第7話 領都クラウフェンダム

 森の入り口にある町に宿泊、英気を養った一行は、5日目の朝ついにクラウフェルト子爵領へと足を踏み入れた。

 と言う事は同時に、森へと足を踏み入れることと同義である。

 森の中にあるとは思えないほど、道は綺麗に整備されていた。

 広さも、もしかしたら湿原の道よりも広いかもしれない。


「魔法具を運ぶことが多い道なので、かなり気を使って整備されていますね。皮肉な事に、街ではなく街までの道に、商人が投資をする始末ですが……」

 苦い顔でアンネマリーが説明をしてくれた。

 なるほど、工業地帯へ繋がるバイパス道路のようなものだろうか。


「でも、とても気持ちが良い道だと思いますよ。私が住んでいたところは木なんてほとんど無かったので、空気が綺麗で心が安らぎます」

 嘘偽りない勇の感想だった。

 これまでの道程も手付かずの自然の中ではあったが、どこか荒涼とし生命力を感じなかった。

 だがこの森は違う。生きる力に満ち溢れた場所だった。


「ふふ。気に入っていただけたのであれば、嬉しいです」

 昨日から、どこか元気のなかったアンネマリーの表情に、ようやく笑顔が戻った。


 途中、単体のフォレストボアに遭遇したが、手慣れたフェリクスたちが一蹴した。

 しかもここにきて織姫の戦闘力がいよいよ開花したのか、フェリクスたちと見事な連携を見せて大活躍していた。

 これまで倒した魔物は基本埋却してきたが、領都が近いため森に入って倒した獲物は、解体され素材として運ばれている。

 良い手土産が出来ましたな、とはルドルフの談だ。


「……織姫が、何か遠くへ行ってしまった気がする」

 そんな中、勇が遠い目をして呟いていた。

 件の織姫は、何事も無かったかのように勇の膝の上に丸まり、毛づくろいに余念がない。

 アンネマリーたちが苦笑していると、馬車の外から声がかかった。


「クラウフェンダムが見えてきました! この調子なら夕方前には到着できそうです!」


 我に返った勇が窓から外を見てみると、森の中に忽然と街が浮かび上がっていた。


「すごい……」

 呆気にとられた勇が思わずそう零す。

 近づくにつれて、街の全容が明らかになっていく。


 街は、すり鉢状に広がっていた。アンネマリーが言っていた”星が落ちて来た所”というのはおそらく真実だろう。

 隕石か何かの落下で出来たクレーターの斜面のうち、日当たりの良い南向きの斜面を階段状にしながら、家を建ててきたのだろう。

 以前テレビ番組で見て感動した、カッパドキアを彷彿とさせる。


「クラウフェンダムの建物は特殊で、ああして斜面に入り口を作って、部屋なんかは岩を掘った中にあるんです」

 確かにそれは効率が良さそうだ。基礎工事も柱も屋根も不要で、実に合理的だ。

 少々日当たりと風通しが良く無いが、よく見ると小さな天窓のようなものが見えるので、それもクリアされているのかもしれない。


 目を輝かせて食い入るように見ている勇に、アンネマリーが話しかける。

「気に入っていただけましたか? 口さがない者は”穴倉住み”などと揶揄しますが……」

「ええ、一目見て気に入りましたよ! これを揶揄するような連中とは、一生分かり合えないので放っておけば良いんです」

 勇は間髪入れずに答える。


 答えながらも視線がくぎ付けになっているのを見て、アンネマリーがぷっと噴き出す。

「ふふ、そうですね。放っておけば良いのですよね、ふふふ」

 心底楽しそうに、涙目になりながらアンネマリーが言う。


 その後は特に魔物に襲われることも無く、予定通り日が傾き始めた頃にはクラウフェンダムへと辿り着いた。

 物見が気付いていたのか、大きな門の前まで辿り着くと揃いの鎧に身を包んだ騎士数十名が一列に並び出迎えていた。

 さらに列の中央付近、数歩前の所に立っている人物が2名見える。

 2名のうち、鎧を着ていない初老の男性が声をかけて来た。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「留守の間ご苦労様でしたスヴェン。変わりはありませんでしたか?」

