第12話 魔法語の意味、分かっちゃいました(テヘペロ)

 魔法語の意味が分かるかもしれない……。


 エーテルシアで魔法を齧った者であれば、間違いなく全員驚愕するであろう事実が発覚する。

 あまりの驚愕に、絶叫したアンネマリー。

 屋敷中に響き渡ったその声に、家中のものが勇の部屋に駆け込んでくる。

 当のアンネマリーが、驚きのあまり人が来ても固まったまま動かなかったため、すわ不祥事か!? と訝しむ関係者の冷たい視線が勇に突き刺さる。


 原因が原因だけに、勝手に説明する訳にもいかずおろおろするしかない勇。

 アンネマリーが一刻も早く再起動することを切に願う。

 言葉にはしないが、“何をしたんだ”と言わんばかりの沈黙が痛い。

 3分ほど経過した後、ようやくわなわなとアンネマリーが動き出した。


「お、お嬢様??」

 尋常ならざる状況に、ベテランメイドが恐る恐る声を掛ける。

「イサム様っ!!!」

「はひぃっ!!!」

 突然のアンネマリーの呼びかけに、情けない声を上げて驚く勇。


「イサム様っ! これはとんでもない事になりますよ……。ルドルフっ! お母様をお父様の寝室に大至急お呼びしてっ! 私とイサム様はこのまますぐに向かいます。そして人払いをしておいてっ! イサム様っ、行きますよ!?」


 メイドの呼びかけを無視し、ルドルフに矢継ぎ早に指示を出すと、呪文書を抱えたまま勇の手を引っ張っていく。

 勇をぐいぐいと半ば引きずるようにしながら廊下を進んでいき、ノックはしたものの返事も待たずセルファースの寝室へ突撃した。


「どうしたん……」

 返事も待たず入ってきたアンネマリーに驚き、さらに勇を引きずっている事で二度驚いたセルファースは、そこで言葉が止まる。

 疑惑の目を勇に向けると、何もしてません! とばかりに、慌てて両手と首をブンブン振っている。

 はぁ、と小さくため息をついて、アンネマリーに語り掛ける。


「そんなに慌ててどうしたんだい? アンネ」

「お母さまが来たらお話ししますが、この国、いやこの世界の魔法が変わるかもしれません」

「魔法が変わる? いったいどういう……」

 要領を得ないアンネマリーの答えにセルファースが首を傾げていると、バタバタと廊下を走る音が聞こえ、ニコレットが飛び込んできた。


 相当急いで来たのか、軽く息が上がっている。

「アンネ、大至急の用事っていったい何事?しかも人払いまでして……。 あぁ、イサムさんも一緒だったのね」

「さて、アンネ。どういう事か教えてもらえるかな?」

「すみません、お父様お母様。驚きすぎて、いささか取り乱しました。しかし、事が事なだけに、とても冷静ではいられませんでした」


 時間が経過したことで少し落ち着きを取り戻したのか、まずは謝罪するアンネマリー。

 しかしまだその言葉は、どこか熱を帯びているようだ。

 すーはーと深呼吸をひとつして、再度口を開く。


「イサム様には、魔法語の意味が分かるそうです」

「ほぅ、魔法語の意味がな……。……んんん?! 魔法語の意味が分かっただと!? 今、そう言ったのか??」


 あまりにシンプルなアンネマリーの説明に、そのまま流しそうになったセルファースが、言っている意味を理解して慌てて聞き返す。

「ちょっと、アンネ。それ本当!?」

 ニコレットも驚愕して同じく聞き返している。


「はい。本当です。ですよね、イサム様?」

 自分より慌てている人を見ると落ち着くと言うが、両親の狼狽ぶりにアンネマリーが冷静さをようやく取り戻し、勇に話を振った。


「ええ。まだ数ページ見ただけですが、呪文書にどういう意味が書かれているかは分かりますね。例えばこれ、ウォーターボールの呪文ですが、ここには”水よ、無より出でて我が手に集わん”と書かれていますね。いかにもウォーターボールっぽいですよねぇ」

 まるで絵本でも読むかのように、勇がすらすらと呪文の意味を読み上げる。


「次にこれ、ウォーターカッター? でいいのかな? こっちだと”逆巻く水よ、束となり万物を切り裂く刃となれ”ですね。どんな魔法か知りませんが、これを見た感じだと圧縮した水で対象を切り裂くような魔法でしょうか? と、まぁこんなかんじなんです、け……ど、ぉぉ???」


