中しているようなのであえて黙っているだけで、何をやっているのかと聞きたくて仕方が無いだろう。
3回それを繰り返した勇は、小さく頷くと4回目の作業に取り掛かった。
ただし、今回は……
『水よ、無より出でて我が手に集わん……、
最後まで呪文を唱え切った。
すると今度は、ビー玉サイズの水球が勇の右手の平の上に浮かんだ。
そのまましばらく水球をとどめていたが、フッと息を吐き集中を解くと、水球は地面へ落下、ぱしゃりと音を立てて地面に染みを作った。
「ちょ、ちょっとイサムさん! もう魔力が操作できるようになったの!? って言うか、どう見ても今、ウォーターボールが発動してたわよね!!?」
一部始終を見ていたニコレットが驚愕の表情で尋ねてくる。
「あはは。そうですね、多分ウォーターボールの魔法は発動したんじゃないかなぁ、と思います」
「多分って……」
勇のあまりの物言いに呆れるニコレット。
「いや、ちょっと感覚的過ぎて魔力を感じるのが難しそうだったんですよ。私の
そこで一旦言葉を区切ると、少し考えてから再び説明をする。
「どうやら魔法を発動させようとすると、その魔力は私の目に見える魔力になるので、それを見れば魔力の操作イメージがしやすいな、と。何度か発動の手前まで行った事で、何となく魔力の感じが掴めたので、最後は呪文を唱え切り、魔法が発動した感じです。まぁ、まだ全く魔力を集められていないので、すごく小さいのが発動しただけですけどね。はははー」
恥ずかしそうにポリポリと鼻の頭を掻きながら、何を考えて何をしていたのかを勇が説明する。
それを聞いたニコレットは、まん丸に見開いていた目をさらに丸くする。
人の目はここまで丸くなるのだな、などと勇が考えていると、ものすごい勢いで詰め寄られる。
「いやいやいや、そんな魔法の使い方初めて聞いたわよ?? 確かに、魔力の量が相当多ければ、集めなくても濃度が高いから魔法は発動するわ? でもそんなの、それこそ伝説の魔導士クラスの魔力が無いと無理よ。あなたも普通よりは魔力は多いようだけど、とてもじゃないけどそこまでの魔力量は無いわ……。いったいどういう事??」
「ちょ、ちょっと近い近い、近いですニコレットさん!!!」
鼻と鼻がくっつくくらいの勢いで迫られ、ちょっとドキドキしてしまう勇。
二児の母とは言え、あのアンネマリーの母親、相当な美人なのだから無理も無い。
「ふう。仰る通りです。でもさっき、アンネマリーさんが魔法を使ったとき、同じ魔力量で威力が上がったじゃないですか? という事は、イメージが詠唱の内容に近いほど、最低限発動に必要な魔力量は少なくて済むという事だと思いませんか? まぁ、イメージと近いかどうかなんて、誰がどう判定してるんだか謎過ぎますけどね……」
勇の返答を聞いてもニコレットの丸くなった目は元に戻らない。
「そ、そうかもしれないけど……」
「さて、おかげで魔力を操作する感覚がちょっとだけ分かったので、少し練習してみます」
一方勇の方はと言えば、もう説明は終わったとばかりに、魔力操作の練習を始めようとしていた。
「あー、イサム殿、ちょっといいかい?」
これまで黙ってみていたセルファースが勇に声を掛ける。
「はい、なんでしょう?」
「もし、ある程度魔力操作のコツが分かって魔法を使うのであれば、込める魔力は控えめにしてもらえないかい?」
「ええ、問題ありませんけど、それが??」
「ああいや、念のためにと思ってね。全開で魔力を込めて思いもよらない威力が出ると、裏庭の結界では保たない。被害が外部に及ぶと、報告の義務が発生して色々調べられるからね。イサム殿にとって、面倒なだけでしょ?」
「確かに!! ありがとうございます。そこまで気が回ってませんでした」
セルファースからのアドバイスに納得し、素直にお礼を言う。
「はっはっは。じゃあよろしく頼むよ」
「わかりましたー!」
「さてさて、どうなることかね」
嬉しそうに魔力集中の練習をする勇を眺め、楽しそうにセルファースが呟いた。
それから1時間ほど。
勇は魔力操作の練習をしていたが、状況は芳しくない。
どうにかピンポン玉サイズの水球を作れる程度にはなったが、魔力操作の感覚が上手く掴めないのだ。
「うーーん、腕の辺りにある魔力だけしか集まってない感じだよなぁ」
勇の自己分析通り、放出対象である手に近い所にある魔力は、手の平に集まっている。
ある程度水の魔力に変換された時点で可視化されるので、集まっている様子も見えている。
しかし、逆に言うとそれ以外がさっぱりだった。
本来、体中にある魔力を循環させて集めなくてはいけないのだが、集まらないと目にも見えないというジレンマだ。
結果、たまたま手の近くに流れている魔力だけを集めるにとどまっているのだ。
「目で見えちゃうから、逆にそれが仇になってるのかなぁ……? 某ジークンドーの達人も言ってたもんな、考えるな、感じろって……」
そんな事を呟きながら、やや意気消沈している勇。
一方それを見守っていた子爵夫妻は、驚きの色を隠せない。
「見たかい、ニコ。もう普通にウォーターボールが発動してるよ」
「ええ……、まったくもって恐ろしい才能ね。まだ上手く魔力集中できてないみたいだけど、まだ1時間も経っていないのにあそこまで出来てるのは異常よ。魔力操作の
そう。魔力の操作は、そもそもそんな簡単に身に付くものではないのだ。
魔力が見える魔力操作の
1週間で出来るようになれば、天才であると評価される。
そんな事とは露知らず、なおも試行錯誤を続ける勇。
昔から、コツコツとトライアンドエラーを繰り返すのは性に合っていた。
少しずつでも確実に前に進んでいるという感覚が、勇は好きだった。
プログラマという仕事は、ある意味天職だったかもしれない。
プログラムは思った通りに動かない。書いた通りに動く。
想定していない動きをしたという事は書き方が違うという事なのだ。
それをいかに発見し修正できるかがプログラマの腕の見せ所で、その地道な作業が勇は嫌いでは無かった。
魔法とプログラム。
一見両極にありそうな両者が、実は根っこの部分では近いのではないか?
それは勇にとって、エーテルシアで初めて実感できた手応えだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます