第9話 織姫の鑑定

 昨日は、セルファースとの話が終わると、家族だけの晩餐に招待された。

 家族と言っても、セルファースはベッドから動けないので、ニコレットにアンネマリー、アンネマリーの弟で今年で10歳になるというユリウスだけだ。

 アンネマリーと勇が長旅で疲れているだろうと言う事で短い時間ではあったが、ユリウスは迷い人である勇に興味津々で、またあらためて話をすることを約束して晩餐は終わった。

 立派な寝室に案内された勇は、旅の疲れとベッドの心地よさに、あっさり意識を手放した。


 翌朝、食堂でまたセルファース以外の家族と一緒に朝食を終えると、重要懸案の一つ、織姫の鑑定に向かった。

 向かった先は教会だ。


 教会へ向かう馬車の中には、勇に織姫、アンネマリー、ルドルフに加え、何故かニコレットが同乗していた。

 いや、何故か、では無い。すっかり織姫の虜になったニコレットが、渋るセルファースを説き伏せて同行したのだった。

 領主の妻と長女が、急遽一緒に外出する事態となり、館は上を下への大騒ぎになる。

 まだ勇の件は伏せられているため、騎士団でガチガチに固める訳にもいかず、最低限の騎士と、私服に着替えた騎士が守りにつくことになった。


 領主家の紋章の入った馬車が外周の最上段にあるメインストリートを進んでいく。

 昨日、門から館へ来た時の方向とは逆方向だ。

 帰って来た時と違い、アンネマリーは顔を出していないため、住民たちは足を止めて道を開け、馬車が通り過ぎるのを静かに待っていた。


 10分ほど進んだ所、大きな建物の前で馬車は止まった。

 背の高い塔が左右に配された、尖った屋根が印象的な青い建物だった。

 馬車から降りた一行は、正面にある大きな入口へと進んでいく。


「ここが教会ですか。綺麗な青色ですね」

 教会イコール白亜の建物というイメージの強かった勇は、鮮やかな青色に驚く。

「はい。創造神様の教会です。誕生と終焉である海と空の色を表していると言われています」

「なるほど。私のいた所だと白い建物が多かったので、ちょっと新鮮です」

「内装には白が多く使われているので、外壁の青との対比が綺麗だと思いますよ」


 教会に足を踏み入れると、アンネマリーの説明通り壁も床も真っ白だった。

 しかし、勇の目を奪ったのは、正面の祭壇らしきものの上部にある、大きなステンドグラスだった。

 ガラスかどうか分からないので、ステンドグラスでは無いのかもしれないが、濃い青から淡い青色まで、微妙に色味の違う半透明の板を組み合わせたそれは、非常に神秘的で圧巻だ。


