第13話 新魔法と旧魔法

「ふむ。簡単とはどういうことだい?」

 セルファースが水を向ける。

「寄こせと言われても、いや寄こせと言われないだけの力を我々が身に付けた後、公表すればよいだけです」


「ふむ、力をつけるとはどういう事だい?」

「そもそも、イサム様の取り合いになるのは、簡単にイサム様を奪えると思われているためです。であれば、容易にイサム様を奪えないようにすればよいだけの事」

「それは道理だが……。具体的にはどうする?」


「それも簡単です。と言うか一つしかありません。我々の泣き所がイサム様であると同時に、最大の武器もまたイサム様です。まずは我々家族と一部の側近に限定し、魔法語の意味を教えていただきます。すでに魔法が使える者なので、さほど時間をかけずに旧魔法が使えるようになるはずです」

 クラウフェルト家の騎士団は決して魔法戦力が潤沢だとは言えないが、それでも魔法が得意な騎士が何名もいる。


「それと同時にイサム様にも魔法を覚えていただきます。魔法語が読める上、魔力が見えるイサム様であれば、あっという間にこの国有数の魔法使いになられると思います。そうなれば、直接イサム様をつけ狙うような輩なぞに、そうそう後れを取ることはないでしょう。その上で、徐々に自領の魔法使いや兵に、旧魔法を広げていきます。近い将来、クラウフェルト領は世界最強の魔法使い軍団となるでしょう。それまでの間、イサム様のスキルを秘匿するだけです」


 アンネマリーが一気に言い切った。その目には微塵の揺らぎも無い。

 瞑目しながら話を聞いていたセルファースは、アンネマリーの話が終わると静かに口を開いた。


「なるほどね。一見乱暴な話だけど、考えてみたらそれしか無いのかもね。ふふふ。うん、確かに簡単な話だったね」

「いいわね。クズ魔石屋と揶揄された私達が、最強の魔法使い軍団になる……。夢があるわ」

 ニコレットも楽しそうだ。


「はい。すでに私はワクワクしています」

 一貫してアンネマリーの表情は、期待に満ち溢れている。

 この場で唯一浮かない顔をしているのは、イサムだけだ。


「あのーー……、まだどうなるか分からないのに、話が進み過ぎていると言いますか……。いや、ぶっちゃけ私にそんな価値ありますかね??」

「あるね」

「あるわね」

「あります!」

 三人の声が見事に揃う。表情も全員“何を言っているんだコイツは”といった顔だ。


「そ、そうですか……」

 あまりの圧に勇がたじろいでいると、ノックの音が響いてきた。

「呪文書をお持ちしました」

「すまないな。入ってくれ」


 ルドルフが、火と風の初級呪文書を抱えて戻って来た。

 勇はさっそく呪文書の魔法語を確認していく。

「うん、やっぱり全部意味が分かりますね。この前アンネマリーさんが使っていたブラストエッジは“風よ。重なり刃となって飛べ”ですね。“無より生まれし火球は、爆炎となって敵を打ち倒す”、多分これがリディルさんとマルセラさんが使ったファイアブラストっぽいかな」

 呪文書をめくりながら、次々とその意味を口にする勇に、皆呆れ顔だ。


「読めるって分かってても、実際に目で見るとやっぱり驚くねぇ」

「ホント。絵本でも読んでるみたいにスラスラ読んでるんだもの」

「さすがイサム様です!」

 約一名、評価のベクトルがずれているが、気にするものはいなかった。


「ただ、やはり私が分かるのは“文字”だけのようですね。音を聞いただけでは、どういう意味であるかは分かりません。今後、意味と音の組み合わせを覚えていけば、見た事のある言葉は耳で聞いても分かるようになるとは思いますが」

能力スキルの説明通り、“視て”理解するのですね」


 そう、調べていて分かったのだが、勇が分かるのは目で“視た”もの限定だった。

 音で聞いて、その意味が頭に浮かぶようなことは無かった。

 もっとも聞いて分かっていたら、もっと早く気付いていただろうが……。


「うん。これでイサム殿が魔法語を読めるのは確定として良いね。それで十分過ぎるよ。無理に聞いて分かるようにしなくても大丈夫。じゃあ、いよいよ旧魔法の再現実験と行こうじゃないか。ルドルフ、裏庭の鍛錬場に人除けと魔除けを張っておいてくれ」

「かしこまりました。ただちに」

「アンネとニコ、すまないが車いすを押してくれるかい? さすがにこの実験は、自分の目で確認しないと駄目だからね」

「ええ、わかったわ」

「ご無理をなさらぬよう」


「どれくらいの威力が出るか分からない。今日のところはアンネの一番得意な水魔法だけにしておこうか」

「分かりました」

「ああ、ニコ。ついでにイサム殿に魔力操作の方法を教えてくれないかい? イサム殿にも、早く魔法を使ってもらいたいところだからね」

「まかせて」

 セルファースがてきぱきと指示を出し、あっという間に魔法実験の準備が整っていく。


 裏庭に出た一同は、若干緊張した面持ちだ。

 いよいよ旧魔法に挑むのだ、仕方が無いだろう。


「じゃあアンネ。まずは普通にウォーターボールを使ってみて」

「分かりました」

『水よ、無より出でて我が手に集わん……水球ウォーターボール

 淀みない詠唱が終わると、以前見たのと同じような水球が浮かぶ。


「うんうん。相変わらず流れるようなきれいな魔法だね。そのまま的にぶつけてみて」

 セルファースの指示に、コクリと頷き『突っ込め』と魔法語を呟き水球を飛ばした。

 水球は見事的に命中し、弾け飛んだ。


「よし、じゃあいよいよ旧魔法を試してみようか」

「分かりました。イサム様、もう一度ウォーターボールの詠唱の意味を教えてもらえないでしょうか?」

「うん。水よ、無より出でて我が手に集わん……、だね」

「ありがとうございます。その言葉の意味を意識して、使ってみますね」


 ふーーっと息を吐き気持ちを整えると、先ほどと同じように集中していく。

『水よ、無より出でて我が手に集わん…水球ウォーターボール

 そしてついに、アンネマリーが意味を込めた詠唱を唱えた。

 同時に、勇の目には先ほどよりより強く輝く魔法陣と、密度が増した水色の光の粒が見えた。

 すると、先ほどより二回りほど大きな水球が顕現する。


「!!」

 自分で唱えておきながら、その差にアンネマリーが驚きの表情を浮かべる。

「アンネ、そのまま的にぶつけてみて」

 我に返ったアンネマリーが、再度『突っ込め』と魔法語を呟き水球を飛ばす。

 先程よりもやや速い速度で水球が飛んでいき的に命中、弾け飛ぶとともに的を粉砕した。


「……」

 その結果を見て、魔法を唱えたアンネマリーが言葉を無くす。

 全く同じ呪文を同じ魔力量で唱えているのに、この威力の違い。

 実験を見守っていた勇以外の全員が、新しい魔法時代の到来を確信していた。

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