第6話 無属性のクズ魔石

 電気による街灯などは無く、室内の灯りもあまり明るくないため、エーテルシアの夜は早い。

 ちなみに部屋にあったランプのような灯りは”魔法具”と呼ばれる魔法の道具の一つらしい。

 魔石、と呼ばれる魔力が蓄えられた石をエネルギーにして動くと言う事なので、バッテリー式の家電のようなものだ。


 夜が早いと言う事は、その分朝が早い。

 明るい時間は貴重なので、日が昇り始めるとともに活動を開始するのだ。

 今朝もその例に漏れず、薄っすら明るくなってきた頃に扉をノックされて起きたところだ。

 結構な量のお酒を飲んで寝たはずだが、目覚めは快適だった。


「おはようございます」

 昨夜と同じ1階の食堂に降りていき、皆に挨拶をしつつ朝食をとる。

 勇は、厨房から織姫用の食事をもらってくると、足元に置いた。


 昨夜寝る前に、味付け前の肉か魚は無いか確認したところ、丁度スパイクグースと言う大きな鳥型の魔物の肉があるとのことで、油の少ない部分を茹でてもらうようお願いしていたものだ。

 勇も試しに摘んでみたが、色の白い鴨肉のようでなかなか美味しかった。織姫も美味しそうに食べている。


「イサム殿、おはようございます」

 足元の織姫の様子をみていると、そう声をかけられた。

 顔を上げると、トレーを持ったフェリクスが向かいの席に座ったところだった。

「おはようございます、フェリクスさん」


 昨夜の飲み会で、こちらでも親しい間柄ではファーストネームで呼ぶのだと聞き、自分の事も名前で呼んで欲しいとお願いしていたのだ。

 早速名前で呼んでもらい、少々頬が綻ぶ。


「フェリクスさん、今日はどういったところを通るんですか?」

「前半は昨日と同じような岩平原が続きますね。お昼前頃から徐々に岩が減っていき、午後には湿地帯の端を進む形になります。そして夕方頃に、街道沿いにある町に到着、そこで一泊する予定です。いずれも整備された街道ですし、天気も問題なさそうなので、快適な旅になると思いますよ」


「へぇ、湿地帯があるんですね。水棲の魔物が多いんでしょうか?」

「フォトゥラ湿地と呼ばれる大きな湿地帯で、王都から北の地方へ行く際には必ず通る場所になります。中心部は仰る通り水棲の危険な魔物が棲んでいますが、幸いクラウフェルト領へは湿地帯を掠めて行くだけです。多少湿度が高くなって植物の種類が変わりますが、あまり湿地帯を通っていると言う感じは無いかもしれないですね。ああ、オリヒメちゃんが食べてるスパイクグースは、フォトゥラを代表する魔物ですよ」

「なるほど。では今夜の宿でも、同じ肉が手に入りそうですね」


 朝食を食べ終えると、出発の準備が始まる。

 皆が準備をする中、勇はルドルフと共に別行動をとっていた。


「あとは肌着と下着が何着かあれば、ひとまずは問題無いかと思います」

「ありがとうございます。着替えが無い事に昨日気付いてどうしようかと思っていたので、とても助かりました」

「いえ、むしろ昨日のうちにご準備するべきでした。大変申し訳ございません」


 そう、着替えの買い出しに来ていたのだ。

 今朝フェリクスから、この先立寄るのは今いるザルツの町より小さい所ばかりと聞いて、慌ててお願いしたのだった。


 エーテルシアでは、服は基本的に仕立てるもので、既製服というものは殆どない。

 そのかわり、そこそこ大きな街には古着屋があり、今来ている店も古着屋だ。

 チュニックとズボンを数着ずつと、上から羽織るベストと外套、それを入れる布の袋を買い、最後に肌着と下着を選ぶと、早速買った服に着替える。


「なかなかお似合いでございます」

 また一歩、この世界との距離が縮んだような気がした。



 初日のバタバタが嘘のように、その後の旅路は平和そのものだった。

 2日目には無事に湿地帯を抜け、3日目は少々緑が増えた草原を越えていった。

 そして迎えた4日目は、丘陵地帯を通り抜ける旅程だ。ここから領都までは、ずっと上り坂なのだそうだ。


 馬車の中では、勇がアンネマリーにクラウフェルト領について聞いていた。

 着替えた勇の服の匂いが気に入らないのか、織姫がしきりに体をこすりつけており、アンネマリーがそれを羨ましそうに見ながら質問に答えていた。


「なるほど。クラウフェルト領の主な収入源は、無属性の魔石とそれを利用した魔法具の組み立てなんですね」

「はい。ただ、無属性の魔石は他の属性魔石と比べて、利用用途が限定的で、かなり価値が低いのです。巷では”クズ魔石”等とも呼ばれていますね…」

「そうなんですか?」

「ええ、組み立ても、無属性魔石の輸出だけでは厳しいため苦肉の策として始めたのがきっかけなのです……」


 エーテルシアでは、魔石と呼ばれる魔力を秘めた石を産出する鉱山が、稀に発見される。

 通常魔石は、火の魔石、水の魔石、といった具合に、何かしらの属性の魔力を秘めている。

 魔石が埋め込まれた、その魔力の特性を活かした道具が魔法具で、高値で取引されている。

 勇の部屋にもあった光の魔石を使った魔法照明などは分かりやすい例で、剣に火の魔石を埋め込んで炎の魔剣にしたりもするらしい。

 色々な使い道があるため、魔石を産出する領は大体お金持ちだ。


 ところが、クラウフェルト領でのみ産出される無属性の魔石だけは、例外だ。

 その名の通り属性の無い純粋な魔力が込められている。

 最初にそれを聞いた時、勇は「変換したり、自分の魔力の代わりに使ったり、滅茶苦茶便利なんじゃ?」と思ったのだが、そうでは無いらしい。


 同じことを考えた人はやはりいたようで、最初は無属性魔石の魔力を使って魔法を使うことが試された。

 しかし結果は失敗。自身の体内にある魔力と魔石から抽出した魔力が混ざらず、魔法が発動しなかったのだ。

 しばらく研究は続けられたが、どうやっても使う事が出来ず、人の魔力と無属性魔石の魔力は、似て非なるモノと結論付けられた。


 次に試みたのが、他の属性への変換だった。

 それが出来れば、一つの魔石が全ての魔石の代わりになるのだ。便利などと言うレベルでは無い。


 ところがこちらも上手くいかなかった。

 魔法具は、動力となる魔石、それを制御・具現化する魔法陣、器や補助機能を備えた本体で構成されている。

 例えば魔法照明の場合、光の魔石から取り出した光の魔力を、魔法陣で光源の魔法の形にし、反射板の取り付けられたランプ型の器の中に具体化させる。


 最初に試された方法は、無属性の魔石から取り出した魔力に他の魔力を混ぜる方法だった。

 水に絵の具を溶かすように、無属性の魔力を染めようとしたのだ。


 しかし、混ぜる事すらできず、水と油のように反発しあうだけだった。

 次に試されたのが、効果を発揮している魔法陣に無属性の魔力を足すことだった。

 だがこちらも、魔力を混ぜようとした時と同じで、一つの魔法陣に複数属性の魔力を流す事が出来なかった。


 その後も様々なアプローチを試みるも全滅。

 結局、魔法具の起動用の動力、魔法陣を描くための魔法インクの材料、魔力を感じるための練習素材くらいにしか、使い道が無いのだった。

 しかも、どの用途も属性魔石で代用可能なため、安価な代替品としての需要しかなく、価格を上げることも難しいのが現状だ。


「なるほど…。中々上手くいかないものですね。組み立てのみを受けるようになったのは、全ての魔法具共通で使う起動用とインクの材料が手元にあるためですか?」

「その通りです。輸送にかかる費用は、重さで決まります。安い無属性の魔石をわざわざ輸送しても、輸送費が高くついて中々利益にならないのです。であれば、魔法陣を描き無属性魔石を埋め込むところまでを請け負う代わりに、無属性の魔石をセット売りした方が効率が良いんです。ですので、組み立てと言っても今申し上げた魔法陣を描いて、無属性の魔石を入れる所までが大半を占めていますね」

 

