第4話 魔物との戦い

  その後も風の魔法を見せてもらい、初歩的な魔法の話を聞いていると、俄かに外が騒がしくなり馬車が停まった。


 偵察として先行していた騎士の乗った馬が、慌てて戻って来たようだ。

 息を切らせてリーダーのフェリクスに報告をしている。


「この先3キロメートルほど行った先、街道から少し逸れたところに、ゴブリンの群れがいるのを発見しました! 街道からの距離は150メートルほど。群れの数は、視認出来た範囲で8です。いかがしましょう?」

「150か…ギリギリの距離だな。立ち去りそうか?」

「しばらく観測していましたが、動く気配ありませんでした。おそらく魔物の死体に群がり食事中と思われます」

「ちっ、厄介だな。片付けるにしろ、往復の時間を考えると街に辿り着けなくなる可能性が高い……」

 奇襲されずに先に発見できたのは良かったが、どうやら彼らだけで討伐に向かい戻ってくるとなると、時間的に微妙な所らしい。


「お嬢様。このまま静かに進み、やり過ごしても良いでしょうか? 気付かれた場合も、片付けるだけなら時間のロスも最低限で済むので、おそらく町には間に合います。ただ…」

「私たちが戦闘に巻き込まれる可能性がある、と言う事ですね?」

「はい。マツモト殿もおられますので、荒事は避けたいのですが……」

「安全をとって戦闘避けても、野営することになるのであればそちらの方がリスクが高いでしょう。このまま進まれたほうがよろしいのでは?」

 

 ルドルフは進軍を推奨する様だ。

 確かにどこから魔物が襲って来るか分からない屋外で一晩過ごすよりも、いるのが分かっている相手と戦う方がマシだろう。


「ゴブリン、と言うのはやはり魔物なのでしょうか? どの程度危険な相手なのか知らないので、そこだけでも教えていただければ……」

 日本のゲームやアニメでお馴染みのゴブリンと同じであれば、大した脅威では無いと思うのだが、この世界のゴブリンが同じとは限らない。


「失礼しました、マツモト殿がゴブリンをご存じないのは当然でしたね……」

 フェリクスが軽く頭を下げ謝罪してから、簡単に説明をしてくれる。

「仰る通り魔物です。代表的な魔物で、世界中のどこにでもいる連中です。繁殖力が高くすぐに数が増えるのが問題ですが、1体1体の戦闘力は大したことはありません。我々騎士であれば、1対1で後れを取る事はない魔物です」


