第5話 勇のチカラと織姫の謎

 聞きたい事も言いたい事も山ほどある中、全てを飲み込んで、一行はまずは先に進むことを選択した。


 せっかく速度を優先して戦闘になったと言うのに、ここで余計な時間を使うのは本末転倒だ。

 幸いクレーターは街道から外れた場所だったので、街道そのものにダメージは無い。

 ただ、ゴブリンの死体をそのままにしておくと、他の魔物が寄ってくる可能性がある。

 ついでとばかりにクレーターへ投げ込むと、皆で周りの土や石をかけて埋め戻し、出発した。


 馬車の中では、先ほどの戦闘における反省会が行われていた。

 主に勇に対する質問と言う形で。

 内容が内容だけに、馬を他の兵士に任せてフェリクスも参加している。


「そうすると、マツモト殿は何の魔法を使おうとしているのか分かる、というのですね?」

「正確には、何の属性の魔法を使おうとしているのか、なんだと思います。先ほども、炎の魔法であることは分かったんですが、それが火球なのか何なのかまでは分からなかったので……」


「なるほど……。ちょっと試してみて良いですか?今から魔力を込めるので、何の属性か当ててみてください」

「えっと、呪文を詠唱すると、音が似てるとかで何となく属性が分かってしまったりしませんか?」

「大丈夫です。同系統の呪文だからと言って音が似ると言う訳では無いですし、今回は呪文は詠唱せず、イメージで魔力に属性を持たせるだけに留めます。魔法としては発動しませんが、能力スキルの説明を見た感じ、マツモト様は発動手前の魔力を見ているようなので」


 どうやら、魔力に属性を持たせるだけなら呪文は必要無いらしい。


「では、いきます」

 そう言うとアンネマリーは、いつものように目を閉じ、空中にある透明なボールを掴むように構える。

 程なくすると、両手にほのかな光が漂い始めるのが勇には見えた。色は水色だ。


「水、ですかね。水色です」

 それを聞いたアンネマリーが一度集中を解く。漂っていた光は霧散するように消えていった。

「正解です。では、もう1度だけ試させてください。いきますよ?」

 再び集中に入るアンネマリー。今度は、先ほどよりも濃い青っぽい色だった。


「うーーん、初めて見る色ですね。青っぽいですが、水の色とは違うし……」

「素晴らしいですね。今のは氷の魔力です。今まで見たことの無い属性であっても、ちゃんと判別できるなんて……」

「そうですな。未知の魔法を使う魔物が現れた時に、属性も未知なのか、属性は既知のものなのか分かるだけでも大違いです」

「そうなんですか?」

 いまいちその違いが分からない勇が聞き返す。


「はい。属性が分かれば、その属性を軽減する事が出来るのです。まともに食らうのとは大違いですよ」

「なるほど。防御手段に繋がるのは確かに大きいですね。そう言えば、あの赤い髪の人……ああ、フェルカーさんだ。フェルカーさんが、上位の魔法使いだったら魔力を感じ取れるし、魔力操作の能力スキルがあれば魔力が見えるとか言ってましたけど、それとは違うんでしょうか?」

 似たような事が出来る、そうフェルカーに言われて今があるのだ。気にならない方がおかしいだろう。


「たしかに熟練の魔法使いは魔力の動きに敏感なので、近くで魔法を使う気配であったり、魔力の強弱を感じ取る事が出来ますね。魔力操作も、自分の魔力を自在に操るだけでなく、近くの魔力の流れを視る事も出来るそうなので、同じように分かるのでしょうね。しかし、それらとマツモト様の能力スキルには決定的な違いがあります」

 フェリクスは一旦そこで言葉を区切ると、表情を引き締めて続きを話し始めた。


「それは”属性”まで分かると言う事です。魔法使いも魔力操作も、魔力そのものを感じたり見ることは出来ますが、何属性の魔力なのかまでは分かりません。この差は、おそらく非常に大きいものだと思います」


「そうなんでしょうか?」

「はい。今知ったばかりなので、どういう時に差が出てくるかはまだ詳しく分かりませんが……。例えば先ほどフェリクスが言ったように、未知の魔法の属性か分かれば、防御の効率が上がります。また、普通は発動後にしか分からないのに、発動前に何の属性か分かるので、より素早く対処が出来る点も大きいです。今知ったばかりでも、すでに差がある事が分かったのですから、間違いなくもっと利点が見つかるはずです」