「……。領都に着いたら、組み立てる所や魔法陣を描くところを見せてもらうことは出来ますか?」

「ええ、もちろんです」

「ありがとうございます。実は、元の世界の私の仕事が、こちらで言う魔法陣を考えて作るのに近い仕事でして……。何かしらのお力になれるかもしれないと思いまして」


 厳密には、勇はシステムエンジニアなので、回路図を書いたりすることは無い。

 しかし、どちらも”制御”するためのもので、アルゴリズムなど共通する部分も多いはずだ。

 それが活かせないかと思ったのだ。


「まぁ、そうなんですか!? イサム様の世界にも魔法具があったのですか?」

「魔法が無かったので魔法具では無いのですが、出来る事や考え方はそっくりですね。灯りのための道具もありましたし、モノを冷やす箱や、遠くにいる人と話が出来る道具なんかもありましたね」

 

 そこまで言って思い出した。

 晩酌の途中でこちらに来たので、ほとんど手ぶらだったが、腕時計だけはしていたことに。


「生憎と食事中にこちらに来たので、一つしか手元にないのですが…」

 そう言って左腕の腕時計を見せる。

「こちらは、時間を知るための道具ですね」


「これが、ですか? 変わった腕輪をしていらっしゃるなとは思っていましたが、魔法具だったのですね……! どのようにして使うのでしょうか?」

「私のいた世界では、1日を24等分に区切り、今が何番目なのかの番号で時間を表し、それを世界中で共有ルールとしていました。そうすると10番目までに集合、と言えば、全員が同じ時間に集合できるようになりますよね? その今が何番目か、を知るための道具がこちらなんです。見ての通り、こちらは12等分されていて、この短い針が指しているのが現在の時間となります。ああ、今だと3番目と4番目の間あたりですね」


「すごい……。これは素晴らしく便利な道具ですね。これがあれば陽が出ていない夜でも、正確な時間が分かりますし」

「ええ。残念ながら時計の正確な製造方法までは知らないのですが……。他にも、こちらにはない様々な道具がありましたので、それらも応用出来るかもしれません。ただ組み立てるだけでは無く、クラウフェルト領だけが作る事が出来る新しい魔法具。それを作ることを、私のもう一つの目標にしたいと思います」

 

「我々にしか作れない魔法具……。素晴らしいですね」

「どれくらいかかるかも、そもそもそんなものが作れるのかも分かりませんが、頑張ってみたいと思います」


 ようやく見えた、自分の力を活かせる道。恩を返せるかもしれない道。

 勇の心に、小さな炎が灯った瞬間だった。



 馬車は進み、夕方ごろなだらかに続く丘陵地帯の先に森が見えてきた。

 丘陵からの流れで、森もずっと上り坂になっており、山林と言った様相だ。

「あの森から先が、クラウフェルト領になります。見ての通り木が多い上、平坦な所が少ない土地なので、農業には適していない場所がほとんどなのです」

 少し悲しそうにアンネマリーが説明する。


 今日は森の手前にある町で、最後の宿泊をする。

 明日の夕方には、森の中にあるクラウフェルト子爵領の領都、クラウフェンダムに到着する予定だ。

「ん? 森の中、ですか?」

 説明を聞いていた勇は、違和感を覚えて聞き返した。

 森の向こう、では無く、森の中、と言ったか? 聞き間違いではなく?


「はい、森の中です。元々、森に囲まれながら木のほとんど生えていない大きな窪地があり、そこを調査した所魔石の鉱山が見つかったのがクラウフェンダムの始まりなのです」

 聞き間違いでは無かった。正しく森の中にある街なようだ。


「そういう事だったんですね」

「はい。言い伝えでは、空の星が落ちて来た場所とも言われています。その後、魔石を掘りながら周りの森を徐々に切り開き、街の規模を拡大してきました。無属性とは言え魔石は魔石ですから、それを安定して掘れるようにした事が評価され叙爵されたのが、初代になります。まだまだ拡張の余地は沢山ありますが、これ以上森との境界を広げると警備が追い付かないので、現在は休止しています」


 そこそこ深い森のわりに、どういう訳かそれほど魔物の数は昔から多くはないそうだ。

 むしろそうだったからこそ、切り開いてでも街にしてきたとも言える。


 しかし、少ないとは言ってもある程度はいるし、魔物では無くても狼やら熊やらは、お腹が減ると人を襲う事もある。

 そうした脅威から住民を守らねばならない以上、警備をおろそかにするわけにはいかない。

 今の人口で、これ以上兵を増やすわけにもいかず、街を発展させて人口を増やすのが目下の目的なのだと、力強く言うアンネマリーの目が、強く勇の印象に残った。

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