第8話 領主クラウフェルト夫妻

 岩山を掘って作られた家がほとんどを占める領都クラウフェンダムにあって、領主の館だけは通常の建築物だ。

 ルドルフによると、元々最上段の岩壁の一部が大きくえぐれていたため、最初期の頃に調査用の小屋をそこに建てたのが始まりなのだそうだ。

 その後、徐々に岩山を削って面積を広げながら今に至っていると言う。

 ちなみに倉庫や騎士の宿舎など、岩山を削って作られたものも併設されている。


「一休みしていただきたいところですが、このまま領主である父の元へ一緒に来ていただいてよろしいでしょうか?」

「はい、もちろん問題ありません。よろしくお願いします。あ、この服装で大丈夫ですかね??」

 旅程の最終日である今日は、地球の服を着て欲しいと頼まれていたため、パーカーとジーンズと言う出で立ちだ。

 どう考えても、領主に会って良い服装ではないのではないか?


「はい。上下ともエーテルシアでは見たことも無い服装です。迷い人として紹介するのに、これ以上のものはありませんので」

 笑顔でお墨付きをもらってしまっては断れない。


 先導するアンネマリーに続いて屋敷の入り口をくぐると、大きなホールになっていた。

 使用人と思われる一同が整列しており、勇の顔が引きつる。

「ようこそおいでくださいました、イサム様。お帰りなさいませ、お嬢様」

 名前を呼ばれてさらに顔が引きつる勇。


 いっぱいいっぱいになりながら、引きつった笑顔でどうにか軽く会釈をする。

 客であり、準貴族扱いである勇は、使用人には笑顔で会釈をするのがマナーだと、事前にルドルフに教えてもらっていた。

 教えてもらっていなかったら、大慌てでペコペコしながら「どうもどうも」と言っていただろう。


 ホールから伸びる階段を使い3階まで上がると、一番奥にある大きな扉の部屋へと向かう。

 入り口には騎士が二人立って警護をしていた。

 アンネマリーの姿を確認すると、騎士の一人が部屋をノックする。


「セルファース様。アンネマリー様がお戻りになられました」

 一拍置いて中から声がする。

「よし、通せ」

「はっ」

 短いやり取りを経て、扉が開かれる。


 入ってすぐのところは前室兼リビングとなっており、アンネマリー以外はひとまずそこで待機となった。

 アンネマリーが奥にある扉をノックする。

「お父様、アンネマリーただいま戻りました」

「ああ、お帰り。入りなさい」

 先程の声とは一転、優しげ気な声色だ。

「失礼します」

 一言告げて、アンネマリーが寝室へ入っていった。


 15分ほどが経っただろうか、かちゃりと小さな音を立てて扉が開き、アンネマリーが出てくる。

「お待たせしました。イサム様、お入りください」

「はい。ありがとうございます。失礼します」


 奥の部屋の中には大きなベッドが部屋の中央にあり、明るい茶色の髪をした壮年の男性が身を起こして座っていた。

 ベッド脇の椅子には、アンネマリーと同じ水色の髪をした女性が座っている。

 勇が入って来たのを見ると、ベッドの男性が声をかけて来た。


「あなたが迷い人のイサム殿だね。こんな格好ですまない。アンネマリーの父で領主のセルファース・クラウフェルトだ。国王より子爵位を賜っている。隣にいるのは妻のニコレットだ。ようこそ、クラウフェンダムへ」

「初めましてイサムさん。アンネマリーの母、ニコレット・クラウフェルトよ」

 領主に続き、妻のニコレットが立ち上がり挨拶をする。


「ご丁寧なご挨拶ありがとうございます。迷い人のイサム・マツモトです。この度はお取立ていただき、誠にありがとうございます」

 領主夫妻から丁寧な挨拶を受け、慌てて勇も挨拶を返した。


「はっはっは。アンネから腰が低いお方だと聞いてはいたが、なるほどその通りだ。そんなに畏まる必要はないよ。迷い人を迎え入れるのは、我々にとってこの上ない名誉なんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。昔からこの国は、迷い人に支えられてきたと言っても良いくらいだからね。私の代でお迎えできて光栄だよ。持ち回りになってからは、自分の代で迷い人を迎えられるかどうかは、完全に運だからね」

 にこやかに語る当主を見て、勇の緊張が少しほぐれる。

「それに、道中ですでに娘や騎士たちを救ってくれたんでしょ? それだけで、迷い人かどうかなんて関係無しに大歓迎よ?」

 隣の領主夫人も、同じように微笑んで歓迎してくれた。


「いや、そんな大それたことはしていないですよ! それに直接的に救ったのは、私では無く織姫ですし」

 確かに魔法攻撃が来ることを注意したのは勇だが、それを阻止したのは織姫なのだ。

 正直自分が何かをしたと言う実感が無い。


「ふふ。そのオリヒメ殿とやらは、イサム殿の使い魔のようなものなのだろ? であれば、それは正しくイサム殿の成果だよ」

「ええ。そもそも命令した訳でも無いのに、イサムさん達のために戦ってくれたのでしょ? それは、よほど使い魔がイサムさんの事を好きじゃないと起こらないの。普通は命令してやってもらうんだから」