「なるほど……。それは、お役に立てる可能性が増えたと考えて良いのでしょうか?」

「ええ、それはもう。と言うか、すでに先ほど助けていただいたばかりですよ?」

 ニコリ、と優しい笑顔を向けられる。


 少々くすぐったくもあるが、来て早々半ば不要だと言われた能力スキルが役に立つものなのかもしれないのだ。嬉しく無いはずがない。

 ただし、自分以上に活躍した小さな女傑の前では、その成果も霞むと言うもの。

「であれば良かったです。まぁ、今回は半分以上織姫のお手柄だとは思いますがね……」

 少々自嘲気味に苦笑しながらそう答える。


「んなぁぁ?」


 ずっと膝の上にいた織姫が、頭を勇にこすり付ける。

 何故か”そんなこと無いよ”と、言ってくれているような気がして、勇は織姫の頭をそっと撫でた。


「いえ。それはどちらが上とか下とか、比較するような話ではありませんよ。ただ、オリヒメちゃんが活躍したことも事実ではありますね……。以前もお聞きしましたが、オリヒメちゃんは魔物では無く使い魔でも無いんですよね?」


「ええ。見た目や毛色は、ものすごい種類はいましたが、総じて猫と言う動物に違いありません。元々は肉食なので、小動物を狩るのは得意ではありますが、せいぜいネズミとか小鳥程度までです。それに、あんな速さで走る事ももちろん無かったです」

 そう言いながら、勇はあらためて先ほどの織姫の事を思い出していた。


 思えば、馬車の中から飛び出し肩に乗ってきた時点で、少しおかしかったのだ。

 鍵はかけていなかったとは言え、どうやって開けたのか?

 なぜあんな、丁度良いタイミングで飛び出してきたのか?

 なぜ勇の肩に飛び乗ったのか?


 ゴブリンに突っ込んでいく前だけでも、今にして思えばこれだけ不思議な点がある。

 その後の行動については何をか言わんやだ。

 ただ、一つだけ言い切る事が出来る。


「あれは間違いなく、織姫が俺たちを助けるためにしてくれた行動でした。そのままだと大変な事になると理解し、危険を冒してまで助けてくれたんだと思います」

「みゃうぅ」

 またしても勇の発言に対して答えるように織姫が鳴く。

 思わずアンネマリーがつっこみを入れた。


「……これ、オリヒメちゃんはマツモト様の言葉を理解しているのでは?」

「まさか……?」

 と言いながらも、思い当たる節がありすぎて、否定するほうが間違っている気がしてくる。

 なぜか言葉が分かる。なぜか強くなっている……。

 そうして勇は一つの仮説に辿り着く。


「これまで、織姫のように人以外が一緒にやって来たことはあるんでしょうか?」

「そう言う話は聞いた事がありませんね。獣人、と呼ばれる人が来たことはありますが……」


「なるほど……。仮説なんですが、織姫も迷い人? としてこちらに来たんじゃないでしょうか? 俺も何故かこちらの言葉が分かりますし、向こうにいた時より強くなってる気がします。能力スキルなんて言うものまで身に付いちゃってますし……。どういう原理かは全く分かりませんが、こちらに来る時に何かしら強化されるのだとしたら? それに巻き込まれた織姫も、迷い人と同じく強化されているんじゃないでしょうか?」


 そう考えれば、辻褄が合う。

「確かに……。その仮説はしっくりきますね」

 アンネマリーも唸りながら肯定する。


「領都に戻ったら、教会で鑑定していただいたらどうでしょうか?」

 話を黙って聞いていたルドルフが、そう提案する。


「教会でも鑑定が出来るんですか?」

「はい。マツモト様が行ったものと違い、身体能力値までは分からないのですが、能力スキルが分かる鑑定の魔法具があるのです。領内に優秀なスキルを持った者がいないか調べるため、各領都の教会には必ずその魔法具がございます」