「ありがとうございます。であれば、私の事は気になさらず。強さが分かっている敵と戦う方が確実に安全だと思います」

 言い切る勇に、皆の視線が集まる。

「ご配慮ありがとうございます、マツモト殿。お嬢様、それではこのまま進もうと思いますが、よろしいですか?」

「ええ、よろしくお願いします」


 方針を決めると、なるべく音を立てないよう、これまでよりゆっくりとした速度で進んでいく。

 30分ほど進んだ所で、先行する騎馬からハンドサインが送られてくる。

 何を知らせているか勇には分からないが、いよいよこの先にゴブリンがいるのだろう。


 さらに速度を落とし、騎士たちも馬から降りて慎重に進んでいく。

 しばらく進んでいると、勇の目にも遠くに何かが群れているのが分かった。

 ハッキリとしたディテールは分からないが、緑っぽい色をしているようだ。


 そろりそろりと歩み続け、勇の視力で見えなくなるかどうかのタイミングで、一頭の馬が突然大きく嘶いた。

 慌ててそちらを見ると、バスケットボールほどの大きさの何かが、馬の足元を飛び跳ねていた。


「ロックリーチかっ!? くそっ、よりによってこんな時に!!」


 ロックリーチ。その名の通り岩場近辺に住む大きな蛭だろうか。

 その馬の手綱を取っていた騎士が毒づき、剣で横薙ぎにする。

 青い体液をまき散らしながら、3メートルほど吹き飛ばされたが、まだ息があるようだ。

 ぐぐっと体を縮めたかと思うと、勢いよく先ほどの騎士に飛び掛かる。


 騎士は冷静に身を躱すと、今度は上から下に真っすぐ剣を突き刺した。

 しばらくブルブルと揺れていたロックリーチだったが、やがて動きを止める。

 それを見た騎士が剣を抜くと、ボールのようだった身体がだらりと地面に広がった。


 倒したのか、と勇がほっとしたのもつかの間、新たな敵がやってくる。

「敵襲! ゴブリンに気付かれました!! 突っ込んできます!」

 ゴブリンを見張っていた騎士が叫ぶ。


「各員戦闘態勢! 二重防衛陣を張れっ! ここで迎え撃つぞ!! リディルとマルセラは魔法の準備だ!」

「「「了解っ!」」」


 フェリクスの素早い指示が飛び、護衛騎士たちが立ち位置を整えていく。

 ゴブリンが来る方に5名。盾を持った騎士達が前線を構築する。

 そのすぐ後ろに、フェリクスともう一人槍を持った騎士が後詰に入る。


 更にその後方、勇たちのすぐ近くにリディルとマルセラと呼ばれた二人が、両手を前に突き出して構える。

 残る二名は、勇たちのすぐ後ろだ。アンネマリーや勇の護衛だろう。

 ルドルフとカリナも、いつの間にか懐からショートソードを抜いて周りを警戒している。


「ルドルフさんとカリナさんも戦うんですか?」

 驚いた勇が思わずそう言うと、ルドルフとカリナが同時に口角を上げる。


「はい。私もカリナも、少々短剣の手解きを受けておりますれば……。ゴブリンごときには後れは取りません」

「お任せください。お二人には指一本触れさせませんので!」

 おお、これがバトル執事とバトルメイドと言う奴か! と勇が感心していると、隣のアンネマリーまでがスタッフを構えた。


「ふふふ。マツモト様、私の事も忘れないでくださいね。ゴブリン程度、魔法で吹き飛ばして御覧に入れます」

 バトルお嬢様もいた。


「んにゃー」

 バトル猫までも……!


「いやいや、織姫はダメでしょ!?」

 勇が、懐に抱いた織姫に思わず突っ込みを入れていると、ルドルフがいつの間にか馬車の中から短い槍を持って来た。

「マツモト様。こちらをお使いください。剣は練習しないと扱うのは難しいですが、槍であれば間合いも長いですし、突くだけなら充分使えるかと」

 そういって槍を勇に渡してくる。


「ありがとうございます。織姫はここで待ってて」

 勇は槍を受け取ると、織姫を馬車に入れ扉を閉める。そして気が付いた。ゴブリンなどという未知の怪物を相手取るために、使ったことも無い槍を渡されても動じていない自分に。

 これも言葉やスキルと同じ異世界特典だろうか、などと考えていると、「来たぞ‼」と言うフェリクスの声が響いた



 戦いの火蓋を切ったのは、三人による魔法攻撃だった。

 まず、オレンジの光にうっすら包まれていたリディルとマルセラから、それぞれ直径50センチくらいはある火の玉が飛んで行った。

 成人男性が全力で投げる野球ボールくらいの速さで飛ぶ火球は、前衛の四人を飛び越え、向かってきていたゴブリンの先頭集団を直撃する。


 当たった火球は、ボンッと言う音と共に小さく爆発すると、周辺のゴブリンを巻き込み火だるまにする。

 今の一撃で、直撃を受けた2匹は炭になり、巻き添えを食らった2匹も虫の息。一気に4匹が戦線から離脱した。


『風よ。重なり刃となって飛べ。突風刃ブラストエッジ!』


 追い打ちをかけるように、隣のアンネマリーからも魔法が飛ぶ。

 緑色の光が両手に集まり、見えない風の刃となってゴブリンへと迫る。

 ザンッ、と言う音と共に1匹のゴブリンの首が飛ぶ。一瞬遅れて血が噴き出した。

 あっという間に、10匹いたゴブリンが半分になる。


 残されたゴブリンは、仲間がやられても怯むどころか、より興奮して前線へと殺到する。

 棍棒を振りまわすが、冷静に受け止める騎士の盾に阻まれ効果は薄い。

 危なげなく1匹、また1匹と数を減らす中、他より少し体格の良いゴブリンだけが、突っ込まずに距離を置いているのに勇は気が付いた。

 逃げるのか? などと思っていると、突然馬車の扉が開く。扉は閉めてはいたが閂はしていなかった。


「にゃにゃーっ!」

 開いた扉から、織姫が勢いよく飛び出し勇の肩へ飛び乗る。

「ちょ、織姫! 危ないって!!」

 慌てる勇の目の端に、さらに気になるモノが飛び込んできた。


(んん? ゴブリンが光ってる?誰も気づいていないのか??)