「はい、特段何も。細かい報告事項は報告書にまとめておりますので、後ほど御目通しください」

「分かりました。父上の容体は?」

「そちらも大事ございません。ベッドでお身体を起こして、お食事もしっかりとられております」

「重畳ですね。では、私はこれから父上へご報告に上がりますので、先触れを」

「かしこまりました」

 一通り話し終えると、もう一人の鎧の男へも声をかける。


「ディルークも、出迎えご苦労です」

「はっ。お嬢様もお変わりございませんでしょうか?」

「ええ、私も皆もいたって健康です。フェリクスたちが良く守ってくれましたし。道中の報告はフェリクスから聞いてください」

 

 そして一拍置くと、後ろで整然と並んでいる騎士団にも声をかける。

「皆も、留守中の守りご苦労様でしたね。おかげで安心して王都まで行くことが出来ました。礼を言います」

 アンネマリーの言葉に、ザザッと一同が敬礼をする。皆表情は嬉しそうだ。

「それではこのまま館へと向かいましょう。フェリクスは、館まで引き続き警護をお願いしますね」


 門前で一通り帰りの挨拶を終えた一行は、そのまま馬車に乗って門を潜り、街へと入っていった。

「あらためてイサム様、ようこそ領都クラウフェンダムへ!」

 アンネマリーが、これまでで一番の笑顔で勇にそう告げた。


 窪地の縁の南側にある門を潜ると、縁から一段下に外周に沿って作られた道を馬車は進んでいく。

「この道が、いわゆるメインストリートですね。最上段で最も道幅が広い道になります。門のちょうど反対側に領主の館があるので、このまま半周していく感じです」

 

 アンネマリーの説明通り道幅はかなり広く、馬車が余裕ですれ違う事が出来る。

 窪みの北側に向かって弧を描く道は、緩やかな登りになっているようだ。

 向かって右手、外周側にしか建物が無いのが、何とも珍しい。


 門前で騎士団に迎えられた一行だったが、門の先でも住民の熱烈な出迎えを受けた。

 領主の娘であり、美しいアンネマリーはやはり非常に人気があるようだ。


「お嬢様~!」

「アンネマリー様!!」

 と老若男女問わず、一目見ようと詰め掛けた住人で道は混雑していた。

 崖側から落ちやしないかと、勇は内心ヒヤヒヤだ。

 アンネマリーは慣れたもので、今は御者台に座って笑顔を振りまいている。まるで凱旋パレードだ。


 勇は、まだ存在が伏せられているので、馬車の中で息を潜めていた。

 ルドルフの話だと、日を改めて住民へのお披露目があるそうだ。

 迷い人は、エーテルシアではある種英雄やアイドルのような存在だ。

 別の世界からやって来て、特殊な力を持っているのだから当然だろう。


 具体的にどんな力があるのかまで語られることは少ないため、実力で英雄視されるわけでは無いのだが、マスコット的な人気があるのだと言う。

 お披露目されたらどんな感じになるのだろう、と内心ヒヤヒヤしている間にも馬車は進んでいき、30分程たってようやく停車した。

 外から、先ほどスヴェンと呼ばれていた男の声がするので、領主の館に着いたのだろう。


 門が閉まる音が聞こえて少し馬車が進むと、ようやく喧騒が聞こえなくなる。

 静かになったな、と勇が考えていると馬車が停まり、馬車の扉がノックされた。

「どうぞ」

 同乗していたルドルフが返事をすると、ドアが開けられ、笑みを浮かべたアンネマリーが立っていた。


 勇が馬車から降りると、あらためてアンネマリーが一礼した。

「イサム様、長旅お疲れ様でした! ようこそわが家へ!!」

 そう言って微笑むアンネマリーの後ろには、石と木を組み合わせた造りの邸宅が建っていた。

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