「そうだったんですね。織姫の変化が能力スキルによるものなのかどうかは、それでハッキリしますね」

「おそらくは。ただ……」

「ただ?」


「はい。人以外を鑑定したことは、恐らくこれまでなかったと思います。ですので、仮に能力スキルが無いと判定されても、それが能力スキルが無いからなのか、人以外だからなのかは分かりません」

「なるほど……。まぁ無い事を証明するのはそもそも無理な話だったりしますからね。それは仕方がないですね。でも、鑑定する事で色々分かるかもしれないので、領都に着いたらお願いしても良いですか?」

「ええ。もちろん問題ありませんよ。我々を助けてくれた恩人ですし、難色を示されても領主権限でねじ込みますから!」

 アンネマリーは両手で小さくガッツポーズをし、フンスと鼻息を荒くする。


「んな~ぅ」

 それを見た織姫が、また小さく鳴いた。


 戦闘はあったものの、日が傾き始めた頃ザルツと言う小さな町へと辿り着いた。今日はここに一泊し、また明日の朝出発すると言う。

 夜に走るのは危険なのと、馬も休ませる必要があるため、陽が落ちる前に行軍を止めるのが常識との事だ。


 宿泊する宿は、さほど大きくは無いが石造りの綺麗な宿だった。

 部屋数も多く無いので貸切るには丁度良く、王都への行き帰りの定宿にしているそうだ。

 おおよその旅程が事前に分かっていたので、帰りの分もあらかじめ予約してあったらしい。


 勇にも、そこそこの大きさの個室が与えられた。

 ゲストルームは流石に無いが、小さなリビングと個別のトイレが付いた3階の角部屋だ。

 残念ながら風呂やシャワーは無いらしい。


 むしろこの国には風呂が無いようで、お風呂大好き日本人の勇にはかなりのショックだった。

 こちらに来て一番のショックと言っても良いだろう。


 各自、汚れを落とすために一度自室へと向かい、そこでタライいっぱいのお湯と手拭いをもらった。

 勇はゆっくり風呂に浸かりたいなぁと思いつつ、濡らした手拭いで全身を拭いたところで、着替えが無い事に気付く。

 止む無く脱いだ服をもう一度身に着けるが、幸いだったのは勇の会社の服装が自由だったことだ。

 ビジネスカジュアルですらなく、今日の勇もジーンズに薄手のパーカーと言うラフなものだった。

 服を着た後ベッドに腰かけて織姫を撫でていると、コンコンコンとドアがノックされた。


「マツモト様、お食事がご用意出来ましたので、準備が終わりましたら1階の食堂へお越しください」

 返事をすると、ドアの向こうからルドルフにそう告げられた。

 すぐに行きますと答えてから一瞬考えると、織姫を抱いて階下へと降りて行った。


 食堂へ顔を出すと、ちょうどアンネマリーが着席する所だった。

 他のメンバーは全て揃っているようだ。


「すみません、遅くなりました」

「いえいえ、最後にお呼びしたので当然でございます」


 笑顔で答えるルドルフが、流れるように椅子を引いてくれる。

 上座がどこかは分からないが、アンネマリーの隣と言う事はそういう事なのだろう。

 勇が織姫を抱いているのを見て、アンネマリーの目が一瞬輝く。


「マツモト様、お飲み物はどうされますか?お酒もございますが、お酒以外にも果汁や水も用意してございます」

 着席すると、今度はカリナに尋ねられる。


「お酒はどのようなものがあるのでしょうか?」

 夕飯時は晩酌したい派の勇は、お酒について尋ねてみる。

「こちらのお店ではエールとワインをご用意しています。エールは白エールと黒エール、ワインは白と赤がございます」

「では、白エールで」


 仕事の後は良く冷えたラガー、それもピルスナーを一気にあおりたいところだが贅沢は言えない。

 それにエールも嫌いでは無いので、トリアエズナマ、もといトリアエズエールだ。


 程なくして飲み物が運ばれてくる。

 パッと見た感じエール派が7割、ワイン派が3割だ。

 世界が変わっても、仕事後の一杯はビール派が優勢らしい。意外な事にアンネマリーもエール派だった。

 ちなみにルドルフとカリナは、配膳を手伝うためかそもそも席に座っていない。

 乾杯の文化はあるのだろうか? と勇が考えていると、アンネマリーが乾杯の音頭を取り始めた。


「皆様、今日はご苦労様でした。魔物との戦闘もありましたが、何とか無事切り抜けられました。これも偏に、マツモト様とオリヒメさんのおかげですね。お二人にお会いできたこと、誠に光栄に思います。遠くより見知らぬ世界へお越しいただいた日に、さらにご迷惑をおかけして申し訳ありません。領地へ帰るまで、今しばらく御辛抱いただきますよう、お願い申し上げます」