 先程から距離を置いていたゴブリンの身体がオレンジ色に光っているのだ。

(なんだ? みんな気付いていない?って言うかあの色はっ!!?)

 ついさっき似たようなモノを見たことに気付き、血の気が引く。


「マズイっ! 後ろのゴブリンが多分火の魔法を使ってきます!!!」

「なにっ!!!?」

 突然叫んだ勇の声に驚く一同。どうしたものかと戸惑い、反応が遅れる。

 そうこうしている間にもオレンジの光が徐々に強くなっていく。

「くそっ、間に合わないか!?」

 勇が毒づいた時だった。


「んーーーにゃーーっ!!!」


 肩に乗っていた織姫が、ものすごい速さで飛び出した。先程の二人の火球よりも速い速度で、弾丸のように奥のゴブリンへ突っ込んでいく。


「だめだ、織姫! もどれっ!!」

 遅れて勇も駆け出すが、差は開く一方だ。

 そうこうしているうちに、ゴブリンの頭上に直径1m程の火球が浮かび上がった。

「くそっ、やっぱりか!!」

「……ばかなっ!!!」

 皆が呆然とする中、最初に立ち直ったのはフェリクスだった。


「引けっ! お嬢様をお守りしろっっ!!!」

 部下に指示を出すと、自身は全力でゴブリンへと突っ込んでいく。

 一拍置いて、慌てて部下たちが下がってくる。


「来るっ!!」

 勇の目には、ゴブリンから立ち上っていたオレンジの光が急速に消えていくのが見えた。

 前例から考えると、魔法の準備が終わった合図のはずだ。

 フェリクスも、人とは思えない速さで突っ込んでいくが、いかんせん彼我の距離が遠すぎる。

 一瞬、ゴブリンがニヤリと笑ったような気がした。


「にゃっ!」


 緊張感の無い鳴き声と共に、クリーム色の毛玉がゴブリンの顔へと突っ込んで行くのが見えた。

 そのまますり抜けるように背後へ抜けたかと思うと、魔法を唱えていたゴブリンの首筋から鮮血が噴き出す。


「は?」

「え?」

 誰の声だったか。全員が突然の事態に状況を呑み込めない。

 首を半分ほど切り裂かれ、血を吹き出しながら膝から崩れ落ちるゴブリンの表情も、驚愕に染まっているようにみえる。


 浮かんでいた火球がゆるゆると高度を下げていく。

 呆然と足を止めていたフェリクスだったが、はっとした表情で踵を返すと大声で叫んだ。

「伏せろっ!! 暴発するっ!!」

 慌てて全員がその場に伏せる。

 火球はゆっくりと、製造者の上へと降りていった。そして……


どんっ!


 と下腹に響くような爆音と共に、ゴブリンを中心に半径3メートルほどの範囲が爆発する。

 10メートル以上離れている勇の所まで、巻き上げられた小石が土煙とともにパラパラと降り注いだ。


 30秒ほどして土煙が晴れたので、勇は恐る恐る起き上がり振り返る。

 かつてゴブリンがいた場所を中心に、直径5メートルほどが浅いクレーターになっていた。

 ゴブリンの姿は跡形もない。


 クレーターに一番近い所に倒れているのはフェリクスだ。

 クレーターの縁から1メートルくらいの所に倒れていたが、頭を振りながらゆっくりと立ち上がる。

 ある程度ダメージは受けているが、無事のようだ。


 それを見て一瞬ホッとした勇だが、最愛の存在に思い至る。

「お、織姫っっ!? どこだっ!!!」

 果敢にも突っ込んでいった愛猫の姿が見えない。


 あの体の大きさで爆発に巻き込まれていたら、ひとたまりも無いはずだ。

 ものすごい速さで駆け抜けていったので、無事だと思いたい。

「おりひめーーっ!!!」

 叫びながら、クレーターの方へと向かって行く。


「にゃおん」


 またしても緊張感の無い声と共に、クレーターの向こうから尻尾を立ててご機嫌な織姫がトコトコと歩いて来るのが見えた。

 それを見て勇は全力で駆け寄っていき、抱き上げる。

「織姫っ! 無事だったか!!」

 抱きしめられた織姫は、ごろごろと喉を鳴らしながら勇に顔をこすり付けている。

「ありがとう、織姫。お手柄だったな!!」


「にゃーん」

 小さな女傑の満足そうな鳴き声が、あたりに響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る