「な、なるほど……」

 そう言われても、中々腹落ちしない勇である。


「ねぇ、ところでそのオリヒメちゃんはどこかしら? アンネマリーったら、オリヒメちゃんがカワイイからって、半分以上オリヒメちゃんの話しかしないのよ?」

「ちょ、ちょっとお母さま!!!」

 母からの爆弾発言に、顔を真っ赤にするアンネマリー。


「こちらに入れても良ければ呼びますが……。お身体が優れないと伺っておりますが、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫よ。だって張り切りすぎて腰を痛めただけだもの」

「こら、ニコレット! お客様の前で何を……」

 爆弾発言その2である。アンネマリーは、外見は母親似だが、中身は父親に似たようだ。

 そしてこの一家の頂点は、おそらくニコレットであると勇は確信する。


「では、失礼して……」

 断りを入れ、勇が寝室のドアを開けると、すでに目の前に織姫がちょこんと座っていた。

「……聞いてたのか?? おいで」

「にゃーん」

 ひと鳴きして、屈んだ勇の腕の中へぴょんと飛び乗った。


「これが織姫、私の大切な家族です」

「な~う」

 勇が紹介すると、満足そうに目を細め頬をこすり付ける。

「まぁまぁまぁまぁ!! なんて愛らしいんでしょう!?」

 それを見たニコレットの目がハートに変わる。文字通り秒殺だ。


「ねぇイサムさん、私もオリヒメちゃんを抱っこしたいのだけど、大丈夫かしら?」

「っ!! ちょっとお母さまだけズルいです!!!」

 なんとも直球なお願いに、直球な僻みだ。

「え、ええ。織姫、大丈夫だよな?」

 女性陣二人のあまりの勢いに、勇は苦笑しながら答える。


 織姫は、仕方が無いわねとばかりに短く「にゃっ」と短く鳴くと、勇の腕から飛び降りトコトコとニコレットの方へ歩いて行った。

「まぁ! なんて賢いんでしょ? イサムさんの言葉が分かるのね?」

 それを見たニコレットは大騒ぎだ。すぐさま織姫を抱き上げる。

「お母さま! オリヒメちゃんは、首の後ろや喉を優しく撫でてあげるのが良いんですよ!」

 すぐさまアンネマリーも参戦し、寝室はますます騒がしくなる。


「こらこら二人とも。なんだねお客様の前で……。すまないねイサム殿」

 わざとらしい空咳をした後、セルファースが苦言を呈すると、我に返った女性陣二人が真っ赤になり慌てて謝罪する。

「申し訳ありません、イサムさん。取り乱しました……」

「すすす、すみませんイサム様!!」


「あはは、問題無いですよ。可愛がっていただいてありがとうございます」

「まったく……。イサム殿、しばらくオリヒメ殿をお借りしても良いかい? 二人とも、しばらく別室で触らせてもらいなさい。ここで触られると、気になって話が出来ん……」

 やれやれといった表情で、セルファースがそう告げる。

「分かりました。イサムさん、すみませんが少しオリヒメちゃんをお借りしますね」

 少しバツが悪そうにしながらも、織姫を抱いてそそくさと隣室へ下がる女性陣を見送ると、あらためてセルファースが勇に向き直る。


「ふぅ。これでようやくゆっくり話が出来るね。あらためて、ようこそイサム殿。突然知らない世界の知らない街に来て、大変だと思う。まずはどうしたいか、イサム殿の希望を聞かせてもらえないだろうか?」

 優しい笑顔で勇に問いかけるセルファース。

 それは初日の夜にアンネマリーからもらった笑顔とそっくりの笑顔だった。


 勇は、これまでアンネマリーたちと話していたことを軸に、自身の身の振り方についてセルファースに相談していた。

 魔法を学びたい事、地球での仕事を活かせるかもしれない魔法具を見たい事、手始めにサーブの仕方を教えることになっている事。

 さらには織姫の鑑定に、自身の能力スキルの見極めを行う事。

 まずはそんな所から始めたいと、そして何かしらの役に立ちたいと、セルファースに伝える。

 勇が話している間、じっと目を瞑り黙ってセルファースは話を聞いていた。

 そして勇が全て話終えると、ゆっくりと口を開いた。


「ありがとう。別に何の関係もない我々のために、色々と考えてくれて。 我が領に来てくれたのが、イサム殿で良かった。こう言うとイサム殿には失礼かもしれないが、譲ってくれたフェルカー侯爵には感謝しないといけないね」

 そう言ってセルファースが苦笑する。


「迷い人に関しては、アンネマリーに全て任せているが、イサム殿の考え方なら安心して任せられる。難しく考えず、好きな事をやってくれれば良いよ。それが必ず我が領に良い影響を与えてくれることを確信した。困ったことがあったら何でも言ってくれ。出来る限り力になる事を約束するよ。明日から、いや今からだな。我が領とアンネマリーの事をよろしく頼む」

 そう言って、セルファースはゆっくりと頭を下げた。

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