「では、出会いと今日の糧を神に感謝して、乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 アンネマリーの掛け声に皆が唱和すると、手にしたグラスをぶつける。

 この辺りは地球と同じか、むしろより力強いようだ。


 エールのジョッキは焼物、ワイングラスは木製なので、ガラスと違いあまり気を使わないのかもしれない。

 勇も隣のアンネマリーや護衛のフェリクスと乾杯し、エールを呷った。

 冷えてはいないが、エール独特のフルーティーさが感じられて中々に美味しい。


 続けて料理もテーブルに並んでいく。

 大皿に盛られているが、自分で取っても良いものか判断に迷ったため様子を見ていると、

 アンネマリーはカリナにサーブしてもらい、他のメンバーは個人で取り分けていた。

 勇もそれに倣い自分で取ることにする。


「マツモト様、仰っていただければ私の方で取り分け致しますが?」

「いえ、私の国では自分で取り分けていたので大丈夫ですよ」

 気を利かせてカリナがそう言ってくれたが、気を使われるのも疲れるので自分で取ることにする。


「……マツモト様、こう言っては何ですが、非常に取り分けがお上手ですね。それにそのサーバーの持ち方は見たことがありません」

 大皿に備えてあったサーバーでサラダを取り分けていると、驚いた表情のカリナに聞かれた。


 勇は大学時代、ホテルで3年ほど配膳のアルバイトをしていた。

 そこで箸の持ち方をベースにした、ジャパニーズスタイルと呼ばれるサーバーの使い方を仕込まれたため、料理のサーブが密かな特技となっていた。

 この特技は、エーテルシアでも通用する様だ。


「ありがとうございます。前にいた所で、少々手ほどきを受けまして。よろしければ、時間のある時にお教えしましょうか?」

 勇のその言葉を聞いたルドルフが、アンネマリーに何事かを耳打ちすると、小さく頷いた。


「マツモト様、宜しければ領都に着きましたら、屋敷の者にもご教示いただけないでしょうか?」

「ええ、もちろん素人の手習いでよければ構いませんが……?」

「ありがとうございます。マツモト様は素人の手習いとおっしゃいましたが、とんでもないです。初めて見る我々でも分かる、かなり洗練された美しい所作でございます」

「私からもお願いいたします。他の貴族の方を屋敷にお招きした時に、この所作でサーブ出来れば、きっと喜んでいただけると思いますので」

「分かりました。では領都に着きましたらご都合のよい時にお声がけください」

「ありがとうございます」

 どこかホッとした表情でアンネマリーが礼を言う。


「いえいえ。ご厄介になるのですから、何であれお役に立てれば幸いですよ」

「ふふっ、またひとつマツモト様のやる事が増えましたね」

 アンネマリーの言う通り、勇のやる事がまた一つ増えた。

 自分にもやれる事がある。今はそれが何よりも嬉しかった。


 和やかに晩餐が続く中、勇は織姫のための食事を準備する。

 今から専用の食事を用意してもらう訳にもいかないため、一番塩気の薄いシンプルな堅焼きのパンを水でふやかしたものと、ローストビーフのような肉のソースのかかっていない部分を小さく切り分けたものを小皿へと盛った。


「姫、今夜はこれで我慢してな。明日は厨房の人にお願いして、準備しような!」

「んにゃう」

 勇が語りかけると、織姫は小さくひと鳴きし、はぐはぐと食事を食べ始めた。


 その後も晩餐は続いたが、まだ帰路の途中である上戦闘もあったため、早めの時間にお開きとなった。

 お酒を飲んだこともあり、自室に戻った勇は、織姫を抱いてすぐに眠りについた。

 こうして、勇の長い異世界初日が幕を閉じるのだった。

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