「すごい……! 綺麗だ」

 思わずそう呟き、呆然と立ち止まって見上げているとバタバタとかけてくる足音が聞こえた。


「アンネマリー様! それにニコレット様まで! ようこそいらっしゃいました!」

 教会内では走ってはいけないというルールがあるらしいので、速足の限界でやって来たのは、この教会の責任者か何かだろうか。

 ゆったりとした青いローブを着た、壮年の男性だった。


「お出迎え出来ず申し訳ございません、本日はどのようなご用向きで?」

 連絡もよこさず、領主の妻と娘が突然朝からやって来たのだ。慌てるのも当然だろう。

「朝早くから連絡もよこさずすみません、ベネディクト神官長。本日は至急かつ極秘にお願いしたいことがあってまいりました」

「至急かつ極秘、ですか??」

「ええ、その通りです」

 神官長の問いかけを、ニコレットが首肯する。


「まず、こちらのお方をご紹介します。この度、我がクラウフェルト子爵家が後見させていただく事になった、迷い人のイサム・マツモト様です」

「イサム・マツモトです」

「なんと……。これはご丁寧に。クラウフェンダム教会で神官長を務めさせていただいております、ベネディクトと申します」

 突然迷い人を紹介されて少々驚いたのか一瞬目を見開いたものの、すぐに柔和な表情に戻り挨拶を返すベネディクト。

 さすがは神官長だ、場数が違う。


「正式決定だけど、まだ領民には公開していないから、他言は無用よ」

 ニコレットが、ウィンクしながら釘をさす。

「王都へ行っていたアンネが、つい昨日ご案内したところなの。しかも道中、すでに命を救っていただいてるわ」

「なんと! それは誠ですかな? さすがは迷い人様ですな……」

 賞賛の目で勇を見るベネディクト。


「そしてイサム様が、元の世界からお連れになったのが、こちらの愛らしいオリヒメ様よ」

「にゃう~ん」

 勇に抱かれた織姫がひと鳴きする。

「おぉ、確かに非常に愛らしい! こちらは、マツモト様の使い魔なのですかな?」

「使い魔と言うより、家族に近い存在ですね」

 やはりエーテルシアでは、懐いている動物イコール使い魔のようだ。


「それで、本日のお願いと言うのが、こちらのオリヒメ様の鑑定をお願いしたいのよ」

「は? マツモト様では無くオリヒメ様を、ですか?」

「ええ。先程、マツモト様に助けていただいたと話しましたが、その時一緒に助けて下さったのがオリヒメ様なのです。元の世界ではそのような事は無かったとの事なので、こちらにいらっしゃった時にマツモト様と同じく天啓を受けたのでは、と思いまして」

「な、なるほど……。しかし、人以外に鑑定をするなど前例が無いので、私の一存だけでは何とも……」

 アンネマリーの説明にベネディクトの表情が露骨に曇る。

 それはそうだろう。これまで何百年も教会の教えに従い人だけを鑑定するのに使ってきたのだ。いきなり猫を鑑定しろと教えに無い事を言われても、混乱するに決まっている。


「そう……、それは残念ね。分かったわ、隣町の教会まで行って鑑定してもらってくるわね」

「えっ!?」

 呆気なく引き下がったニコレットに、ベネディクトが間抜けな声を出す。

「いえ、鑑定出来ぬと言うのであれば、用向きはないのよ。現時点での最重要事項なので、見てもらえる教会を探すまで。ああ、鑑定して何かしらのご加護や能力スキルを授かっていることが分かれば、それを初めて行った者として、後世に名を遺すでしょうね。では、急ぐのでこれで失礼……」


「お、お待ちください!! 直ちに鑑定の準備をしますので、少々お待ちを!」

「あら、そうなの? それは助かるわね」

 よくもまぁしれっと言ったものである。

 聖職者と言うのは、物質的・物理的な欲はあまり強くないのだが、こうした権威には弱いものが非常に多い。

 貴族もそうだが、死してなお、自身の名が残る事を誉とするものが多いのだ。

「ああ、ごめんなさい。急いで出て来た物だから、喜捨の用意もしていなかったわ……」

「いつも喜捨いただいておりますので、今回の喜捨は不要です」

「悪いわね。でも助かったわ」

 チラリとこちらを振り向き、ベネディクトに見えないようペロッと舌を出すニコレット。


「お母さま……」

 領主権限でねじ込んででも鑑定させる、と言っていたアンネマリーも苦笑するしかない。

 そんなものを使わず、さらには代金まで踏み倒す。もはや役者が違う。


 貴族は恐ろしい……。勇がそれを心に刻み込んでいるうちに、鑑定の準備が整う。

 出てきたのは、迷い人の門で使ったものによく似た魔法具だった。

 乗っている水晶が小振りなこと以外は、ほぼ同じ構造に見える。


「神眼の魔宝玉に似ていますね。これも上に手を載せて使うのでしょうか?」

「はい。こちらは鑑定の魔水晶と言うもので、使い方は同じです。違うのは、こちらの魔法具では能力スキルや加護のみを調べる事が出来ると言う点です」

 やはりルドルフの言っていた通りだ。

 もっとも、能力値についてはどちらでも良かったので何も問題は無いが。


「よし。じゃあ織姫、ちょっとこの水晶玉の上に手を置いてくれ」

「にゃっ」

 勇のお願いに、分かった、とばかりにポンと水晶球の上に右手を置く。


「よしよし、えらいぞ。じゃあ、ちょっとそのまま待っててな」

「な~~」

 しばしの沈黙。

 自分が鑑定した時は、しばらくすると水晶玉が光ったはずだったな……、などと勇が思い出していると、織姫の右手の下にある水晶玉が光を放つ。


「おおぉ??」

「こ、これはっ!?」

 勇とベネディクトの声が重なる。

 光が徐々に弱まり、空中に文字が描かれる。


=====

オリヒメ・マツモト

獣神化:バステト

=====


「なんじゃこりゃーーーーっっ!!!」

 それを見た勇は、思わず叫んでいた。

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