 あまりに何でもないように魔法語の意味を語る勇に、領主夫妻はフリーズしたまま動かない。

 勇の発言をサポートするようにアンネマリーが言葉を続ける。


「水の呪文ですが、こちらの文字が”水”を表しているのではないか? というのが、最新の研究トレンドです。今イサム様に訳していただいたものも、まさにこの部分を”水”と訳していました。まだ一例ではありますが、何の予備知識もないイサム様が、それをズバリ言い当てられたのです。追調査の必要はあると思いますが、イサム様は魔法語が読める、と断定して良いと思います」

 真っすぐ両親の目を見据えて、アンネマリーが言い切った。


 しばし呆けていたセルファースだが、アンネマリーの言葉に我を取り戻す。

「……確かに、魔法についてまともに教えて差し上げたのがつい先ほどだったんだから、アンネの推察が正しいかもしれないね。ルドルフ、もう2冊ほど、水以外の呪文書を持って来てくれないか?」

「かしこまりました。すぐにお持ちします」

 そう言って退室するルドルフを見送りながら、なおも続ける。


「追検証はこれで良し。まぁ多分必要無いけどね。イサム殿が嘘をつく必要なんて無いんだし。で、問題はそれが本当だとした上でどうするか? と言う話だね」

「そうね。内容が内容だけに、下手に漏らしたら大変な事になるわ。アンネが人払いしたのは良い判断だったわね」

「ありがとうございます。私も、具体的にどうなるかまでは考えておりませんが、大事になるのだけは分かりましたので……」


 真剣な表情で話し合う領主親子。

 対する張本人の勇には、いまいちピンと来ていなかった。


「あのーーー、魔法語の意味が分かる、と言うのは、そんな大変な事なんでしょうか??」

「ふむ。そう言えばイサム殿は魔法の無い所から来たのだったね。エーテルシアの魔法、特に空白の千年についての話はもう聞いたかい?」

「ええ。ぽっかり記録の無い期間があって、歴史的にも文明的にも、そこで断絶しているものが多いのだとか……」

「その通りだ。その断絶した影響が最も多いのが魔法だと言われていてね。空白の千年の前の魔法を旧魔法、その後の魔法を新魔法と、我々は分けて呼んでいるんだが、何故か分かるかい?」

「それをお聞きになると言う事は、単に時期や区切りの為だけでは無い、と言う事ですか?」


「その通り。わざわざ言い換えないといけないくらい、魔法の内容が違うんだ。旧魔法は”中身の魔法”、新魔法は”上辺の魔法”とも呼ばれていてね。我々が使っている新魔法は、旧魔法の形だけをどうにか真似て無理やり使っているに過ぎないんだ。だから、威力や効率も悪いし、応用も効かない、酷く不格好な魔法なんだ。残されている旧魔法時代の逸話によれば、もっと個人個人が魔法に手を加えて自由に使っていたそうだ。その最大の原因が、魔法語だ」


「原因?」

「ああ。魔法と言うのは、イメージとそれを具現化する呪文が組み合わさって出来ているのは知っているね?」

「はい、その辺りは聞いています」

「じゃあ、具現化する際の呪文の意味を知っているのと、知らずに音だけ真似たもの。どちらがより強くイメージを具現化できると思う?」

「っっ!!!! なるほど、そういう事ですか……」


「ああ。当然意味を正しく把握した呪文のほうが、より具現化する力が強いだろうね。この辺りは仮説にすぎないがね、後で実験してみたらすぐ事実だと分かるんじゃないかな。そんな訳で、世界中で今も旧魔法を再現すべく研究が進められている。そりゃそうだよね、それが出来ればより便利でより強力な魔法が使えるようになるんだもの」

「そうですね……」

 勇は相槌を打ちながら、だいたいオチが見えて来て憂鬱な気分になる。


「ふふ、その様子だと気付いたみたいだね。迂闊にイサム殿が魔法語が読める、なんて話を広めたら、世界中で取り合いの戦争になるよ。当然我が国はそれを秘匿したいだろうから、”厚遇する”とか言う名目で事実上監禁されるんじゃないかな。他の貴族からならまだしも、王家に言われたらウチもどうする事も出来ない」

 セルファースが苦笑しながら言葉を続ける。


「で、周りの国は当然開示を求めるだろうね。だって旧魔法を独占されたら、戦っても絶対勝てなくなるんだもの。個人的に独占しようとするような輩も沢山出てくるだろうしね」

 やはり。新しい技術の独占が悲劇と混乱を生むのはどの世の中も変わらないのか……。

 これでは却って、クラウフェルト家に迷惑をかけるだけではないか。


「どうしましょうか……?」

「う~ん、どうしたものかね……? 少なくとも当面秘匿するのは決定事項だが……」

 弱々しい勇の問いかけに、セルファースも困り顔だ。


「そんなの、簡単じゃないですか!」

 重い空気を取り払ったのは、アンネマリーの明るい声だった。

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